冬木冬馬side
翌朝…不気味なくらいの静けさを保ったまま、俺と咲良、そして尊さんで食糧調達に向かう。尊さんの話を聞く限りだけど、ここら一帯の住人は逃げるので必死で、食べ物や武器を持っていった様子はなかった…らしい。それで近くのスーパーに行けば、食糧は在り余っているようだ。
ただ、一つ気を付けなければならないのは、外に出たらウォーカーたちをこの家に惹きつけないようにすることだ。奴らは音と臭いには過敏だ。ちょっとでも大きな音を響かせてしまったら…事態は最悪な方向に向かってしまう。
「確認したいんですが…奴らは本当に死んでいるんですよね?それで、頭を殴れば死ぬと…」
「包丁で頭に一刺しすれば死んだ。ただ…あまり殴ることはしていないから…何とも言えないよ…」
ゆっくり足を前に進ませると、一体のウォーカーが玄関前に倒れていて、俺たちを見るなり青白い手を伸ばしてきた。俺は尊さんに渡された金属バットを握り、頭部に目掛けて振り下ろした。グシャッという血と肉が潰れたような不快音が響き、ウォーカーは動かなくなった。本気で頭に一撃を加えれば、死ぬようだが…バットをこんな風に使うことになるとは思っていなかった。
それにしても…夜はとことん不気味なくらいのウォーカーが歩いていたのに、今目の前に広がる道路にはほとんどいない。
「よし、行こう」
早歩きで近くのスーパーに向かっていく尊さん。そしてその後を追う咲良。昨日…あんなに泣いて、大丈夫なのかと思ったが、あんなに気丈に振舞っていたから、精神面ではもう立ち直ったのだろう。俺はまだちょっと心が痛む。俺と違い、立派な奴だなぁと関心してしまう。
そういえば……咲良と俺は、いつからこんなに関係が薄くなってしまったのだろうか…。俺はそのことを思い出す前に、彼らの後を追うので必死になってしまうのだった。
スーパーに辿り着いても、景色はあまり変わらなかった。物は散乱、血は至る所にこびり付き、腐った臭いを発生させていた。特に肉や魚はウォーカーたちが食べたのか、バラバラになってごく一部だけが残っていた。
俺が先頭に中に入ると、やはりと言うべきなのかウォーカーはいた。ウォーカーがいること自体が普通であるという感覚が…俺の中で構築されていた。中にいるウォーカーの数は四体。倒して進むのは簡単だ。だけど、本音はなるべく見つかることなく、食糧を確保して立ち去りたかった。
「いっぱいいるね…」
「ああ…。俺が引き寄せるから、その間にお父さんと食糧を」
咲良は頷き、俺は尊さんにどうやって奴らを引き寄せるか作戦の内容を伝えた。
俺は床に落ちていた音の鳴るおもちゃを手に取った。それだけでも緊張して…手に汗を握ってしまう。
音を鳴らすスイッチを押してから、おもちゃを店の奥に投げる。うるさいくらいの音に反応したウォーカーは、まず顔をそちらに向けて数秒棒立ちすると、そっちに向かってゆっくりと歩き始めた。俺は頷いて、二人に今のうちに食糧を取るように指示した。
その間も俺はウォーカーがこっちに来ないか見張っていると、急におもちゃから流れる音が聞こえなくなった。何が起きたかとそっちを向くと、ウォーカーはそのおもちゃを肉と勘違いしたのか、ガリガリと噛んで壊してしまったのだ。
「尊さん……奴ら、こっちに来ます。食糧はそれくらいで…」
「分かった。咲良、もう行くぞ」
尊さんがそう言って、半ば満タンに詰まったリュックを担いで俺たちは出口へと向かう。それから周囲にウォーカーがいないことを確認してから、咲良たちの家に戻ることにした。
帰りも然程ウォーカーはいなかった。怪物とかエイリアンが出てくる映画みたいに夜に現れるのがお決まりなんだろうか…。それともただ単に昼が嫌いなだけか…。
どちらにしろ、いない方がいいことに越したことはない。全員無事に家に戻れて良かったと気を許した瞬間のことだった。俺と尊さんの近くで町中に響いたのではと思うくらいの甲高い音が聞こえた。振り向くと、それは咲良が持っていたシャベルが金属の柵に派手に当たり、発せられたものだった。
「…おい……、ヤバイんじゃないのか?」
俺がそう呟くと、その甲高い音に反応したウォーカーたちが至る場所から現れだした。木の上、マンホールの中、空き家などなど…。そこらから無限に現れて、俺たちは大いに焦りを感じ始めた。
「まずい…。ウォーカーたち、私たちを完全に標的に捉えている!早く家の中に!」
尊さんの案内で俺と咲良は急いで家の中に逃げ込んだが…その行動自体が自らの首を絞めることになるなんて…この時俺たちは気付いていなかった…。
杉山咲良side
私はとんだミスを犯してしまった…。
あれほど何度も音を立てるなとお父さんに言われていたのに、私はその過ちを大事な時にやってしまった。
私とお父さん、そして冬馬くんで家の中に閉じ籠った。しかし、ガシャン、ガシャンと何かを押し倒す音が聞こえてきた。恐らく、ウォーカーたちがあの金属製の柵を破って入って来ているのが容易に分かった。
そして到頭玄関口にまで迫って、扉をドンドンと叩きだした。
「ここはもう無理だ!急いで荷物をまとめて……!」
「いや……尊さん!もう逃げる準備を…!裏口からも音がします‼」
冬馬くんの報告を聞いたお父さんの顔は徐々に青くなっていった。その理由はこの家の出入り口は玄関と裏口しかないからだ。
「尊さん!どこから……」
冬馬くんが脱出経路を聞こうとした時、窓ガラスが割れる音と共に扉が破られた。
扉からは血と肉に飢えたウォーカーが大量に雪崩れ込み、裏口も間もなく破られた。
私たちは挟み撃ちにされてしまい、忽ち逃げ場を失ってしまった。横に階段があるが、そこから二階に上がってもあるのは窓だけ。飛び降りるのは無謀だろう。私たちは身を寄せ合ってお互いを守ろうと武器を構えた。
……私を除いて。
シャベルを両手でガッチリ掴んでいるけど…震えてしまって自分でもまともに戦えるとは思えなかった。
そんな状況下なのに、突然お父さんは私を見て、優しい表情を見せた。
「冬木くん…そこの階段を登るんだ。二階の部屋のすぐ真下にバイクが置いてある。運転、出来るかい?」
「……出来ますけど、何をする気なんですか?」
お父さんはバイクのキーを冬馬くんに託して、静かな声で言った。
「私は………ウォーカーの足止めをする……」
「!?お父さん、何言ってるの!?お父さんも一緒に……‼」
私が叫んだ途端、お父さんは私を優しく抱擁した。その行動が何を指し示すのか……すぐに分かってしまい、私はお父さんを離さないと力強く抱きついたが、簡単に引き剥がされてしまう。
お父さんはすぐに独りで前に歩み出す。
「冬木くん……咲良を頼んだ…」
「………尊さん……。任せてください…」
「待って!離して‼冬馬くん!嫌だ‼いやぁ‼‼行かないで‼お父さん‼」
私がギャアギャア喚くと、お父さんはもう一度振り向いて…涙を流して私に言った。
「咲良、愛してるよ……」
「いやあああああああああああぁぁぁぁ‼‼」
お父さんは金属バットを振り回しながら、ウォーカーの固まりの中に突っ込んで行き、血の噴水を作っていった。泣き叫んで暴れる私を、冬馬くんは必死に抑え込んで二階へと連れていく。
二階は元々私の部屋だ。だが、今はそんなことよりも、お父さんを助けに行きたかった。無駄だと分かっていても、お父さんを見殺しになんか出来ない。
「咲良!落ち着け‼」
「落ち着いてなんかいられないわよっ‼」
私は冬馬くんが掴む私の腕を振りほどいて叫んだ。更に文句を、罵倒を並べてやろうと思ったが、不意に頬にパシンとビンタが飛んできた。
「落ち着けって言ってんだろっ‼」
「………っ……」
「お前の気持ちはちゃんと察している‼だけど今ここで泣き喚いていたら、到底逃げきれない‼ここで咲良を死なせたら…尊さんに申し訳ないだろっ‼」
「うっ……ううぅぅ……」
涙を溢して…私は地面に膝を着けた。
次に聞こえてきた冬馬くんの声は、先程のものと違い、とても柔らかなものだった。
「だから…咲良はお父さんの…尊さんの分も生きなきゃいけないんだ…」
「お父さんの……分…」
だが、こうも話している間にもウォーカーはこの部屋のすぐ外にまで迫っていた。扉が叩かれ、今にも破られようとしていた。
「くそ…もうここまで来たか!咲良、急ぐぞ!」
冬馬くんは窓を開けて、下を覗いていた。しかし…これからどうするんだろうか…。
そして、決意を決めたように頷く冬馬くん。
「あの……何を……」
私が聞こうとした時、突然冬馬くんは私の身体をお姫様抱っこして抱えだした。
「え……え、え!?な、何!?」
「行くぞ!しっかり掴まれ‼」
訳を教えることもなく、冬馬くんは私を抱えたまま窓から飛び降りた。
「うそっ!?きゃあああああ‼」
ガサガサと草むらに落下する私と冬馬くん。私は怖くて目を瞑ってしまい、どうなっているか分からない。
だけど、痛みは感じていない。恐る恐る目を開けてみると、草むらと冬馬くんの身体が私のクッション代わりになってくれたようだ。
「おい、早く降りろ‼ウォーカーが来る‼」
そう……草むらに落ちた時の音にも反応して、ウォーカーが徐々に近付いてきていた。
私が冬馬くんから降りると、彼はすぐにバイクのエンジンをかけた。
「乗れ!」
私は冬馬くんの後ろに乗り、お腹に腕を回して、吹き飛ばされないようにした。
家から離れていく時、破られた扉からお父さんに似たウォーカーが見えた…気がした。私は顔を逸らして、それは気のせいだと言い聞かせるのだった。