藪side
冬馬くんからの生きているとの連絡を受けた私たちはここに居続けるのも危険だと思い、私たちも男たちが向かった地下駐車場へと赴くことにした。
既にウォーカーに殺された生存者のほとんどは死した身体を蘇らせ、口から生鮮な血液をだらだらと垂らして立ち上がり始めていた。
私は自分の後ろに身を隠している三人の子供たちに指示を出す。
「この屋上を捨てる。入り口の梯子辺りに向かって!早く!」
子供たちは瞬時に頷いて、急いで走り出した。
私はウォーカーの気を逸らすためにガスコンロを掴んで、それを梯子のある場所とは真逆の方向に投げた。ガチャンと大きく鳴ったコンロはウォーカーの気を引き、その隙に私も彼らの元へと急いだ。
この屋上で生活を始めて早二か月余りで立ち去ることになるとは…誰しも思っていなかったことだろう。私は死んだ仲間に冥福の祈りを少ししてから屋上から降りていくのだった。
冬木冬馬side
俺は無線を後ろポケットに突っ込み、食われた男たちが落としていた武器や防具を拝借してそれらを付けた。頭にはアメリカンフットボールの面、それに銀玉を放つマシンガンにたくさんのビービー弾が詰まった容器……。
これらが使えるかはやってみるしかない。
俺の目の前には未だには丹波たちが無視した大量のウォーカーが練り歩いている。こいつらをどうにかしないと、瑞穂たちの元には戻れない。
俺はまず銀玉入りマシンガンを撃ってみる。
しかし、所詮は銀玉。実弾との威力は雲泥の差である。弾はめり込みもしなければ、貫通もしない。ただ当たって跳ね返るだけだった。
俺は一旦車の影に身を潜め、この使い物にならないおもちゃを捨てた。
「ちくしょう…!こんなものよく使っていられたな…」
俺はじりじりと寄ってくるウォーカーにどうしようかと考える。
そこで閃く。
この左手にあるビービー弾なら、奴らを足止めできるのではないかと。
俺はビービー弾を入れてある容器の口を開き、中身全てを地面にぶちまけた。ウォーカーはビービー弾の音ですら反応してこっちに向かってくるが、それは逆効果でビービー弾に躓いてすてんと転ぶウォーカーばかりだった。
その間に俺はウォーカーの垣根を突破して、丹波たちの後を追う。
シャッターの方向に向かう途中で、血溜まりの中に落ちているゴルフクラブを掴んで更に走る。
更に途中で血溜まりとライトが落ちているのを見つけた。
またここで誰かがウォーカーの餌食となったんだろう。だが…ここにはさっきのゴルフクラブ以上の武器が落ちていた。
俺は思わずゴルフクラブを大雑把に捨て、落ちていた亡き英雄さんが託してくれた散弾銃を掴んだ。しかし、中の銃弾は一発しか込められておらず、落ちている弾も数発しかない。恐らく丹波が弾の大半を持ったままなんだろう。あまり嬉しくないが、使い勝手の悪いゴルフクラブを使うよりかはいいだろう。
俺は空いたところに残り僅かの銃弾を込めて、前を向くのだった。
成瀬瑞穂side
藪さんと共に屋上を離れ、私たちは冬馬たちが入っていった地下駐車場へと向かった。そこに向かったのはいいのだが、冬馬を見つけるのはこの広い駐車場では大変だと思い、私が無線を使おうと思ったら藪さんが手招きをしているのが見えた。
そして藪さんが指差す先には金槌を持って、宛もなく歩いている火浦さんの姿が見えた。
私たちは生きている人がいると分かり、嬉しさのあまりそこに走っていく。足音に気付いたのか火浦さんは私たちを見て、少しだけ驚いたような表情を作っていた。
「藪、どうしてここに?」
「屋上がやられたの…。…他のメンバーは?」
「ほぼやられた。ついてきな。この下の階に使える車が置いてある」
火浦さんは自らの手に掴んでいる車のキーを見せつけた。
「そのためにあの音楽でウォーカーを特定の場所に引き寄せた」
「あの交響曲は…火浦が?」
「そうだ」
「ま、待って!冬馬がまだ来てないから待ってくれません……」
「そんなクズは放っておけ」
…聞き違いだろうか?今…火浦さんは間違いなく冬馬のことを『クズ』と言った。
その言葉に鋭敏に反応したのは私だけでなく、健太くんも同じだった。
「『クズ』ってどういうことだ⁈お前!」
火浦さんは冷たい目をして私たちを一瞥すると…背筋が凍る程冷たい口調で私たちに言うのだった。
「まだ分からないのか?俺があのクズどもを殺したんだよ…」
そう言った途端に火浦さんは目の前に立っていた藪さんを強く突き飛ばし、私の方に走り寄ってきた。
火浦さんの顔は悪魔にでも魅入られたようなもので、私は恐怖のあまり逃げれずにその腕の中に閉じ込められてしまう。
「瑞穂ちゃん‼」
藪さんが叫んでこっちに来ようとするが、火浦はその前に大きな声で叫んだ。
「来るんじゃねえ‼」
その怒鳴り声に一番怖く感じている私は、抵抗することも声を出すことすら出来なかった。
「ったくよ…あのガキたちのせいで俺の作戦は全て台無しさ…。だがその代わりこの女は貰っていくぜ?」
「い………い、や……」
もうこのまま連れ去られてしまうのかと思ったその時…。
「瑞穂から離れろ‼クソ野郎‼」
その声は誰よりも愛しい…冬馬の声だった。
冬木冬馬side
俺は今、胸の中で湧き上がる怒りを抑えきれずにいた。この感覚は咲良が襲われた時と同じようなものだった。
火浦の手中で身体を細かに震えさせる瑞穂の姿に…危うくこの散弾銃の引き金を引きかけるところだった。
「瑞穂を離せ…‼」
「んなわけいくかよ、クソガキが!大人しくこの女が連れていかれる様を見てろ」
「そんなことしてみろ…。ぶっ殺してやるぞ…!」
「はっ!出来るわけないくせに!この女も道連れだぞ⁈」
奴の言う通りだった。
今、火浦は瑞穂の首辺りを左腕で拘束し、右手に持つナイフで瑞穂の動きを封じていた。そんなものをちらつかせなくても、あいつは恐怖で動けないだろうが…。
「はは…。何も出来ねえだろ?お前の父親らしく無様でしかないなあ⁈」
「⁈」
突然、火浦は父さんの話をし出した。何のことか分からず、茫然としていると火浦は不敵な笑みを浮かべて得意げに話し出した。
「お前の父親はな…あの黒焦げになったやつなのは知ってるのよなあ?あいつは自らそうなったんだぜ?だってお前の弟と妹の身代わりになったんだからなあ‼」
それを聞いた途端、ぷつんと何かが俺の中で切れた音がした。散弾銃を構える腕から力が抜け、自らの無力感に一瞬、飲み込まれそうになった。だけど…そこで瑞穂が叫んだ。
「やめて‼冬馬を苦しめないで‼お願い!どこにでも行く!あなたの言うことは聞くから‼お願い……」
瑞穂の涙ながらの懇願に火浦は気持ちの悪い表情を浮かべた。
「それでいいんだよ…。よし、いい子だな…」
瑞穂の懇願に火浦が拘束を緩めるのが分かった。
その時、瑞穂の表情が怒りの顔に染まった。
拘束を緩めた瞬間に火浦の胸…いや、みぞおち辺りを肘で突き、足を思いっ切り踏んだ。
「ぎっ⁈」
間抜けな声を出して、火浦は腹を抑えて地面に膝を付いた。
俺は散弾銃を構えることすらせずに、火浦にゆっくりと近付いていく。瑞穂はまだ涙目であるが、藪さんの横に立っている。火浦は三方向から攻め立てられ、手にナイフを持っているとは言えども…惨めに感じられた。
「ま、待てよ…。お前が…お前が無力だったから父親は死んだ…。それは変わらない事実だろ⁈」
「テメエ、いい加減に…!」
俺は健太に手を向けて止めた。
火浦はタガが切れたように、へらへらと笑っているがそこにいつもの覇気はなかった。
「俺は確かに無力さ。咲良も瑞穂も守れなかったしな…。だが、お前みたいにゲスで誰かを囮にしなきゃ生きていけないクズ野郎よりは断然マシさ」
俺は散弾銃を火浦の頭に向ける。火浦の顔が速攻で青白くなっていくが、突然、ごふっと血を口から吐き出した。
周りは驚いているが、俺は最初から左腕辺りから血が垂れているのが見えていた。
「あんた、噛まれてたんだな…」
「ち、違う!俺は噛まれてない!」
「……そうかい…。でも、俺はあんたが噛まれていようとなかろうと殺すつもりだ。悪いのはあんただ」
「や、やめてくれ…。死にたくないぃ!」
「……」
俺は無言のまま、散弾銃を降ろして、腰から金槌を取って火浦の頭蓋骨を砕いた。一発では不安だったため、2度3度振り下ろした。血が何度も飛び、俺の頬や身体に飛び散る。
そして、俺は金槌を元の腰に戻し、悲惨な姿になった火浦の死体から背を向けるのだった。
火浦を殺してからすぐに瑞穂は俺の方に駆け寄って、頰や額に付いた血を小さな手で拭き取ってくれた。そして、か細い声でこれだけ言った。
「怖かった…っ」
そう言って再び泣き出す瑞穂を俺は、力強く抱き締めるのだった。
今後は現在執筆しているものを交互に投稿しようと考えています。