起きたらマ・クベだったんだがジオンはもうダメかもしれない 作:Reppu
「初めまして、マ大佐。お噂はかねがね」
シャトルを降りるなりそう言って敬礼をしてくる少佐に俺は笑顔で答礼しつつジャブを放った。
「こちらこそ会えて光栄だジャン少佐、言っておくが専用機は間に合っているよ」
だからヅダは要らん、持って帰れ。
「はっはっは、これは手厳しい。しかしヅダをご存知でしたか」
「採用試験については聞いていたからね。正直まだ開発を続けていたとは知らなかったが」
事の発端は先月の末に、キシリア様へゴッグ改良型の経過報告をした時だ。ズゴックとアッガイの量産が決定したので、取り敢えず概念実証機としての開発継続とそれについての予算を認めて貰ったから、ちゃんと凄いの作ってますよ!って張り切ってプレゼンしたんだが、その場でキシリア様から微妙な顔でツィマッドの開発部からアポイントメントが来ていると伝えられた。一応こいつはキシリア様主導で開発している事になっているから、そのせいで向こうに連絡が行っちゃったらしい。んで、お話ししたいから是非会って!という連絡がストーカーばりに来るもんだから、いい加減切れそうになってたらしい。
「と言う訳で貴様の所に連中を送る、対処しろ」
「あ、はい」
女性は怒らせてはいけない、上官なら尚更である。
そんな訳で何故か宇宙機の開発チームがオデッサに遊びに来る事になった訳だが、ツィマッドの宇宙機と言えばそう、木星エンジンのスピードスター。加速し過ぎるとパイロットと共にスターダストにジョブチェンジをキメてくれる憎い奴、ヅダである。そして、ヅダ絡みでやって来ると言えば、当然ながらこの男なのだ。
「改めてオデッサへようこそ、ジャン・リュック・デュバル少佐。この出会いが実り多いことを期待しているよ」
そう言って差し出された手を握り返す。さて、このヅダキチは一体何しに来たのやら。
こちらを値踏みするような視線にジャンは思わず背筋が粟立ったが、それをおくびにも出さずに笑顔で握手に力を込めた。正直に言えば、ジャンは政治や駆け引きが苦手だ。4年前の採用試験も、もっと上手く立ち回れていたらと幾度も後悔したが、それをしてしまえば自身が唾棄した連中と同じになってしまう。故にジャンは自らの信念を曲げずにヅダの汚名を返上する必要があった。
(しかしこの大佐は、聞きしに勝る。という奴だな)
ここの所技術者や開発部界隈を盛大に引っかき回しているオデッサの基地司令。ただの資源採掘基地だったはずのそれを、あっと言う間に地上屈指の製造拠点に仕立て上げ、欧州方面の勝利を盤石にした男。それどころかジオン国内の主なメーカー全てに太いパイプを持ち、特に地上で運用する兵器では、オデッサが関わって居ないと言うだけで運用部隊が渋い顔をするなどと言われる始末だ。この上宇宙軍の再建にも大きく貢献したと言うのだから、何も知らない人間に話せば、嘘と思われるか、頭を疑われるかのどちらかだろう。ジャン自身も直接会うまで余程優秀な開発チームを抱えているのだと考えていたが、恐らくその考えは間違いだ。
「正直なところ、私が少佐にしてやれる事は無いと思うんだがね?」
その言葉だけでこの大佐がただの調整役や優秀な人間を集めただけの人物でないと解る。つまりこの大佐はジャンが何に困ってここまで頼ってきたのかを理解していると言うことなのだから。
「そうでしょうか?大佐のお力添えがあれば、ヅダは再び飛べると私は確信しておりますが」
故にジャンは、挑みかかるようにそう大佐に告げるのだった。
鼻息荒く熱弁するジャン少佐に正直ちょっと引きながらどうしたもんかと考える。だってヅダだよ、ヅダ。いや、好きな人がいるのは知っているし、あの設定にロマンを感じちゃうのは否定しない。でもちょっと冷静になって欲しい。例えば自分が部隊の指揮官だとして、果たしてヅダは適切な装備だろうか?
無論その性能は認める。スペックで見ればザクのR型とほぼ同じ性能をたたき出し、稼働時間はF型並み。コストだってザクⅠと比べたらかなり高いが、R型と比較すれば1割くらい割高なだけだ。加えて機動のほぼ全てをAMBACと主推進器で賄って居るから、プロペラントをアポジモーター用に分散配置せずに済み、被弾時の誘爆といったリスクも少ない。
しかし、しかしである。それを補って余りあるリスクが暴走分解である。
そもそも教練を終えて正式配備されたと言っても、パイロットの腕なんて千差万別。部隊内にだって差が出る。そんなところに下手な使い方すると暴走するよ!暴走したら確実にパイロット死ぬよ!なんて機体を配備できる訳がないのだ。
加えてそんな信用が出来ない機体なんて、幾ら性能が良いと言っても好き好んで乗る奴は居ないだろう。
「しかし、こうしてみると不思議な機体だな。少佐」
取り敢えず執務室の応接セットに招いて端末に映ったヅダのプロフィールを見ながら、そう首をかしげる。流石にスペックまでしっかりと見ていなかったから、改めてザクⅠと比較してみたけど、なんかおかしいのだ。
「重量としてはザクⅠより10t近く重い、それでいて推力はおよそ20000kgの増加、単純な推力比で言えばほぼ同じだ」
むしろザクの方が推力比は高い。
「ああそれは間違いです、大佐。重量は浅宇宙運用時としているかと。つまりそれが全備重量になります」
なんですと?
「すると何かね。ヅダはザクより4t近く軽いと言うことかね?」
「はい、加えてザクの推力は各所に配置しましたアポジモーターを含めた合計推力でありますから、主推進器同士で比較すれば推力の差もより大きくなります」
うん、解った皆まで言うな。
「つまりこの機体の問題は至ってシンプルな訳だな。機体とエンジンの強度不足、それに尽きる。設計した奴は安全率という言葉を学んだ方が良いな」
「それに関しては否定しませんね。特にエンジン開発チームは頭のネジが外れてましたから」
そう言うなりジャン少佐の横にどっかりとエリー女史が座った。サイズ的にはちょこんと言った方が正しいが。
「おい、また私を小娘扱いしてないか?」
「気のせいでしょう。それより何故エリー女史がここに?」
そう聞けば眉間にしわを寄せ、腕まで組んで鼻を鳴らすエリー女史。
「ヅダには多少なりとも私も関わっています。幾らか助言でも出来ればと」
成程ね。
「それで、本音は?」
「私が手がけた作品を大佐が駄作呼ばわりしたら殴ってやろうと思いまして」
この娘っ子はもうちょっと大人しく生きても良いと思う。
「しかし、事実分解していては問題でしょう」
「指定された安全率は守っていたんですよ、むしろ機体の剛性的にはザクより上だと保証します」
じゃあなんで分解すんだよ?そう半眼になって視線を送れば、ジャン少佐は居心地が悪そうに、エリー女史は不機嫌さを前面に出して答えた。
「はっきり言ってエンジン開発チームの馬鹿のせいです」
元々推進器のメーカーとして身を起こしたツィマッド社は、社内の暗黙のパワーバランスでエンジン開発チームが非常に大きな発言権を持っているのだそうな。んで、問題の出発点は、搭載予定だったものよりも高出力のエンジンを開発チームが提示してきた事だと言う。
「要求したとおり作りゃ良いのにあのマッドサイエンティストが。新型エンジン開発中に一緒に吹き飛ばねえかなと何度思ったことか」
思い出したら腹が立ってきたのか、お茶請けに出したタルトをフォークで突き刺しまくるエリー女史。気持ちは解らんでもないが食べ物を粗末にするんじゃありません。
「しかもツィマッドの上層部は殆どがこの推進器開発部門から上がってきた人間でしてね。かの御仁を止めづらい空気がありまして…」
そう言って渋い顔をするジャン少佐。まあ、それで同僚殉職させられてるしたまったもんじゃないわな。
「それならば、私が次に言う事も解るのでは?」
欠陥を改善できんなら言うことは無い、お帰り願うだけだ。
「お待ちください。エンジンの改善のめどは立っているのです。後は機体の剛性問題さえクリア出来れば!」
わっかんねぇなぁ。
「何故そこまでヅダに拘るのです?今のジオンは優勢に事を進めているとは言え、先行きは不透明だ。プライドや道楽にリソースを割く余裕は無い」
俺の言葉に顔を強ばらせる二人。さあ、どう返す?
「私は、政治や駆け引きが苦手です。ですから正直に申しましょう。死んだヴェルター中尉のため、この機体をただの失敗機で終わらせられないという気持ちは、もちろんあります」
だろうね、でもそれじゃ俺は動けないな。
「ですが、それだけで動くほど私は軽率でもないつもりです。大佐も軍が次期宇宙用MSの選定について動いていることをご存知でしょう」
聞いてるよ。正直エネルギーCAPさえ実用化すればR型で良いんじゃねと言うのが俺の意見だが。
「ツィマッドではドムを宇宙用に改修する事を提案しようとしています。だが、アレは駄目だ」
質量がでかい分ドムは宇宙で使うとプロペラントをバカ食いするからね。
「それでヅダだと?私としてはR型で事足りると考えているが」
「確かにR型は悪い機体ではありません。しかし今後を考えれば少々心許ないのも事実です。違いますか?」
「中々見ているじゃないか」
少佐の言うとおり、R型はザクとしては高い性能を誇るが、元のザクを限界まで突き詰めているためこれ以上の性能向上は難しい。特にジェネレーターなどの中核になる部品を設計変更なしに載せ替えることはほぼ不可能だ。つまり、戦争が長期化し連邦が高性能なMSを繰り出してきた際に対応しきれない可能性が高くなる。
「迂遠な言い方は得意ではありません。大佐の進めておりますインナーフレームMSの設計技術を頂きたい。アレがあれば強度問題を解決できます」
久し振りのメインヒロイン登場ですよ!