12歳のイサベル・アルベルダは、機械が好きな少女だった。学校の宿題そっちのけで自宅にある家電を弄り、父親に誕生日プレゼントとして買ってもらったパーツを組み合わせ自作のパソコンを作っていた。
父親は軍の関係者であり、母親は彼女が生まれて間もなく他界。数年前までは姉も一緒に住んでいたが、その姉もどこかへ行ってしまい学校から帰ってきても家には誰もいなかった。
そんな彼女は、いつしか機械弄りにハマっていた。隣に住んでいる友人のカミラの影響も大きかったのだろう。カミラの祖父、ブルーノが発明家であったため、自然とイサベルとカミラはその発明品に興味を持つことになった。一見するとただのガラクタに見えても、使ってみると役に立つ。そんな所に惹かれるものがあったのか、ブルーノの教えを受け、イサベルとカミラはいつしか学校でも有名な発明家見習いになっていた。
そして今日、イサベルとカミラは全速力で学校から帰ってきた。何故なら、ブルーノが最新鋭のISを見せてくれるからだ。ブルーノの発明品は多岐にわたっており、その中の一つで、最も新しい発明品である新型太陽光発電パネルがスペインのISに実験的に搭載されることが決まり、IS工廠から招集を受けていたのだ。
元々はブルーノ一人だけが訪れる予定であったのだが、実はこの新型太陽光発電パネルは、イサベルとカミラのアイデアから生まれたものであった。そのため、ブルーノは軍上層部と交渉し、ライフルやブレードといった殺傷力のある装備を外した状態のISで実験を行うようにさせるとともに、二人の同行の許可を得た。
そんな裏事情を知るはずもない二人は、着替える時間も惜しいと、制服のままブルーノのもとを訪れた。
「もう来たのかい。まだ時間はあるんだから着替えてくればよかったのに」
「だって、早く見たいんだもん!」
「そうそう! おじいちゃん、早く行こうよ!」
「そんなに急かしても約束の時間までは行けないよ。……ほら、落ち着きなさい」
早く行こうとせがむ二人をブルーノは優しい目で見ている。若くして妻を亡くし、子どもがいなかった彼は、カミラの母を養子として引き取り育ててきた。こうして元気にしている姿を見ることが嬉しいのだ。
「うー。分かった。がまんする」
「聞き分けのいい子は好きだよ。……ほら、これが僕が23歳の時の発明品だよ」
そういってブルーノが取り出したのは、何の変哲もない一本のペン。ただ、なにやらボタンが付いている。
「むむ、このボタンがあやしい」
すぐにボタンを見つけたイサベルはそのボタンを押してみる。しかし、反応はない。
「違うよ、ベルちゃん。これは多分、引くんだよ」
今度はカミラがボタンを引く。すると、ペンの側方から小さなペンが出てきて、一体化した。
「これを発明したときは、天才だと思ったものだよ。何せ、違う色の替え芯を入れておけば普通に文字を書くだけでで2色の文字が書けるんだよ。でもね、作り終わって妻に聞いたら、『普通に二本もっても変わらないじゃない』って言われてしまってね」
「でも、面白いよ! ねえ、帰ってきたらこれの作り方教えて!」
「いいとも。……おっと、もうそろそろ家を出なければ。行くよ、カミラ、イサベル」
「はーい」
「早く行こ!」
二人が玄関を飛び出すと、そこには軍が使う来賓用の車が停まっていた。見た目は普通の乗用車なのだが、そのボディはISの装甲と同じ部品でつくられていると言われている。
そして、その車から一人の男性が出てきた。
「あれ? パパ?」
その男性こそ、イサベルの父親であるミゲル。娘には内緒にしていたようだが、IS部門担当であった。
今回、ブルーノの送迎係になったのも、娘のイサベルが関わっているからだった。
「イサベル、施設では静かにするんだぞ。カミラちゃんもね」
「分かった!」
「分かりました。おじさん」
「おお! 迎えとは君だったのか」
ブルーノが二人から遅れて玄関前に現れ、出発の準備が整った。
「では出発いたします」
公務モードに切り替わったミゲルをイサベルは不思議そうに見ているが、これが働いている時の父親の顔なのかと思い、口に出すことはしなかった。
「ここからですと30分ほどかかりますので」
「分かっているよ。それでは頼んだよ」
「かしこまりました」
ゆっくりと出発し始めた車に乗って、イサベル達は運命の出会いを果たす場所に向かっていった。
◆
スペイン軍IS工廠。元々条約により軍事使用が禁止されているISではあるが、各国研究機関は軍属であることが多い。それはやはり国防のためであろう。
例え条約により禁止されようとも、実際ISに搭載されている武装はスポーツではなく軍事使用を目的に開発されている物がほとんどである。そのため、自然とIS工廠は旧来の兵器と化してしまった戦闘機の工廠を利用する形を取っている。
現在、第2世代の研究が行われており、イサベルたちが入っていった時も研究員が慌ただしく出入りしていた。
そこかしこに空間投影型ディスプレイが表示されており、そこにはエラーを表す赤い文字の羅列が並んでいる物がほとんどだった。
「ねえ、ベルちゃん。皆忙しそうだね」
「うん。私たち来てもよかったのかな?」
「来てもいいんだよ。今回の僕の発明品はカミラやイサベルの協力なくして完成はしなかったんだからね」
あまりの人の多さに少し不安になっていた二人の頭をブルーノが優しく撫でる。既に彼の肩くらいまで背の伸びているイサベルではあるが、彼に撫でられることは好きで、自分から少ししゃがむようなことまですることもある。
そんな微笑ましい光景を見ていたミゲルは、孫同然に扱ってくれるブルーノに感謝しつつ、自分が構ってやれないことに申し訳なさを感じていた。
もちろん、そんな心の内を知らないイサベルは、カミラとともにブルーノの手を取りつつどんどん奥に進んでいく。
やがて、工廠の最奥に着くと、そこには一切の攻撃的武装を排したISがあった。起動させれば
発電効率の向上と小型化に成功したそのパネルは、従来の1㎡に対する1000Wの光における発電効率が概ね20%であったのに比べ、変換時のロスを少なくし、その効率は80%にも達している。そのため、従来のISとは違い、自機での発電、エネルギー補給が可能になり連続操業時間が大幅に向上すると目されている。但し、このパネルは発電した電力を使うものに直結しなければいけないため、変圧器が使えない。故に、一般家庭でも使えるようになるのは当分先であると考えられている。
そこまで詳しい事情は説明されていないので、イサベルとカミラは初めて生で見るISに夢中になっていた。
「これが……IS……」
「…………」
「ね、ねえ、カミラちゃん。触ってみようよ」
「流石にダメだよ、ベルちゃん」
「むむ。じゃあ聞いてくる!」
そう言うと、イサベルは責任者であろう人物の所に駆けていった。
「ねえ、触っちゃダメ?」
「ダメだよ。……んー、君、ミゲルさんの娘さんだよね。ISには触らせてあげられないけど、本格的なIS適性検査受けてみる?」
「え、いいの!?」
「特別だよ。君もあのパネルの開発に関わってるんだから上にも文句は言われないだろうしね。ほら、そこの子も連れておいで。ミゲルさんには僕からも言っておくよ」
「ありがと! カミラちゃーーん!! 早くーー!!」
「ま、待って! 早いよ!!」
適性検査を受けさせてもらえると知ったイサベルは、決して運動が得意ではないカミラを引きずるような勢いで連れてきた。
「揃ったね。まあ、本格的なって言ってもそんなに仰々しい検査をやるわけじゃないんだ。むしろ、簡易検査よりも簡単だよ」
そう言って責任者の男性が取り出したのは、手のひらに収まるほどの小さな金属。
「これが、ISコア。何で出来ているのかは辛うじて金属だろうっていうことが分かってるけど、そのほとんどがブラックボックスなんだよ。それで、これを触ればいい。ISとの相性が良ければ、何らかの反応を起こす」
二人は目の前にあるのがISのコアであることに驚き、声も出なかった。ISの大きさから比べれば不自然なほどに小さいその金属。世界に467個しかないコアの一つが目の前にあるのだからその反応も当然だろう。
「ほら、早く触ってみなよ」
差し出されたコアに、カミラがおずおずと手を伸ばす。そして、ついに指先が触れたが、特に何も起こらなかった。
「なにも起こらない……?」
「んー、まだまだこれからに期待ってとこかな。まだ12歳だしね。簡易検査でもそんなに高いランクは出なかったでしょ?」
「うん。私はCランクだった。でも、ベルちゃんはBランクだったし、何か起こるのかな?」
「……ハッ! あれ? もしかしてカミラちゃん終わっちゃった?」
「……今までどこに意識飛ばしてたの? ほら、次ベルちゃんの番だよ」
そう言われ、カミラと同様におずおずと手を伸ばすイサベル。そして、指先が触れたとき変化が起こった。
「なに……これ……」
コアに触れている指先から光が発せられた。カミラはその現象が何かは知らなかったが、責任者の男性や、研究員たちはその光る現象を知っているのだろう。極めて冷静に推移を伺っていた。
時間にすれば数秒であったものの、その光が収まった時、その場は静寂に包まれていた。そんな中、ミゲルが口を開いた。
「この現象……IS適性がA以上でないとでないはずだ。イサベル、この前の簡易適性検査ではいくつだった?」
「……B、だったよ。でも、コアに触れて分かった。私の適性はもっと上だって、コアが教えてくれたような気がする」
「…………イサベルさん、あなた、正式にISの操縦者になりませんか?」
責任者の立場からすれば当然のことだった。既に完成に近づいているという日本製のIS『打鉄』、開発段階ではあるものの、第2世代最高性能を理論値で叩きだしているフランスの『ラファール・リヴァイヴ』。完全に出遅れてしまっているスペインからすれば、適性地の高い操縦者は是が非でも欲しい人材であった。
しかし、この場にはイサベルの父親であるミゲルもいる。国家代表候補生ともなれば厳しい訓練が待ち受け、後にIS部隊に組み込まれることは確実だ。軍というものに所属している彼が唯一の気がかりだった。
「パパ、私、どうすればいい?」
「……自由にしなさい。パパはイサベルがどんな選択をしても受け入れるし、助ける。でも、選んだからにはやり通しなさい」
イサベルは悩んでいるようだった。ISの正式な操縦者、つまり国家代表候補生になれるチャンスなどそうそうあることではない。しかし、そうなれば学校の友人とも気軽に会えなくなってしまう。それがイサベルには気がかりだった。
「ねえ、ベルちゃん。悩むなんてベルちゃんらしくないよ。ベルちゃんが思った通りにすればいいんだよ」
「そうだよ。僕が発明を始めたのも、きっかけは、機械弄りが好きだったことから始まったんだ。僕は今まで思った通りに行動してきた。そして、それは悪いものではなかったよ」
カミラとブルーノの後押しも受け、顔を上げたイサベルに迷いは無かった。
「私……ISの操縦者になります! そして……ISと結婚する!!」
突拍子もない答えに再び静まる場内。またしてもその静寂を破ったのはミゲルだった。
「ちょ、ちょっと待ってくれイサベル。パパには『ISと結婚する』という言葉が聞こえたんだが」
「うん! こんなにも綺麗で、かっこよくて。もう大好き!!」
「はははは! これはいい! イサベルは僕に似ているよ」
「じゃ、じゃあ私はベルちゃんのISの妾になる!」
どさくさに紛れてカミラも大胆な発言をし、場内笑い声に包まれた。
そんな中、娘の衝撃発言を聞いたミゲルは静かにその場に崩れ落ちた。