起きたらマ・クベだったんだがジオンはもうダメかもしれない   作:Reppu

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読者の期待を裏切っていくスタイル


第七十二話:0079/09/23 マ・クベ(偽)と少女の戦場

時計の針は少しだけ巻き戻る。準備を終えたマ・クベ達が飛び立ったオデッサに1機のシャトルが着陸する。停止から直ぐにドアが開きタラップが展開されると、周囲の風景に全くそぐわない白を基調としたワンピースに身を包んだ少女が飛び出してきた。

 

「ふっふっふ!この風、この肌触りこそ戦場よね!」

 

シャトルから降りるなり仁王立ちになった少女はドヤ顔でそう言い放つ。

 

「いや戦場しらんでしょ、お嬢。それより退いて下さい、この鞄結構重いんですよ」

 

いまいち覇気の感じられない声音で後からついてきた少女がつっこむ。少女の言うとおりその手には大きなキャリーバッグが握られていて、相当の重量なのか僅かに震えている。

 

「むー、ノリが悪いよナナお姉ちゃん。こういうのは最初が肝心なんだよ?」

 

「その肝心な最初とやらに、もうすぐ上から落ちてきたバッグに潰されるって事象が加わるけど…私は悪くないわよ?」

 

その言葉に少女が慌てて退くと、ナナと呼ばれた少女はよたよたとタラップを降り、地面に足を着けたところで盛大に顔をしかめた。

 

「…埃っぽい、なんか臭い。絶対これババ引いたよ」

 

ナナはつい最近までニュータイプとしての才能を認められず、あの施設でも特に過酷な試験を多く受けさせられていた。そのため絶望から一時期重度のうつ病を発症しており、今でもその頃の影響で全体的に気怠げな雰囲気をまとっている。

 

「だいたいなんなのよ、あのダルマジジイ。何がオデッサでの経験は君のためになるよ。自分に都合良くなったからって手のひら返しやがって…」

 

「ほら、ほら!ナナお姉ちゃん!お迎え来たから!皆引いてるから!」

 

慌ててフォローする少女の前には、引きつった笑みを浮かべる女性の少尉と仏頂面の大尉が並んでいた。

 

「…ハマーン・カーン特別候補生、それからナナ・フラナガン技術少尉で宜しいでしょうか?私はエイミー・パーシング少尉です。基地司令のマ准将からお二人の案内を言付かっております」

 

そう言って笑顔になる少尉を見て、少女…ハマーン・カーンは心の中の警戒レベルを一段階上げた。

そう、ここはもう戦場だ。

以前の会話でよく聞いていた海兵隊の女中佐、最大の障害は彼女であるという認識は変わらないが、ここにはまだまだ猛者がひしめいている。他にも最近地球方面軍のアイドル中隊などと呼ばれて本国で紹介されたオデッサのとある中隊。全員が良いところのお嬢さんだけで構成されているこの中隊は、尊敬する人物に准将と言っていたがハマーンには解る。インタビューを受けていたあの少尉、あれは完全に恋する乙女の顔だった。他の隊員達も多少の差はあれど同じようなものだろう。他にも技術士官の中尉、基地守備隊の少尉とヨーロッパ方面のニュースで出てくるオデッサゆかりの女性は誰も彼もが油断できない相手だ。ある意味銃やMSで戦うより遙かに厳しい戦いになるだろう。目の前の少尉だってそうだ。僅かではあったが准将の名を呼ぶ時、声に喜色が混じった。ナナお姉ちゃんやモアイみたいな大尉さんは気付いて居ないみたいだけれど、このハマーンには隠せない。挑みかかるように少尉に挨拶をした後、視線を移した先に居た大尉を見てハマーンは雷に打たれたような衝撃を受けた。

 

なんだ、こいつは。

 

空気が重く感じるほどのプレッシャーにハマーンは一歩後ずさった。それを見て怪訝そうな表情で進んでくる大尉に思わず拒絶の言葉が出そうになるのを必死で押さえ込む。

人類が同性同士で婚姻関係になれるようになってもう百年以上経つ。そう言う関係がある事をもちろんハマーンは知っていたし、マレーネ姉様の秘蔵のコレクション--具体的に言えば本棚の後ろの隙間に隠してある薄い本だ--からある程度具体的な学習も済ませている。そしてハマーンは己の浅慮に歯ぎしりをする。准将は素敵な方だから、性別程度が障害にならないことくらい考慮に入れておくべきだったのだ。女中佐が最大の障害?冗談じゃ無い、目の前の大尉に比べれば中佐など初恋に浮かれる少女に等しい。

 

(でも、負けられない!そう言う愛があるのは知っている。でもそんなの自然の摂理に反しているわ!准将は私が正しい道に戻してみせる!)

 

ハマーンとの恋愛関係が成立する場合、それはそれで今度は病気を発症する事になる訳だが、そんな都合の悪い事実は少女に届かない。決意を新たにしたハマーンは颯爽と迎えのエレカに乗り込む。少女の戦争は始まったばかりだ。

 

 

 

 

「…彼女は一体どうしたんでしょうか?」

 

盛大な誤解をされているなど想像の埒外であるウラガンは、ふらつきながらエレカに乗り込んだハマーンを心配そうに眺めながらエイミーに問うた。

 

「さあ?長旅で疲れたんじゃ無いでしょうか?」

 

そう言う方向についてはどこぞの基地司令と同様に鈍いエイミー少尉もウラガンと同じく疑問符を顔に貼り付けている。

 

「それはいけません。お二人は初めての地球です。ちょっとしたことが大事になりかねない。今夜は食事なども別途用意しましょう」

 

基本的に肉体労働である軍の食事はハイカロリーだ。体力の落ちた少女達には些か酷な食事になってしまうだろう。

 

「特別…お肉ですね!」

 

目を輝かせるエイミー少尉に、それで体力が戻るのは貴女くらいだと心の中で突っ込みながら、ウラガンは用意するメニューを考え始めた。出来る副官はマメな男なのである。

 

 

 

 

「急に救援要請を出せとは、一体どうしたんだ准将?また極秘施設でも見つけたのか?」

 

移動中に流石に独断専行が過ぎたと冷静になった俺は、取り敢えずガルマ様にお願いして救援要請をオデッサに届けて貰った。日付は今日だから何も問題無い。今頃貰ったウラガンが色々頑張ってくれていることだろう。ちゃんとお土産にチリビーンズの缶詰買っていくからな。そんなことを考えながらアッザムから降り立つ俺を態々出迎えてくれたガルマ様が聞いて来る。正直皆の中で俺がどんな人物像なのか非常に問い詰めたいが、今は時間が惜しいので置いておく。

 

「以前、お約束したでしょう?ガルマ様が困難に立ち向かうなら、それを支えると」

 

俺がそう言うと、驚いた表情になるガルマ様。おいおい、まさかリップサービスとでも思ってたのかい?俺はそんなに口先だけの男に…見えるな。いっつも口であれこれ丸め込んでるもんね!

 

「准将、君はあの連邦の新型艦がそれ程の相手だと確信しているのだな?」

 

間違い無くね。

 

「当然でしょう。我々は張った罠を見事に食い破られたのですぞ?赤い彗星のおかげで辛うじて機会が残りましたが、そうで無ければ今頃奴らはジャブローの穴の中です」

 

こちらが優勢にもかかわらず、あんなものを開発できる技術陣をこのまま放置したら何をしでかすかわからん。しかもここで放置して補給部隊と合流でもされたら、ガンダムのモーションデータが連邦に渡ってしまう。そうなったらあのジムモドキだってどんなバケモノになってしまうか解らない。

 

「現在落下した周辺を包囲している。シャアの回復を待って仕掛けようと考えていたが」

 

「シャア少佐の様子はどうなのです?大気圏で機体が四散したと聞いていますが」

 

俺の言葉に頭を振るガルマ様。

 

「執務があったからな。まだ詳細については聞けていない。少なくとも命には別状は無いらしい」

 

「そうですか。彼が抜けるのは痛いですが時間との勝負です。落下地点は連邦も掴んでいるでしょうから、何時救出部隊が動き出すか解りません。手負いの内に仕留めるべきです」

 

そう言うとガルマ様は顎に手を当てて考え込む。ここまで追い詰めてくれたシャアに手柄を横取りするようで悪いとか考えているのかもしれない。

 

「正直なところ、あまり戦力を動かしたくないと言うのが本音だ。北米は漸く安定してきたからな。ここで大げさに軍が動けば市民にも動揺が走るだろうし、そうなれば折角収まってきたゲリラも再発しかねん」

 

「少数部隊での攻略となれば、確かに赤い彗星の離脱は痛手ですな」

 

「降りてきたデュバル少佐達の機体も補給は必要だし、アプサラスも整備が必要だ。即応の為にランス中佐が率いているグフ1個中隊があるが、流石に彼らだけではな」

 

同意して俺も頷く。

 

「勝てないとは申しませんが厳しい戦いになるでしょうな。ですので私も戦力を連れてきました」

 

そう言って参加メンバーを告げると顔を引きつらせるガルマ様。だよねー、本当は海兵隊全員連れて来たかったんだけどね。

 

「おいおい、オデッサの守備は大丈夫なのか?」

 

そっちかい。

 

「守備隊が残っておりますし、まだジャブローも立て直せていないでしょう」

 

「つまり今をおいて好機はない、か。良いだろう准将。オデッサの部隊はいつ頃着ける?」

 

「遅くとも今夜中には」

 

俺の言葉に頷くと、ガルマ様は決然と宣言した。

 

「解った。では明朝06:00を以って敵新型艦への攻撃を実施する。准将にも骨を折って貰うぞ?」

 

その言葉に敬礼をするとガルマ様は笑顔で答礼し、口を開く。

 

「さて、准将。悪いが私は今から2時間ほどプライベートだ。友人を見舞いに行くのでね」

 

「承知しました。では向かわれる前に一つお願いが」

 

「何だろうか?」

 

大したことじゃ無いっすよ。

 

「ギャロップを幾らかお貸し下さい。少し歓迎の花火でも撃ってやろうと思いますので」

 

そう言うとガルマ様はあんぐりと口を開けた。はっはっは、まだまだだなぁ。

 

「こちらが準備をしている間、相手を休ませてやる必要はありませんので」

 

俺はドヤ顔でそう言った。




ハマーンちゃんは恋愛乙女脳になっていますので、敬愛、尊敬、思慕の区別が今一ついていません。
また、正しい道云々もあくまでハマーンちゃん個人の思想です(責任回避)

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