起きたらマ・クベだったんだがジオンはもうダメかもしれない   作:Reppu

79 / 181
今月分です


第七十八話:0079/09/24 マ・クベ(偽)とテム

通された先は良く掃除がされてはいたが、物は無く照明で光量は足りているものの換気窓一つ無い殺風景な部屋だった。これならホワイトベースの独房の方がまだ飾り気があるな、などと埒外の事を考えながら、促されるままテムは中央に置かれたパイプ椅子へ腰を下ろした。

 

(呼び出されたのは私とノア少尉か。…彼も災難だな)

 

パオロ中佐が負傷した後艦の指揮はアンドリュー大尉が執っていたのだが、彼は敵の攻撃が激しくなると、艦の指揮をノア少尉に執るよう指示し、自分は逃げ出してしまったのだ。同じ車両で運ばれたオペレーター曰く、囮となってホワイトベースから敵の注意を逸らすためと言っていたそうだが、聞こえていたオペレーターと指示されたノア少尉以外に一言も言わずに出て行く辺りに本心が透けて見えると言うものだ。

ただ、その際しっかりとモーションデータのコピーも持っていったようだから、彼がたどり着けていれば残された側としては業腹であるが、相応に意味のある行動になっただろう。残念ながら飛び出して1分と経たずに撃墜されたそうで、以降の安否は不明である。

 

「やあ、お待たせしてしまったかな?お会いできて光栄だ、大尉」

 

待つこと数分、そう言って後ろのドアを開けて入ってきたのは、随分と階級の高い男だった。癖のある髪にどこか不健康そうな肌色、目元は怜悧で口にした言葉と裏腹に感情というものが含まれているようには見えない。薄く三日月を作る口元は、友好よりも嗜虐の愉悦によるゆがみだとテムは思った。

 

「ああ、待ちくたびれたよ。私の記憶が確かなら、南極条約で捕虜の待遇は規定されていたかと思うがね?」

 

ちょっとした意趣返しのつもりで皮肉を言うと、目の前の椅子に座った男は楽しそうに笑った。

 

「ええ、ええ。良く存じていますよ。何しろあれを纏めた席に私も居ましたからね」

 

その言葉に目の前の男が大凡誰なのか、遅ればせながら気付いたテムは警戒心を一気に強めた。

 

「ここの所は忙しかったでしょう?有能な大尉のことだ、それこそ眠る暇も無かったのではないですか?」

 

嫌がらせの砲撃をあれだけしておいてぬけぬけと言い放つ男に怒りを覚えるが、ゆっくりと息を吐き、怒りを吐き出す。煽って平静を失わせるつもりだろうがそうはいかない。

 

「誰かさん達がはしゃいで明け方まで砲弾をばらまいてくれたからね。少々煩かったが、なに、大したことでは無かったよ」

 

「それは良かった。少し長い話になるので、お疲れだったらどうしようかと思っていたのですよ。では、早速本題に入るとしましょう。大尉、貴方にはここでこの戦争から退場して貰う」

 

天気でも語るような気楽さで飛び出た言葉にテムは一瞬呆けるが、その意味を察して身を強ばらせる。

 

「ほ、捕虜の殺害は条約違反だ!」

 

思わず叫んだテムを可笑しそうに見る男は、テムの態度に気にした風も無く、近くに居た兵士に飲み物を持ってくるように指示を出す。そのあまりにも泰然自若とした姿勢がテムの焦燥を煽る。その時テムの脳裏には、出撃前の中尉に語った言葉が浮かんでいた。ガルマ・ザビは人道主義者だ、捕虜の扱いは悪くないはずだ…だが、それはガルマ・ザビに限ったことであって、決して地球に侵攻してきたジオン軍の総意では無いし、コロニー落しについても法的善悪でなく、人の良心に訴えるならば、それを是とし実行した人間達の心理状況を自分はあまりにも楽観的に捉えすぎていたのでは無いか。嫌な汗が浮かぶのを自覚しながら、テムは相手の真意を探るべく睨み付ける。その視線に男はテムの思考を理解したのか、可笑しそうに笑う。

 

「はっはっは。我々は無頼では無い。約束を守るくらいの良識はありますよ。貴方達の守る連邦政府とは違ってね。私の要求は単純です。貴方自らの意思で我々に降って欲しい」

 

その言葉にテムは目を剥く。

 

「…正気かね。腐っても私は地球連邦軍の士官だ。その私に寝返れだと?」

 

随分と安い男に見られたものだとテムは内心憤慨する。だが、返ってきた言葉にその熱は一気に奪われることとなる。

 

「頷いてくれれば貴方のご子息の安全を約束できます。そちらにとっても悪い話では無いと思いますが?」

 

「何のことかね?」

 

一応韜晦してみせるが当然ながら効果は無かった。

 

「あのトリコロールの機体に乗っていたご子息の生命の保障は、貴方の言葉如何で決まると言っているのです」

 

「人質とでも言う気か?条約を守るという言葉は何だったのかね?」

 

侮蔑を込めて紡いだその言葉は、思わぬ形で崩される。

 

「条約?なにを言っているのです。我々が結んでいる条約は貴方達連邦軍との間だけだ。ゲリラは適用の範囲外ですよ」

 

「そちらこそなにを言っている!アレは連邦軍に所属したっ!」

 

「したことにする予定だった、でしょう?急いでいたとは言え正規の任官手続きが済む前に戦場に出したのは失敗でしたな」

 

返ってきた言葉に己の失態を悟り、テムは舌打ちをする。徴募した息子やその友人達は書類こそでっち上げたが、ルナツーでは採用の権限が無いとされ、ジャブローで正式に任官するはずだったのだ。つまり目の前の男の言に反論する言葉をテムは持ち合わせていない。

 

「ゲリラの処遇は捕縛した国の刑法によって裁かれるのでしたな。我が国では二人以上の殺害、それも過失で無く故意ですから…間違い無く死刑が判決されるでしょうなぁ」

 

兵士が持ってきたお茶を暢気に啜りながら、世間話のように息子の死を持ち出す男。テムは思わず逆上し殴りかかるが、触れる間もなく側に居た兵士に拘束されてしまう。

 

「貴様!息子に指一本触れて見ろ!必ず殺す!絶対に殺してやる!どんな事をしても必ず!必ずだ!!」

 

そう叫ぶテムに男は癪に障る表情で肩をすくめて見せると、変らぬ口調で口を開いた。

 

「やれやれ、野蛮ですな。だからそうしなくて良い提案をしているでしょう?私だって好き好んで子供を手にかけたいなどと思っていません。どうです大尉?貴方の採るべき選択が解ったのでは無いですか?」

 

「…息子の安全は、確かに保障されるんだろうな?」

 

「それは貴方の態度次第ですな。まあ、可能な限り命の保障は致しましょう。尤も戦争ですし軍の施設には収容するでしょうから、そちらの軍が核でも使ってコロニーごと吹き飛ばされたらどうにもなりませんがね」

 

 

 

 

テム大尉が出て行って暫くしてから、入れ替わるようにガルマ様が入室してくる。その表情はお世辞にも優れているとは言いがたい。

 

「准将、言ったはずだぞ。やりすぎるなと」

 

何を仰る。

 

「捕虜ならば連邦に返さないことは出来るでしょう。しかし彼の価値をそれだけに留めるのは我が国にとって損失でありましょう。手に入れたならば最大限利用せねば殉じてくれた兵に申し訳が立ちません」

 

そう返すと渋い顔のまま黙り込んでしまうガルマ様。デギン公は人を見る目があるな、軍人にゃ向いてないよ、ガルマ様。

 

「ガルマ様、将は時として私的な正義を忘れねばなりません。その正義のために己が将兵が如何に害されるか、まずそれを考えるべきです」

 

優しい理屈だけで世界が通せるなら、戦争なんて起きはしない。そして人としての正義を通したいなら軍人などやらず、政治家でもしていた方がずっと近道だろう。

 

「だから子を人質に親を顎で使えと?子供を道具にするなどあの連邦と同じではないか!」

 

「公国将兵200万の命を悪戯に危険に晒すより、たった一人の敵国民の命を贄にする方が幾らかでもましな選択肢だと考える次第です」

 

そう机を叩きながら激昂するガルマ様に返せば、凄い形相で睨み付けてくる。こりゃ、今までの関係もご破算かな。

暫くにらみ合う形になったが、こちらの考えが変わらない事を理解したのか、ガルマ様は乱暴に椅子に座ると、大きく息を吐いた。

 

「…今回の件は全てキシリア少将、ひいてはギレン大将に報告する。もう一度聞くが准将、意見を変えるつもりは無いのだな?」

 

その言葉に黙って頷く。

 

「解った。捕虜と民兵の移送はキャリフォルニアが責任を持って行なう。他に何か言いたいことはあるか?」

 

それじゃ、お言葉に甘えて。

 

「それでは幾つか。まず指揮官機に乗っていたあの少年達はフラナガン医療センターへ送って頂きたい。あの年齢であれだけの戦闘力です。オーガスタでの研究の成功例かも知れません。それと万一にも捕虜を奪還されないためにも護衛を。宇宙に慣れた者が良いでしょうからシャア少佐とジャン少佐が適任かと。また、彼らを徴募し正規の軍籍を与えること無く戦線に投入したことを大々的に批難するべきです。それから最後に、この件の発案、責任者は私にして頂きたい」

 

「…一応聞いておこう。何故か?」

 

「人にはそれぞれ役というものがあるからです。ガルマ様は慈悲深く人道的な将であらせられる。ならば誰か泥を被る者が必要でしょう」

 

幸い表向きの階級は俺の方が上だからね。仮にこの件が問題になっても俺に全てまとめておけば軍全体のイメージダウンは避けられる。最悪俺を糾弾して軍籍を剥奪するなり独房にぶちこむなりすれば、けじめが付けられるからだ。その為にも指示し実行した人間を明確にしておく必要がある。

 

「これが戦争か」

 

吐き捨てるようにそう口にするガルマ様に、俺はただ黙って頷いた。




黒マムーヴ

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。