インフィニット・ストラトス ~太陽の操者~   作:神駆

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9/6:本文を改稿。
9/15:修正。


2:「ありがとう……おじいちゃん」

 

 

 

 それはとても空気の澄んだ夜のことだった。

 

 発明のアイデアに行き詰ると外を散歩するという習慣のあるブルーノは、その日も外を散歩していた。今、彼が手掛けているのは実の孫の様に可愛がっているイサベルのためのISである。彼が今までに発明家として培ってきた技術、経験を十全に盛り込もうと日夜その設計に精を出している。

 

 14歳になった当のイサベルと孫のカミラは、昨日から2ヶ月間ドイツ軍IS部隊との合同練習に向かった。カミラの母もそれに着いて行ったため、現在この家にいるのは彼一人である。

 

 一人なので自由というわけではあるのだが、彼にとっては賑やかな方がいいのだろう。昼も夜も静かな家の中では落ち着いて集中できないでいた。

 

 

「こうして一人でいると、昔を思い出すね」

 

 

 誰に言うでもなく呟くブルーノ。時刻は既に午前0時を回っているので、どこを見ても人影はない。

 

 そんな中、ある一か所がぼんやりと光っているのに彼は気が付いた。警戒心よりも好奇心の勝った彼は、その場へと近づいていく。

 

 そしてそこには、バラバラになった何かのパーツと、一人の女性が倒れていた。

 

 

「大丈夫かい?」

 

 

 彼が声を掛けるも、反応はない。

 

 こうしておくわけにもいかないと、彼は服に仕込んでいたモーターを起動させ、その女性を横抱きで抱え自宅へと連れ帰った。

 

 

 

 

 

 

 彼女が目を覚ましたのは、夕方になってからだった。

 

 その女性は周りを見渡した後、頭に手をやり何かを探すしぐさをしていた。それを不思議に思ったブルーノは尋ねる。

 

 

「君の探し物はこれかな?」

 

 

 彼が手に持っていたのは、見た目は普通のカチューシャだった。それを見ると、女性は無言で彼を睨みつけた。

 

 

「そんなに睨まなくても、これは君の持ち物なのだろう? 返すよ」

 

 

 投げるようなことはせず、手渡しでそのカチューシャを渡す。女性はすぐにそれを着け、今度は部屋の外に飛び出そうとした。だが、ベッドから降りた途端、足元が覚束なくなり倒れてしまった。

 

 それを見たブルーノは、連れ帰った時と同じように抱え、女性をベッドに戻す。

 

 

「まだ寝ていなさい。僕は君が誰なのかも、まあ……知ってはいるけど、どこにも言うつもりはないよ。おそらくステルス機能が生きていたんだろう。僕が君を発見するまでに最低でも一週間は経っていただろうからね。ああ、そうそう。君の周りにあったパーツは全部回収しておいたよ。元気になったら組み直すといい」

 

 

 それだけ言うと、ブルーノは部屋を出て行った。

 

 残された女性はカチューシャにつけられた機能を使い自身の状態を調べ、彼の言ったことに間違いがないことを知ると、おとなしく眠ることにした。

 

 

「……おかしな人」

 

 

 そう呟いて。

 

 

 

 

 

 一週間後。ようやく歩けるようになった女性は、すぐに部屋を出た。とはいえ、知らない人物の家であるため何処に何があるのかも分からない。幸い、一番初めに開けた扉がブルーノの研究室であったため、彼を見つけることができた。

 

 ブルーノはひどく集中しているようで、扉があいた音にも気づかなかったのかキーボードを打つ手を止めていない。女性はそれをただ黙って見ていた。

 

 しばらくして一段落ついたのか、その手を止め女性の方へ振り返る。

 

 

「おや、歩けるようになったのか。パーツなら君の右側にある。足りないものはそこら辺から自由に使ってもらって構わないよ」

 

「……ねえ、何で私にここまでしてくれるの? 軍にでも私を売ればもっといろんなことができるんじゃないの?」

 

 

 そう言う女性の顔には、何の表情も浮かんでいない。喜怒哀楽すべてが抜け落ちたかのように見える。

 

 

「僕はもう年だよ。それに……もうじきお迎えが来そうでね。そんな時に僕自身の名誉だとかそんなものは望まないよ」

 

「……へんな人」

 

「変な人で結構。ところで僕は君の名前を知っているけど僕は君に名前を教えていないね。僕はブルーノ。よろしくね、アリス」

 

「アリス? 私の名前は違うよ?」

 

「知っているさ。でも、君はここではアリス」

 

 

 ブルーノにアリスと呼ばれた女性は、顔を俯かせしばし無言だった。自分の名前を知っていると言いながら全く違う名前で呼ぶ彼を訝しんでいるのだろうか。

 

 そんなアリスにブルーノは続ける。

 

 

「本名で呼ばれるよりも気が楽だろう。僕も君と同じく経験したことがあるんだよ。どこに行っても自分の名前があって、まるで重大犯罪を犯したかのように気分になってくるんだ。君の場合はちょっと違うかもしれないけどね」

 

「…………」

 

「それに……君はどうも寂しそうだ」

 

「私が……寂しそう……?」

 

 

 自分が寂しそうと言われ、アリスの顔に戸惑いが広がる。まるで、そんなことを考えたこともないとでも言わんばかりだ。

 

 そうして出てきたアリスの言葉は当然疑問形。なぜならアリスは自分が寂しいとは思っていないのだから。

 

 それでも、ブルーノはアリスの表情から何かを悟っているのだろう。その疑問に肯定で答える。

 

 

「そうだよ。天才ゆえの孤独。異端ゆえの孤独。僕と君にその違いはあれど、寂しいということに変わりはない。親友がいて、家族がいて。でもやっぱりどこか孤独なんだと思っている自分がいる。違うかい?」

 

「…………」

 

「沈黙は肯定、だよ。まあ、僕くらいの年になれば自然と分かっちゃうんだよ。……アリス、君は独りじゃないよ。そこを間違っちゃいけない。友人もいるだろう? 家族だっているだろう? それに……まあ、少しの間だけだし、君がいいというなら僕もいる」

 

「……私が一人じゃないのは知ってる。でも、私の周りにいるのは3人だけ」

 

 

 そう言ってアリスが思い浮かべるのは、妹、親友、その弟。たった3人。

 

 

「3人()()じゃない。3人()だよ。……そこに僕は入っているのかな?」

 

「入ってないよ。でも、入れてあげる」

 

 

 そう言って顔を上げたアリスの顔はとても綺麗な笑みを浮かべていた。表情を取り戻したアリスは、やはり快活な女性であった。それを見たブルーノの顔にも、自然に笑みが浮かび上がってくる。

 

 

「君は笑っていた方がいいよ。そうすれば、気持ちもいいしね」

 

「うん! ありがとう、おじいちゃん」

 

「おや、僕は君のおじいちゃんか。これはいい。3人目の孫が出来たみたいだね。……さて、僕は続きに取り掛かるよ。あ、そうそう。あと2ヶ月くらい僕の家族は帰ってこないからその間ここにいてもいいよ」

 

「本当に! やったね。ここでいろいろ研究しちゃうんだから、前言撤回はなしだよ!」

 

 

 そう言ってブルーノを指差すアリス。そのポーズはやけに決まっていた。

 

 

「前言撤回などしないさ。孫を追い出すおじいちゃんがどこにいるっていうんだい?」

 

 

 そのアリスの言に柔和な笑みで答えるブルーノ。

 

 それはいかにも普通な祖父と孫の関係に見えた。

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

 ブルーノとアリスの奇妙な共同生活は1ヶ月を過ぎた。

 

 その間、お互いの研究には一切口を出さず、しかしそれ以外は普通の祖父と孫のような生活をしていた。ブルーノは規則正しい生活をしていたので、アリスも自然と生活リズムが規則正しくなり、体調はみるみるうちに回復していった

 

 しかし、1ヶ月もすればお互いの研究に興味が出てくるのも当然だ。ある日の夕食時に、アリスはブルーノの研究について尋ねることにした。

 

 

「ねえねえ、おじいちゃん。ずーーーーっと聞きたかったんだけどさ、一体何の研究をしてるの?」

 

 

 夕食であるシチューをペロリと平らげ、お代わりをよそっていたアリスは、振り向いてブルーノの方を見る。

 

 ブルーノは少し悩む仕草をした後、自身も少し研究が行き詰っていることから、答えることにした。

 

 

「まあ、教えてもいいかな。僕はISの研究をしてるんだ。イサベルがついに国家代表になってね。そこで僕からのプレゼントみたいなものさ。でもまあ、中々上手くいかなくてね」

 

「ふーん。手伝ってあげよっか?」

 

「いいのかい? 君がそんなことをしても」

 

「いいの。だって、私はアリスだよ?」

 

「……ハハッ。確かにそうだったな。ここにいるのはアリスだ。ならば手伝ってもらうとしようか」

 

「任せなさい!」

 

 

 ブルーノはひとしきり笑うと、素直にアリスに協力を求めた。アリスもそれに応え、その後は共同でイサベルのISの研究をつづけた。

 

 楽しい時間は早く過ぎるものである。ついに2か月が過ぎ、別れの時が来た。

 

 

「済まないね。本当はもうちょっと居させてあげたかったんだが……」

 

 

 申し訳なさそうに言うブルーノに、アリスは明るく答える。

 

 

「気にしないで、おじいちゃん。ISだって出来たんだから! このたb……じゃなくてアリスさんの最高傑作になりそうなんだから!」

 

「そうか。ではな。体調に気を付けるんだぞ」

 

「おじいちゃんこそ、もう年なんだから気を付けてね!」

 

 

 お互いにそう言い、アリスはロケットのようなものに乗ってどこかへ行ってしまった。それを見送ると、ブルーノは咳き込む。

 

 

「…………もう、そろそろ……か」

 

 

 そう呟いて、ブルーノは家に入っていった。

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

 それから一年。家族の居ない時を狙ったかのようにアリスは度々ブルーノのもとを訪れていた。毎回の如く違った乗り物でやってくるので、それもブルーノの楽しみになっていた。

 

 そして、その度にお互いを気遣い、研究成果を発表し、時には意見の相違から喧嘩をして過ごしていた。それは、アリスにとってかけがえのない時間だった。

 

 しかし、別れは突然訪れた。

 

 イサベルとカミラが無事に卒業し、IS学園への進学が決定した数日後、ブルーノは倒れた。

 

 病院に運ばれたブルーノの身体はガンに侵され、すでに末期の状態だった。

 

 イサベルとカミラが駆け付けたときには、すでにブルーノは弱り切って喋るだけでも精一杯のように見えた。

 

 ベッドに横たわったまま動かないブルーノの姿は、発明に勤しんでいた時とはまるで違い、イサベルとカミラの目には自然と涙が浮かんできた。

 

 彼女たちがやってきたのを見たブルーノは、一人一人に声を掛け始めた。

 

「……イサベル、ISを正しく使いなさい。……ISは兵器として見られていても、本来は……宇宙進出のための……ものだ……」

 

「分かったよ。おじいちゃん。間違わない」

 

 

 涙声ではあるが、イサベルはしっかりと返事をする。

 

 

「……カミラ。イサベルを助けてやりなさい。……イサベルは少し慌ただしいからね」

 

「うん……うん……」

 

 

 カミラはただ頷くことしかできなかった。喋ってしまえば嗚咽しか出てこないのだろう。

 

 

「そして、二人とも。……僕の研究成果を、発明品を……全部あげるよ。…………イサベル、ちょっと寄ってくれるかい?」

 

 

 言われたとおりに傍によるイサベル。その耳元でブルーノは何かを囁いた。

 

 

「……分かった。絶対守るから」

 

 

 当人たち以外には何が言われたのか全くわからなかったが、イサベルは決意を新たにしたようだった。

 

 

「……おお、ローサ。もう少しで僕もそっちに行くよ」

 

 

 ブルーノは今は亡き妻の名を呼ぶ。もう終わりが近いのだ。

 

 それを聞いたイサベルは、ブルーノに向かって誓いを述べる。

 

 

「おじいちゃん! 私たち、おじいちゃんのISで世界一になるから! だから、見ててよね!」

 

 

 イサベルが懸命に涙を堪え、カミラは涙を抑えられない。そんな二人を見て、ブルーノは柔和な笑みを浮かべた。

 

 

「……そうか。…………がんばれ」

 

 

 最期にそう言い残し、ブルーノはこの世を去った。

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

 ブルーノがこの世を去ったのと同時刻、とある無人島にある研究室に一通の電子メールが届いた。

 

 タイトルは無く、ただ本文のみがあるシンプルなメールだった。

 

 

「何かな? …………え? うそ……うそだよ……」

 

 

 女性はそのメールを読み、譫言のように『うそ』という言葉を繰り返す。モニターに浮かんだ本文を何度も読み返し、身を震わせる。

 

 そんな状態を見かねて、同室にいたもう一人の女性が声を掛ける。

 

 

「おい、どうした? ……ッ! お前、泣いているのか」

 

「どう……したの……かな? 私……涙が止まらないよ……」

 

 

 そう言って振り向いた彼女の顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。手で拭っても拭っても、涙が溢れてくる。それは、彼女が初めて経験するものだった。

 

 

「……泣きたいときは気が済むまで泣いた方がいい」

 

「うん……うん……」

 

 

 声を掛けられた女性は泣いていた。もう一人の女性は、そのことについて、深く追及はせずにただ、彼女を抱きしめた。

 

 

「ありがとう……おじいちゃん」

 

『こちらこそ、ありがとう、だよ。アリス』

 

 

 聞こえないはずの声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

 そして一か月後。日本行の便にイサベルとカミラは乗っていた。

 

 席はふかふかで、まるで高級ホテルのような内装をしている。当然、この機は一般機ではない。各国の大統領や首相が使うような国が所有する旅客機である。

 

 そんな待遇を受け、寛いでいるように見える二人だったが、内心焦っていた。

 

 

「ねえ、ベル。これって遅刻だよね」

 

「そうだね。でも連絡は入れといたし大丈夫でしょ。ただ、担任が織斑千冬なんだってさ。……連絡入れたけど、大丈夫だよね?」

 

「…………たぶん」

 

 

 今さらになって、入学式ギリギリまで本国でISの調整をしていたのを悔やむ二人。

 

 とはいえ、元々十分に間に合うはずだったが、この飛行機の離陸前にバードストライクによって滑走路が封鎖されたのが原因である。これはどうしようもないだろう。

 

 

「イサベル様、カミラ様。まもなく到着いたしますのでご用意を」

 

「あ、分かりました」

 

「ありがとうございます」

 

 

 黒いスーツを着込んだ女性が、到着することを告げる。国家代表であるイサベルと、その専属整備士であるカミラには当然のように国の護衛が付いている。今のもその一人だ。

 

 

「さーて、一体どんな学校生活になるかな?」

 

「ねえ、ベル。あなたがそう言うと絶対に何か起こる気がするんだけど……」

 

 

 そして、彼女たちの学園生活は幕を開ける。

 

 

 

 

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