冬木冬馬side
朝…今日は雨だった。山の近くにあるこのショッピングモールはただでさえ涼しいのに、そこに雨が重なってしまったら寒くなるのは当然だった。
俺の冬用のコートを羽織り、今は火浦さんから招集をかけられて少し大きなテントの中にいる。中には火浦さんの他にあの時助けてくれた藪さんに長髪の男などが勢揃いだった。
「冬木くんも来てくれたね。よし、今日呼んだ理由を説明しよう」
火浦さんはポケットからくしゃくしゃになった紙を取り出して、地面に広げた。それをランプで照らし、詳しい概要を説明し始める。
「昨日食べたもので大体予想がつくと思いますが、もうすぐ食料が尽きます。そこで今から食料調達に向かいます。これを見てください」
火浦さんが照らす地図らしきものには赤いペンで『ここが食料庫』と分かりやすく記載されているのだが、これの問題点はその食料庫が地下の駐車場の端っこにあるのだ。
「これはここの職員から貰ったものなんですが、その彼は場所を確認しようとして命を落としました」
「………」
さも当然のように言う火浦さんにちょっと引け目を感じたが、俺は敢えて何も言わなかった。
「ここに到着して食料を得るのが今回の目的です。そこでなんですが…」
火浦さんは優しい眼差しで俺を見ながら言葉を紡いだ。
「その銃、譲ってくれませんか?」
「……いや、これは…」
俺は渋った。
この散弾銃は死ぬ間際に英雄さんから託されたものだ。簡単に『はい、どうぞ』とは言えないのが現状だった。
そんな様子を見た火浦さんは声を少しして、小さく言った。
「ここでのルールは僕です。黙って従ってください。さもないと、冬木くんの大切な人が傷付きますよ?」
その言葉を聞いた途端、俺は怒りに我を忘れかけた。
瑞穂たちを人質に取るなんて、なんてズル賢いんだと思ったが、今逆らえばこいつらは瑞穂たちに何をするのか分かったものではない。
俺は暫しの沈黙の後、持っている散弾銃を火浦に渡し、同時に全ての弾も渡した。
「いつか殺してやる…」
「その意気をこれから活かしてほしいね」
奥歯をギリっと噛み、悔しさを抑え込む。そうやって奴を強く睨んでいると長髪の男…丹波がその散弾銃を奪い取った。
「へへへ…」
「…何のつもりだ?」
「いやね、いつも火浦ばかり楽な仕事しかしてない気がしてさあ…。そろそろ俺たちも楽な仕事をしたいなあ…なんてね」
「指揮を取るのも大変な……」
「どこが大変なんだ、コラア‼︎」
丹波は火浦に詰め寄り、散弾銃の銃口を火浦の顎に当てる。
この様子だと、火浦と仲間は相当上手くいってないようだ。
「それじゃーー…今回は俺が指揮取りまーす。火浦くんも……前線に出まーーす!」
丹波はそのまま下品な笑いをし続けた。
火浦はというと、目の奥に計り知れない怒りを滾らせ、俺たちをずっと無言で睨んでいた。俺はテントから出る前に、火浦に言った。
「傲慢な態度をいつまでも取っているからこうなんだよ、バーカ」
火浦はその言葉を聞いて、身体をわなわな震えさせるのだった。
それから1時間後、俺とその他男の生存者で食料調達に向かうことになった。それぞれ武器を渡されていき、俺は金槌だった。
…まあ、無いよりかはマシか…。
そして火浦も武器を渡されるのだが、それはもう…武器と呼べるのか怪しいものだった。彼の手にはオモチャの金槌が握られていた。それを持って茫然としていると、丹波は火浦に近付き、小さく会釈した。
「悪いな、もうそれしか武器がなかったんだよ。勘弁してね、火浦ちゃん♪」
火浦が無言で丹波の側を離れていく。
その落ちぶれた姿を見た男たちはゲラゲラと笑ったが、俺は何の感情も湧いてくることはなかった。
「よーーーし……しゅっぱーーーーつ‼︎」
男たちは声を上げた。俺は後ろの方で黙っていると、俺の冷たくなった左手に温もりが入ってきた。振り返ってみると、そこには瑞穂の他に健太、栞が立っていて、手を握っているのは瑞穂だった。
「絶対、帰ってきて」
「……絶対の保証は出来ない。でも、出来る限り全力を尽くすよ」
「うん…」
俺はそう言って、丹波たちの後を追った。だけど、左手はもう冷たくはなかった。
女性たちがフライパンや空き缶で音を出して、ウォーカーの気を引いている内に俺たちは行動を開始した。先頭を火浦に次に俺、その後ろに矢部さんと続いていく。
使えなさそうな奴らを前に出させて、いざとなったら俺らをウォーカーの餌として利用するのかもしれない。だけどこの世界ならそのような作戦を展開しても全く不思議ではない。
「火浦くーん、さっさと行っちゃってー」
火浦は梯子を降り切ったところで言われて、丹波をチラと見てからバリケードを外してウォーカーのいるエリアに入っていく。俺も姿勢を低くして火浦の後を追う。
全員が地下駐車場に続く扉の前に到着し、ゆっくりと扉を開けた。のだが、金属製の扉にガシャーンと強く何かがぶつかった。俺がそれを懐中電灯照らすと、そこには無作為に放置された買い物カートがあった。
「しー!しー‼︎」
矢部さんが必死になって、『静かにするように』と警告する。
確かにその通りなのだが、こんな真っ暗闇な中で小さな懐中電灯だけで物を避けながら進むのは至難の業だし、かといってゆっくり行く訳にもいかない。
屋上の女性たちが響かせた音による陽動もいつまで持つか分からない。そうやって進んでいると、唐突に駐車場全体の明かりが灯った。
突然のことに驚く俺たちは周りの様子を伺っていると、随分先…駐車場の奥の奥辺りに一段と明かりが強い区域があった。それこそ、俺たちが今回目的としていた食料庫だった。
それを見つけた途端、丹波たちは歓喜を爆発させて、食料庫へと走っていく。矢部さんはまた「しー‼︎しー‼︎」と音を出さないように注意を促すが、目の前に広がる多大な食料を見てしまったら興奮するのは当然のことだろう。
俺も溜息を吐きながらも食料庫に駆け寄り、リュックに詰めれるだけの食料を詰めていく。その時は何にも思っていなかったが、今になって俺は気になったことを口に出した。
「電気を付けたのは誰だ?」
全員の視線が俺に飛んできたところで、俺たちは肩をブルリと震わせる事態が起きた。唐突に駐車場のスピーカーから有名な交響曲が流れ始めた。
それは音楽に疎い俺でも分かる有名なものだった。
「『威風堂々』…」
この曲が鳴り始めたのが…地獄の始まりでもあることを後に思い知らされるのだった。
火浦side
電気が付かない真っ暗な駐車場の中を単独で進み、俺は警備室に辿り着いた。元々このショッピングモールを経営していたのは俺の親父でここのことは何でも分かる。
今回の作戦もあの冬木とかいうガキが銃を携えていなければ実行は不可能だった。
本来なら俺は丹波たちに指示を出し、彼らが駐車場に潜り込んだところで屋上にいる生存者を散弾銃で殺し、地下二階に置いてある車で一人脱出するつもりだった。
だが…あの野郎は在ろう事か俺の銃を奪い、共に同行することを強制してきた。この時の俺は怒りで今にも暴れ出しそうだったが、寸でのところで抑えた。
…だが、まあいい。最初は丹波たちだけは生かしてやろうと思ったが、それはやめた。
全員、殺すことにした。
まずあの屋上に繋がる階段のバリケードを壊し、ウォーカーをいつでも放てるようにした。そして今、地下駐車場で作詞作曲エルガーの交響曲『威風堂々』を流し、逃げ道のない駐車場で皆殺しにする。
さて…地下二階の駐車場にいるウォーカーたちも誘い出さなくては…。
俺はスピーカーの音量を更に上げた。
もうこれで…誰も生き残れまい……。
「くくっ…」
俺は自らの頭の良さに自画自賛するのだった。
三人称side
『威風堂々』に引き寄せられたウォーカーは階段をゆっくりと…着実に進んでいた。階段のバリケードを火浦が取り外したせいで、ウォーカーを妨げるものはない。
階段を登り切り、屋上に繋がる扉を身体で開く。
ここは安全だと思っている生存者を見つけると、ウォーカーは呻き声を発しながら近付いていく。呻き声も曲で掻き消され、生存者はウォーカーが真後ろにいることに気付かない。
そして、振り向いたとこで…生存者の額に噛み付くのだった。
曲は威風堂々にしました。
好きなんで。