冬木冬馬side
どうして……こうなった……。
俺は、どうしていつも…自らを苦しめる行為しか行えないんだろうか…。
尻餅を付く俺の前には青い帽子を被った男性が肩から血を流して倒れていた。ついさっきまでは意識はあったが、今は地面に背中を付けて、意識は無くなっている。
だが、すぐに身体はビクンビクンと地上に打ち上げられた魚のように震えた後に、上体を起こした。彼の顔はウォーカーの顔そのもので、彼も奴らの一員になってしまったことを如実に語っていた。
俺は今にも狂いそうになる理性を保ちながらも、人間としての理性を失う前に俺に投げ渡し、誰も取ろうとしない散弾銃を…無意識に掴んで立ち上がった。
俺は彼…浩二曰く英雄さんに銃口を向ける。
そして…英雄さんの足が一歩前に踏み出した瞬間に…引き金を引いた。
鈴木英雄side
僕は我ながらなんて大変な作戦を二人に提案したんだろうと、今更ながら悔いている。
僕が言った作戦はこうだ。
まず、僕が持っている散弾銃でウォーカーたちの気を引き、標的を僕に向けさせる。その間に梶くんが戦車に閉じ込められている冬木くんと杉山ちゃんを助けに行く…。
自らの首を締めるような案を出せた僕自身に多少驚きだった。
とにかく、僕は作戦を実行しなくてはならない。
立て籠もっているビルの扉を塞いだバリケードを取り除き、僕と梶くんは二手に分かれた。梶くんはそのまま残り、僕は更に奥へと向かう。戦車を取り巻いているウォーカーが放つ音で僕の存在は探知されずに済んだ。
だが、ここで僕の頭の中に嫌な考えが思い浮かんでしまう。
今ならウォーカーを惹きつけられているから……自分だけ逃げ出すことが出来る。そう思った瞬間に僕の足はビル群の外に向けられ…かけた。もう少しだけ自分を抑えつける理性がなかったら…今頃逃げ出していただろうけど…僕は今まで長い期間世話になった2人の前から消えるのは、人として恥ずかしいと思い、思い止まれた。
そして、決心を決めて散弾銃の銃口を天に向け、1発撃った。
一部のウォーカーは僕が撃った散弾銃に気付いたが、戦車を叩く音の方が大きかったのか…ほとんど反応しなかった。だから、今度は廃車に向けてもう1発撃ち、廃れたビル群に金属と金属がぶつかった音を響かせた。
それで、戦車の周りにいたウォーカーを全て僕に向けること出来た。ただ、全てのウォーカーが僕を見た時ははっきり言って、かなり怖かった。だけど僕は臆することなく、このビル群全体に響かせるくらいの大声を上げた。
「こっちだ‼︎こっちだよ!」
戦車からなるべく距離を取らせたかった僕は散弾銃の持ち手を壁に何度も叩いて、ウォーカーを引き寄せる。奴らの餌になる前に後ろへと駆け出す僕。
この間に梶くんが2人を助けられるかは…神に祈るしかない。
梶浩二side
英雄さんがここら一帯のウォーカーを戦車から離してくれたお陰で俺は冬馬と杉山を助けに行くことが出来る。
囮に自ら志願した英雄さんにはもう頭が下がらなかった。
そのためにも…俺は冬馬たちを絶対に助けなくてはならない。
俺はウォーカーがいなくなった一瞬の隙に戦車に駆け寄り、ハッチを開けようとする。のだが、やはりと言うべきなのか、物凄く重くて短時間では開きそうもなかった。
それくらい分かっていたはずなのに…俺は焦りばかりが募ってしまい、開こうと躍起になる。
「さっさと……開け…よ!」
ガタガタとハッチは小刻みに震えるばかりだったのだが、唐突にハッチの重みがすぅーっと軽くなり、呆気なく開いた。
その理由は中から杉山が力を込めてくれていたからだった。中にいた杉山は俺を見るなり、目からポロポロと涙を溢れ出し、俺に泣きながら懇願しだした。
「お願い!冬馬くんを……助けて…!」
「分かってる!どんな感じなんだ?」
冬馬は杉山の傍らで荒く息をして、気絶していた。
この感じ…野球部にいた時にも見たことある症状だった。間違いない。脱水症状だ。そうと分かり、俺は杉山に呼びかける。
「ここから出す!手伝ってくれ!」
低い声で言った俺に杉山は目を潤わせながらも確かに頷いていた。
まず俺は冬馬の上半身を抱え、戦車から出そうと思ったのだが、ここで問題が発生した。今ここで仮に杉山が冬馬の下半身を抱えられたとしても、位置の関係上戦車から出すのがとんでもなく困難になってしまうのだ。抱えるのがどっちも男だったら良かったのだが、生憎杉山は女…。
このままじゃ……。
どうしようかと途方に暮れかけていたところに、足音が俺の耳に聞こえてきた。振り向くと、冬馬の上半身を俺と同じように抱えようとしている成瀬の姿があった。
「成瀬!何してんだ‼︎お前は残ってろって言っただろ⁉︎」
「梶くんだけに任せて大人しくしてるほうが嫌よ!それに……冬馬は私がら助けるって決めたの!逃げてばかりいられないの‼︎」
そう叫んで、成瀬は自らの使命を俺に言った。冬馬が好きだから当然の行為と言えば当然の行為かもしれないが…これは少々無理矢理な気もする。
それに彼女がそう言ったのを戦車の中で聞いていた杉山は複雑な表情をしていた……気がした。
って、そんなことを気にしている暇ではない。
予定外ではあるが、成瀬が来てくれたことでどうにか冬馬を戦車から出すことは出来そうだった。
しかし、冬馬を助けることで夢中になってしまっていたのだが、既にそれなりの数のウォーカーが俺たちを取り囲もうとしていた。
「ヤバイぞ!走れ‼︎」
「………う……」
ここで左肩に抱えていた冬馬の口から小さな声が漏れると、次に見た時には目を開けていた。どうやら虚ろではあるようだが、目を覚ましたらしい。
だけど今は喜んでいられる場合でもない。
急いで逃げないと…!
「冬馬!頑張れ!あと少しだ‼︎」
足取りがおぼつかない冬馬を俺と成瀬で支えて走っていると、後ろからは大量のウォーカーを引きつけた英雄さんも俺らと同様にビルに逃げ込もうとしていた。
俺と冬馬、成瀬に杉山が先に入り、残りは英雄さんだけになる。
「英雄さん!早く‼︎」
英雄さんはもう疲れが溜まりきっている様子で、ここまで来れるかも怪しかった。
だけど、彼も最後の力を振り絞ったのか、扉に向かって一気に駆け込んだ。その後、ウォーカーが入って来ないように急いで扉を閉じようとする。
だがここで、一番最悪な事態が起こってしまった。
「あっ…!」
突然英雄さんが呻くと、扉を完全に締め切ったと同時にポタリと水音がした。俺たちが英雄さんに双眸の目を向けると、彼の右の掌にはベットリと赤い血が付いていた。しかもそれは彼の掌から滴り落ちるものだったのだ。
何があったかは…一目瞭然だった。
「英雄さ……」
「来ないで!」
彼は血濡れでない左手で俺たちを近付けないようにした。
英雄さんは噛まれたであろう右手を暫く見詰めると、持っていた散弾銃を俺たちに投げた。
「君たちが殺すんだ…。僕はいつウォーカーになるか分からない…」
俺は首を横に振った。俺だけでなく、成瀬、杉山も同じ反応をしていた。それは当たり前だろう。
誰だって人なんか殺したくない。
「早く!時間が……、ごふっ‼︎」
英雄さんは突然吐血する。
噛まれてまだ数分しか経っていないのにだ。
「は……や、く…!ころ………し…ぐえぇ‼︎‼︎」
更に勢いよく英雄さんの口から血液が溢れ出す。そして地面の上をのたうち回り、苦しみに悶え始めた。
早く彼を殺さないと…俺たちも危険な目に遭ってしまう。
だが、英雄さんが投げた散弾銃を掴むことがどうしても出来なかった。目の前にあるのに、誰も腕を伸ばそうとしない。そうやっている内に英雄さんの身体の動きが停止した。
こうなったら…俺がやるしか……。
そう思った時、カチャリと散弾銃が地面から浮いた。
持っていたのはまだ顔色が良くない冬馬だった。
「……俺がやるよ…」
「何言ってるんだ⁉︎俺が……!」
「元を正せば俺が原因だ…。俺が、戦車の中に入らなければ、あの人が噛まれることはなかった…」
違うと否定したかった。
だけど、彼の握る散弾銃は震えてはいたが、決心だけは本物だった。
俺が黙ると冬馬はフラフラした足取りで英雄さんの死体に近付き、銃口を向けた。
冬木冬馬side
俺だって……助けてくれた人を殺したいわけじゃない。余程頭がおかしくなければ、人なんて殺せるはずはない。
だけど…俺はもう人を一人…死に追いやっている。あの感覚だけは忘れようにも忘れらなかった。
それに…こういうことを浩二や瑞穂にさせたくなかった。汚れるのは…俺1人で充分だ。
現在
引き金を引いた瞬間、拳銃よりも強烈な衝撃が右腕全体に突き抜けた。尻餅を着くことはなかったが、3歩後退してしまった。
そして目の前には…頭だけが完全に吹き飛んだ英雄さんの死体が残った。近くには粉々になった帽子が辺りに散らばり、散弾銃の威力がどれ程のものだったのかを物語っていた。
外には大量のウォーカーが銃声と血の臭いでこちらに群がっている。
ああ……もう…嫌だ…。生きていたくない…。
こんな世界を生きるなんて…俺には無理だ…。
この時、今までどんな辛いこと、大変なことを乗り越えてきた俺の精神が初めて…ガラガラと崩れていくのを感じるのだった。
鈴木英雄死去…。殺すの早くてすみません。