起きたらマ・クベだったんだがジオンはもうダメかもしれない 作:Reppu
もうすぐ百話とか全然実感がありません。
「彼女の容体は如何です?」
集中治療室に入れられた女性をガラス越しに見ながら、俺はフラナガン博士にそう聞いた。
「良くありませんな。生きていますが、それだけとも言えます」
全身にチューブやらコードやらを取り付けられている彼女は、先日ムラサメ研究所を襲撃した際に見つけてきた、唯一の生存者だ。年の頃は10代後半から20代前半。アッシュブロンドの長い髪、個人を示す物は一切持っていなかった上に、この通りずっと意識が戻らないので、名前すら解らない。
「かなり投薬の形跡があります。検査の結果では肉体より精神…言ってしまえば脳へ影響のある薬物が多く使われています」
「続けてください」
俺が促すと、博士は一度深呼吸をして口を開いた。
「以前、私たちの研究所でも行っていた施術です。脳内伝達物質の受容を意図的に阻害して鬱状態にし、人為的に高ストレスな状態を作るのです。この状態になりますと、ニュータイプの素養を持つ者は特定の脳波…我々がサイコ・ウェーブと呼称しているものを強く発生させます。この状態を長時間維持する事で、人為的にサイコ・ウェーブの出力を上げることが出来るのですが…」
聞いてるだけで体に悪そうだ。
「当然ですが、脳に負荷をかけ続けるわけですから、記憶障害や人格障害、最悪脳死もあり得ます。残留量からするとギリギリまで投薬されていたようですね。覚醒しても重い障害が出る確率が高いですし、最悪このまま目覚めない可能性もあります」
「何とかしたいですな」
やつれてはいるが美人さんだ。彼女を実験の被害者としてメディアに登場させることが出来れば、ますます反連邦の気運が高まるだろう。お手軽に敵の士気をくじけるなら、彼女の治療に掛かる費用なんて安いもんである。
「正直これ以上となると本部の施設を使う必要があります。それでも快復する保証はありませんし、その、言いにくいのですが費用もかなり掛かります」
「できる限りのことはして頂きたい。それに費用と言いますが、まだMS1機分も掛かっていないでしょう?費用の話は軍艦クラスになってから考えましょう」
偽善だって解ってるけどさ。最後が実験動物として使い捨てなんて、あんまりじゃ無いか。
「…では、その前に一つ試させて欲しいことがあります」
決意をした表情でそう口にする博士に、俺は少し緊張しながら問い返す。
「何か方法がある、しかし相応にリスクがある…と考えてよろしいですかな?」
「はい。さらに言えば成功の保証もありません」
「しかし、博士が提案する程度には賭けてみたくなる方法であると。お聞かせ願えますか?」
続きを促せば、博士は重々しい口調でその内容を話し始める。
「ニュータイプが、サイコ・ウェーブを用いて知覚を行える事はお話ししましたね?それを使います」
成程、ニュータイプ同士の共鳴現象を応用して、失われている彼女の人格に呼びかけようって訳か。でもちょっと待って欲しい。
「失礼ですが、それは実行するニュータイプも危険なのでは?」
「はい、昏睡状態になるほどの負荷を受けた人格にアクセスするわけですから、極めて強いストレスを受ける事になります。さらにニュータイプとしての能力も相応のレベルが要求されるでしょう」
ニュータイプの能力は大まかに伝える力と受け取る力の二種類が確認できるらしいが、その両方が高くないと難しいとのことだ。ちなみに今オデッサにいる人間だとギリギリハマーンが候補になるかならないからしい。ただし彼女の場合精神的に未成熟なので感応した段階でストレスに耐えきれず、ハマーン自身が精神崩壊してしまうリスクが高いという。おいおい、そんな危ない方法、誰にやらせるって言うんだよ。
「心当たりは一人居ます。本部に所属している、ララァ・スン少尉です。彼女なら、あるいは」
「こんにちは、少佐。今日もパトロールですか?」
そう言ってララァは、ロビーで待っていてくれた少佐に笑顔を向けた。週に一度、補給のために立ち寄るついでに顔を出してくれる彼の来訪を、指折り数えていることは秘密にしている。
「ああ。一週間ぶりだ、元気にしていたかな?ララァ」
そう笑いながらシャアは手に持っていた箱を渡してくる。受け取ったララァの鼻孔をバニラの甘い匂いがくすぐったので、おそらくケーキか何かだろう。
「ここはとても平和ですから。でも、いつもお菓子を頂いていているから少し体重が増えてしまいました」
「そうなのか?とてもそうは見えないが。迷惑だったかな?」
そう言って本当に不安を滲ませるシャアにララァは慌てて言葉を続ける。
「迷惑だなんて!こうして来て頂けるのをとても楽しみにしているんですよ?」
「それは良かった。本当はもっと顔を出したいのだがね。任務がある以上そうもいかない」
それでも以前に比べれば余裕があると、シャアは口にした。表向き中立となってはいるが、既に例の放送で世論は親ジオンに傾いており、特に宇宙ではその傾向が顕著だ。さらに言えば軍でもサイド6に寄港することを奨励している。軍人が上客として金を落とすことで、サイド6の経済が活性化するのを期待してだ。当然慈善事業でも何でも無く。活性化した経済が消費を増大させ、その需要にジオン本国が応えることで経済的に取り込もうという魂胆があるわけだが。ともかく金払いが良いジオン軍人はサイド6で人気者だ。シャア自身もいくつか得意先と言える店があるし、今日買ってきた焼き菓子もその店の新商品だ。ただ、同じ宙域は幾つかの艦隊がローテーションで哨戒しているため、シャアが寄港出来るのは週に1回だ。
「良いんです、少佐。ただ、お辛いときは言ってくださいね?私でも愚痴を聞くくらいは出来ますから」
「君にそんなことをしたら施設の職員ににらまれそうだ」
「まあ」
そうシャアが肩をすくめれば、ララァは可笑しそうに笑顔を返す。戦時とは思えない穏やかな空気は、しかし一本の連絡で破られる。
「失礼します、ララァ少尉。フラナガン博士から緊急の相談があると連絡が来ております」
「所長から?珍しいですね、何かしら?」
「なんでも、例の施設で保護した女性の治療を手伝って欲しいとか。詳しくは直接お話しください」
「了解しました。少佐、折角来て頂いたのにごめんなさい。少し席を外しますね?」
「いや、私のことは気にしなくて良い。早く行ってやりなさい」
たった一本の連絡、一人の女性を救う。そのために取られた行動が、後の歯車を大きく狂わせることになることに、今は誰も気づいていなかった。
「滞在期間を延長して欲しい?いきなりどうした?」
勤務時間終了間際に入ってきた部下からの連絡に、ドズルは怪訝な声を発した。赤い彗星からの連絡だというので出てみたが、その内容が休暇申請であるとはいささか肩すかしを食らった気分だったからだ。だが、シャア少佐はいたって真剣な表情だった。
『申し訳ありません閣下。実はフラナガン医療センターである実験が行われるのであります。その実験に是非立ち会わせて頂きたく、このような願い出をした次第であります』
「ふん…実験な?」
ドズルは情の厚い人間であるが、軍人としてはリアリストである。戦いに信条はあれど美学は求めないし、ましてオカルトに縋るような事は恥ずべき事だとすら考えている。故にキシリアがニュータイプの研究を始めたと聞いたときは、思わずその予算で艦の一隻でも造れと不平を漏らしたほどだ。
『はい、ニュータイプの相互理解能力を応用した実験…正確には医療行為とのことです。例の研究所で保護した女性の治療に使うとのことです』
「つまり?」
『この実験が成功するのならば、ミノフスキー粒子下での通信問題がクリアー出来ます。これは我が軍に取って極めて重大な事柄であると愚考いたします』
少佐の言葉にドズルは腕を組み考える。シャアの言うとおりならば、MS単位での連携も容易に行える。その恩恵はミノフスキー粒子をよく知るジオンの軍人ならば痛いほど解るだろう。何しろこちらだけが一方的に組織だって戦えるのだ。これほど魅力的なことはあるまい。
(問題はそれがどの程度の範囲で、如何程の精度があるかだな。確かに興味深い)
事後でも技術報告は回覧されるだろうが、現場主義のドズルとしては、部下、それも経験の豊富な者が直接見て感じた感想が重要だと考えた。ここの所戦果の振るっていないシャア少佐であるが、洞察力に優れているのはドズル自身が信頼を置くところであるし、そうした部下に多くの経験を積ませて高級士官を育成する事の重要性は痛感済みだ。そのことを考慮すれば、ルーチンワークである哨戒任務に多少のずれが出る程度は、十分許容の範囲内だとドズルは思った。
「良いだろう。実験に立ち会えるよう俺からも話を付けておく。貴様は使用に耐えるかどうか、しっかりと見極めろ。期待している」
『はっ!有り難うございます!』
そう言って敬礼をするシャアへ答礼しながら通信を切ると、ドズルは詰め襟のホックを外し、大きく溜息を吐いた。
「ニュータイプ、人類の革新、スペースノイドの進むべき未来…。そんなものまで戦いにつぎ込むのだな、俺たちは」
果たして自分たちはジオンを名乗る資格があるのか、そんな誰にも言うことが出来ない悩みを胸中奥深くへしまい込み、ドズルは仕事を再開した。戦いに勝つために。
銀髪ちゃんはオリキャラです。某グリーンリバーなゼロ君と同期の被検体という設定。
はい、どうでも良い情報でしたね。