冬木冬馬side
交響曲『威風堂々』が流れてから、俺たちの周りの空気は動揺と焦りが渦巻いていた。食料を詰めることもせず、俺たちはこの音楽に聞き入っていた。暫くして、1人の男が呟いた。
「この音楽…ヤバくないですか?」
丹波は全員を見回してから、この音楽を流しているだろう犯人の名を恨めしく呟いた。
「火浦の野郎……!」
主犯が火浦と分かり、俺は全員に言った。
「早く出よう!嫌な予感が……」
「うわああああああああああああああ⁈‼︎」
突然食料庫の入り口辺りにいた生存者が悲鳴を上げた。
その理由は至極単純だった。彼の背後にはウォーカーがいて、その歯は彼の首と肩の間辺りに食い込んでいた。
それを見た他の生存者は丹波の持っている散弾銃を見て、早く撃つように促し始めた。
「丹波!早く撃てよ‼︎」
そう言うものも、噛まれている本人は手を前に出してやめてくれと叫ぶ。
「ま…待って‼︎撃たないで‼︎」
丹波はというと、仮面を被り直し、散弾銃をしっかりと構える一方で僅かに腕を震わせていた。震わせていても…撃とうとしていたのだ。目の前にいる男は首元を噛まれ、もうウォーカーになることは確定だ。
だけど…だからといって、殺されるのは当然というのはおかしい。
そう思った俺は丹波に叫んだ。
「撃つなっ……!」
その瞬間、散弾銃は火を噴いた。
銃口から散弾が飛び、噛まれた男と後ろで噛んでいたウォーカーの身体を共々たくさんの風穴を開け、2人とも動かなくした。その分反動で俺と丹波は尻餅を付き、戸棚に置いてあった食料も僅かに落ちた。
最初は何があったのか分かっていなそうな丹波も仮面を外し、自らが撃った場所を凝視した。
そこに転がっている2つの死体を見て、まだ僅かに煙が上がる散弾銃をぎゅっと更に掴みながら絶叫した。
「スッゲーーーーーー‼︎‼︎あははは……はは…………」
歓喜の舞に包まれていたであろう丹波の声は徐々に小さくなっていき、食料庫の向こう側を茫然と見ていた。
俺にも見えていた。若干暗い駐車場に蛍光灯で照らされる無数のウォーカーの姿を……。俺は尻餅を付いたままで、迫り来る恐怖に戦き始めていた。
「き、来たあ…」
矢部さんが小さく呟くと、他の生存者は我先へと逃げ出した。
もう食料などいらない。そういった雰囲気が出て、更に恐怖を高めていく。俺は矢部さんが伸ばしてくれた腕を掴んで立ち上がる。
が、さっきの死体の前を通った1人の男に噛み付いてきたウォーカーが再び立ち上がり、その男に馬乗りになった。
「うわあああ!あああああああああ‼︎」
彼は必死に助けてくれと言いたげに腕を伸ばし、身体を暴れさせる。だが誰も助けることはなかった。言葉を1つでも言えれば、彼らの反応も変わったことだろう。かくいう俺も噛んだまま離さないウォーカーの前を通るが、噛まれる彼は「あーー‼︎」など、単純な言葉発しておらず、俺は「ごめん」と小さく言ってから…逃げるのだった。
俺たちが逃げようと食料庫の前に出ると、広い駐車場いっぱいにウォーカーが蔓延っていた。音楽は未だに鳴っていて、外には流れていないのかもしれない。それなら襲われるのは俺たちだけだ。
丹波は構わず散弾銃を撃つが、その弾はどのウォーカーにも当たることはなかった。近くの柱を砕き、近くのウォーカーを衝撃だけで転倒させたが…これだけでは足止めにも何にもならない。
「当たんねえ⁈何で当たらねえんだ⁈」
丹波はそう言って銃から空薬莢を抜く。
その間にもウォーカーは近づいてくるのだが、その足止めだけに1人の男をウォーカーに突き出した。男は今にも泣きそうな表情だったが、最後はヤケクソになり、銀玉をひたすらにウォーカーに撃っていくが全く効くことはなく、簡単に捕まって食われていく。
「やっ、やだ‼︎誰か‼︎助けて!」
当然誰も助けない。彼は逃げ道を確保するためだけに使われたのだ。俺は一瞬だけ助けようと思ったが、男の周りを取り囲み、身体中に噛み付くウォーカーの量を見て、流石に諦めた。
それから俺も後を追おうとしたが、彼らより動くのが遅れた俺は退路をウォーカーで塞がれてしまう。
ウォーカーは俺に気付いていないようだが、この垣根を突破するのは自殺行為だ。俺は柱の陰に隠れてやり過ごそうと思ったが、ウォーカーは離れるどころかどんどんこちらに近付いて来ている。
仕方なく俺はそのまま最初の食料庫に戻るのだが、もう既にそこに死んだ男とウォーカー、そして噛まれて助けを求める男の姿はなく、あるのは散らばった防具や武器、更には大きく広がった血溜まりだけだった。
その血溜まりを茫然と見ていると、食料庫のどこかからか物音が聞こえた。ここにいても危険だと思った俺は急いで従業員専用ロッカーの中に身を隠した。
太っていないことに感謝しながらも、俺の心臓は初めてウォーカーを見た時くらいに激しく鼓動していた。汗はどこからでも溢れ、息をするのも苦しいくらいだった。
だが…『威風堂々』が止まることはなかった。
丹波side
奴をウォーカーの餌としてくれてやってから、俺たちは駐車場に溢れかえっていたウォーカーの垣根を突破…したのに、また目の前のシャッターから大量のウォーカーが!
周りの奴らはうるさいくらいに叫ぶが、俺はむしろこれくらい楽しくなくちゃ嫌だった。
散弾銃に弾を込め、構えながら独り言を呟く。
「へえーー、パーティじゃん」
きちんと狙って撃ったはずなのに、弾は1ミリもウォーカーの身体に当たらず、駐車場の天井の電灯を吹き飛ばした。
「当てろよ‼︎」
「うっせえ!…ったくよお…」
撃っても当たらねえなら…特攻だ!
「ゴー‼︎」
俺を先頭に全員で大声を上げながらウォーカーに突っ込んでいく。
正しく特攻だ。俺たちはそれぞれの武器を振り回すか、ウォーカーの間をすり抜けていくかの行動をする。だが、全員が全員そんな簡単に突破なんて出来ねえ。
9人いた奴らの内、4人はもうウォーカーに捕まってハラワタを抉られている。俺はこんなエキサイティングなことを味わったことがなかったため、じっくり楽しみながらこのウォーカー軍を突破するのだった。
火浦side
俺の目の前にある監視カメラには食われていく馬鹿どもの間抜けな姿が映っていた。車の陰から突如現れたウォーカーに対処出来ずに死にゆく男に俺は微笑を浮かべた。
「クズどもめ…」
俺は更にあいつらを追い込む。
駐車場に繋がる道を開けて、さっきの曲で集まったウォーカーを雪崩れ込ませるのだ。しかしそれは自分の首も締めてしまうが、その前に俺の車を見つけてしまえば問題ない。
俺はいくつもあるモニターを注視して探していると…そのお目当ての車を見つけられた。
白色の車……間違いない。あれは、俺の車だ。
椅子にガタンとぶつかってしまう程に喜びを溢れ出させる俺は思わず呟いてしまった。
「あったぁ…」
その付近にウォーカーがいないことを確認してから漸く俺は曲を止めた。これから悠々と逃げ果せようと思った時、ガタンと扉の方から音が聞こえた。
ライトで周りを窺ったが、特に何も見えなかった。
気のせいだと思った俺は、そのまま警備室を出ていくのだった。
冬木冬馬side
ロッカーの隙間から外を覗いてみると、ウォーカーと化した2人の男がフラフラとこの辺りをふらついていた。時折こちらと目が合うがウォーカーは全くこっちには来ない。
それでいいのだが…いつになったら出られるのだろうかと必死に考えていると、不意にどこかからか女性の声が聞こえた。
『ねえ⁈誰か……誰か応答して‼︎屋上…やられた!全員やられた!』
それを聞き、俺は愕然としてしまう。
屋上にも…ウォーカーの魔の手が差し掛かっていたなんて…。
タイミング的にもおかしい。ということは…これも火浦の可能性が高い。
が、今の俺はここから出るのは非常に困難だ。
『誰か……誰か…助けてよ……。誰でもいいから…いないの⁈』
無線から聞こえる藪さんらしき悲痛な声。
俺は手に持っている金槌をぎゅっと握り、ロッカーから飛び出した。
しかし、俺を見て獲物だと捉えたウォーカーは俺が金槌を振るう前に身体と鼻に食らい付き、鼻の肉を抉り取られる
……という、妄想を考えてしまっていた。
こんなんではダメだ。きちんと噛まれない、捕まらない、生き残れると思ってイメージを膨らませないと…。
今度こそロッカーを飛び出して、ウォーカーの一体に覆い被さったが、もう一体に頸動脈を噛み切られる妄想が思い浮かんでしまう。
「……クソッ」
俺はそれから何度となくイメージしたが、いずれも死んでしまうところに直結してしまい、俺は途方に暮れてしまう。
すると…無線から1人の声が聞こえてきた。
『冬馬…』
俺の身体はその声を聞いただけでピクッとなった。
「瑞穂…」
『死んだら…嫌だ…。早く、出て…』
声からしても泣き声であった。胸が締め付けられる感覚に追い打ちをかけるように、あの2人の助けの声も聞こえてくる。
『兄ちゃん!戻ってきてくれよ!』
『お兄ーーちゃん……!』
健太に栞の泣き声…。
『ほら……あんたの帰りを待っている人がたくさんいるんだよ⁉︎それに…あんたが死んだら誰がこの子たちに世話するの?私1人に任せるなら承知しないよ!人に任せないで……自分で助けろよ‼︎』
最後の言葉は、俺の冷たい心を大きく揺れ動かした。
たまらなく自らがダサく感じて、俺は…外にウォーカーがいるなど忘れて、大きな声を高々と上げた。
「うわああああああああああああああああああ‼︎‼︎」
絶叫したまま飛び出し、目の前にいたウォーカーの顔面を砕こうと何度も何度も叩いた。しかし、側方から来たウォーカーに倒されて、左腕にその歯が食い込んでくる。
俺はまずウォーカーの腹を蹴って距離を取ると、金槌で頭頂部から貫通させて絶命させた。
左腕を見るが、何個となく付いている高級時計が奴らの攻撃を阻んでくれたのだ。俺は安堵の息を吐いてから、無線を取って小さく言った。
「今から行く」
『っ⁈冬馬⁈』
「助けに行くから待ってろ!」
俺はそう言って、前に足を踏み出した。
二度と後退しないと己に誓わせて…。
視点をちょくちょく変えてしまってすみません。