起きたらマ・クベだったんだがジオンはもうダメかもしれない   作:Reppu

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第百七十八話:0080/01/14 マ・クベ(偽)と死闘-Ⅳ-

「貴方もニュータイプでしょう!?何故少佐の気持ちが解らないの!?」

 

破壊したエルメスから、脱出装置ごと引きずり出され、アームに掴まれたララァが叫ぶ。そんなことを戦場で言い放つ相手に、ハマーンは自然と口角が上がった。

 

「解るわ、ララァ姉様。解るから戦うの。だって貴女の少佐が作る未来にはあの人が居ないもの」

 

研究所で自分がニュータイプだと言われ、持ち上げられていたときに、あの人が言った言葉は今でも忘れない。

 

「ハマーン、良く覚えておきなさい。相手を理解することと、わかり合えること、そして他者と争わなくて良いという事象は全てイコールで結べるものでは無い」

 

何故かと問えば、あの人は苦笑しながら答えた。

 

「人間が欲深い生き物だからさ。だから人は争いを止められない」

 

「でもおじ様。わかり合えたら争わなくても解決できるのでは無いですか?」

 

そう言うと、困った顔で言葉を続ける。

 

「皆がハマーンのように強く、優しければ、あるいは出来るかもしれないね」

 

今なら解る。美味しいものを食べたい、綺麗な服を着たい、快適な生活がしたい。相手が何を望むのか、自分が何を望んでいるのか、それが互いに解るなら譲り合って解決できない問題などあるのだろうか?幼心にそう疑問に思ったが…今なら解る。

あるのだ、譲れないものは。

 

「少佐は解った風にして、本当は人を何も解っていないわ。だから、自分が解らない人を人じゃ無いって平気で殺せるんです」

 

それは解らないと嘯いて、けれど誰よりも皆のことを考えている、とても愛しいあの人と正に真逆の姿だ。

 

「ニュータイプだとか、わかり合えるかどうかとか、そんなことだけで相手を殺せる人に幸せな世界なんて作れる訳が無いじゃないですか」

 

訪れた沈黙を今度はハマーンが破る。

 

「姉様だってそんなこと、解っているでしょう?なのに何故少佐に付いたんですか?私にはその方が解りません」

 

そう問い返せば、ララァ・スン少尉は苦々しい声で答えた。

 

「少佐は、優しかったの。私だけに優しかったの。貴女達には解らないわ、祝福され、愛される事を当たり前として生きてきた貴女達には!」

 

今度はハマーンが沈黙する番だった。それを理解したララァ少尉がまくし立てる。

 

「具合が良いからと殴られながら犯されたことはある?そっちの方がお金になると親に売り飛ばされたことは?私はずっと、ずっと人として扱われなかった!私を人として愛してくれたのは少佐だけなの!」

 

「そんなの、大佐だって!」

 

そう言い返すハマーンに嘲りをふくんだ声音でララァ少尉は更に言いつのる。

 

「解らないって幸せね?あの人は私達を憐れんだわ、でもそれは可哀想な動物にエサと寝床を与えただけよ。それも、貴女達を救うついででね!」

 

再び沈黙するハマーンへ向けて、いっそ優しいとまで感じられる声音でララァ少尉が問いかける。

 

「ねえ、私にも教えて、ハマーン。私を玩具やゴミのように扱った連中を、貴女は人と呼ぶの?助けを求めても汚いものを見る目で避ける奴らを、貴女は同じ人間だと言うの?そんなのが当たり前に居る世界で、私にどう生きろと言うの?ねえ教えて?ハマーン!?」

 

「姉様、世界に人が何人居るか知っていますか?」

 

「え?」

 

叫ぶララァ少尉に対し、ハマーンが口にしたのは見当違いとも言える言葉だった。突然の質問に思わずララァ少尉は戸惑いが声に出た。

 

「先の戦争で沢山亡くなりましたね。けれどまだ人類は50億くらいいるらしいですよ?姉様はその中で、一体何人の人に出会ったのかしら?」

 

意地の悪い問いだと自覚しながらも、ハマーンは言葉を続ける。悪意とは連鎖するものだ。人は群れを作り生きる存在だ。そして群れとはえてして同類が集まり出来上がるものである。誰かに害意を持つものに目を付けられ、その周囲の人間と関係が出来上がれば、瞬く間に周囲は己への悪意であふれかえるだろう。そして、余裕の無い小娘は世界の全てが敵なのだと結論づける。そう、研究所へ来たばかりの頃のハマーンのように。けれど、それは違うのだ。

 

「そんなのっ」

 

なおも否定の言葉を口にしようとするララァ少尉へ向けて、笑いながらハマーンは自らの思いを口にする。

 

「今まで出会った人が悪人だから他も全て悪人だなんて、子供でももう少しマシな言い訳を思いつきますよ。それに自分自身で言ったじゃないですか。少佐は違ったって。ほら、もう姉様に優しい一人目に会っています」

 

「でも…だって…」

 

「それにマレーネ姉様や私だって、姉様と仲良くしたいと思っていました。私達の心も嘘だと仰るんですか?」

 

再び沈黙するララァ少尉へ向けて、ハマーンは堂々と言い切った。

 

「貴女達の失敗は、自分を言葉にする前に武器を持ったこと。解ってくれないと言いながら、他の誰も解ろうとしなかったこと。…そんなに辛かったなら、なんで口に出してくれなかったんですか?姉様?」

 

スピーカーからは、静かな嗚咽だけが返ってきた。

 

 

 

 

「ここまでだな」

 

サブエンジンも破壊され、完全に行き足の止まったグラーフ・シュペーの艦橋でアリソン・ジーヴは溜息を吐いた。

 

「残念です」

 

感情を含まない副官の言葉にアリソンは笑って返す。

 

「なに、今回は上手くいかなかったと言うだけのことだ。総帥が生きている限りネオ・ジオンは必ず甦る。その時のために我々も最善を尽くすぞ」

 

言うやアリソンは通信機を取り、全バンドへ向けて口を開く。

 

「こちらはネオ・ジオン軍旗艦グラーフ・シュペー。アリソン・ジーヴ少佐である。交戦中の機体に告げる、我々は降伏する。繰り返す、我々は降伏する」

 

打ち上げられた降伏の信号弾を前に敵の動きが乱れなかったのを見て、アリソンは成功を確信した。

 

(元海兵隊が随分と良く躾けられている。だが、だからこそ手が出せまい?)

 

つり上がる口角を隠そうともせずに、アリソンは続ける。

 

「こちらに継戦の意思はない。また本艦には多数の負傷兵が乗っている。寛大な処置をお願いしたい」

 

横からする物音に視線を送れば、大尉が肩をふるわせて笑いを堪えていた。無理も無いとアリソンは思う。アリソン達がなんと言おうと敵からすれば自分達はテロリスト以外の何者でもないのだ。故にそもそもこちらが降伏を申し出たところで、相手がそれに応える義務は無い。辛うじて法的根拠を示すならば、交戦の意思がないと明確にするために武装を放棄し、丸腰で目の前にでも出て行けば多少の言い訳にもなるだろうが、現在彼らは軍艦の中から一方的に告げているだけである。これで相手が止まると考える方が異常だ。しかしアリソンには勝算があった。

 

(連中は明らかにこちらに被害が出ないように戦っていた。全く、オデッサの怪物様々といったところだな?)

 

何も知らない凡愚ならば、慈悲深い高潔な軍人とでも称えるだろう。だが、軍人として評価するならば只の馬鹿である。敵味方どころか誰彼構わない慈悲などと言うものは害悪でしかない。誰もが命を救えば頭を垂れ、感謝に支配されるとは限らないからだ。

 

「そうして高いところから見下ろしていい気になっていろ、最後に笑うのは我々だ」

 

策の成功を確信し、アリソンは聞こえぬよう呟く。負傷者が満載されているなどと言えばもう連中は攻撃できない。どころかこちらが救助を求めれば貴重な追撃の人員すら割く事になるだろう。後は口先で丸め込み、自身の命を長らえ次の機会を待つだけである。ザビ家がジオンを名乗る限り、必ずダイクン派の叛意は残り続けるのだから。ダメ押しとばかりに哀れを装いアリソンは強請る。

 

「可能であれば医薬品の提供を。重篤な者も多いのだ、このままでは助からない」

 

『…こちらはオデッサ基地所属特別任務部隊、カーウッド・リプトン少尉だ。貴艦の要請を確認した。即時機関を停止し、戦闘を中止せよ。でなければ要求は承諾できない』

 

「ああ、解っているとも」

 

笑いをかみ殺しながら、アリソンは各砲の動作を停止させるべく指示を出そうとした。だが、それより一瞬だけ早く事態は動く。

 

『助けに来たぜ、アリソン少佐?』

 

予想外の通信と共に動きを止めていた海兵隊の機体をすり抜けて、ザクを彷彿とさせる緑色にペイントされたガンダムがグラーフ・シュペーの一番砲塔上にたどり着く。

 

「なっ!?」

 

友軍の来援。本来歓迎すべきそれは、今のアリソンにとって最悪のタイミングだった。しかもその相手が、追い出したはずの中核人物であれば尚更である。

 

『ほら、やっぱりさ。友軍は見捨てちゃ駄目だと思うわけだ。指揮官としてはさ』

 

軽薄に聞こえる声音、しかしその声は全く温度を伴っていない。アリソンが制止する間も無く、ガンダムは手にしたライフルを海兵隊のゲルググへと向ける。

 

『レーザー照射を受けた!敵は交戦の意思を失っていない!攻撃!攻撃!』

 

「ま、待て―」

 

言い切るよりも早く、グラーフ・シュペーの艦橋へビームの光条が連続して突き刺さり、アリソンは文字通りこの世から消え去った。




ちょっと私生活が忙しく、更新が不定期になります。ごめんなさい。

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