起きたらマ・クベだったんだがジオンはもうダメかもしれない   作:Reppu

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秋刀魚漁終了記念投稿


第九十一話:0079/10/16 マ・クベ(偽)と義勇兵

アリス・ノックス少尉は変わり者だと良く言われる。面と向かって言われて怒るならまだしも、そうだろうかと首をかしげる辺りにその片鱗を見せるが、残念ながら本人は気付いていない。ただ、彼女の名誉のために言えば、それはあくまで余人とは違う判断基準で生きていると言うだけで、知恵が足りないであるとか危機管理意識が欠落していると言う訳では無い。

尤も、近しい友人であっても見ていて不安になるらしく、何処かへ出かける時は必ず誰か――大抵はジュリア少尉――が付いてくるのだが。

さて、長々とそんなことをアリスが考えたのは、いつものごとく現在の状況がアリスの行動に端を発しているからである。当人としてはまったくそんなつもりは無いのだが。

 

「あら、初めましてですよね?中尉」

 

基地に居る人間は正に膨大と言える人数だが、それでも特定の業務についていれば自然と顔ぶれは偏ってくる。MSのシミュレーターに参加するなどと言うのはその解りやすい一例で、更に特定の時間となれば、シフトの関係もあって殆どが顔見知りになる。だから、シミュレーター室の前で偶然会って敬礼した相手が、初めての相手である事は意外であり、アリスはつい口に出してしまったのだ。元々人懐っこく物怖じしない性格もこの発言を誘発した原因であろう。問題はその話しかけた相手が、義勇兵のエンマ・ライヒ中尉であったことだ。

 

「うん?ええ、初めまして。私に何か用かしら?少尉」

 

何故か警戒心を発揮する中尉を見て。アリスのとなりに居たジュリアが二人の間に割り込んだ。

 

「失礼しました、中尉。この子初めての方にはいつもこのような感じですの」

 

その言葉でこちらも面倒ごとを避けたいのだと察した中尉は、体から力を抜いて友好的に微笑みかけてきた。アリスはそう気を回してくれたジュリアに内心感謝しながらも、自身の欲求に逆らえず、つい口を開いてしまう。

 

「失礼しました。中尉、わたくしはアリス・ノックス少尉であります。失礼ですがお名前をお伺いしても?」

 

身のこなしと目的地から、この中尉がパイロットである事は間違い無い。そして先日帰還した大佐が、宇宙攻撃軍に喧嘩を売ってまで腕利きを引き抜いてきたというのは、今オデッサで最も話題になっている噂だ。

 

「…エンマ・ライヒ中尉よ。随分と私に興味があるようね?少尉」

 

「はい、とても」

 

新構想の戦術ユニットを編成するために大佐が直々に兵士を集めている。そして宇宙攻撃軍から引き抜かれてきた中尉、これで興味を持つなと言う方が難しい。自然と自分がそう考えている事に気付き、アリスは随分と自分もパイロットらしくなってきたと胸の内で笑った。

 

「成程、申し訳ありません、わたくしも非常に興味があります。中尉」

 

「確かに変わった基地だわ。悪いけれど貴女達の期待しているような人間じゃ無いわよ?だって私は…」

 

「何か問題かね?」

 

中尉が何かを言いかけたところで、予想外の人物が現れる。象牙色の軍服に癖のある髪、鋭いその目で見据えられれば、今でも緊張してしまう。隣に居るジュリア少尉は別の理由で体を強ばらせていたが。

 

「はい、いいえ大佐。初めてお会いしましたので、ライヒ中尉と少しお話をしていました」

 

そう微笑みながらアリスが答えれば、そうか、と短く応え、大佐はあっさりと納得してしまう。規律や規則にはとても厳しいのだが、こういった所で大佐は大らかだ。それが自分への強い信頼の表れであると感じられるからこそ、皆大佐について行きたがるのだろう。

 

「エンマ中尉はまだ地上に降りて間もない。良ければ色々とサポートしてやって欲しい」

 

「しょう「了解しました!」」

 

兵士としてはほぼ100点、しかし恋の駆け引きとしては赤点の返事をするジュリアに苦笑しながらアリスは大佐に敬礼をする。その様子に満足げに頷いた後、答礼した大佐は、表情を和らげ言葉を紡ぐ。

 

「さて、私はこれからシミュレーターの予定だが君達はどうする?」

 

「是非ご一緒させて下さい!」

 

「はい、是非。中尉も如何ですか?」

 

「なら、見学させて頂いても宜しいでしょうか?」

 

その言葉に中尉の実力を見る機会を失ったアリスは少し残念な気分になったが、直ぐに気を取り直してシミュレーター室の扉をくぐった。時間が合っているなら、焦らなくても機会はまた来ると考えたからだ。そして何より、もっと上等なご馳走が誘ってくれているのだから。

 

 

 

 

「取り敢えず基地に慣れる所からでしょう。機体は準備もありますから暫くはシミュレーターで訓練して下さい」

 

副司令にそう言われ、エンマは夕食を終えた後シミュレーター室へ向かった。それが全ての間違いだったと今彼女は激しく後悔している。

 

「冗談でしょう?」

 

義勇兵は軍内の情報に疎い。他の兵士が距離を置きたがる事が多く、自然と義勇兵同士でかたまることが多いため、どうしても情報が手に入りにくいのだ。そんな自分たちでも、オデッサは優秀なパイロット揃いだと知っているくらいだから、相応の腕なのだろうと考えていたのだが。

 

(基地司令と、自分用の機体も貰えていないひよっこ少尉って聞いたんだけど…)

 

目まぐるしく位置を入れ替えながら4機のドムが戦っている。大佐と訓練が出来ると部隊のメンバーをジュリア少尉が呼んだためだ。横ではもう一つの小隊のメンバーがモニターを見ながら会話に花を咲かせていた。

 

「やっぱり大佐は強いねー、ジュリア少尉達三人がかりで遊ばれてるよ」

 

「そこそこ、セルマ少尉。今なら背後から…あ、駄目だ、気付かれた」

 

「フォワードがジュリア少尉だけだと足りないわね。6人なら私とフェイスもフォワードで行かないと厳しそう」

 

「6対1で良い勝負って。うう、正規パイロットへの道は険しい…」

 

話を聞く限り、どうやら彼女達への機体を用意する条件が小隊単位で大佐に勝利することらしい。確かに3対1で勝てないようなら、普通3人の方の技量不足を考えるだろう。だが断じて違うとエンマは確信した。

 

(絶対にあの大佐がおかしい!)

 

少尉達の練度は非常に高い。少なくとも個々の技量でもエンマと同等か、得意分野では勝っている。その上で連携もよく取れており、正直お前達のような新兵が居るかと叫びたくなるが、本人達にその自覚はないようだ。

 

「どうですか中尉。中尉なら大佐をどう攻略しますか?」

 

大真面目にそんなことを聞いてくるミリセント少尉に、エンマは正直に話す。

 

「無理よ、私の腕なんて貴女達と大差無いもの。そもそもなんで私が大佐とやり合える前提なのよ?」

 

そう聞き返せば、横に居たミノル少尉が気まずげに答えてくれた。

 

「新設の部隊員として、大佐が宇宙軍と喧嘩をしてまで引き抜いてきたと聞いていたので…」

 

その返答に盛大な溜息を吐くと、エンマは事の真相を伝える。友好的だった人間から嫌悪の目で見られるのは嫌だが、誤解をそのままにして後に露見した方が揺り戻しが大きい。今ならまだ出会って数分の間柄だ、それ程堪えないだろうと思いながら。

 

「私達は義勇兵…連邦からの寝返り者なのよ。宇宙攻撃軍で風当たりが強かったのを大佐が見かねて拾ってくれたの」

 

「なんだ、そうだったんですね」

 

「私達と同じくらい…失礼ですが中尉、よくお使いになる装備はありますか?」

 

「宇宙だと対艦戦闘が多いイメージですけど、実際はどうなんですか?」

 

覚悟を決めて話した内容をあっさりと流されてしまったことにエンマは面を喰らった。しかも変わらずに話しかけてくる少尉達に戸惑い、思わず口を開く。

 

「え、え?聞いていなかったの?私は義勇兵なのよ?」

 

「それは聞きましたよ中尉」

 

「もしかして鹵獲した装備をお使いだったのですか?大丈夫です中尉。聞きたいのはポジションとそこで使っていた装備の種類です」

 

「ええと、義勇兵の方は戦場に出ないなんてことありませんよね?あ、支援任務が多いという事ですか?」

 

「そうじゃない!」

 

見当外れの回答に思わずエンマは叫ぶ。そしてその様子に漸く察したミリセント少尉が、真面目な顔になり言葉を紡ぐ。

 

「出自が何処でも、中尉はジオンのために命がけで戦ったのでは無いのですか?であれば中尉は私達と何も変わりません。勿論、疑う方も居るでしょう。けれど私達はその必要が無いと思っています」

 

尤も、戦場に出ていないような私達と一緒にするな、と言われれば返す言葉もありませんが。そう苦笑しながら告げてくるミリセントの表情に、嘘偽りは見受けられなかった。故にエンマは絞り出すように質問を繰り返す。

 

「…何故?」

 

「簡単です。貴女が大佐に連れられてここに居るからです。あの人が信じたのなら、貴女は裏切れません」

 

その自信に満ちた物言いに思わず唖然としてしまう。大佐が見定めたから裏切らない、と言うならまだ解る。だがミリセントの言葉はそうでは無い。大佐の信頼を失うこと、それに繋がる行動をエンマは出来なくなる。そう言っているのだ。

 

「とんでもない所に来ちゃったみたい」

 

「ええ、間違い無くそれは保証します」

 

一介の少尉にそこまで言い切らせる大佐に目を付けられた。エンマはそれを喜ぶべきか、それとも嘆くべきか考える必要がありそうだと、溜息と共に胸中で呟いた。




夢見る少女では居られない。
すみません言いたかっただけです。

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