起きたらマ・クベだったんだがジオンはもうダメかもしれない 作:Reppu
鉱山視察を止めたおかげで空いた時間を使って、地域の権力者に壺を送るだけの簡単な作業(含む証拠隠滅)に没頭していたら、あっという間に会議の時間になりました。くそう、壺が全然減らねぇ。ついでに壺渡すたびに言いようのない喪失感に苛まれるんだけど、これ何かの呪いじゃ無いだろうな。
「では、定時となりましたので会議を始めます」
円卓に11個のモニターが映し出されているが、何人かは欠席のようで副官らしい人が映されている。どうも作戦部の集まりが悪いみたいだ、何かあったのかな。
「取り敢えず現状の共有といこう。何人か居ないがどうも連邦の遅滞戦闘に手を焼いているらしい」
そう切り出したのは、軍人と言うよりは大きくなったガキ大将と言った風体のユーリ・ケラーネ少将だった。視線で促すと、代理人として参加していた副官の一人が口を開いた。
「バルカン半島方面では山岳地帯に隠蔽したAMS部隊による攻撃が頻発しております」
「AMS?歩兵ごときに後れを取っていると?」
そう噛みついたのは確か兵站担当の大佐だった、名前は何だっけ?
「確かに歩兵はMSに比べ脆弱です。しかし全く無力という訳では無い」
「その通り、宇宙と違い遮蔽物に事欠かない地上では低視認の小目標はそれだけでやっかいだ」
実際オデッサ攻略の際最も損害を出したのは機甲戦力で、むしろ歩兵は不運な逃げ遅れ以外殆どが戦力を保持したまま撤退に成功している。
んで周囲の平野部を押さえた後いざ進軍、と言う所でその歩兵達が厄介な障害物になっている。先ほどの副官が言うとおり武装は貧弱だし、機動力も高くない、しかし殊隠れるという点については極めて優秀であるし、何よりミノフスキー粒子下の戦闘において従来の戦術がそのまま適用できる貴重な兵科だ。オデッサ基地でも周辺地域確保の為に行なった掃討戦で少なくない数のザクが撃破されている。
「確か複数の発射機を用いての攻撃が主体でしたな。それでも関節部などを狙わねば撃破までは出来ないという事だったと思うのですが?」
重力戦線のムービーを思いだし思わず口に出してしまった。あかん、大人しくしていようと思ってたのに。
「ええ、撃破されている機体は今のところ一機も無いのです」
「撃破されていないのに何故進撃が止まるのか?」
理解できない、という意思を存分に乗せた不満の声が上がる。おいおい、兵站部でも軍人だろうに。
「攻撃の内容がハラスメントに変わっているのでしょうな。片足を集中的に狙えば損傷くらいさせられるでしょう。足が止まればザクはでかい的だ」
典型的な遅滞戦術だ、そして現在のジオンにとってこれほど有効な手も無い。
何しろ敵の機甲戦力、航空戦力に対応できる兵器はMSしかない。一応前線部隊にはドップによる航空支援や、補助戦力としてマゼラアタック等の配備などがなされているが、正直相手の庭で運用するには熟成が足りていない装備だ。必然欧州方面軍はMSへの依存度が高くなるのだが、とんでもない事に欧州方面軍にはMSの供給能力が無い。
そんな馬鹿なと思うかもしれないが、何せMSは軍の虎の子であった事に加え、地球降下作戦自体が南極会議のご破算から来る泥縄な作戦計画であったため、生産拠点を地上に降ろすなんて準備を一切していなかったのだ。おかげでなんとか第二次降下作戦にはある程度ユニット化して持ち込んだのだが、当方面は未だに準備が整って居らず宇宙からの配給を待つ身である。
「MSが運用出来ないというのは部隊にとって極めて重大なトラブルだ。兵への負担も激しい。物理的にも、心理的にもな」
腕を組みながら、そうユーリ少将が唸る。部下思いな点を除いても、強引に戦線を押し上げて徒に損耗を増やせば、それこそ占領計画そのものが頓挫する。
そこまで考えて手元の資料に目を移す。見ればオデッサを中心に東西南北全方向に部隊を動かしているのがわかる。これはちょっと難しいな。そう考えている間にいつの間にか報告会は現状打開を考える討論に移っていた。前線の各指揮官は意外にも積極的で、後方の部隊を転用してでも戦線を突破したいといった雰囲気だ。確かに遅滞戦闘と言うことは相手に積極的な反撃の手段が無いとも言える。そのため、出来ればここでヨーロッパから連邦軍を追い出してしまいたいと言うのが主な意見だ。一方で事態を聞いて消極的になったのが最初に噛みついた兵站部の連中だ。
彼らは、積極的攻勢で増大するであろう物資の消費量が到底賄いきれない量であることを先ほどまでの会話から計算できてしまっているのだ。そしてそこにジレンマが生まれる。
兵站部の任務は究極的に言えば前線が要求する物資を不足無く揃えて渡すことだ。もちろん量を精査はしても、そもそも必要な分が渡せないでは存在意義が無い。だがここで攻勢に否定的なことを言えば、占領作戦頓挫の責任が兵站部に回ってきてしまいかねない。
俯瞰してみれば、そもそも用意出来ない量を要求しなければ実現できない攻勢計画しか提示できない状況を作った軍令部に問題があるのだから、現場での責任の押し付け合いは不毛過ぎるのだが、行き詰まった頭の状況ではそこに思考が向かないらしい。
ユーリ少将あたりは気がついていると思うが、立場的に前線部隊よりの彼では言いにくいのだろう。先ほどから目を閉じて黙り込んでいる。
しょうが無いなぁ。
「無理でしょうな」
言い合いの間を突いて発した言葉は思ったより大きく響き、全員の視線を集めた。はっは、興奮した軍人の顔とか超怖い!
「今、なんと仰ったか?」
東部戦線担当の大佐殿が血管を浮かべながら聞いてくる。OKクールになれよ、怖いから。
「要求されているだけのMSを準備するのは不可能だ、と申し上げた」
俺の言葉に作戦停滞の責任を押しつけられると考えた者は、安堵や喜色を浮かべ。逆に押しつけられたと考えた者は青くなったり、憤怒の形相でこちらを見ている。一人だけ面白そうにこちらを見ている奴がいるが、本来ならこれあんたの仕事だからな?
「現状欧州方面軍が保有しているMSは払底に近い状態にある。兵站部の方も上に掛け合っているだろうが、正直四肢の欠損くらいまで損傷した場合、部品を宇宙から下ろす必要がある現状では、今以上の消費は我が国の補給能力を完全に超えている。MSだけでもそんな有様です。とてもでは無いが攻勢を維持し続けるだけの物資の調達は不可能だ」
つまるところだ。
「軍令部が提示しているスケジュールが無茶なのですよ。出来ないことは出来ないのです」
「命令に逆らうと?」
「では命令に従い無駄死にしますか?私とて軍人だ、兵士は死ぬことも任務だとわきまえている。しかし、死ぬならば、死なせるならば。有意義に死なせるべきだ」
今日、ちょっとだけ顔を合わせた連中が脳裏にちらつく。エリート然とした中尉、疲弊しながらも懸命に職務を全うするべく働いていた中尉、仏頂面の副官、驚いた顔をしていた基地の下士官。いずれ彼らに死ねと命じる時が来るだろう。
「現場を見たことも無い、そもそも大戦なぞ経験したことも無い連中の立てたスケジュールが重要だと思うのなら命じてみたらいい。スケジュールの為に死ねとね」
「…ご高説は結構だが、では貴官はどうするというのかね?時間を与えれば与えただけ我々は不利になる。理由は言うまでも無いだろう!?」
そうだよねー。なんで国力ウン倍もある相手に喧嘩売るかね?あれか、ジオンの連中はマゾなのか、苦しいのが嬉しい系か。
「やらないよりはマシ、程度の案ですが」
そもそもの問題は戦線が広すぎる事、その一点につきるのだから。
「戦線を整理しましょう、全部同時は少々欲張りすぎだ」
「簡単に言ってくれるじゃないか」
そうね、でも今の状況なら結構上手くいっちゃいそうなんだよね。
「まずヨーロッパ、旧EU圏は諦めます。現在の…ああ、旧ポーランド国境付近で止めておきましょう」
その言葉に唖然とした表情を向けられる。
「何を言っている!?正気かね!?」
20世紀だったらあり得ない判断なんだけどね。そうか、この辺りは結構知られていないのかな?
「欧州の殆どは観光都市化していますから占領してもうま味が少ない。ラインやルールといった工業地帯は遺産として保存されていますが、殆どがモスボールどころか鑑賞保存用で稼働しません。仮に復旧するにしても数年が必要な状態でしたので、おそらく生産拠点であるという情報自体が連邦側のブラフです」
その言葉に欧州担当のモニターがざわめき出す。裏取りでもしてるんだろう。独立運動が本格化した辺りから動かしてるフリしてたからね、騙されても仕方ない。ただまあ、あの潔いまでの逃げっぷりからある程度推察出来ても良いんじゃないかなとは思う。生産拠点があればもっと頑強に抵抗してるよ。
「東方はカスピ海西岸とアナトリア半島まで押さえれば御の字です。アラビア半島は魅力的ですが、あの環境は戦争に全く向いていない。現状で手を出せる場所ではありません」
自覚があるのか東方担当の大佐は黙ったままだ。
「北方はバイコヌールまでの回廊地帯とモスクワを落としている現在で上出来です。これ以上は負担になるだけでしょう」
「バルト海はどうする?」
「ブリテン島を攻略出来なければどのみち大西洋に出られません。現状の戦力で落とせる自信がおありで?」
返ってきたのは沈黙だった。まあ無理だよね。
「これらを整理して出来た余裕で早急にバルカン半島を制圧。地中海を進撃ルートとしイタリア、イベリア半島を攻略。地中海を聖域化しアフリカ方面軍と連携、余剰戦力で北大西洋へ進出しブリテン島を海上封鎖…まで行ければ上出来でしょうな」
北大西洋がある程度押さえられれば北米とのやりとりが船舶で可能になる。この恩恵は計り知れない。
「言いたいことは解った。だが取った後はどう維持する?」
「バルカン半島を押さえれば、それぞれ海路で補給は賄えます。そもそもそれぞれの半島は欧州と山脈で区切られています。大規模な侵攻は困難ですから、配置する戦力もそれ程必要にならんでしょう」
それこそ航空機と、山岳に砲台でも配置すれば即席の要塞が出来上がる。
少なくとも現状よりも見通しが立ちそうな提案、そう感じたのか場に沈黙が訪れる。それを破ったのは、それまで黙っていたユーリ少将だった。
「壮大な作戦だ。だが重大な欠陥がある。貴官は海をどう渡るつもりだ?まさかMSに泳げとでも言うのか?」
現在ジオンの海軍はキャリフォルニアに集中している。というか、鹵獲したユ-コンがそこにしか無いので実質キャリフォルニアにしか戦力が無い。だから俺の出したプランは今の状況ではただの妄想に過ぎない訳だが。
「伝手ならありますとも。それもすぐ近くに」
そう言って俺は地図を指さした。
ユーリ・ケラーネは目の前の出来事を黙って見守っていた。否、正確に言えば黙って聞く事しか出来なかった。
何だ、この男は。
同じ方面軍に籍を置く、かの大佐のことはある程度知っているつもりだった。晩餐会などで会ったこともあるし、その際幾度か言葉を交わしたこともある。気障で神経質、あまり付き合って楽しい人間ではないというのがユーリの率直な気持ちだった。ただ、南極条約をまとめた手腕やオデッサの運営状況から、政治に強い点は評価に値する。そういう男だと思っていた。
会議が前線組と後方組で対立するところまでは想定内、最後は誰かに泥を被ってもらい現状維持で調整する。おそらく累が及ぶのを嫌ってあの大佐が仲裁に出るであろうと予想して。
それが今日のこの男はなんだ。
軍令部の計画を非難したかと思えば次の言葉では攻勢計画を提示している。聞いていればやれそうだと考えてしまうから質が悪い。自然と口角が上がるのを自覚しながら自らの疑問を口にすると、想定済みだとすぐに返事が返ってきた。
なんだ、中々面白い男じゃないか。
工業地帯や観光都市化については完全な妄想です。
連邦軍の逃げっぷり(原作ではイベリア半島まで後退しています)と
地球環境を理由に宇宙移民を進めていたなら、環境負荷の高い重工業系は真っ先に宇宙へ行かされるだろうな、というのが主な理由です。
次から本当に月一です。