冬木冬馬 side
一通り浩二に制裁を加えてくれた後、漸く彼の用事を聞くことにした。最初は大したことではないと思っていたが、俺が思う以上に大変なことであることを気付かされた。
浩二が連れて来たのはバリケードで塞がれた入り口だった。
そこからは散弾銃や俺たちの姿を確認しているために群がり、冷たく青白い肌を持つ何本もの腕が俺たちを求めて伸びていた。そのせいで最初は丈夫に作られていたはずであろうバリケードは常にミシミシと音を立てていた。
「…こいつは、マズイな…」
「ああ…このままじゃいずれ突破される」
「これ以上補強することは出来ないのか?」
「無理だな…」
補強も出来ないと分かってしまうと、残る手立ては1つだけになる。
それはここから逃げ出すことだ。
簡単に言うが、実際今ここから逃げ出すのは相当大変だ。
何故なら周りは数え切れない量のウォーカーが俺たちが住んでいるビルを取り囲んでいる。
「で、浩二にはここから逃げ出す良い案でも思い付いているのか?」
「あったらお前をここになんか連れて来るかよ…」
「……だよな…」
だと思った。だから俺を呼んで何か案がないのかと聞きに来たのだろう。と言われても…。
「俺がそんな簡単に逃げる算段を思い付くと思っているのか?」
「はっきり言えば思ってないよ」
「……はぁ」
俺は思わず溜息を吐いてしまった。嫌な状況の時にそういう行動はなるべく溜息は吐きたくないのだが、自然と漏れてしまう。
「今度こそ…ここで終わりか?俺たち…」
「…いいや、終わらせない。こんなところで死んでたまるか…。折角、“大切な奴”にもう一度会えたっていうのに…」
自分でも無意識に瑞穂のことを『大切な奴』って呼んでしまっていることに気付いてなかった。浩二は俺の言う『大切な奴』が誰なのか分かっているからニヤニヤしているが、その笑顔は…昔の時とは少しだけ違うように見えた。
まあそれはともかく…どうしたものか……。
すると…。
「臭いはどうかしら?」
突然後ろから咲良の声が聞こえた。
「臭い?」
「うん。ウォーカーは音と目はしっかりしてるけど、臭いだけは弱いの」
「臭い……」
咲良の意見を聞き、俺の頭の中で案が思い付いた。
「浩二、瑞穂も呼んで来てくれ」
「その様子…何か思い付いたのか⁈」
「ああ、一か八かの作戦をな!」
浩二は頷くとすぐに瑞穂を呼びに行った。浩二が瑞穂を連れて来るまで、1分とかからなかった。
俺はまず英雄さんの亡骸が置いてある地下室に皆を集めた。
部屋中に立ち込める腐敗臭に俺も含めて全員が顔を歪めたが、今は気にしている場合じゃない。
「…実は、咲良が言ってくれたキーワードでここからの脱出方法を考えたんだ」
「勿体ぶってないで早く言えよ」
「…人間の腐った身体を利用する」
全員がそれを聞いた途端に頭の上にハテナが付いているのが分かった。まあ今の言い方では簡単に理解出来ないだろう。
「要するに…俺たちの身体に死体の一部を付けるってことなんだが…」
それを聞いた途端に瑞穂と咲良の顔は見る見る内に青ざめていく。
「…それ、本気?冬馬…」
「本気だよ、瑞穂。他に案があるなら今のうちに言ってくれ」
と言ったが、誰一人として口を開かなかった。
「じゃあ、作業に入ろう」
「作業?」
「……この英雄さんの死体をバラバラにして、中の内臓や血肉を服に塗りたくって外に出るんだ。そうすれば臭いでウォーカーにバレずにここから逃げ出せる」
「いやっ‼︎」
俺の作戦の詳しい概要を伝えていると、不意に瑞穂の拒絶した声が部屋中に轟いた。
別段嫌だと叫ぶ瑞穂の気持ちは分からなくもなかった。何せこれから内臓をぶら下げてウォーカーの集まりの中を闊歩しなければならないんだ。嫌に決まっている。
だが、瑞穂が『嫌』と言ったのは、別の理由だった。
「だって…冬馬の案だと、英雄さんの身体をバラバラにするんでしょ⁈そんなの嫌!死んでからも切り刻まれるなんて…可哀想だよ…」
「………」
瑞穂の言いたいことはよく分かった。瑞穂の心が優しいことも俺が一番よく分かっている。
だけど…。
「時間が無いんだ…。今にもバリケードは突破されそうで、いつウォーカーが雪崩れ込んでくるかも分からない。だから今のうちに行動しなきゃならないんだ、瑞穂。辛いってことは分かっている。でも、これしかないんだ。英雄さんも俺たちがここで死んだら…天国で浮かばれないだろ?」
かなり道理の通っていない説得であることはよく分かっている。
だけど、瑞穂を納得させるにはこういう誤魔化しを効かせないと無理だと思った。
瑞穂はちょっと考え込んだ後、辛そうな表情で渋々頷いた。
「…ありがとう、瑞穂」
俺はそう言うと、早速ナイフを持って、英雄さんの死体を解剖し始めた。最初は腹だ。ナイフの刃が肉を切り裂き、所々取っ掛かりがあるのが感じられた。そして、まず腹の中から小腸を取り出した。
この時点で瑞穂と咲良は背を向け、浩二も耐えてはいるが、かなりキツそうな表情をしていた。俺だって相当を越えて、滅茶苦茶キツい。今にも吐いてしまいそうだ。
数十分が経ち、俺は英雄さんの身体をバラバラにしきった。人かも分からない程、原型を留めていない英雄さんの死体に申し訳なさが一気に上がって来る。だけど、その分…俺たちは生きると誓っていた。
「ほら、みんなこの服を着るんだ。今の服の上に血肉を付けたくなうだろ?」
「…そいつはありがとよ…」
全員真っ白なコートを着て、お互いに血肉を付け合った。俺は首の上に小腸をぶら下げ、浩二は大腸をコートにぶら下げた。瑞穂と咲良も嫌々ながらも、どうにか上半身に血を付けた。
「よし…行こう…」
先頭を歩くのは俺なんだが…はっきり言ってかなりビビっている。何せこれでウォーカーを欺けなければ、食われるのは俺だ。そして瑞穂たちは元の建物に逃げ戻り、俺が食べられている光景を垣間見ることになる。
それだけは勘弁だな…。
俺がウォーカーたちの垣根に入っていくと、奴らは俺を訝しげに見ていたが、やがて興味が無くなったように視線を逸らした。
どうやら…俺の考えは間違っていないようだ。俺はまだ建物の中にいる3人を手招きした。3人とも足を動かすことを渋っていたが、覚悟を決めたのか全員ゆっくりと動き出した。その3人にもウォーカーは一切の興味を持つことはなかった。
それからはウォーカーに人間だとバレないようにゆっくりと…フラフラした足取りで進んでいた。これならどうにかなると思っていた矢先のことだった。
ウォーカーたちの垣根を半分くらいまで行ったところで空が黒い雲で覆われ始めたのだ。これが何を示すは…よく分かっている。
「おい…冬馬これって…」
焦る浩二の声が俺の耳に入ってくる。
黒い雲は徐々に重い空気を吐き出し、雨を降らせ始めたのだ。
最悪のタイミングだった。服に付けた血や肉が雨で全て綺麗サッパリ洗い流されてしまう。周りのウォーカーも俺たちをジロジロと見てきてもいた。
俺はウォーカーと視線を合わせないように顔を俯かせ、右手に握る散弾銃をしっかりと持った。
そして…遂にその時は来た。
ザーザー降りの雨の中を歩き続けて、数分が経った頃…一体のウォーカーが俺に奇声を上げた。もうなり振り構っていられない俺は散弾銃の柄で奴の側頭部を砕いた。
「走れぇ‼︎‼︎」
俺の叫び声を聞いた3人は全力疾走を開始。
ウォーカーは俺たちが人間であると分かり、一目散に追いかけて来た。俺たちは必死に逃げた。動く死体共が俺たちを見失うまで…身体の限界が来たとしても…走るのをやめなかった。
「ゼェ……ゼェ……」
「はぁ、はぁ……ゴホゴホッ!」
高速道路の真ん中で荒い息を吐く俺たち。でもどうにかウォーカーたちの標的から逃れることがどうにか成功したようだ。
「こんな長距離の全力疾走……長らくやってなかったから…相当堪えたぜ…」
「お前は……まだいい方だろ…。俺は途中でダウンした瑞穂を抱えて走ったんだぞ?」
そう……瑞穂は途中で走り疲れたか、体力を使い果たしたか…どちらにせよ倒れてしまったのだ。だから背中にオブって走ったのだ。
「でも…どうにか逃げ切れたからいいじゃねえか…」
「まだだよ…。だってアレ……」
後ろでオブっている瑞穂が指を指してそう言った。
その方向にはたくさん蠢くウォーカーたちが横転した車を避けながら、確かにこちらに向かって来ていたのだ。
「しつこい奴らだ…」
「今に始まったことじゃないだろ?」
「…そうだな……」
「瑞穂、歩けるか?」
「うん…。ごめんね、足手纏いで…」
「構わないよ」
「………」
俺と瑞穂の仲睦まじい会話を浩二は、どこか羨ましげに見ていて、俺は彼に問いかけた。
「浩二?」
「…あ、いや…何でもないよ…」
少し様子がおかしい浩二だが、今は放っておこう。
そして、瑞穂を高速道路の上に降ろしたその時だった。
ミシッとコンクリートにヒビが入る音がしたかと思えば、俺と瑞穂が立つ場所が崩れ落ちたのだ。
「えっ⁈」
俺は悲鳴を上げることも出来なかった。けど、一緒に落ち行く瑞穂を空中で抱き止め、暗闇の中へと向かっていく。
そして…身体全体に衝撃が伝わるのだった。
梶浩二side
俺の目の前で二人は奈落の底へと消えていった。俺は『成瀬』を助けようと思い、自らも飛び込もうと思ったが、それは杉山に止められてしまう。
しかし俺はこの時不思議…というより、変に思った。どうして『成瀬』だけ助けたいと思ってしまったんだろうか…。冬馬も大切な親友だというのに……どうして………。
次回から『アイアムアヒーロー』のストーリーに沿っていきます。
浩二の心境も変化。彼の真意は?