起きたらマ・クベだったんだがジオンはもうダメかもしれない   作:Reppu

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ちょっと早めのですが。


第九十話:0079/10/16 マ・クベ(偽)とハマーン

「大佐!私にもMS下さい!」

 

デメジエール中佐と固茹でちっくなお話をした翌日。ギレン閣下からタスクフォース構想について、試験的にオデッサでやってみ?取り敢えず装備更新中の部隊からなら幾らか引き抜いて良いよ、というお許しを頂いた。ついでとばかりに強請ったザンジバル級を受け入れる準備をしていたら、部屋に飛び込んできたハマーンが頬を紅潮させながらそんなことを言ってきた。いやいや、冗談は止せ。

 

「ハマーン、残念だが軍人でないものにMSは渡せない」

 

第一まだ君は子供だろう。そう言いかけて口を噤む。彼女の才能をフラナガン博士に研究させるために基地への滞在許可を俺は出している。利用はしておいて都合が悪いと子供扱いではいくら何でも失礼すぎる。

 

「でもジョーイさんはアッザムに乗っていますよ?大佐」

 

「あれは調整のためで専属のクルーでは無い。それに戦場には絶対に出させない。と言うよりハマーン。何故MSを欲しがる?随分と急じゃないか」

 

そう聞くと、ハマーンはドヤ顔で健康診断書らしき書類を突きつけてきた。ちょっ、BWHの数字とかくらいは隠しなさい!女の子でしょう!?

 

「昨日の測定結果です!見て下さい、軍のMS搭乗要項の最低身長を上回りました!」

 

MSのコックピットは既存の兵器に比べると非常に調整幅が大きい。これは少しでも多くのパイロットが欲しかった軍がメーカーに体格の許容値を大きく取らせたからだ。おかげで史実では、人手不足を良いことに子供をほいほいと戦場に送り出せる土壌になっていた。

 

「成程な。だが、先ほど言ったように軍人で無い者にMSを渡す訳には行かない」

 

玩具じゃ無いからね、なんて思ったらハマーンが急に怒り出す。

 

「私、玩具が欲しくて強請っているんじゃありません!少しでもおじさまの役に立ちたくて!」

 

そう言って涙ぐむハマーン。やっべぇ、流石ニュータイプ。こっちの考え筒抜けじゃん!だったらおいちゃんの気持ちも解っておくれよ。

 

「泣かないで欲しい、ハマーン。君がそう言う気持ちでは無いのは良く解ったし、私の力になってくれようとする事はとても嬉しい。けれど、私にもちっぽけだがプライドはある」

 

俺は椅子から立ちハマーンの側へ行くと、膝を折って視線を合わせる。泣き顔も可愛いね、けどやっぱり女の子は笑っている方が魅力的だと思うんだ。

 

「君達のような若者を戦場へ送らない、それが私にとっての精一杯の強がりなんだ。だからハマーン。私のために我慢してくれないだろうか?」

 

子供って言うのは、未来で、希望だ。俺たちはより良い未来のために武器を取った。だが、その良い未来のために未来そのものをすり減らしたら本末転倒もいいところだ。だから俺は子供を戦場に出さないし、子供を戦いに巻き込む人間を軽蔑する。まあ、つまりもうここにハマーンが居る時点で俺はどうしようも無いクソ野郎という事だ。だからせめて、彼女が武器を持つことだけは阻止したい。

 

「私、もう大人です。子供だって産めるんですから!」

 

顔を真っ赤にして、そっぽを向きながらそんなことを言うハマーンに、俺は一瞬呆気に取られた後、思わず吹き出してしまった。その様子に頬を膨らませてこちらを睨むハマーンに俺も負けじと言い返す。

 

「はっはっは、何か理由を見つけて大人だと言い張るのは子供の証拠だよ」

 

この話は終わりという意思表示に俺が立ち上がると、上目遣いでハマーンが問うてきた。

 

「じゃあ、どうしたら大人だって認めてくれますか?」

 

「君が戦う理由になるのなら、ずっと子供のままでいいんじゃないかな?」

 

意地悪くそう言えば再びハマーンは頬を膨らませ応接用のソファへ乱暴に腰を下ろした。俺は端末でエイミー少尉にお茶の準備を頼むと、ハマーンと反対側のソファへ腰を下ろす。さて、この可愛らしいお姫様はどうしたら機嫌を直してくれるだろう?

 

 

 

 

「これで基本的な施設の説明は終わりです。ハキム・オバディ伍長は残念ですが長期療養が必要なため本国へ戻ることになりますから、暫く貴女の小隊は2機での編成になります」

 

副司令だと紹介された仏頂面の大尉に説明を受けながらも、エンマ・ライヒ中尉は、自身の身に起きたことが未だに信じられなかった。捨て駒のような威力偵察に出撃し、運悪く部下のハキム伍長が対空砲の直撃を貰った。這々の体で逃げ帰れば、医療施設が使えないと補給担当の大尉から言われ、食って掛かっていたら、見慣れない改造軍服を着た大佐が話に割り込んできて、今自分たちはオデッサに居る。ここに至って漸く、あの大佐が近頃名を轟かせているマ・クベ大佐だと理解し、その大佐が何故か自分たちを拾ってくれたことを目の前の大尉から教えて貰った。やはり訳が解らない。

 

「地上での戦闘経験は無し、当然ホバー…どころか今までずっとザクⅠですか、武装については何を?」

 

「はい、私は105ミリマシンガンと135ミリライフルを、ハキム伍長とリョウ軍曹はそれぞれ120ミリと280ミリバズーカを運用しておりました」

 

「待って下さい。確か宇宙攻撃軍は武装を全てMMP-79とジャイアントバズーカに更新している筈ですが?」

 

そう訝しむ大尉に、エンマは思わず苦笑しながら答える。

 

「はい、主力部隊は全て置き換わっていたはずです。ですが補給隊の自衛用ですとか、私達のような部隊には更新の際余剰した旧式装備が充当されておりました」

 

「…ライヒ中尉の隊は実働部隊であったはずですが?」

 

「訳ありですから」

 

そう言ってエンマは笑ってみせる。あの大佐の部下だけあって、この基地の人達は皆良い人のようだ。得がたい環境であると考えると同時、自分たちを簡単に信用する彼等の危機管理の甘さに不安も覚える。

 

「成程、では武装の方も慣熟が必要ですね。…何か?」

 

不安が顔に出ていたのだろう。説明の途中で大尉は眉を顰めるとそう聞いてきた。

 

「はい、大尉。私達は先ほど申しました通り訳ありです」

 

「存じています」

 

「ではお聞かせ下さい、何故私達を他の部隊と同様に扱うのですか?自分で言うのも何ですが、私達は一度祖国を裏切った者達です。また裏切るとは思わないのですか?」

 

そう聞くと、仏頂面の大尉は可笑しそうに口元をゆがめると、口を開いた。

 

「裏切るのですか?」

 

「毛頭そのようなつもりはありません。私が問うているのはその危機管理についての…!」

 

そうエンマが思わず席から立ち上がり言い募ろうとした矢先、大尉は傍らに置いていた鞄から分厚い紙束を取り出し、机に置いた。相応の重量によって重い音を立てた紙束に視線を向ける。

 

「エンマ・ライヒ中尉、貴官の忠告は尤もですし、別に貴女を無条件に信じているのではありません。ただ我々は貴女が裏切らない事を知っている。それだけのことです」

 

そう言って押し出された紙束をめくれば、それはエンマ達についての調査書だった。信じられないことに出生、家族どころか友人関係、ジュニアスクール時代の作文までファイリングされている。その詳細な報告は、確かにエンマ達が裏切らない、裏切る要素が存在しないことを示していた。

 

「我々は知らずに怯えるような無能ではありませんよ」

 

大尉の言葉に、エンマは恐怖を感じた。成程、彼等は我々が裏切らないことを知っている、けれどそれは信頼していると同義では決して無いのだ。

 

 

 

 

一時間に及ぶ激闘の末、ハマーンはシミュレーター訓練への参加という、本来の目的を大佐に認めさせることに成功していた。そのまま交渉しても成功させる自信はあったが、恐らくこれだけ早く認めさせることは出来なかっただろう。

 

(フラナガン博士には感謝しないと!)

 

最初に無茶な要求を出し、譲歩する形で本来の要求を飲ませる。交渉の初歩中の初歩と言うべきテクニックだが、それだけに効果は証明されている。エイミー少尉が用意してくれたお菓子と紅茶を機嫌良く口に運びながら、早速今夜訓練に付き合って貰えるよう追加の交渉に挑んでいると、ブザーの音が響き、インターフォンから聞き慣れた男性の声がした。

 

「失礼します、大佐。こちらにカーンさんが来ていませんかな?そろそろ試験の時間なのですが」

 

フラナガン博士の声に、大佐はエイミー少尉へ視線を送りつつ博士へ入室を促す。乳白色の薄手のセーターに身分証を首から提げ白衣を羽織ったその姿は、博士のここ最近定番のスタイルだ。椅子に座るよう案内されれば、一緒についてきた少女と共に腰掛けた。その時さりげなくハマーンの対面の席へ座ることで、大佐がハマーンの横に来るよう誘導していることに気付き、ハマーンは心の中で博士に感謝した。

 

「うん?こうして会うのは初めてでしたね。ジオン軍総司令部隷下特別遣欧部隊司令、マ・クベ大佐です。無駄に長いのでオデッサのマ、とでも覚えて下さい」

 

そう言って大佐は目の前に座った女性…ナナ・フラナガンへ向かって朗らかに笑う。因みに笑いかけられたナナは、小さいが確かに短く悲鳴を上げていた。大佐の笑顔は初見だと悪い魔法使いが何かを企んでいるようにも見えるので仕方が無い。地味に落ち込んでいる大佐を後でどう慰めようとハマーンが考えていると、挨拶をされたナナも控えめに口を開いた。

 

「あー、ナナ・フラナガン、です。えっと、一応フラナガン医療センター所属で、博士の助手?みたいです」

 

その自己紹介に興味を引かれたのか大佐が疑問を口にした。

 

「ナナ?もしかしてご家族の方にニホンの方がいらっしゃるのかな?しかもフラナガン博士と親類とは、優秀なご家族で羨ましい」

 

ちょっとした世間話のつもりだったであろうそれが、盛大に地雷を踏み抜いたことに大佐が気付いたのは直ぐだった。何しろ聞かれた本人は微妙な顔になっているし、横で博士は気まずげに視線を逸らしているからだ。

 

「…あー、すんません。孤児なんで家族はよく解らないです。ここに来るのにしっかりした身分が必要だろうってことで、博士が養父になってくれまして」

 

「そうだったのですか、これは失礼。ん?博士、まさかナナという名前は…」

 

その言葉から察したのであろう、大佐が半眼になって博士を見る。博士の方はと言えば言い訳もせずソファで小さくなっていた。

 

「…検体番号7番だからナナ、まあ、解りやすいですよねー」

 

そう笑ってみせるナナに対して、ハマーンは完全に火に油を注いでいると心の中で叫んだが、表面上は手にしたカップを傾けることで顔を隠し悟られないようにした。

 

「博士…人を数字で呼ぶようになったら終わりですよ、ナナ君もそんな扱いに慣れてはいけない。断固抗議したまえ」

 

「でしたら、大佐がナナお姉ちゃんに名前をあげたらどうでしょう?」

 

ふと思いついて、ハマーンはそんな提案を出す。全員が一瞬呆けた顔になった後、それぞれ別々の表情になった。ナナは面白そうに、フラナガン博士は意趣返しが出来そうだとほくそ笑み、大佐は明らかに狼狽していた。

 

「わ、私かね?いや、こういう事はまず本人の意思が」

 

「私ならいいですよ。少なくとも数字よりマシな名前になるでしょうし、博士のセンスはアレですしね」

 

「ですな、どうも私はセンスが無いので、ここは大佐にお任せできませんかな?」

 

「素敵な名前をお願いしますね!」

 

楽しくなってハマーンもついそんな言葉を発してしまった。大佐は色々と言い訳を呟いていたが、逃げられないと理解すると腕を組み目を閉じた。そして非常に長い1分を終えると、真剣な顔でナナを見る。

 

「では、君に名前を付けさせて貰おう。アデルトルート、今日から君はアデルトルート・フラナガンだ」

 

古い言葉で貴婦人を意味する名前に、本人は面はゆそうに、良い名を付けてくれたとフラナガン博士はほっとした、けれどどこか悔しそうな顔でナナ改めアデルトルートを祝福している。ハマーンもその様子をにこやかに見守っていた。…先ほどまで大佐と二人で食べていた菓子がアルレットであったことは、墓の中まで持っていく秘密にしようと固く誓いながら。




女の子は逞しく賢いのです。

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