起きたらマ・クベだったんだがジオンはもうダメかもしれない 作:Reppu
当たり前のように提督用の席に腰掛けたネヴィル大佐が、モニターを面白く無さそうに眺めながらまるで他人事のように口を開いた。
「ふむ、やはり戦闘艦で飲む紅茶は風情にかける。何よりティーカップで飲めんから香りが楽しめん」
言いながらパックの紅茶を口にするネヴィルに対し、エリー女史が苛立たしげに口を開いた。
「良く落ち着いていられますね?ハマーン少尉が戦闘に入っているんですよ?」
「相手はエルメス1機なのだろう?ならば何も問題無い。私のブラウ・ブロ・スキュラは絶対に負けんよ」
余裕を持って返すネヴィルに頬をひくつかせながらエリー女史は言葉を続ける。
「絶対とは随分大きく出ましたね?」
「事実を述べているだけだよ、エリー女史。マ大佐の提案を取り入れた2号機ならまだ可能性はあったが、あの1号機では誰が乗っていても結果は揺るがん」
「理由を聞いても?」
エリー女史の質問にネヴィルは姿勢を崩すこと無く答える。
「なに、単純な話だよ」
そもそもの設計思想が違うのだとネヴィルは口にした。
元々、エルメスを含むニュータイプ用MAはマンパワーの省力化を目指した兵器だった。可能な限り少ない人数で、可能な限り多数の敵と戦える兵器。パイロットの希少性から誤解されがちであるが、オールレンジ攻撃用の兵器はあくまで多対一において有効な兵器として制作されており、母機を後方に配置しての遠距離攻撃能力は副次的なものに過ぎない。事実単純に遠距離攻撃能力のみを望むのであればMAなどではなく、艦艇にでもサイコミュを搭載した方が効果的だろう。何故そうしないかと言われれば、攻撃に用いられる人員の数を可能な限り減らしたいからに他ならない。軍からしてみれば所詮ニュータイプパイロットも一般兵に比べれば高価ではあるが代えのきく存在として運用する事が前提であった。その為のフラナガン機関である。それ故エルメスはパイロットへの負担よりも、人員の省力化が優先された機体だった。
「つまり、コンセプトからして既にエルメスはスキュラの敵ではないのだ」
対してブラウ・ブロ・スキュラはその異形を単独で操縦することを最初から放棄している。特に機体の操縦とサイコミュ兵器の同時使用は極めて負担が大きいことはこの類いの兵器の宿命と言えた。元よりサイココミュニケーターを内蔵する必要上大型化する機体の鈍重化は避けられず、その機体を十全に運動させようとするならば高い操縦技能が求められることは明白だ。エルメスの場合サイコミュで機体の操作もまかなうことでこれを緩和することを目指したが、現在のサイココミュニケーターでは、未だパイロットの思考通りに機体を制御出来るとは言い難く、実用にはまだ時間を必要としていた。結果大出力のスラスターによる加速で振り切るという方法を採ることで、そもそもパイロットに要求される操作難易度を下げるという解答に行き着いていた。
「だがそれは妥協であり、また重大な問題点をクリア出来ておらん」
加速して逃げる以上どうしてもパイロットに高いGがかかる。既存の開発機体よりフィードバックされた耐G機構により幾らかの改善はされているものの、正規パイロットであっても疲弊は免れない。それが大した訓練も積んでいない、年端もいかない少女であれば言わずもがなである。
「おまけにあの無線式だ。見てくれは良いかもしれんが、あれは実戦で使うには早すぎる。しかも1号機は見栄え優先でビーム兵器しか搭載していない。あれでは負ける方が難しいと言わざるをえんな」
「デブリが多くてご自慢の足が活かせていませんね!行けっ!」
強い意志と共に響いてくるハマーン・カーン少尉の声を聞きながら、ララァ・スンはきつく下唇を噛んで、強引に機体をロールさせる。エルメスとララァにとって、この場所は最悪の環境と言えた。とにかく障害物が多く、開発時に想定されていたような加速で敵機を振り切るという戦法が使えない。かといって容易に隠れられる場所が見つかるほどエルメスは小柄では無く、また仮に隠れる場所があったとしても、相手がニュータイプのハマーン少尉である以上、確実に見つかってしまう。相手のブラウ・ブロはエルメス以上の大型機で条件はあちらの方が悪い様に見えるが、あちらは複座でパイロットが移動に専念出来る上、圧倒的な火力でデブリを吹き飛ばしながら迫ってくるから、攻撃と操縦を同時にこなすララァとは疲労蓄積の度合いが違う。更に悩ましいのが装備の差だった。
「きゃっ!」
至近距離のデブリを直撃したバズーカの弾が激しい閃光と共に破砕したデブリをばらまく。被害がないとは解っているものの、装甲をデブリが叩く甲高い音はララァの精神を殊更すり減らした。続けざまにビームライフルの光条とバズーカの砲弾が次々と周囲へばらまかれ、ララァはたまらず攪乱幕散布のスイッチを押した。
「残念ですねララァ姉様?それではこの子を止められませんよ!」
ブラウ・ブロの下に追加されているスカートのような装備――ララァは名前を知らなかったが、それはラングユニットと呼ばれるものだった――の左右から再び4基のドラム缶の様な物が放たれ、それぞれが装備したバズーカを放ってくる。それは元々は連邦軍のモビルポッドと呼ばれる装備を参考に簡易戦力として検討されていた兵器を改造し、有線式のビットとしたものだった。専用装備として開発されたエルメスのビットに比べ、如何にも急造といった雰囲気を持つこの装備を、ニュータイプ部隊の多くの人間が馬鹿にしていたが、実際に戦う事となったララァは嘲っていた連中を叱りたい気持ちだった。
「専用などと言っても所詮攻撃力は通常のビームライフルと大差ない。ならばビームライフルを転用した方が合理的じゃないか。ついでに接続規格をMSのものと同一にすれば他の携行火器まで使える。これの何処が不満なのかね?」
心底理解に苦しむ。そう言った顔で説明していた設計者の大佐を思いだす。その上この装備の厄介なところは他にもある。まず、有線方式としたことで使用者にかかる負荷が低いので同時操作数がビットよりも多い。加えて元々単体の機動兵器として設計されていたためか、推進剤の搭載量も多く長時間稼働する。また機体容積がビットより大きいため、有線式の問題点であった使用範囲の問題も改善されている。これはビット本体内にMS並みのジェネレーターが搭載出来ていることから、旧式の有線式ではエネルギー供給のために太かったケーブルが大幅にスリム化しているからだ。おかげで逃げても逃げても追いかけてくる。そして極めつけが。
「捕まえた!」
ビットから展開して伸びたアームがエルメス後部のスラスターの一つを掴む。そして次の瞬間たぐり寄せるように自身をスラスターへ引き寄せたかと思えば盛大に自爆した。そう、構成パーツの大半を既存の兵器から転用した為に、このドラム缶型のビットモドキはエルメスのビットに比べて安価で替えが利く。そのためハマーンは躊躇無くビットモドキ自体を誘導の利く質量弾として使ってくるのだ。
「ああっ!?」
振動と共に、コックピット内に複数の警告ランプが灯る。できる限り素早い動きでそれらをチェックするララァの目に入ったのは一際大きな画面に映されている警告だった。
―後部射出口損傷、開閉不能―
上げてしまった悲鳴に後悔しつつも、ララァは懸命に考える。現在周囲に展開しているビットが2機、主翼のパイロンに懸架されているのが4機、展開している2機はそろそろビームを撃ち尽くしてしまう。本来ならばエルメスに収容しエネルギーを再充填するのだが、先ほどの攻撃でそれは不可能になってしまった。おまけにブラウ・ブロにはIフィールドが装備されているようで、先ほどから全ての射撃を防がれてしまっている。
「だったら!」
エルメスを護衛するように飛んでいた2機が一気に加速しブラウ・ブロへ迫る。以前の構造がそのまま用いられているならば、サイココミュニケーターはブラウ・ブロ本体の容積を食い尽くしている。だとすれば。
(狙うのは、あのスカート!)
現在の双方における最大の不均等を生み出しているIフィールド。それを破壊するべくララァはビットへ体当たりを命じる。機体下部にラング・ユニットを増設した構造上、本来四方に配置されていた有線式メガ粒子砲は撤去されており、代わりに伸びたアームの先には旋回砲塔のビーム砲が据えられているが、それにしても下方のものはユニットと干渉するため完全に撤去されている。つまり機体直下方向には大きな死角があるとララァは考えた。
「あら、レディのスカートを覗くなんて。マナーがなっていませんよ?ララァ姉様?」
まるで悪戯をした子供を優しく窘めるような口調。渾身の一撃に対する回答として不釣り合いなそれを受け、ララァは怖気が走るのを感じると共に、それが正しい感覚であった事を理解する。
ぞわり。
まるでそう聞こえるかのように、ブラウ・ブロに取り付けられたラング・ユニットの装甲が分割部から蠢き、一部の装甲がめくれ上がる。そしてその中から飛び出したのはマシンガンを握ったフレームむき出しの腕だった。
「―――!」
ララァの声にならない悲鳴を無視するように、飛び出した8本の腕に握られたマシンガンが一斉に火を噴く。最短でたどり着くよう動いていた2機のビットはその火線に絡め取られ、たどり着くこと無く火の玉へと姿を変えた。
「投降することをお勧めします、ララァ姉様。少佐も今頃は…」
拘束されている。そう続けようとしたであろうハマーンの言葉は、ララァの絶叫によって遮られる。追い詰められ、強いストレスに晒され続けたララァの精神はとっくの昔に限界を迎えていたのだ。
「少佐はっ!殺させない!!」
「っ!その思慕の強さには敬意を表します」
残る全てのビットを射出しエルメスを正面から突っ込ませる。ブラウ・ブロは圧倒的な火力と高い防御を持った反面、運動性が原型機と比較しても大幅に低下していた。それを理解したララァはせめて自機と道連れにブラウ・ブロをここで破壊しようと考えたのだ。
「けれど、それだけで勝てるほど戦場は甘くないですよ」
しかし渾身の一撃は冷たい言葉と共に否定される。スカートの接続部付近、大きく盛り上がった丸みを帯びた外装が弾けるように飛び出し、エルメスの左主翼をたたき折った。
「あぐぅぁ!?」
急激な制動による衝撃で制御を失ったエルメスが、ブラウ・ブロの横を通り過ぎる。さらに射出された有線式クローアームがその爪を大きく開き、掌部分に装備されたメガ粒子砲で、更に残った右の主翼を吹き飛ばす。朦朧とするララァへ向けて、憐憫を滲ませた声音でハマーンが告げてきた。
「道を見誤りましたね、ララァ姉様。貴女は戦いに身を置くべきではなかったんです」
スキュラの名前を言い当てられるとは…。