ー三日後ー
冬木冬馬side
俺の身体は常に悲鳴を上げ続けていた。背中にオブった瑞穂と片手に持つ散弾銃のせいで、動きは鈍いし重いしで、中々この樹海から抜け出せずにいた。
瑞穂を抱いた日の次の日…俺と瑞穂はどうにかこの樹海から出ようと頑張っていた。しかし、行けども行けども公道も大きな建物も見えず、今日含めて三日間…樹海の中を彷徨っていた。瑞穂が持っていた食料を詰め込んだリュックがなければ今頃地面に倒れて死んでいたことだろう。
しかし、そんな過酷なサバイバル生活に瑞穂の身体は耐えきれなかった。二日目の昼頃…突然瑞穂は地面に膝を付くと、そのまま気絶してしまった。そのお陰で俺は瑞穂を抱えてこの道もなく、足場も最悪に等しい樹海を…歩いているのだった。
「はぁ………はぁ………」
吐く息がゆっくりになることは無さそうだった。
疲労と恐怖によるストレスのせいで身体はボロボロ。いっそこのまま死んだ方が安らかに死ねるんじゃないかと、この三日間何度となく思ったことだろうか……。
だけど俺が死ねなかった。その理由は、俺の背中で今も身体をダウンさせ…それでも確かに生きようと必死にもがいている瑞穂だった。
彼女を抱いた夜…俺は僅かながら後悔があった。
あの行為自体が、瑞穂を不安させてしまう要因になるのではないかと思い、眠れなかった俺に瑞穂は優しく笑いながら言ってくれた。
『冬馬…私ね……こんなに嬉しいって思ったこと一度もなかったんだよ?だから心配しないで…。頑張ってこの世界で生きて行こう?』
そう…こんなことを言われてしまっては…死ぬにも死ねない。
俺は歯を食い縛り、ちょっとした坂をどうにか越える。そして、後ろで荒い息をしている瑞穂に呼びかけた。
「安心しろ……。絶対に、死なせないからな…」
そう言うと、瑞穂は苦しそうな表情でも…僅かに笑みを浮かべたのだった。
軽い山道を登って、約2時間超…。
ここで俺は前方の方がやけに明るいことに気付いた。そのまま進んでいくと、漸く俺たちは待ち望んでいた公道…まあ道路なのだが、そこに出たのだ。
出てすぐに俺はあるものを見つけた。それは買い物カートだった。随分外に放置されていたようで、周りの銀色の塗装は剥げて、至る所に赤錆が出来ていた。中には様々なお菓子が入っていると思ったが、中は空っぽだった。
落胆すると同時に俺はこのカートが道路に沿っていくつも散乱していることに気付いた。それに今目の前にあるカートより後ろに別のカートは見当たらない。
それなら…このカートの行列を追っていけば、何かしらの建物に出くわせるかもしれない。
そう信じて、俺はグッタリとした瑞穂をカートの中に乗せて、俺はカートを押して進むのだった。
更に数時間が経ち、カートの散乱する数も増えてきた。
そして遂に…俺たちは巨大なショッピングモールらしきところに到着した。その事を瑞穂に伝える。
「瑞穂、見ろ…。もうすぐだからな…」
瑞穂は虚ろな双眸でショッピングモールをチラと見ただけで、すぐに俯いてしまった。
俺は再びカートを動かすが、このショッピングモール……全くと言って言い程人の気配がない。時折吹く風に何かの書類が舞い散るだけで、生物が自分たち以外に本当にいるのかと疑いたくなった。
だけど、少し進んでいると広場の隅に手を縛られた状態で燃やされたのか……真っ黒焦げになった人間の死体がチラホラと銅像のように置かれていた。その目は軽くこちらを見て、炭素だけとなった口をどうにか開けようともがいているように見えた。
ウォーカーであることに間違いはなさそうだが、黒焦げで縛られているため、俺たちを襲ってくることはないだろう。
「…不気味だな…」
俺はそう思いながら1つの店に入っていく。
見た感じ、俺にはウォーカーがここにいるような雰囲気はないため、構わずに店に入った。そこで新しい服などを物色して、高そうなジャケットを羽織り、似合っているか確認しようと鏡を見た時…“奴”が見えた。
「!」
鏡越しにいるウォーカーはこちらをじっと見詰めていた。スーツを着たままウォーカーになっていて、この店の中にいるんだから恐らく従業員なんだろう……って、そんな呑気にウォーカーの分析をしている場合じゃない!
今俺はファッションにうつつを抜かしていたせいで、どっちの手にも武器になり得るものはない。
俺が右足下げた瞬間、ウォーカーは大口を開けて俺に迫ってきた。
「ちくしょう!」
ウォーカーは凄まじいスピードで俺はとの間合いを取り、掴みかかってきたのだ。俺はそこらに落ちているものを投げたり、ぶつけたりして抵抗する。
すると、カートの方から震える声が聞こえた。
「私が相手よ!腐った人間‼︎」
そう言ったのは間違いなく瑞穂だった。
いつ目覚めたのかは分からないが、ウォーカーは明らかに瑞穂の声に反応し、首をそっちにゆっくりと動かしていく。
「ダメだ!瑞穂、逃げろ‼︎」
そう叫ぶ俺だったが、ウォーカーは構うことなく瑞穂に向かって飛び出したその時……黒と銀が交じったような色合いの物体がウォーカーの後頭部を突き刺した。ウォーカーは口を開けたまま固まり、頭頂部から血をタラリと流して、地面に突っ伏した。
誰が殺したかというと、ウォーカーが立っていたところには全身防備した人間が手斧を俺に向けて、曇った声で聞いてきた。
「……誰?あんた?」
「お、俺たちは……」
自らの名前を言おうとしたが、この店の入り口には他にも人がいた。
「藪、何だこいつら?」
同じくマスクをした長髪の男がナイフをこちらに向けながら近づいて来た。瑞穂も得体の知れない人たちに少なからず警戒していた。
「こいつらウォーカーじゃないよな?」
「ウォーカーなら、今頃首を食い千切られているね」
隣の男がそう言うと、長髪の男は「ははっ!違えねえ!」と言って、ナイフを腰に戻した。
だが、実はここで呑気に話している場合でもなかったみたいだ。
「来ました!」
後ろの男が叫ぶと、防備した男たちが周囲を確認し始める。俺も外を見てみたのだが、外には数え切れない程のウォーカーがショッピングモールの中を彷徨いていた。
一人の男は無線機を出して「音お願い」とだけ言っていた。
俺に斧を突き出して来た女性は俺に「ついて来て」と言う。
「瑞穂、今は彼らと一緒にいよう」
コクンと小さく瑞穂は頷いた。
俺は物陰じ隠れる集団の最後尾に付き、後を追う。先頭の長髪の男は指で指図していたが、俺には何のことかサッパリだった。
すると、例の女性が俺が押すカートを持って一緒に行動してくれた。だが、ウォーカーの量は尋常でなく、前を先導してくれる女性の腕にも掴みかかり噛み付いてくるが、プロテクターをしているお陰か歯が皮膚にまで食い込むことはなかった。
守られてばかりとも思い、俺は散弾銃の柄でウォーカーの頭を殴って怯ませた後に、別の男がそのウォーカーに体当たりをした。
しかし……。
「うわっ‼︎やめろ!来るな‼︎来るなああああああぁぁ…‼︎」
呆気なくウォーカーに囲まれて、全身を噛み付かれていった。
このままではいずれ死ぬと思った時、カランカランとプラスチックや金属を叩く音が上の方から聞こえてきた。ウォーカーは目の前のいる俺たちよりもその大きな音の方に興味があるのか、そっちの方に向かっていく。
女性はマスクを外して、やっと来た、と言いたげな表情を作っていた。でもこの音のお陰でウォーカーたちは俺たちを襲うことなく、音源に向かっていく。
その間に俺たちは1つの扉の方に駆けていく。
「澤富がやられた」
澤富……恐らく食われた男のことだろう。
『こちら火浦。後ろの男女のことだけど…』
「悪い、火浦。藪が勝手に連れてきて……」
『丁重にお迎えして』
「え?」
全員が俺の方を向くのだった。
俺と瑞穂はそれから案内されるがままに、急いで作ったであろうバリケードの中に入った。既に鳴り響く音は止み、いくつかのウォーカーはバリケードに張り付き、小さく呻いていた。
俺の眼前には梯子があり、みんなそれを登っていく。
「ウォーカーは登れない。だから安全よ」
藪…と呼ばれる女性がそう言った。
なるほど…上で生活しているのか……。
俺は梯子に手をかけた。
「しっかり掴まっていろよ、瑞穂」
「うん…」
俺は両腕に力をめいいっぱい込めて、背中に瑞穂を抱えながらも登る。すると、ロープを使って水が入ったポリタンクを上げようとしている2人の男たちが俺をチラチラ見ながら話していた。
その内容は…。
「あの銃…本物かな?」
「まさか……」
俺の耳にはその話が聞こえていたが、俺は無視してひたすらに梯子を登る。体重の軽い瑞穂といえども、人1人を抱えて登るのがこんなに大変だとは思わなかった。
漸く頂上に到着しかけたところで、俺の腕に誰かの手が掴んできた。そのまま俺を支えて、屋上にまで運んでくれた人は笑いながら、俺たちに言った。
「ようこそ、地上7mのセーフティーゾーンへ…」
ここがセーフティーゾーンだと知り、俺は安堵の息を漏らした。
そして…俺の方を見る1人の少年に…思わず呟いてしまった。
「健太…?」
そう呼んだ途端、少年の目尻に涙が溜まり、飛び出して来た。
「兄ちゃーーーーーーん‼︎‼︎」
俺の身体に飛び込んで来た少年こそ、俺の弟の…健太だった。