冬木冬馬side
バイクのハンドルを握る俺の手は微かに震えていた。
あの時…拳銃を初めて撃った時の衝撃でまだ震えているだけか、それとも……男を殺したことに対する罪悪感から来るものだろうか……。
いくら咲良を助けるつもりで彼の肩を撃ち抜いたとはいえ…その後、助けを求める男を助けることは出来た。
だけど俺は、それをしようとはしなかった。
何故かは自分でもよく分からない。咲良を汚された恨みか…咲良が傷つけられたことに対する怒りか…。どっちにしろ…俺はこの地獄の世界で目覚めて、間接的にではあるが、初めて故意に人を殺した。
その罪の重みを…俺は実感していたのだった。
俺たちの乗るバイクはそれから都会に出た。道路には横転した車、更に何故か置かれている戦車に俺は驚きを隠せなかった。
ビルが建ち並ぶ町には、音は全くしなかった。だが、不意にバラバラとローター音が聞こえてきて、後方からヘリの姿が見えた。
「冬木くん!」
「ああ、後を追おう‼」
だが今考えたら、追わなかった方が良かったかもしれない。ヘリが一番高いビルの後ろに隠れたため、俺はバイクを左折させた。
そこには…信じられない数のウォーカーが犇めいていた。最初はヘリの音に気を取られていたウォーカーも、バイクのエンジン音に反応して、こちらを向いて、血だらけの歯を見せつけてきた。
「やばっ‼」
「早く後ろに……って、冬木くん後ろ‼」
俺がバイクを後退させようと思ったら、既に大量のウォーカーが戦車の後ろ辺りにまで迫っていた。
要するに…俺たちはまた挟まれてしまった訳だ。どこに逃げようか迷って、焦る内に…俺は咲良をバイクから降ろして戦車に向かっていた。登って、ハッチを開けようとするが俺の力では開きそうになかった。咲良も駆け寄り、ハッチの取っ手に手をかける。
「咲良!頑張れ‼あと少しだ‼」
そうは叫ぶが、俺は実際間に合わないのではと思っていた。ウォーカーは既に戦車を取り囲み、登り始めてもいた。ここまでかと思った時、ハッチがバカンと開いた。
咲良を先に入れ、俺も中に入ると同時にハッチを閉める。閉める際にウォーカーの腕が割り込み、無理矢理閉めたことで肘から下の腕だけが切断され、戦車の中に入り込んだ。
「はぁ……はぁ……」
「はぁ、はぁ……」
咲良と俺はウォーカーに襲われなくなったという安堵から、長い間荒い息を繰り返していた。が…よくよく考えたら俺はまたなんて馬鹿なことをしたのだろうと思った。
戦車に逃げ込んだら、それこそ永遠に出ることは出来ないだろう。周りには数え切れない量のウォーカー、いなかったとしてもハッチを開いた音で気付かれる。
「…………」
俺は咲良にその事を伝えようかと思ったが、またそんな最悪な事態であることを言うのは…ちょっとだけ躊躇してしまう。
伝えるのはきちんと休んでからにしよう……と、思った矢先のことだった。俺が座っている横にある死体らしきものが俺の方にゆっくりと頭を向けたのだ。
「!」
戦車の中には先客がいたようだ。ウォーカーは俺の上に覆い被さり、歯を見せつけてきた。
「うおっ‼」
「冬馬くん!」
俺は来るなと叫びたかったが、咲良はそのウォーカーに体当たりして、俺との距離を開かせた。しかし、それで死ぬ訳ではないので、早く殺さなければならない。
だが、それを咲良がやった。咲良は俺の腰に収まっていたはずの拳銃は押し倒された拍子に落ちてしまい、それを取り、無我夢中で引き金を引いた。
だが、その放った銃弾でウォーカーが死ぬと同時に銃声が戦車内で反響して、俺と咲良の聴覚を一時失わせた。お互いに耳を抑えても聞こえてくるキーンという音に苦しんだ。
その耳に残り続ける音もだんだん小さくなっていくうちに、俺たちは冷静になってきた。
やはり…今回も自らの首を締めてしまったということを、実感するのだった。
成瀬瑞穂side
一通り泣いても、まだ目尻からは涙が細々と流れていた。いつまでも現実を受け止めきれない自分が嫌になってくる。
それほどに私は、冬馬を……好きになっていたということに改めて気付かされた。
こんな苦しい思いをするなら…と、私は何度目になるのか…自殺するために屋上へと上がった。
外は暗い夜から解放され始めていた。白々だが綺麗な山吹色というか橙色というのか……そんな感じの太陽が廃墟となったビルとビルの間から顔を出した。
死ぬには絶好の日和だ。
雨や雲だったら気分が乗らずにここから飛び降りようなど考えなかっただろう。私は手摺を乗り越え、すぐに飛び降りれる準備をした。
今までは梶くんなどに止められてきたが、今回はそれもない。
死んでやる。
そう思って、身体を空虚な場所に向かわせようとした時、私の耳にエンジン音が聞こえた。
「……?」
車ではなく、バイクのエンジン音が徐々に私たちが隠れているビルに近付いていることが分かった。
ウォーカーがバイクを運転するはずはない。だから私は周囲を見渡して、エンジン音を奏でるバイクを探す。
それは割と早く見つかった。
朝日に照らされて、キラキラ輝く銀色の光沢を持つバイクに男女一組が乗っていた。その二人を私はどこかで見たことがある感じがした。
よーく目を凝らして見て、何者か分かった途端に…私の目からは再び涙が溢れ出していた。でもそれは悲しみのものではなく、喜びから溢れ出た涙だった。
私の視線の先にはサラサラした髪を靡かせている冬馬の姿がそこにあったのだ。後ろに乗っているのは、咲良だろうか?実際誰でもいい。
私は喜びに満ち溢れ、叫ぼうと思ったのだが、今叫んだら向こうに固まっているウォーカーの大群をこっちに引き寄せてしまう。だが、こちらが叫ばなくても二人はそこにバイクを走らせていた。慌てて叫ぼうとした時には遅く、二人はウォーカーたちと鉢合わせをしてしまっていた。
「冬馬‼咲良‼」
奴らを呼び寄せることを覚悟の上で大声を上げたが、それは丁度私の真上を通過したヘリの音で掻き消され、強風に煽られ、地面に倒れてしまった。
倒れて二人を視界から外して再びそこを向いた時には、二人の姿はなかった。
梶浩二side
俺は相変わらず、薄暗い雲が空に立ち込める中で見張りを続けていた。しかし、いつも見えるのはたまに飛んでいる飛行機かヘリ、もしくは動く死体だけだ。
最初はウォーカーたちが入ってこないようにしっかり見張っていたが、何日も月日が経つに連れて、怠さも徐々に増していった。
そんな時、突然鉄製の階段を急いで駆け降りてくる人影が目に入った。
それは息をひどく切らした成瀬の姿だった。彼女が屋上から降りてきたということに俺はすぐに怒鳴ろうと思った。成瀬はここ最近、よく自殺しようと屋上に向かうことが多かった。だから俺はそれを止めていたのに、また…と。
だが、俺が怒鳴るより前に、彼女の艶やかな声が響いた。
「冬馬が生きてる‼来て!」
そう言って成瀬は再び屋上へと駆け上がっていった。
俺は彼女を追う前に一応、あの人にも伝えておくべきだと思い、彼の部屋に向かうのだった。