毎朝の日課であるランニングをするために4時に起床したイサベルは、裸で自分にへばり付いているカミラを引き剥がし仕度を始める。なるべく物音を立てないように部屋を抜け出し、校庭に出ようとしたところで、寮監でもある千冬に見つかった。
この時間に起きているとは思わなかったのだろう。イサベルは驚いていた。
「こんな朝早くからどこへ行く気だ? アルベルダ」
「あ、お早うございます、織斑先生。日課のランニングですよ」
「そうか。だが、私は申請書を貰っていない。6時以降であれば要らないのだが、どうする?」
「そうだったんですか。じゃあ、今日は6時からにします」
IS学園に来る前から千冬を知っているイサベルは、千冬が特例を認めてくれるような人物ではないことを知っているので、大人しく引き下がることにした。
時間を持て余してしまったが、IS学園ではISの自由な展開が認められていないので整備もできない。
結果、やることのなくなってしまったイサベルは、生徒会長の自室に突撃しようと考えた。
「……あ、でも寮が違うから行けないじゃん。あー、もうちょっと詳しく寮則読んどけばよかったなー」
「……あれー? あーるんがいる?」
何かとてつもない呼び名で呼ばれたような気がしたイサベルは後ろを振り向く。そこには着ぐるみがいた。
「? 誰?」
「そういえば自己紹介してなかったねー。私は布仏本音だよー。よろしくー」
妙に間延びした話し方の着ぐるみの正体は、クラスメイトである布仏本音だった。袖の先は指すら見えないほどに長く、フードもすっぽり被っているため肌色の部分がほとんど見えない。元々背の高いイサベルからすれば、顔すら見えないのだ。
そして、イサベルはその名前に聞き覚えがあった。
「んー、確か、かんちゃんのメイドさんだよね?」
「せいかーい。あーるんって頭いいんだね」
「どういたしまして? ていうか、あーるんって私のことだよね? 何であーるん?」
「アルベルダだから、あーるん」
「……あ、そう」
短い時間で本音の大凡の性格を掴んだイサベルは、特に言い返すこともせずそのあだ名で呼ばれることを承諾した。その口調がどことなく自国のIS部隊の副隊長に似ていることもあって、言い返すことは無駄であると悟ったのだ。
そういえば、アルセリアからいーちゃんなんて呼ばれてたなー、と思い出していたイサベルに本音が話しかける。
「こんな朝早くからあーるんは何してるの?」
「あー、ランニングしようと思ってね。でも規則で外出られなくって」
「じゃあー、私の部屋来る?」
いきなり部屋に誘われたイサベルの脳内はハテナマークで埋め尽くされた。先ほど大凡の性格を掴んだはずだが、それが音を立てて崩れる。
「いや、私は別にいいんだけどさ、ルームメイトはいいの?」
「大丈夫だよー。今だってかんちゃんに飲み物買ってきてーって言われてたんだから」
よくよく見れば、着ぐるみのお腹の辺りが膨らんでいる。きっとそこに缶ジュースか何かが入っているのだろう。
「なんか余計にダメな気がする。というか、楯ちゃんに後から怒られそうな気がする。『私だって簪ちゃんの部屋に入りたかったのに!』とかなんとか」
「言いそうだね~」
気の抜けた会話をしていた二人だが、イサベルの携帯が鳴りだしたので会話を止めてイサベルは廊下の窓際に寄っていった。
「あー、もしもし? 今はどんな名前で呼べばいいのかな? お姉ちゃん」
◆
「りょうかーい。おやすみ、お姉ちゃん」
30分の電話が終わり、後ろに目を向けると流石に本音は居なくなっていた。一応本音がいた場所には張り紙がしてあり、戻るという旨が書かれていた。
「まったく、相変わらずだなーお姉ちゃんは」
「お、イサベル」
「あ、おはよー、一夏くん」
時間を潰すために椅子にでも座ろうかと考えていたところに、世界唯一の男、織斑一夏が声を掛けてきた。
「いつもこんな時間に起きてるのか?」
「向こうではね。今日もいつものようにトレーニングでもしようかなーって。でも織斑先生に見つかっちゃって」
「あー、千冬姉に見つかったのか」
「あ、そうだ。一夏くん、ちょっとそっちに立ってくれる?」
一夏はイサベルに誘導されるままに先ほどまでイサベルが電話をしていた窓際に立つ。
イサベルはそれを確認すると、携帯を取り出しカメラモードに切り替える。カミラ作成のこの携帯のカメラは、当然最高画質でありそこらへんで売っているような携帯とはものが違う。
「ん、いくよ」
シャッターが切られる。しかし、一夏にはその音が聞こえなかったので、もう終わったのかという感じだった。最近のカメラには盗撮防止目的で必ず音が出るようになっているのだが、このカメラは音が出ないようになっているらしい。
「ありがとねー、一夏くん。……さーって、これを送信っと」
「どこに送ったんだ?」
「私のお姉ちゃん。さっき電話してたんだけどさ、一夏くんの写真が欲しいって部下から言われてたんだって」
「ふーん。俺の写真が欲しいなんて変わったやつだなぁ」
「……自分がどれだけ有名か分かってないでしょ」
イサベルがボソッと呟くも、一夏には聞こえていなかったらしい。
「ところでさ、一夏くんどうするの? オルコットちゃんと戦うんでしょ?」
「ああ」
「でも、専用機相手に量産機じゃ勝てないと思うよ? それに、相手は国家代表候補生なわけだし」
「そうだよなあ」
「じゃあ、私が手伝ってあげよっか?」
「いいのか!?」
「いいよ。私だって早く自分のIS展開したいからそのついででいいなら」
「頼むよ」
そう言って一夏は頭を下げた。そこまでのリアクションを期待していなかったイサベルは若干驚くが、そんなことをおくびにも出さず予定を伝える。
「一応今日の放課後に第2アリーナで予約とってあるから」
「おう。分かった」
そこから雑談をして時間を潰したイサベルは、6時になると同時に校庭に出てトレーニングを始めた。
◆
そして放課後。
第2アリーナには、イサベルとカミラ、一夏、箒が来ていた。
「んじゃ、始めるかな。一夏くんと篠ノ之ちゃんはISの動きを見ててね」
そう言って、イサベルとカミラはISを展開する。
赤と金の色をしたイサベルのIS『トーケー・デル・ソル type.A』は大きなスラスター翼が特徴的だ。一般的なISにはだいたい2枚なのだが、イサベルのISには8枚ものスラスター翼が付いている。その大きさも普通ではなく、全てを広げると後ろから見ればISがすっぽり隠れてしまうほどだ。その様は、まさに太陽。
さらに、腰から下を覆うようにスカート状に装甲が展開されている。ISは世代が上がるたびにスマートになっていったのだが、このISはその潮流に逆行しているようにも見える。
一方のカミラのIS『トーケー・デル・ソル type.S』はスラスター翼こそ4枚あるものの、それ以外に目立ったものはない。『type.A』にあるようなスカート型の装甲もなく、見た目的には第二世代IS『ラファール・リヴァイヴ』と大差ないように見える。
「カミラ、準備はいい?」
「大丈夫。今日こそシールドエネルギーを削って見せる」
お互いに武装を出したところで、模擬戦は始まった。
イサベルは手に持ったレーザーライフルで正確無比な射撃を繰り返し、カミラを追い詰めていく。
一方のカミラは射撃を躱すので精いっぱいで攻撃ができないでいた。なんとか攻撃をしても、8枚ものスラスター翼を誇る『type.A』はそれをいとも容易く避け、すぐに反撃をしてくる。しかし、攻撃ができないとはいえ、未だ一撃ももらってはいない。
「ベル、ウォーミングアップはこれくらいでいい?」
「ん、OK。それじゃ、本気で行くよ!」
イサベルは告げたとおりに本気を出す。今までの射撃が児戯であるかのように、次々と命中させていく。カミラは多少の被弾を覚悟で攻撃をしているのだが、そのどれもが当たらない。
攻性武装が元々一つしかなく、追加でマシンガンとショットガンを入れたとはいえ、攻撃用途ではない『type.S』では善戦しているほうなのだが、イサベルはそれを簡単に圧倒してくる。
レーザーライフルで撃つ際にも、ほとんどスコープを覗かず僅かな腕の動きだけで正確に射撃をするイサベル。
次第にカミラのほうには傷が増え、動きも遅くなってきた。
そして、一夏と箒は破裂音を聞いた。
次の瞬間、イサベルはカミラの懐に入り足を振りぬいていた。8枚全てのスラスターを利用した
一夏や箒からすれば、破裂音と同時にカミラが吹き飛ばされたように見えただろう。
その一撃で吹き飛ばされたカミラは、最初から搭載されていた攻性武装の発動を試みる。
背中側にある4枚のスラスター翼が前面に回り、一つになっていく。それが、『トーケー・デル・ソル』が第三世代である所以の武装『
カミラが『アルバ』を展開したのを見て、イサベルも同様に『アルバ』を展開する。ただ、カミラの様に4枚を集めるのではなく、2枚のスラスター翼を切り離し、レーザーライフルへと直列で接続する。元々2mほどのレーザーライフルが6mほどになり、先ほどまでとは違ってイサベルは専用のスコープを覗き込む。
一瞬の静寂ののち、二つの『アルバ』は放たれた。
カミラの『アルバ』はISごと飲み込むような太さのビームであり、イサベルの『アルバ』はレーザーライフルの口径よりも細いものだった。
しかし、2発3発と放たれたイサベルの『アルバ』はカミラの『アルバ』のすぐ横を通り抜け、先に着弾した。
イサベルは残った6枚のスラスター翼のうち4枚を使い
「今回も私の勝ちだね」
「やっぱり4枚すべてを使ったのが失敗かなー」
「隙が大きいからねー。ま、そこらの奴には負けないと思うから安心だね、私は」
「ベルがよくても私はよくない。今回もシールドエネルギー削れなかったし」
模擬戦が終わってからすぐにお互いの反省点などを話し始める二人と違って、一夏と箒は言葉が出てこなかった。
一夏はモンド・グロッソなどで生のISの試合を見たことがあったが、これほど近くで見たのは初めてだった。箒にいたってはテレビ中継でしか見たことが無かったので、その迫力に圧倒されていた。
「あ、一夏くん、どうだった?」
「……いや、凄すぎて何が何だか」
「あの程度で驚いてたら駄目だよ、織斑君。ベルは今回データ採取目的での本気だったから、部隊での模擬戦だともっとだから」
「あれより凄いのか!?」
「んー、自分じゃよくわかんないけどね。あ、篠ノ之ちゃんはどう?」
「う、わ、私もよく分からなかった」
「ふーん。ま、これが生のISってこと。一夏くん、君もあれくらいできるようにならないとね。オルコットちゃんだとカミラより少し強いくらいかな」
「……マジか」
カミラよりも強いと言われ、少し自信を無くす一夏。そんな一夏を励まそうと箒が声を掛ける。
「一夏。剣道場に行くぞ。今からでも遅くはない!」
「わ、分かったから竹刀を出すな! こっちに向けるな!」
一夏は箒に引きずられるようにしてアリーナを出て行った。
「大変だね、一夏くんも」
「それよりベル、こっちも調整しないと」
「ああ、そうだね。まだ未完成だから今回も使えなかったしね」
イサベルとカミラは二人が出て行ったのと反対方向にある整備室に向かって歩き出す。
「ああ、そうそう。私が『アルバ』使ったから、シールドエネルギーは削れてたよ?」
「あれは削ったって言わない。部隊の人にもそう言われたでしょ?」
まだまだ反省点は尽きないようで、整備室に入ってからも今回の模擬戦のデータを見ながら整備を進めていく二人。
そんな二人に近づく人影があった。
「ん? あ、楯ちゃん久しぶりー!」
足音を忍ばせていた人影は、不意に振り向いたイサベルによって発見されてしまった。見つかってしまったので普通に歩き始めたその人物は、更識楯無。IS学園の生徒会長である。
「あのね、イサベル。ここでは私は上級生なんだけどなー」
「それで、楯ちゃん」
「無視!?」
「でさ、去年一体何をやらかしたの? 楯ちゃんの所為で私がクラス代表に立候補できないんだけど」
「あー、それね、私が去年全学年のクラス代表相手に無双しちゃったからなんだ。ごめーんね」
可愛らしく首を傾げ謝る楯無に毒気を抜かれてしまったイサベルは溜息を吐く。
「あ、そうそう。カミラに朗報。もうちょっと先だけど、あの子が転入してくるって」
「ほ、本当ですか!? 楯無先輩!」
「おお、何か新鮮な呼び名! じゃなくて、本当よ。あとで確かめてみなさいな」
「ベルちゃんごめん! 先帰る!!」
工具類をほったらかしにしてカミラは走って帰ってしまった。それを見て、イサベルは溜息。
なんか今日は私のほうが溜息ついてるなー、とイサベルは思うが、口には出さない。
「『ベルちゃん』だなんて呼ばれたの久しぶりなんじゃない?」
「んー、興奮してたりすると呼んでくれるからそんなに久しぶりじゃないかな。で、本当の用事は何? 楯ちゃん」
「あのね、私、先輩……ま、いっか。特に用は無いわよ。ただ挨拶しに来ただけ。じゃーねー」
本当に挨拶しに来ただけだったようで、すぐに帰って行ってしまった。生徒会の仕事でも溜まっているのだろうとあたりを付けたイサベルは特に呼び止めることもしなかった。
そして、周りを見て気づいた。
「カミラがいた時より散らかっている……!」
どうやら楯無は話している間に工具類を散らかしていたらしい。明らかに悪戯目的だ。
それを確信した瞬間、イサベルは叫んだ。
「楯ちゃーーーーーーん!!」
そして、空しくなった。
◆
「あら? もう送ってきてくれたんだ、ベル」
イサベルと顔立ちのよく似た女性が呟く。手に持った携帯には、今朝イサベルが撮った一夏の写真が表示されている。
撮影時間から考えると寝起きなのだろう。一夏の髪の毛は所々跳ねていた。
「ふふふ。早く渡してあげないとね」
先ほどまで寝ていたベッドを振り返り、そこにいる女性が寝入っているのを確認すると、部屋を出ていく。
目的の部屋は2つ隣であり、時間はそうかからない。
この写真を渡した時の反応を思い浮かべ、女性は笑みを浮かべた。