(ありえない)
刹那ほど脳裏に浮かんだ可能性を、反射的に否定するモモンガ。
ありえたなら、そもそもこのゲームをプレイすることなどできないはずなのだから。
確かにユグドラシル・ツクール内で設定できるイベント項目の中には、一定時間、あるいは一定のエリア内でのメニュー開閉を制限することも可能だ。
それは
ユグドラシル・ツクール内で製作された各アカウントのデータを監視するために採用されているなんらかのシステム――前作のギルド拠点監視システムになぞらえて、システム・アリアドネならぬシステム・エニグマと非公式名称で呼ばれることもある――により、投稿サイトにゲームを誰にでもプレイできるようにする前には、必ず該当ゲームは審査される。そこで、一般公開に不適切だと判断されたゲームは「この作品はアップロードできません」と無慈悲にも投稿拒否されてしまうのだ。
だからモモンガはゲーム開始直後のオープニングイベント中と思われる期間にメニュー画面が開けずとも「このゲームに没頭してほしいから一部システムを制限しているのだな」と判断していたし、それ以上のことは思わなかった。
だが、これは。
「はあ。完全に想定外だな……まさか
モモンガが休憩という名の解散を告げてから、ただ一人食堂に残っており、そして思い至った予想に大きな溜息とともに独り言を吐き出した。NPCたちはそれぞれ、食堂から繋がっている裏庭やエントランス、隣室などにそれぞれ分かれている。ゲーム開始直後から生々しい挙動で奉りあげてくるNPCたちの前で、弱音っぽいものを吐くのは憚られた。
ゲームの世界に閉じ込められた、などと今日日ドラマでだってやらない古臭い絵空事を連想してしまったのだ。情けなくて愚痴の一つも吐きだしたくなるというもの。
(メニュー画面を開ける場所なりアイテムなりに指定があったり、いわゆるセーブポイントがあるタイプだったかー)
このゲームは2004年……120年前に作られたゲームの再現だという。遥か昔のゲームを仮想現実空間に再現したゲームというならば、そういった不便な仕様をも再現しているかもしれない。
もととなった『通常モード』をプレイしていない以上、詳しいところはモモンガには知りえないが……モモンガはそう考えることでこの理不尽をゲームの仕様だと己に言い聞かせる。
ゲームの歴史を遡れば、そもそもメニュー画面がないゲームジャンルだってある。容量無制限ではない鞄を持ち歩き、開き容量がなければ新規にアイテムを獲得できないゲームや、神やら仏やらに祈らなければセーブできないゲーム……2144年現在のゲーム事情からしてみれば、様々な点において比べ物にならないほど不便なゲームがあったようだ。昔は。
モモンガはゲーム制作を学ぶ過程で歴史から学んでいるのだ(ネット調べ)
例えばユグドラシル時代だって、ギルド拠点のマスターソースを開くにはギルドの中枢とした場所でなければならなかったし、その延長線上、と考えれば仕様としては分からなくもない。
システム・エニグマの審査を通過し、問題ないと判断されたものだけが無事投稿できるのだから、むしろこのゲームがどういった仕様であるのか、ゲーム開始前に電子説明書で確認していなかったモモンガの落ち度だ。
おそらくこのメニュー画面が開けないという仕様についての詳細は電子説明書にしっかりと明記され、仮に今回の事象を電脳法違反で訴えたとしても(そもそもモモンガの中の人は法に訴える一連の流れや方法など知らないが)「電子説明書に書いてある」と言われることだろう。ユグドラシル・ツクール初期にあった騒動と同じような事になるのがオチだ。
(なんで俺は電子説明書読まなかったんだ……いや、どうせデフォルトシステムだと思ったからだけどさ)
ゲームを始める前には説明書はちゃんと読もう。とモモンガは反省した。
電子説明書はどのようなゲームであれ、プレイ中いつでも確認可能である、が、閲覧するにはメニュー画面から項目を選び開く必要がある。
メニュー画面が開けないのでは確認しようがない。
鍵を開ける方法を密室の中に閉じ込めたようなものだ。
奇しくも先ほどのゲーム内でも問題点と類似する。
そちらは解決したということになっているが、モモンガはこの指輪があることで、どのように問題を解決するのか知らない。見当もつかない。指に嵌めた特別な指輪を見つめながら、モモンガは思う。
(確かマーレって呼ばれてた『男の子』がなんやかんや言ってたっけな。また確認しないと。
ま。それは後日考えるとして、いまはセーブする方法がさきだ。
……日記帳とか魔法陣とかベッドとか、そのへんがセーブポイントってやつなんだろ?
たぶん)
たとえセーブができなくとも――最終手段がないわけではない。
できればそれはしたくないな、と思いつつ行動指針を定めたモモンガは、かつて使用した感覚と同じ要領でリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを発動し、ナザリック第九階層にあったマイルームに転移しようとしたが、しかし何も起こらなかった。
(そういやこのアイテムの転移では各個人の部屋とか玉座の間には転移できないんだった)
では代わりに、とばかりに第九階層の記憶にある施設へ転移しようにもうまくいかない。
まあわかってた。
ゲームで最序盤からどこにでも転移できたらゲームにならない。
いや、もしかしたらゲームになるかもしれないが、まともにゲームバランスをとれないだろう。何らかのシステム改変が行われているのは明白であった。
(いや、このゲームの設定的には10階層まで崩壊がどうこうってなっるんだっけ)
6年前のモモンガが知ったなら発狂しそうな設定である。実際モモンガはユグドラシルのサービス終了が告知された際、魂でも抜けたかのようにそれまで必死になって行ってきたギルド拠点維持費稼ぎをやめ、残された時間を一人で行う人形遊びのようにNPCたちに声をかけ、あるいは設定を読みこみ、いよいよとなったら様々なアイテムを渡しては色々な声かけをしていた。感情移入しすぎて、しょせん作りものであるというのにリアルに生きている者たちであるかのように扱っていた。
サービス終了前後のことを思い出しても気分が重くなるだけなのでともかくとして、アイテムのシステム改変されていなくとも、転移先が指定できないほどどうにかなっている状態、という可能性もあるだろう。一つの仮説に囚われないほうが良いだろうとモモンガは考える。
だが崩壊したナザリックの光景など、彼にはまったく想像できなかった。
ともあれ、ならばとこの拠点のマイルームなりセーブポイントなりを探すため、モモンガは食堂からエントランスホールに出る。
階段脇にシャルティアが待機していた。
「モモンガ様。どちらに?」
「や、ちょっと休憩したいんだけど。どこの部屋使えばいいんだ?」
「まあ! 『休憩』でありんす!? どうぞこちらへ!」
シャルティアは喜々として館内二階の客室へと案内する。複数ある客室のうち、館主書斎から二つ隣の部屋だった。
モモンガは考える。こうしてNPCに案内された以上、その部屋がこのゲームでいうところのマイルームであるはず。ホームポイントとしての各種機能があるのではないか、と。
「さあ、モモンガ様……『休憩』しましょう」
「ん? ああ、そのつもりだけど」
鼻息荒く『休憩』を強調するシャルティア。モモンガはメニュー画面かセーブ画面のどちらかが開けないかとシングルベッドが二つ並んだそこへと横になった。
無い目蓋を閉じるような感覚で外部からの視界をシャットアウト。そして行いたいことを感覚的にイメージするものの、数秒たてどもそれらしい画面は浮かばないし、寝そべりながら腕を動かし、虚空に汎用的なショートカット動作を行っても同様だった。何故か鍵をかける音と衣擦れ音がする。音が気になりモモンガがちらりと目をやると、ボールガウンを脱ぎすてようとして一人では脱げないシャルティアがいた。
「ぐぬぬ……長年夢見たモモンガ様との『休憩』でありんすのになんで……くっ、どうなって……」
「おいやめろ。それ以上いけない」
「えっ? モモンガ様も着衣でも構わない御方でありんす?」
なんでそうなる。
モモンガはバッとベッドから飛び退き、無罪を主張するかのように両手を挙げた。
(ノウ! 絶対にノウ!
俺はR18行為はしてません!
だから運営は俺がいま作ってる最中のゲームデータを消さないでください!
これでこのゲームごとユグドラシル・ツクール内の俺のデータ消されたらこのゲームのせいですね?)
「それだけはやめるのだシャルティア……このままでは消されてしまう」
「『休憩』するためにお声をかけていただけたのではありんせんか?
いけずなお方。唯一私が支配できない愛しい君……」
「消される! 消される!」
しなをつくって背を向け、脱がせてくださいなどとのたまうシャルティアに、すぐ化けの皮がはがれたモモンガは慌てた。下手なR15描写でさえ、場合によっては不適切なゲーム演出とみなされ全データ削除されてしまうかもしれないのだ。
しかし同時にモモンガは抜け目のないフリーゲームクリエイターの目線で、ここまでの演出はセーフなんだなとゲーム制作者のギリギリを攻める手口に感動すら覚えた。
(実行やそれを思わせる言動はアウトだけど、一目で未遂と分かる状況はセーフなのか!
一体どこまでセーフなんだ!
いややっぱりアウトになりたくないんでやらなくていいんだけど!)
性的興奮ではなく技術的好奇心がわいていたが何故か抑制機能が働いてモモンガは冷静にさせられた。
シャルティアはというと心底残念そうな顔をした直後、モモンガの発言に対し目を細める。
「消される? いったいどこの馬の骨が至高にして究極の御方を消すなどという無礼千万極まりないことを?」
「うむ……私とシャルティアがそういうことをしてしまうとだな」モモンガは再び魔王的ロールプレイを行うことで言動を取り繕って、なんとかこの窮地を脱する案を考え発言した「そう。なんというか、世界から消されてしまうのだ」
「そんなっ! 何故っ!」
「それが利用規約……あーっと、契約なのだ。
そう、闇との契約なのだ。
私は闇との契約でこうしてこのゲームを始めることができたのだ。
だが契約の力は絶対だからな。なんかこう、いろいろ規制されている。
私はこの世界を救うまで、規制を破り消されるわけにはいかないのだ」
(おいおい咄嗟に出てきたのが闇との契約って……いや、深く考えると
シャルティアはモモンガの言葉を真に受けたのか、ハッとしたような顔をして深々と頭を下げ、軽はずみな行動でうんぬんかんぬんと謝罪を口にし、死んで償おうとしてきたのですぐさまモモンガは止めた。
そしてこれ以上おかしなイベントが起きないよう、ロールプレイングに動く口に任せるまま、シャルティアをうまいこと言いくるめて部屋の外に追い出した。
(くそう。なんでこのゲームのNPCは積極的に自殺しようとするんだ!
デミ・アストラルの設定がデフォルトだったら、死んだら本体に意識が戻るから蘇生できないんだぞ!?
去年やったゲームはその設定悪用してPTメンバーが死んだらキャラロストと同等の扱いにしてきたし……アレはショックだった……いま全員デミ・アストラルになってるって設定みたいだし、NPCたちはうかつに死なせられんな)
種族デミ・アストラルはあくまでも仮初の肉体。実体を持った幽体、という矛盾を内包しているイメージを形にしたものだ。実体から幽体離脱している、という表現でもいいだろう。本体は幽体離脱中、破壊不可能オブジェクト扱いでそれぞれ<
(とりあえずベッドはダメ、ってことで。
つぎだ、つぎつぎ)
モモンガは室内を見回し、目に付いたものを片っ端から調べて回った。
ベッドの他には空っぽの棚、机上には薬草(アイテムとして手に入った)と碌なものがない。
鏡にはいま現在のモモンガの外装が映る。
オーバーロードの外装で間違いないが、初期装備は襤褸の布きれのみ。服さえも与えられない哀れな主人公の姿があった。かつて装備していた絢爛豪華な
(――あいつらには俺がどういう風に見えてるんだろうな。
いや、AIプログラムにこっち外装なんか関係ないんだろうけどさ。
こんな格好なのにあんだけ上に立つもの、みたいな感じで扱われると……なんか恥ずかしいなあ)
などとしばらく思案していたものの……やがてこの室内には自身の求めるものは無いと結論づけたモモンガは、客室を出て一人館内を探索――しようとしたところで今度はアリとカマキリを組み合わせて追加で色々ひっつけたような水色の巨大昆虫が室外で待機していた。ちょっとびっくり。
「モモンガ様。ドチラニ?」
「あーっと、少し調べたいことがあって……」
「ナンナリトゴ命令イタダケレバ」
(やばい。名前なんだっけ。
さっき誰かに名前呼ばれてたような気がするんだけど)
「魔法陣的なものがある部屋はなかったか?」
「地下一階ノ魔法研究室ニアッタカト」
「案内してくれ」
「ハッ」
『魔法研究室』は地下室のコレクションルームの隣にあった。
といっても、寝室と大して変わらないつくりだ。ベッドに本棚。机――入り口からみて正面には水晶玉があるが、特に効果はないようだ。
部屋の名称に似つかわしくないその作りに、モモンガはコレクションルームで感じたものに似た違和感を覚えた。本棚を調べると、難しい魔法コンボの考察が書かれた本が並んでいる。一発の大火力がウリのワールドディザスターであったはずのウルベルトには似合わない。卓上には『魔王』というタイトルの本があるが……武士の情けだ(職業はサムライじゃないけど)開かないであげておいた。どこまで再現されているか未知数だが、黒歴史っぽいものを開かれたい者はいまい。
「けど、魔法陣っぽいのはないな」
「コチラニ隠シ扉ガアリマス」
「ほう?」
一見、室内に魔方陣は無かったが『巨大昆虫』がなんの変哲もない壁を調べるとスライドするかのように隠し通路が開く。中にお目当ての魔法陣があった。モモンガは魔法陣の中心に立ち……足裏が気持ちいい。足ツボマッサージのようだ。
(って、骨のツボってどこだよ!?)
単純に制限された触覚が該当するリアルの体に影響与えただけだろうが……気持ち良いが、それはいま得たい刺激ではなかった。モモンガはメニュー画面やセーブ画面が開いてほしいと祈ったが、しかし祈りは届かなかった。なんか変なオーラ出た。エフェクトを良く見ると<絶望のオーラI>だった。
『巨大昆虫』の口から「オォ……」と畏怖とも感嘆ともつかないため息が漏れる。
(違う、違うんだ。俺がしたいのはこれじゃないんだ)
モモンガは意図せず発動した<絶望のオーラI>を引っ込める。この動作は感覚的にユグドラシル時代と同じように行えた。そして室内にある魔法陣以外のもの……魔法陣のそばに鎮座する宝箱に意識を向け、そちらに近づくと「この宝箱を開けるには既に失われたルーンを刻む必要がある」というメッセージウインドウ。離れると表示は消えていく。
(リアリティ追求してるとことゲーム的要素を残してるところの区別がよくわからん。
キャラクターはアインズ・ウール・ゴウンのNPCばかりなのに場所はナザリックって設定にはなってるけど実質独自エリアだし、ウルベルトさんがこっそり作った別館って設定のわりには地下にもウルベルトさん要素薄いし、なんかチグハグっていうか、噛み合ってないっていうか……)
「モモンガ様。イカガナサレマシタ?
……ソノ宝箱ガナニカ?」
「いや……この宝箱を開けるには既に失われたルーンを刻む必要があるようだ」
特にコメントが思いつかなかったモモンガはメッセージウインドウに書いてある文字を読みあげると、またもや流石モモンガ様とヨイショされる。むず痒い。メッセージウインドウに気付かなかったということは、このゲームのNPCは各種ウィンドウが見えないタイプのNPCなんだな、とモモンガは予想した。無論、見えているという扱いで進むゲームのほうが圧倒的に多い。
(ここでもセーブできないのかー。
メニュー画面も開けないし。
くっそー。こうなったら手当たりしだいだ!)
モモンガはそれから移動できる範囲内で目に付いた部屋を片っ端から調べて回り、セーブあるいはメニュー画面の開閉ができないかを試していく。部屋を移すたびに御供付きのNPCは増えていき、何を探しているのかと聞かれたらもう正直に「メニュー画面が開けない。セーブができない」と答えたが、それらが何か分からないという彼ら彼女らはいま現状、ほどんど役には立たず(未定義空間に繋がるものを調べる時には止めてくれた)成果といえば二つ目の『未加工の大容量データクリスタル』が手に入ったくらいで――
「こんちは。システムサポート要因のサポ子やで」
『館主の寝室』とされる部屋のタンスの中から、メッセージウィンドウを吹き出しのように浮かべる少女が中からがちゃりと飛び出してくるまでしらみつぶしは続いた。
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「――曲者ダト!?」
「一体いつから!」
「死ねっ!」
「待て。敵では無いようだ」
モモンガは彼女に襲いかかろうとした一同を静止。彼らとは圧倒的に造形の異なるその少女に注目する。少女もまたNPCではあるが、その作りこみはナザリックの面々とは雲泥の差で、モブ顔という言葉が相応しいように見える。
モモンガは彼女に近づき、慎重にメッセージウィンドウの両端を摘むように持ち上げ、NPC達に見せつける。
「先ほどと同じように訳の分からん質問かもしれんが。
この中に俺がいま持ってる『フキダシ』が見えるやつはいるか?」
という問いに、誰もが謝罪の言葉とともに見えないことを白状する。予想していたことに確信を抱いたモモンガだった。納得にひとつ頷き、モモンガは言葉を続けた。
「これから俺はこいつと無言で交信を行う。
わけわからん動作をしているかもしれんが手を出さないように」
そう前置きしてから、先ほどから浮かんでいた選択肢のうち『あんた誰?』を選ぶ。
「うちはほんまはおらんことになっとるねん。
気にせんどいてな。
って、あんた非公式パッチ噛ましてるやん。
うちのサポート対象外やで。
自己責任で遊んだってや。
ほなな。さいなら」
サポ子はタンスに戻っていった。再びタンスを開けると「こんちは。システムサポート要員のサポ子やで」と定型文のように同じメッセージウィンドウを浮かべるモブ少女の姿。
普通だ。
このゲームを始めてようやく出会えた『普通のNPC』だ。
これがスタンダードなのだ。フルボイスかつ一挙手一投足に破綻なく、表情差分も豊かな、もはや異常な作りこみである彼らとは異なる普通さであった。
なんだか物凄い形相でNPCたちはサポ子と名乗ったモブ少女を見ているが、表情差分などないのだろうサポ子は無反応であった。
モモンガは選択肢を何度もポチポチと選び、そして表示されるメッセージを読む。どうやらこのサポ子とやらは、とあるバージョンで発生した周回プレイすると弱体化する不具合や、グレンさんなる未知の登場キャラおよび、音楽や効果音関係の修正などを行えるまさに『システムサポート要員』として配置されたNPCらしい。
「なるほど、な。分かりかけてきた」
それらの選択肢にメニューの開閉やセーブに関するものはなく――そしてモモンガは、認めたくないある可能性に思いいたり、頭を抱えたくなった。
「クソッ!どうしてこうなった!」モモンガは喚いた。
「モ、モモンガ様!?」
「チッ。また抑制か?
今日はやけに多いな……はぁー。参ったなぁ」
「モモンガ様、いまの無礼な女が失礼に働いたというならただちに始末しますが」
「いや、そうじゃなくて……じゃなかった、やめるのだ。
アレは、そう、闇の契約的な相手側のNPCっぽいやつなのだ。誰も手を出すなよ?」
何も言わずに黙っていたら、こっそり黙ってロストさせるかも知れないほどの気迫が表情差分に表れていたのでモモンガは改めて一同を止め、そして説明してほしそうな表情差分に変わったデミウルゴスに対して、予想ではあるが、と前置きして自身の想像を口にしはじめた。
「どこまで理解できるか知らんが、バグだ」
すると皆の視線が『巨大昆虫』に向いた。
もちろん『巨大昆虫』の話じゃない。
「そっちじゃないよ。
えーと……そう、想定しない未知の不具合が起こっている」
このゲームのシステムの話だ。
非公式パッチという単語。
確かに導入部のキャラクタークリエイトの段階で耳にした。
ということは、ナザリックがどうこうという部分は後付けなのだ。今プレイしているのは、元となる別のストーリーに対して異物のようにつけたした部分ということで。
「細かいところは俺にも……私にも分からんが、どうやら本来なら可能な行動の一部が制限されているようだ。装備変更やアイテムボックスの機能は使えるようだが、メニュー画面開閉、セーブ機能は使えないままだろうな」
おそらく『通常モード』では問題なく遊べる(遊べなかったら投稿できないはず)が、非公式パッチがなにやら悪さをして、本来は発生しないはずの具合が発生したのだろう。システム・エニグマは何をしていたのだと言いたくなるが、サポ子なるモモンガのネーミングセンスでは絶対出てこないようなキャラとナザリックのNPCたちとの間でAI格差がありすぎることや、この館内の噛み合わなさも彼の予想に拍車をかけた。
もともとあったものを改変したが故の弊害だ。テストプレイしたなら一発で分かるような不具合なのだが。これでは楽しみも半減、どころではない。
「この手段だけは使いたくなかったが……」
モモンガが脳裏に思い浮かべたのは、ニューロンナノインターフェースと専用コンソールとの連結を遮断し、いま構築されている仮想領域を破棄する、強制ログアウトだ。
――唐突にメタな説明をさせていただくが、これはPC内で起動しているゲームをゲーム内操作でゲームを終了するかゲームウィンドウの『閉じる』ボタンをクリックして終了させるかという違いだ。モモンガはこのソロプレイ用ゲームのセーブデータを残したいからやらないだけであって、いざとなれば強制終了も辞さない――
かと思われたが、しかしモモンガは今日を楽しむために明日を捨てるような、まっとうな社会人ならばおよそ選ばない強欲なる道を選んだ。
「クリアするまで……ダイブマシンの連続稼働時間の制限いっぱいまで攻略に費やす」
(このクオリティのゲームを序盤で投げだして二度とプレイできなくなって、一生後悔するくらいなら死んだほうがマシだ。
もう明日の仕事なんかもう知ったことか。徹夜でゲームするのだって始めてってわけじゃないし、明日はどこかの取引先となにか約束してるわけじゃない。書類整理させられるか飛び込み営業させられるか――どっちにしろ、就業規則に書いてある出勤時間、八時半までに会社につければ、後はスタミナ系ドリンク飲んで凌げるはず!)
モモンガは明日会社に遅刻するかもしれないという悲壮の覚悟を決めた。最悪「出社したくないならもう会社来なくていいよ」と言われクビになり、以降どこにも雇用されず、マンションからも追い出され、空には常に霧がかかり、ときおり有害なる重金属酸性雨だかなんだかの降りしきるアーコロジー外のどっかでのたれ死んだり神話的存在であるニンジャかなんかにモータルのクズのように殺されるハメになるかもしれない……その覚悟に反応してか再び<絶望のオーラI>が発動してしまう。
(どうせ長くない命なんだ。どうせ死ぬならナザリックを救ってから死ぬ)
モモンガは本人も気付かぬほどゆっくりと、明日へのプレッシャーと在りし日の思い出が脳内でスパークを起こし、ユグドラシルサービス終了前の『あの頃』に思い描いていたような妄想に囚われ始めていた。
「休憩は終わりだ。
初見ノーデスノーセーブで行く。
攻略を始める前に、まずマーレよ。
お前が想定するこの指輪の使い方を教えてほしい」
イストワール既プレイ者に伝える、クロスオーバーによるバグ情報
各地の『情報端末』が消滅しています。
使用人の女の子・ハイダスが見あたりません(アイテム売買不可)
メニュー画面を開かずとも装備変更、アイテム使用が可能になっていますが、効果は分かりません。
コレクションルームの品揃えが変わっています。
部屋の名前などが変わっています。
その他諸々。