冬木冬馬side
暫くバイクを走らせて、ウォーカーたちの姿が漸く見えなくなって「ふぅ」と俺は息を吐いた。奴らを撒くことには成功したが、代わりに尊さんを犠牲にしてしまった。父親を失った咲良は俺の腹に腕を回したまま、一言も言葉を発することはない。
それもそうだろう…。
目の前で両親が死ぬ様を見てしまえば、誰だってそうなるし、さっきみたいに自暴自棄のようになるかもしれない。それなのに、俺は咲良を正気に戻すためとはいえ、頬を思いっ切り打ってしまった。
あとで謝らなきゃな……。
だが、ここで問題が発生する。
空が暗闇を帯び始めたのだ。咲良の家を失ってしまったため、俺たちはどこかに野宿しなければならないのだが…あの家のようにきちんと防護対策を施した家など見つかることはないだろう。
「くそ……夜になったら面倒だぞ…」
「……ねえ、あそこ……」
それまで一言も言葉を発さなかった咲良が唐突に口を挟んだ。咲良が指差したのは、シャッターが上がり切った場所のことで、いつもなら車を駐車させていたのだろうが、もう車は残っていなかった。
確かにあのシャッターを閉めれば、ウォーカーたちの襲撃を免れることが出来る。
「よし、今日はあそこで寝よう」
咲良は肯定も否定もしなかった。
俺はバイクのエンジンを切り、その車庫、または倉庫…と言うべきか…そこにバイクを入れる。それからシャッターを降ろし、一休みする。壁に背中を預けながら座り込むと、今日一日で蓄積された疲れがどっと出てきた。咲良もリュックを降ろして、俺の隣に座った。
「………」
「………」
お互いに気まずい沈黙が流れる。
どうにも話しかけることが難しい。彼女を横から見てみると、咲良は真っ黒に近い地面を向いたまま微動だにしない。
「あ、あのさ……」
勇気を振り絞って言葉を出した時、鋭い痛みが腰当たりに走った。
「うっ!?」
「!?どうしたの?」
「腰が……。どうやら窓から飛び降りた時に強く打ったんだろうな…。大丈夫さ、時期に治……」
「ダメだよ!ずっと治らなかったらこれから先どうするの?」
「でもなぁ……湿布とかあるのか?」
「確か……入れたはず……」
咲良はリュックの中を漁って、中から小さな布を取り出した。
「…それ、湿布?」
「うん。背中向けて」
俺は素直に背を咲良に向けて、服をたくし上げようと思ったが、今後ろにいるのは年頃の女子だ。自らの背中を見せるのに…俺は少しだけ恥ずかしくなった。
「咲良…今更なんだけど……自分で付けられるから…」
「私を助けるために負ってくれた傷なんでしょ?別に気にしないし、冬馬くん…手、届かないでしょ?」
そこまで正論を述べられては、流石の俺も何も言えない。
俺は諦めて、咲良に背中を見せた。
「腰を痛めるなんて……ったく、ジジイだな、俺も…」
「ふふふ…。そうだね…。腰が痛み続いたら、野球部引退だね…」
「本当だよ」
俺の背中に突然、冷たい指の感触が突き抜けた。何とも言えない感覚に俺はブルリと身体を震えさせてしまう。
「ここ?」
「あ…もう少し下……痛っ…!」
「あ、ゴメン!痛かった?」
「大丈夫……」
咲良の細くて冷たい指は俺の痛む腰を軽く押してから、そこに湿布を貼った。
「どう?」
「ああ…平気。ありがとう…。……それと、ゴメン…」
「えっ?」
咲良は何に対する『ゴメン』なのか、分かっていないようだった。
「頬打ったことだよ。あの時、咲良もかなり動揺…というか…すごく悲しかったはずなのに……」
「いいよ…。だって、あそこで泣いてばかりいたら…今頃私もう…この世にはいなかったかもしれないし……。私が感謝したいくらいだよ…」
「そうか……。そう言ってくれると、気持ちも楽になるよ…」
俺はそう言い終えて、謝罪も終えて、服を着直して、天を見上げた。
そして……独り言で小さく呟いた。
「あいつ……瑞穂、どうしてるかな…」
生きているのか…死んでいるかも分からないのに、こんなことを言ってしまう。
…俺もとうとう、イカれた世界に居過ぎたのか、イカれてしまったのだろうか?
が、その時、近くからポタッ……と水音がした。それはすぐ隣から聞こえた気がして、向いてみた。最初は雨漏りかなと軽い気持ちで見てみたのだが、水音の正体は…咲良が流す大粒の涙が地面に落下する度にする音だったのだ。もちろん、俺は驚いて目を丸くして、咲良に聞く。
「えっ!?おい、咲良!?どうし……」
「………ないで…………」
「えっ?なんて言った?」
もう一回言った咲良の言葉は…俺を驚愕させるには充分なものだった。
「瑞穂の名前……言わないで……」
俺は驚きすぎて、どういう反応をしたらいいか分からなかった。
「どうして……どうして冬馬くんはいつも……瑞穂を……」
「いや待て待て待て!いきなり何言ってんだよ?」
「……私が何で、高校の時から冬馬くんと瑞穂と関わり合うことが無くなったか……分からないの?」
「……分からない」
彼女は涙を拭うと、俺の肩に頭を置いて静かに話し出した。
「冬馬くんと瑞穂が……一緒に仲良くいるのを見ている度に…胸が切なく締め付けられて、辛かった…」
「そ、それがなんだよ…。何か悪いのか?」
「……本当に鈍感だね。瑞穂と付き合っているって話を聞かないのも無理ないね…」
「え……」
ここで漸く俺は咲良が言いたいことが何なのか気付いた。
俺の表情を読み取ったのか、咲良はくすっと笑って、再び話し始めた。
「私ね…小さい頃から冬馬くんのこと…好きだったの…。でも、年月が経つに連れて、冬馬くんは瑞穂との距離を縮めていって……そんな様子を毎日見ていたら、辛くて堪らないよ……」
「…………」
咲良の気持ちを聞いてしまい、俺は何も言えなかった。
今までそういう気持ちを抱いていたから、咲良と俺、瑞穂が散り散りになってしまったのなら……俺はなんて……。
「鈍感…だな……」
「そうだね。昔からそう……。でも、私は………そんな冬馬くんが、好き」
咲良は立ち上がって俺の前に移動して、顔を近付けてくる。
その彼女の生々しい姿に俺は見入ってしまい、身体が硬直する。咲良の唇が俺の唇に触れかけた時…頭の中で瑞穂の笑顔が過り、俺は咲良の身体を抑えつけた。
「……好きだって言ってくれたことは…嬉しい。でも、今はやめてくれ。あいつの…瑞穂の気持ちも、確認したいから…」
「……そ…う……。でも、寒いから、一緒に寄り添って寝るくらいはいいよね?」
「ああ…」
俺はコートを脱いで、咲良の背中にも掛けてあげて寝ることにした。咲良は嬉しそうな表情を作って、俺の肩に再び頭を置き、眠りに落ちていった。
俺も間もなく疲弊しきった身体を休めるために、目を閉じて眠るのだった。
ウォーキングデッドなので、ウォーカーとの戦いよりも、人間ドラマを優先していきたいと思っています。