起きたらマ・クベだったんだがジオンはもうダメかもしれない 作:Reppu
艦橋を吹き飛ばされ、煙を噴きながら漂うグラーフ・シュペーをぼんやりと眺めるカイ・シデンの操るガンダムへ向けて、1機のゲルググが近づいてくる。
『ちゃんと始末はついたようだね?』
接触回線で語りかけてくるシーマ・ガラハウ中佐に対し、カイは素直に口を開いた。
「有り難うございます、中佐。おかげで皆を無駄死にさせなくて済みます」
グラーフ・シュペーから退去した直後、カイは強い思念を感じ取った。それがアムロ・レイ少尉のものであることはすぐに解ったが、同時に解ってしまった故の絶望を彼らは味わうことになる。総帥への不信、そして味方と思っていた少佐からの砲撃、自分達が信じた正義が都合の良い妄想であった事を突きつけられ、彼らの意志はくじけてしまった。
(なんて馬鹿だよ俺は。自分で言ったじゃないか、この世に解りやすい悪なんて居ないって。なら、解りやすい正義だって居るはずがないだろう?なんで俺は、そんなものに自分がなれるなんて思っちまったんだ)
後悔の念が頭の中を渦巻く。アリソン少佐を殺したのだって、正義などではない。カイ達を追撃してきた、シーマ・ガラハウ中佐と取引をしたのだ。これまでの戦闘の経緯から、シーマ中佐はアリソン少佐の事を非常に危険視していた。そして、状況からすればどのような手段を使ってでも逃げ延びるであろう事が予測できたのだろう。カイ達の命を保障する代わりにこの場でアリソン少佐を殺害する片棒を担ぐよう提案してきたのだ。既に心の折れていたカイにその条件を蹴るだけの気力は残っていなかった。
『さて、こっちは片付いたとして。なあ、少尉。お前さんこれからどうすんだい?』
「どうするって…」
『アムロ少尉の方もそうだけどね。あんた達は他の騙された連中と違って、指導者側に居た人間さ。都合の良い人身御供を奪っちまった私が言うのもなんだが、騙されてましたじゃ済まない立場に居たわけさ。このまま戻っても、多分あんたらは極刑だよ』
「です、よね」
突きつけられる現実に、喚きたくなるのを懸命に抑えてカイは何とかそれだけを口にした。サイド7の時とは違う。あの蜂起の瞬間、自分は間違いなく自分の意思で武器を取ったのだから。
『敗軍の将は潔く、なんて言いたい所だけどねぇ。そいつは少しばかりあたし達としても都合が悪いのさ。だからあんた、ここで死にな』
「へ?」
天気の話でもするような気安さでかけられた言葉と、モニター一杯に広がる銃口に間抜けな声を出しながら、カイの視界は暗転した。
『成程良い腕だ、だが惜しかったな大佐。もしその機体が完璧なら、あるいはもう少し貴方がMSに慣れていたならば、違う未来もあったかもしれん』
煽られたのが余程頭に来ていたのか、ここぞとばかりに煽り返してくるキャスバル坊や。だが甘いな、おっさんの煽り耐性をなめるなよ。
「君のようにMSだけに乗っていれば良いほど暇ではなくてね」
それに。
『!?』
言いながら俺は素早く腕を伸ばしゲルググの両腕を捕まえる。サーベルが突き刺さったことで、左足は致命的なエラーとやらをがなり立てているが問題ない。どうせここから複雑な動きなんて必要ないからな。
「総大将自ら戦場に出る。その時は敵を倒すだけでは足りんのだ。何故か解るかね?」
『は、放せ!』
はっはっは、ギャンをなめるなよ小僧。伊達に金が掛かっていない、コイツの実効トルクはゲルググの1.5倍だ。多少暴れたところで逃げられるものか。
「大将は軍全体の面倒を見る義務と責任がある。故に必ず生きて戻らねばならん。ああ、ところで君は必ず生きて帰ると言う信念の下に、ノーマルスーツを着ないそうだね?」
最善を尽くさねえとか馬鹿じゃねえの?
「是非ともギャンの素晴らしい加速を体感してくれたまえ。遠慮は要らんよ、私も付き合おう」
返事を待たずに、俺はスラスター用のフットペダルを思い切り踏みつける。ツィマッド謹製の冥王星エンジンは正に絶好調。文字通り殺人的な推力を存分に発揮し、ゲルググを抱えたギャンをあり得ない速度まで加速させる。
『んぅぐう!?』
接触回線越しに金髪坊やのくぐもったうめき声が聞こえる。なに心配するな。重量がざっくり2倍だから、デュバル少佐のようにはならんよ。
「お、た、のしみ、は。これからだ!」
俺の叫びと同時に機体を衝撃が襲う、見ればゲルググの右足が膝から吹き飛んでいた。なにせここは暗礁宙域、ぶつかる障害物には事欠かない。
『正気っ…か!?』
俺の考えを正確に察したらしい赤いのがそんなことを口走る。おいおい、今更何言ってんだ。
「言ったろう?ここで死ねとね」
『!?』
更に加速してやると、とうとう言葉を発する事も出来なくなったのか、くぐもったうめき声だけが接触回線越しに響いてくる。だが、騙されんぞ。
「これも言ったな?何処に行くのかね。逃がさんよ」
掴んでいた腕を一気に伸ばして機体同士を密着させる。ゲルググに搭載された脱出ポッドは史実のゼータや逆シャアに出てきたものほど性能が良くない。機体の上半身か下半身、あるいは背面の装甲板のどれかを全て投棄しないと緊急脱出が出来ないのだ。ついでとばかりに残っていたトリモチ弾を全部バックパックと装甲の隙間に撃ち込んでやる。さあ、これで離れられないな。
『は、放せ!』
脱出不能となった瞬間、狂ったようにゲルググがギャンを殴り付けて来る。まったく往生際の悪い奴だ。だがその間にもデブリが次々と機体を襲い、ゲルググもギャンも極めて前衛的なオブジェ、端的に言えば派手に壊れたスクラップへその身を着々と変化させている。今し方振り上げられたゲルググの左腕も肩から綺麗にもぎ取られた。破損部から流体パルスシステムの根幹である伝達流体がまき散らされ、いよいよゲルググから力が失われていく。
「残念だな、もう遅い」
漂っていた巨大なビルの残骸に俺は突き進み、そしてとてつもない衝撃を全身に受けたのだった。
「爆発光?まさか、大佐!?」
投降してきた兵士達を監視していたアナベル・ガトー少佐の機体内にその音が響いたのは、戦闘が始まってから1時間が過ぎた頃だった。宇宙空間で音が聞こえる。その不思議な現象の理由は、MSの機能によるものだ。カメラで捉えた映像に対し、あらかじめ設定された効果音を当てることで、コックピットの中に音を響かせているのだ。人間の外部情報の取得における大部分を担っているのは視覚であるが、人体の構造上どうしても死角が出来る。これを補うのが聴覚であり、その存在は決して小さいものではない。特にレーダーによる補助が望めないミノフスキー粒子散布下ではその傾向が顕著である。ともかく、そのような理由でコックピット内に響いた爆発音に対し素早く情報解析を実行したアナベルは、即座に位置を特定すると足場にしていた敵のムサイを蹴りつけながら部下へと指示を飛ばした。
「確認してくる。貴様らは現状を維持しろ、カリウス!」
『はっ!』
声をかけた僚機が随伴する位置に付いているのを確認したアナベルは、迷うことなく機体を加速させる。彼女の機体は通称A型と呼ばれる初期生産機体だ。ただし試作品から回された高機動用装備を追加している上、専用にカスタマイズされている。そのため運動性と加速性だけに限定すれば、最新モデルである海兵仕様のF型すらも凌駕している。このため普段ならばカリウス曹長の機体に合わせてある程度速度を調整するのだが、この時はそのような事を一切考えず、目的地へ向けて最短、最速で移動を開始した。
「そんな…、大佐!大佐っ!?ご無事ですか!返事をしてください!大佐ぁ!」
爆発の現場で彼女が見つけたのは、変わり果てた姿の大佐の機体だった。文字通り原形をとどめていないその姿は、元が人型であるが故についパイロットの状態と混同しがちになる。無論そのような事は無いと頭では理解できるはずであるが、焼けただれた上に残っている箇所の方が少ないひしゃげた装甲や、はみ出した配線が絡みついているむき出しの折れ砕けたフレームがどうにも人体を想像させて、彼女の冷静さを奪っていた。
「大佐っ!大佐ぁ!」
『そん…聞こえて…しょう…』
聞こえてきた声に文字通りぶつかる勢いでアナベルは機体を接触させた。一瞬接触回線越しにうめき声が聞こえ、それが彼女の焦燥を暴走へと変える。
「お怪我はありませんか!?体調は!?痛みやめまいなどは…」
『大丈夫、大丈夫だよアナベル少佐。見ての通り酷い有様ではあるが、私は無事だ。エリー女史に感謝しないとね』
その言葉で漸く落ち着きを少しだけ取り戻したアナベルは、自身が周囲の警戒を完全に失念していたことを思い出し、慌てて武器を構えた。
「申し訳ありません、醜態をさらしました。大佐、状況は?」
『取敢えず、決着という所だね。2時方向の残骸だ』
大佐の答えに視線を送れば、徐々に遠ざかりつつある巨大なデブリに埋没した赤い機体を確認することが出来る、それがあの赤い彗星の乗機である事は誰の目にも明らかだった。
「終わったのですか」
『ああ。得るものは無く、失ったものはあまりにも多いがね。取敢えず軍人の役目はここで終了だ。さあ、帰ろう』
宇宙世紀0080、1月14日。後にネオ・ジオンの反乱と呼ばれる僅か2週間ばかりの内戦は、こうして幕を閉じたのだった。
反乱、終わり!