起きたらマ・クベだったんだがジオンはもうダメかもしれない   作:Reppu

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今週分です。


第八十四話:0079/10/01 マ・クベ(偽)帰らず

明けて翌日、速攻で呼び出しを食らった俺は、グラナダにあるキシリア様の執務室で直立不動の姿勢を取っていた。

 

「お前はあれか、何か問題を起こさんと死ぬ病気にでもかかっているのか?ん?」

 

そう言って苛立たしげに机を指で叩くキシリア様。うんうん、今日もお美しい、でもその表情は頂けないね。ほら笑った方が貴女は魅力的ですよ。

 

「はい、いいえ、少将閣下。自分は指定されました任務を実施しただけであります」

 

「…ほほう?訓練相手とMSを賭けた模擬戦の挙句生身で殴り合うのが任務か。私が知らない内に随分と総司令部は斬新な指示を出すようになったな?」

 

ばれてーら。まあ、顔面に馬鹿でかい湿布やら青たん作ってるから隠せる訳も無いんだけど。因みにリアルファイトの勝者はイネス大尉。良く解らんダンスみたいな足技で俺に馬乗りになっていたマッシュ中尉を一撃で気絶させ、片腕で俺を持ち上げたかと思ったら即チョークで落とされた。女って怖い。

 

「はい、いいえ、マッシュ中尉とのあれはレクリエーションであります。訓練相手との相互理解の醸成に努めておりました」

 

「お前はなにを言ってるんだ?」

 

すっごい残念なものを見る目で頭を抱えるキシリア様。おっかしいなあ、連邦軍ならこれで一発解決なのに。

 

「まあ、いい。それで、マッシュ中尉から機体返還の嘆願書が来ているが…」

 

「それはお断りします」

 

キシリア様経由ならなんとかなると思ったか?残念だったな中尉、その程度で俺は引かん。大体機体の入れ替えについては閣下も承知済みですしー、しかも持っていく機体どの機体とは指定されなかったしー。ならどれでも持っていかせろ。

 

「…今ほどお前を送り出して良かったと思ったことは無い。もう良い、今日は例の博士との面談だったな。それが終わったらさっさと出て行け」

 

嘘みたいだろ、ほんの数日前まで上官だった人の言葉なんだぜ?

俺は敬礼すると部屋から退出し、工業区へ向けて移動を開始した。亡命したと言うことになっているテム・レイ氏は大尉待遇でグラナダに迎え入れられた後、2日ほど厳ついお兄さん達と楽しいおしゃべりに興じ、その後抜け殻のような様子で開発部で働いているらしい。あまりにも元気が無いのでちょっと様子を見てくるよう言われたのだが、正直俺が行くのって逆効果じゃ無いですかね?

エレカで横に座ったイネス大尉にあんな格闘技何処で覚えたの?とか聞いていたら、あっと言う間に工業区に到着。交渉材料も特にないのにどうしろと…なんて思っている内にテム大尉のラボへ着いた、着いたんだけど…。

 

「イネス大尉、本当にここで間違い無いのか?」

 

「はい、大佐。ここで間違いありません」

 

まじかー。イネス大尉の肯定を受けて改めてラボを見る。感想、すっげえ警戒厳重な廃材置き場とその事務所用のプレハブ。オイオイオイ、宇宙世紀よ?月よここ?何だよプレハブって!?周囲は侵入というより脱走防止を主眼にしているとしか思えない壁に囲われ(ご丁寧に上には有刺鉄線が張られている)入口には歩哨が可愛いペット(噛みつかれたら腕ごと食いちぎられそうな大型犬)同伴で油断の無い視線を周囲へと送っている。こっちと目が合ったら直立不動で敬礼された。うん、身のこなしが完全に戦闘マシーンだこの人達。

 

「…誰かと思えば、何をしに来た?」

 

汚れた作業着にくぼんだ眼孔、顔もオイルやら汚れにまみれていて、声には張りが無い。うん、完全に疲労困憊してるね。

 

「成果が上がっていないようなので様子を見てくるよう指示があったのですよ」

 

「成果、成果ね?資材も、道具も、人も無しに、技術者に一体何をやれというのかね?」

 

そう言ってテム大尉は持っていた機械をその辺りに放り投げ、色がくすんでくたびれたソファへ寝転んでしまう。横柄な態度にイネス大尉が顔を顰めるが、それを手で制しながら俺は考える。どうもテム大尉、思ったより仕事人間っぽい?少なくともこの環境を幸いにサボろうとか考えない辺り、あまり器用な人じゃないみたいだな…なら交渉の余地はある。

 

「確かに、この環境で成果を出せと言うのは無茶ですな。そこで提案ですが大尉。何人か監視を受け入れませんか?」

 

寝返った理由が理由だし、ほいほいと信用は出来ないだろう。だから解りやすい首輪をつけて彼に叛意がない事を示させる。逆に言えばこれを受け入れないなら、テム大尉は信用出来ない事になる。そうしたら残念だが、この場でこのまま朽ちて貰おう。

 

「もう監視なら山ほど付いていると思うが?」

 

「あれは精々脱走防止用の監視カメラです。提案しているのはもっと踏み込んだ監視…端的に言ってしまえば、連邦軍に極めて強い敵意を持つ技術士官を助手につけます」

 

俺の言葉に露骨に顔を顰めるテム大尉。だろうね。今の見張りの皆さんじゃ大尉が何をやっているのかすら解らないだろう。だが、技術士官なら大尉の行動をより正確に監視できる。

 

「加えてその者へ毎日実施した内容の報告を義務付けます。ああ、一緒にスケジュールの提出もしましょうか」

 

「まるで入りたての新人だな。私がそこまで信用出来んのなら、態々翻意させることも無かっただろう」

 

そう言って苦笑する大尉に肩をすくめて見せる。しょうが無いでしょ?裏切り者が信用されないのは世の常だよ。その人物が優秀なら優秀な程ね。

 

「貴方をあのまま連邦に残す方があり得ない選択です。そして手に入れるなら最大限活用するのが私のポリシーなのですよ」

 

 

「宜しかったのですか?」

 

あれこれごねていた大尉だったが、結局の所今後もジオンで飯を食ってくんだから今の内に心証を良くしといた方が安全だよ?ご家族も含めてって言ったらスゴイ顔で承知してくれた。

 

「良いのだよ。彼にはそれだけの価値がある」

 

俺がそう返すとイネス大尉は釈然としない表情で後ろを付いてくる。そう言えば話してて思い出した。フラナガン送りにした後確認してないけどアムロ君達無事だろうな?別に連邦に忠誠誓ってる訳じゃ無いだろうし、戦後ちゃんと家に帰れるって保証すれば大人しくしててくれないだろうか?あ、折角だし通信制の学校とか通えるようにしてやったら良いかもしんない。

 

「…正直、そこまで大佐が肩入れする理由が解りません。優秀なMS開発者ならば我が国にも多数在籍していると思うのですが」

 

そら沢山居るけどね。

 

「古い軍略家の言葉に、敵国の糧食を一つ奪って食べるのは、自国の糧食を食べる数倍の価値がある、と言うモノがある。これは人間にも言える事だと私は思う。敵国の開発者を一人こちらに引き入れればその差は二人分だ。しかもそれが、計画を主導している立場の人間ならば、その価値はただの一人ではあり得ない」

 

無論、無理矢理やらせているから、純粋に同じパフォーマンスは発揮してくれないし、こちらとしても、計画の中核には据えられない。けれど、今のジオンにとって、そのデメリットは限りなく小さい。

 

「それに、今だからこそ彼を引き入れる最良のタイミングだとも言える」

 

「最良…ですか?」

 

「大尉、簡単な話だ」

 

現在ジオンで使用しているMSは流体パルス駆動を使っている。このシステム、安価に高トルクを発生させたり力を保持するのには向いているのだが、如何せんスペースを大量に使う。ザクⅡなんかでは機体内に収まりきらずに外装になってしまっている部分があるほどだ。

更に問題なのが、このシステム、被弾に非常に弱い。力を伝達するために当然ながら流体の入った配管を全身に巡らせる必要がある訳だが、おかげで全身何処を撃たれても動作に支障を来す事になる。無論重要部分は並列化するなどしているが、それがまた余計に容積を圧迫する事に繋がっている。

 

「兵器の進化などどれも一緒だ、最終的には小型で高出力、そして多機能を目指す」

 

その流れに置いて流体パルスシステムはフィールドモーターシステムに対し大きく差を付けられている、むしろ今後のニーズから言えばはっきり言って勝ち目が無い。

 

「それ程ですか?」

 

それ程ですとも。

 

「例えば彼が造ったガンダムだが。アレは上下で分割されていて、戦場でパーツの入れ替えすら出来るそうだぞ?」

 

その言葉に絶句するイネス大尉。そらそうだよね。ザクだったら壊れた下半身入れ替えますなんて言ったら部品揃って居ても一日仕事だもん。流体パルスシステムを使う以上、パーツのブロック化なんて言うのは、とてつもなく高いハードルになってしまうのだ。

 

「故に、今後に向けてフィールドモーター機の開発は進めねばならん。ジオニックが提案してきているから、その辺りにねじ込めればいいんだが」

 

正直この戦争はもう長くないはずだし、戦争が終われば大幅な軍縮が起きることはまず間違い無い。当然開発予算なんて真っ先に削られるから、予算の出る今の内に研究を進めておくのだ。俺がそう言うと、なんか感心した顔になったイネス大尉が何度も頷きながら口を開いた。

 

「大佐はとても遠くまでお考えなのですね」

 

「心配性で臆病なだけだよ。さて、そろそろ予定は終わりかな?」

 

いい加減オデッサ帰りたい。どうせ仕事すげえたまってるだろうし。

 

「…その件なのですが、大佐」

 

なにさ。その歯切れの悪いしゃべり方。

 

「まだ何かあったかな?すまない記憶に無いんだが」

 

そう言うとイネス大尉は申し訳なさそう応える。

 

「グラナダの視察が終わり次第ソロモンに来て欲しいとドズル中将から連絡が、ギレン総帥の承認も済んでいます」

 

…俺、いつになったら帰れるの?




アクト・ザクがUPを始めました。

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