起きたらマ・クベだったんだがジオンはもうダメかもしれない 作:Reppu
徹夜明けのコーヒーを啜りながら最後の報告書にサインをした後、抜けるように青い空を窓から見上げて唐突に気付いてしまった。
「俺、最近休んでねぇな」
人間の体とは不思議なもので、あれこれやっている間は気にならないが、一度気がついてしまうと色々と押し寄せてきてしまう。具体的に言えば疲労とか、戯れたいという衝動とかだ。そして矮小な俺はそうなった時、自身を奮い立たせるより言い訳を見つけるタイプの弱い人間だ。
例えば、今日中に出さなきゃならない書類は終わってるよな、とか。
例えば、原作開始まであと一ヶ月切って、ここで休まんともう休んでる暇無いよな、とか。
…例えば、こんなに海の近くに居るのに、海水浴はおろかビーチでのんびり日光浴すら楽しまずに夏が終わるじゃねえか!とかである。
まって、解る。基地司令だし?大佐ですし?自分で言っちゃいますけど、マ、この基地の最高責任者だから?簡単には休めないよね?
「そんな訳ですので休みを頂きたい」
「早朝にたたき起こしておいて言う事はそれだけか、大佐」
ベッドから直行したのだろう、ナイトガウンに制服の上着という斬新なコーディネイトに寝起きで二割増しワイルドさの増したヘアスタイルを秘書官に直されながらユーリ少将が画面越しに溜息を吐いた。なんだよ、休みたいから上司に報告って当たり前じゃんかよ。
「いつも俺の頭を越えて地球方面軍司令や突撃軍司令にアポイント取ってる大佐が居るんだが知らないか?」
そいつぁ随分勇気のある野郎だね、とても俺には真似できないぜ的な事を丁寧に言ったんだけど、何故か秘書官の人からすら冷たい視線を向けられた、解せぬ。
「まあ、まあいい。それで?休みだったか?」
「はい、一週間ほど…」
「一週間!?」
「と言いたいところですが、そこまで強欲ではありません。今日明日の二日ほど頂きたい」
それだけあれば取り敢えず夏の楽しみを一周位できるだろう。ふふふ、浜茶屋の微妙な焼きそばが俺を呼んでいるぜ!
「無理だ、諦めろ」
「え?」
いまなんとおっしゃいました?
「無理だと言った。お前さんのことだ、イスタンブール辺りにでも繰り出して骨董品でも買いあさるつもりだろう?はっきり言って2日もお前を守るために兵は動かせん」
「は?いえ、ごく私的な行動ですので護衛などは必要ありませんが?」
俺がそう言うと呆れた表情でユーリ少将が深々と溜息を吐いた。なんだよそのバカかコイツはとでもいう態度は。
「バカか、お前は」
おっと口に出しやがりましたよ。
「いえ、当然ボディーガードには付いてきて貰いますよ?」
一応それなりに偉い立場だからね、従卒としてウラガンにもお供して貰うつもりだし。流石に俺だってそこまで不用心じゃありませんわー。
「おい、シンシア。ヤバイぞこの大佐、本格的にバカかもしれん」
こっちを指さしながら秘書官にそんなことを口にするユーリ少将、なんだよ!バカって言う方がバカなんだぞバカー!
「日数の問題ですか?ならばせめて今日一日でも良いのですが」
俺がそう提案すると今度は悲しそうな顔で秘書官の方を向くユーリ少将、ちなみに秘書官の人も痛ましい表情で首を横に振っている。なんだよそのコント、面白くねえぞ。
「バカで立場の解っていない大佐殿に俺が優しく教えてやろう。いいか?今お前は間違いなく連邦軍のぶっ殺したい奴リストのトップに居る」
はっはっは、ナイスジョーク。
「冗談じゃねえよ、ここの所欧州のスパイ関連の検挙数はオデッサ周辺が一番だ。つまり連中躍起になってお前さんの情報を収集している訳だ。情報部を悪く言うつもりは無いがスパイの検挙だって絶対じゃない。お前がその穴蔵から出て来たなんて知れてみろ、下手すりゃ行った町ごと吹き飛ばしに掛かってくるぞ」
自国民ごと吹っ飛ばしたいって俺どんだけ恨まれてるんだよ。そもそもそんなに恨まれるようなことしたか?…したか。
「あー、つまり」
「そうだ、休むのは許せるが基地から出ることは断じて許可できん。骨董市は終戦まで諦めろ」
すげなく言われると通信が切れた。がーん、ショックだ…なんていうと思ったか!一日休みの言質は取ったし基地内に居れば良いと言ったな?ふふふ、これは海水浴で決まりだぜ!
「何が、決まりなのでしょうか?」
ウッキウキで準備を始めようとしたら後ろから氷点下の声がした。振り向かなくても解る。ウチの副官様だ。
「…お早うウラガン。随分と早いじゃないか、朝食までまだ時間があると思うが?」
「そろそろ仕事が一息つく頃だと思いまして。差し出がましいようですが軽食をお持ちしました。…それで?何が決まりなのです?」
嘘を言ったら殺す、誤魔化しても殺す、素直に吐いたら考えてやる。そういう凄みを感じる声で問いただしてくるウラガン。嘘みたいだろ?俺の方が偉いんだぜ?
「あー、ウラガン…」
素直に謝ろうと思いかけたところで、俺は思い至ってしまった。いや、俺何も悪くないよな?偉い人も言っていた、すぐ謝るのが日本人の悪い癖だと、いや、マさんが何人か良く解んねぇけど。悪くないのだから自分の要求を堂々と言えばいいのだ。第一俺基地司令だし!繰り返すけどこの基地でいっちゃん偉いし!
「済まないが疲労が溜まっていてな、今日一日休みを貰うことにした」
俺のターン!正当な権利を主張!さあ、どう出るウラガン!?
「左様ですか、承知致しました」
あっれぇ?荒ぶる鷲のポーズで思わず固まってしまった俺を見てウラガンが怪訝な表情を作る。
「大佐?どうされましたか?」
「あ、ああ。いや、うん。そういう訳で、休むぞ?」
「はい、確認頂きました書類はこちらで処理しておきます。では、ごゆっくりお休みください」
そう言って一礼するとウラガンは部屋から出て行こうとする。なんだよー驚かせてさー。さて、PXに水着ってあったかな?なんて考えていたら、扉が開くと同時に思い出したかのようにウラガンが喋った。
「ああ、言うまでも無いことですが。休むのですからしっかりとお休みください。近くの骨董市などに出かけたら…解っていますね?」
「あ、はい」
俺、この基地で一番偉い、偉いんだけど…ちょっと自信無くなってきた。
「はっはっは!それで基地の中を散歩している訳ですか」
あの後PX行ったんだけど水着無いか聞いたらイタリア系の酒保担当者に、
「そんなもの、無いよ」
って言われたので、仕方なく海水浴は諦めて基地を散策することにした。いや、部屋で寛ごうとも思ったんだけど、部屋にいるといつの間にか一心不乱に壺磨いちゃうんだよな。なので一人の時はなるべく寝る時だけ私室に入ることにしている。んで気の向くままにエレカを走らせていたら、何やら木材をがっつんがっつんやってる音がしたもんで気になって近づいて見れば、古き良きテキサス親父スタイルのフラナガン博士が斧で丸太と格闘してた。因みに施設のお子さん達が窓から心配そうにこちらを見ている。
「間抜けな話です、いざ休もうと思うと休み方が解らないとは。大人失格ですな。それで、博士は何を?」
傍目からは木材を殴打してるだけに見えるんだけど。
「ああ、子供達にブランコを作ってあげようかと。少々手間取っておりますがね」
どう見てもウッドチップを量産しているだけだがそれは言わぬが花だろう。子供達もああしているところを見ると随分打ち解けているようだ。
「どうですか、彼らは?」
そう聞けば木材から視線をそらさないまま博士が答える。
「順調ですよ。幸い後催眠処置はされていませんでしたし、薬物汚染も軽度でしたから後遺症などはないでしょう。ただ…」
「ただ?」
「コロニー落としの精神的衝撃…言ってしまえばトラウマですな。それはどうにもなりませんし、負ってしまった記憶障害はどうにもなりません」
だからせめて楽しい記憶を。偽善だと自覚していても何かやらずにはいられなかったと博士は自嘲気味に笑った。
「良い思い出ですか、でしたら良い案があります。君達!」
窓から窺っていた子供達に声を掛ける。はっはっは、滅茶苦茶びびってるぜ。だがこのマ、容赦せん!
「ブランコを作りたいのだがね!生憎博士も私も不器用なんだ!手伝ってくれないかね?」
「た、大佐?」
何を驚いているのやら。あんな話されて放置できるほど俺はドライじゃねえよ?
「まあ、こんな休みも良いでしょう」
そう言って俺は腕をまくる。建物の方へ視線を向ければ恐る恐るといった雰囲気で子供達がこちらへ向かってきていた。さて、大工仕事なんて中学の図工以来だけどなんとかなるだろうか?そんなことを思いながら俺もノコギリを手に取った。
「さて、どうせならでっかい奴を作りましょう。皆で乗れるようなでっかい奴をね」
「それは些か手に余るのでは?大佐」
なーに、こういうのは志が重要なんだよ。
結局途中で見ていられなくなった設営隊の皆が乱入してきて、大騒ぎをしながら作っていたら、あっと言う間に日が暮れてしまった。設営隊の頑張りもあってブランコ以外もかなりの遊具が施設の一角に設置されたが、ブランコはいつも順番待ちが出来ていたことをここに記しておく。
真面目な話なんて何話も書けるか!