「一夏、大丈夫か?」
「ああ。見てろって」
クラス代表決定戦当日。カタパルト脇にある控室には、一夏と箒、それに千冬がいた。真耶はセシリアのほうに付いている。
イサベルから戦術に対してアドバイスを受けた一夏は、今までに見てきた姉の戦い方を参考に今日の戦術を練っていた。昨夜考えていたうちの一つは、高速機動及び攪乱からの一撃だった。しかし、一夏はIS搭乗時間があまりにも少ないため、あまり複雑な動きはできない。ましてや、高速機動による攪乱からの一撃など不可能にも近いということは一夏自身分かっている。
そして、セシリア・オルコットのISブルー・ティアーズは、中遠距離型のISだ。近接用ブレードしかない白式では相性が悪い。最悪、一撃も食らわせることなく沈められてしまうだろう。
しかし、一夏は昨日本気ではなかったにしろ
相手の初撃を躱しての『零落白夜』。幸い、お互いのスタート位置はそこまで遠くはない。白式の加速性能から考えれば問題のない距離だ。
「よし。これでいけるだろ」
「準備はできたか、織斑」
「はい。いつでも大丈夫です」
「そうか。では行ってこい」
千冬に送り出され、一夏はアリーナへと向かう。途中、心配そうに見てくる箒に気付き、手を挙げることでそれに応える。
アリーナには、既にセシリアがいた。名前の通り、青を基調としたISを纏い、一夏を睨みつけている。
「あら、逃げなかったのですね。これが最後のチャンスでしたのに」
「何でお前相手に逃げなきゃいけねえんだよ。そっちこそ棄権しなくてよかったのか?」
「そんなことを言っていられるのも今のうちですわ」
一通り言葉を交わした後、二人は所定の位置に着いた。それを確認した千冬が開始を告げるアラームを鳴らした。
◆
『ご苦労様です。アルベルダ隊長、ラウレアノ副隊長、フアレス工廠長』
「あー、もー、そんな硬い挨拶しなくていいのに。でも身体はだらけてるね」
「しょーがないよ。今日はいろいろあるからねー。とりあえず挨拶だけでもきちんとできるか確認しておかないと」
「工廠長なんて役職ってあったっけ?」
「あ、みーちゃんには言ってなかったね。新しく出来たんだよ。工廠長」
スペインに帰国したイサベルたちは、自分たちの部隊である『ラ・アルマダ』の兵舎を訪れていた。軍属でありながら独立した指揮系統を持つ『ラ・アルマダ』では、基本的に全員が兵舎で暮らしている。また、緊急時にはこの兵舎そのものが作戦本部になるよう設計されていた。
食堂でもありリビングでもある共同スペースには、10名の隊員全員が揃っていた。掛け声もそろっているのだが、イサベルも言った通り、一応イサベルたちの方を見ているものの、ソファーに寝転がったり、料理していたり、ゲームをしていたりと、とても軍属であるとは思えない態度を取っていた。
それもこの部隊では日常茶飯事であり、平時においては上下関係などほとんど無いほど仲の良い部隊であった。もちろん正式な場や訓練などでは上下関係は明確である。
「あ、これからの予定ってどうなってる?」
「んー、今日は特に何もないよー。敢えて言うならお偉いさんへの挨拶くらい。でも、しなくてもいいって言われてるしねー」
イサベルの問いかけにアルセリアが答える。これからすぐにでも何かあるとイサベルは思っていたので、特にやることも考えていなかった。よって、イサベルは暇人になってしまった。今日は元々訓練は休みの日であり隊員たちも部屋着である。取り敢えずイサベルは着替えるために私室に向かった。
二階にあるイサベルの部屋はきちんと清掃されており、埃一つ見当たらない。それも当然だ。IS部隊という立場上他国のスパイによる諜報活動を警戒し、毎日屋根裏まで清掃しているのだから。
IS学園の制服を脱ぎ、ISスーツを着る。その上から真っ白なシャツと黒いミニスカートを身に着ける。ISスーツを着込むのはいつ何が起こってもいいようにということであり、たとえ休日でも隊員全員が着用している。
着替え終わったイサベルは昼食を摂るため再び一階に降りる。まだ用意はできていなかったようで、キッチンからは料理をする音が聞こえている。
「あ、そうだ。たいちょー、ミーアって人からエアメール来てましたよ」
隊員の一人である赤い髪をしたロベルタ・ミロ(14歳・解析担当)が一旦ゲームを中断してイサベルに封筒を渡す。
「それで、ミーアって誰ですか?」
ロベルタの姉で、同じく赤い髪をしたソフィア・ミロ(18歳・衛生・医療担当)が料理の手を止めて興味津々に尋ねる。
「ん、私のお姉ちゃん」
「あれ? 隊長ってお姉ちゃんいたんですね。知りませんでした」
「まー、私も紹介した覚えはないしね。……でー、何だって?」
適当な場所に腰を掛け、封筒を開けて中に入っていた手紙を読むイサベル。読み進めていくたびにイサベルの顔には笑みが浮かんでいく。
気付けば先ほどまで興味津々だったソフィアもいつの間にか料理を再開し、ロベルタもゲームを再開していた。
「ふーん。なるほどね」
イサベルが独り言をつぶやくが、誰も気に留めない。時々イサベルはこうやって自分の世界に入っていってしまうことを知っているからだ。
しばらくして手紙を読み終えたイサベルは立ち上がると、再び二階の私室へと向かっていった。
◆
私室に戻ってきたイサベルは部屋の鍵を掛け、机の上にあるパソコンを起動させる。普通のパソコンに見えるそれも、カミラの手によって魔改造されており、とても個人が使うようなスペックではない。
16ケタのパスワードを入力し、手紙に同封されていたデータチップを読み込ませる。読み込みが終わり表示された画面には、ISが表示されていた。
「……さすがお姉ちゃん。ここまで調べ上げられるなんて……」
イサベルが驚くのも無理はない。今、彼女のパソコンのディスプレイには、ISの詳細な情報が載せられていた。それも、自国のものではなく他国のものが。
「ふーん。アメリカとイスラエルの合同プロジェクトねー。完全に軍用機じゃん。これがフランスとの同盟に影響したのかな? いや、それだけじゃないな。ウチから第三世代渡すとかかな?」
このイサベルの予想は外れてはいなかった。
ISは形式上軍事利用は禁止されてはいるが、その実、軍事利用を前提としている。それは、スペインでもそうだし、他の国でもそうだ。たった一機で戦況を覆すことのできるISはより性能の高いものを自国が持つことで他国に対する優位に立てる。それゆえ、ISの開発競争は熾烈を極めている。
今回同盟を結ぶフランスは、第二世代においてはラファール・リヴァイヴが成功したこともあり、世界的な強国になった。しかし、第三世代の開発は遅々として進んでいない。イサベルとて内情全てを把握しているわけではないが、どうやら開発コンセプトが決定して以降何も進んでいないというのは風の噂で聞いていた。
フランス最大のIS企業であるデュノア社ですらそれなのだ。他の企業にできるはずもなくフランスは世界から置いて行かれる危機感を抱いていた。そんな中提案されたスペインとの同盟に否定的な意見を出す者はほとんどいなかった。その条件が欧州連合からの脱退であったとしても。
他国に目を向けてみれば、フランスが後進国となるのも時間の問題であった。スペインの『トーケー・デル・ソル』に始まり、イギリスの『ブルー・ティアーズ』、ドイツの『シュバルツェア・レーゲン』、イタリアの『テンペスタⅡ』、ロシアの『ミステリアス・レイディ』、オランダの『オンウィーア』。ヨーロッパだけでもこれだけの試作型第三世代が開発されているのだ。いくら実用化されているのがスペインだけとはいえ、フランスが遅れているのは誰の目から見ても明らかだ。
更に世界に目を向ければ、中国の『甲龍』、日本の『真打』、イスラエル・アメリカの『シルバリオ・ゴスペル』、インドの『ヴィシュヌ』、エジプトの『バー』、ブラジルの『アマレロ』、オーストラリアの『レッド・ホライズン』が現在試験稼働中だ。
これだけの数の第三世代が開発されているため、フランスは形振り構っていられない状況でもあった。欧州連合からの脱退は大きな経済的な損失を齎すことは明らかだが、万が一他国が第三世代ISを用いて侵略してきた場合、第二世代に頼っているフランスでは勝ち目はほぼない。経済損失は政策次第であとから取り戻すことができるが、侵略された場合は国そのものが無くなる危険性がある。
しかし、周囲の情勢だけがフランスの欧州連合からの脱退を決意させたわけでもない。そこにはもう一つスペインからの取引があったのだ。
それは、同盟の見返りに第三世代機を一機譲り渡すというもの。それに関わる情報もすべてフランス側に公開することまでもが含まれた取引だった。これが決め手となり、フランスはスペインとの同盟の合意に至った。
これがフランス・スペイン間の同盟の真実である。当然イサベルはこのような経過をたどっているということを知らされていない。しかし、彼女の予想は正鵠を射ていた。
「ま、私には関係ない……こともないけど、今はこっちの方が重要」
そう言ってイサベルはファイルを開く。そこには各ISの写真とともに武装の説明が詳細に記されていた。
「空間圧作用に
そう言ったイサベルが開いているのは日本製第三世代IS『真打』のファイル。『打鉄』の装甲がスマートになっただけに見える外観は特に変更点など見られないが、特殊武装の性能がおかしい。
「一次形態からのワン・オフ・アビリティって白式みたいじゃん。まあ、稼働試験はまだ先みたいだけどさ。そういえば白式って第何世代なんだろ?」
ふと湧いた疑問を考え始めるイサベル。実は昼食の用意が終わったソフィアから呼ばれているのだが、気づいている様子はない。
「んー、スピードは第三世代より上。でも
悩めど悩めど結論は出ない。そもそもあの人が弄った時点で世代という枠からはみ出ているのだと無理矢理に自分を納得させ、イサベルは一階に降りて行った。
そこで、思わぬ人物と対面するとは知らずに。
◆
「さあ、踊りなさい!」
そう言って繰り出された攻撃を一夏はギリギリで避ける。既に試合開始から5分が経過していた。
一夏が控室で考えた作戦は失敗した。そもそもあの戦い方はイサベルが手加減していたからできたことであり、手加減など一切していないセシリアに通用するはずがなかったのだ。加えて、ブルー・ティアーズに搭載された機体の名と同じ名を持つ特殊武装『ブルー・ティアーズ』による遠隔攻撃によって一夏は徐々に追い詰められていた。
「くッ……四か所からの攻撃とかどうしろってんだよ……」
「あら? まだ話す余裕があるのですわね」
対するセシリアは余裕の表情を浮かべている。それもそのはず。セシリアは試合開始時から一歩たりとも動いていないのだ。BT兵器による多方面からの射撃により一夏を防戦一方に追い込むことで動く必要がない。更に、自分の後ろ側に回り込まれないようにBT兵器を操作し、常に白式を正面に捉えるよう誘導していた。
彼女に一夏が初心者であるということに起因する慢心はない。つい3か月前にその慢心から彼女は手痛い敗北を喫したのだから。
その時セシリアには慢心があった。相手は自分と同じ国家代表候補生とはいえ繰るISは第二世代。対する自分は第三世代。それゆえに、セシリアは慢心してしまった。
終わってみれば、相手に一撃も当てることができずにセシリアは敗北した。自分は豊富な射撃武器に加えBT兵器まで擁する最新型なのに、近接用ブレード一本の量産型に敗北したという事実は、セシリアの意識を変えるには十分すぎる出来事であった。
そして、三か月の間、自分が主導権を握る戦い方をひたすら研究し、特訓した。その過程で対戦した相手がスペインの三番手であり、自分より年下であったことも知った。
「もう私に慢心はありません。次で決めますわ!」
今まで動くことのなかったブルー・ティアーズがレーザーライフルを構える。一夏にもその動きが見えたが、四基のBT兵器を相手にするのが精いっぱいでそちらまで気にすることができない。それでも相手が決めに来ているということは分かったのだろう。一夏は被弾覚悟で突っ込むことを決断した。
一瞬、BT兵器からの射撃が止まる。その一瞬で
一夏が振り下ろすのとほぼ同時に、セシリアのライフルとBT兵器が火を噴く。それだけではない。隠されていたミサイルも同時に発射される。
爆炎が二人を覆い隠す。その試合の行方を誰もが固唾をのんで見つめる。
煙が晴れて現れたのは一夏の機体白式だった。その腕にはセシリアが抱かれている。
試合終了を告げるブザーが鳴り、一夏の勝利を知らせる。アリーナからは歓声が聞こえるが、一夏は自分が勝ったとは到底思えなかった。
最後の一撃によって実は二人ともシールドエネルギーは0になっていたのだ。ただ、セシリアの方が僅かに早かったというだけで、数秒違えば勝敗は逆になっていたかもしれないのだ。
最後の瞬間、もしBT兵器が一夏の近くにあったなら、零落白夜の一撃が届く前に白式のシールドエネルギーは0になっていただろう。運が勝敗を分けたと言っていい試合だった。
そんな微妙な気持ちになっている一夏だったが、セシリアは違った。慢心はしていなかったつもりだった。しかし、最後の一撃を焦らなくてもよかったのではないかと考えている。あのまま同じ戦いをしていれば勝ったのはセシリアだったのだろう。今となってはもう遅いが。
そして、そんな反省の思いと共に、何かこうやって抱かれていると顔が熱くなる感じがしていた。
それが恋だということにセシリアが気づくのは、少し時間が経ってからだった。
※イサベルのお姉ちゃんは歌ったりしません。