ラブが海賊船に乗るのは、これで何度目のことだろうか。
一応こう見えて生前の頃、ラブは籍を海軍に置いていた。
しかし、どれだけまともな道を歩こうとしても彼の人生は、海賊とは切っても切れない縁で結ばれているらしい。
半月の掛かる夜空は、遮る雲もないせいかよく星々が見えた。
船人達の目印と言われている北斗七星が、ラブが乗る賑やかな海賊船を見下ろしている。
辺りは宴だなんだと浮かれており、肉はおろか時たま銃弾やナイフが飛び交うような有様で、おちおち静かにおにぎりも頬張っていられない。
ラブは舳先に近い階段の隅っこで、サッチ率いる四番隊お手製の夕飯をゆっくり味わっていると、頭上でどんと酒瓶を置く音が聞こえた。
誰が自分に用があるのだろうと思いつつラブが背後を振り返ると、そこではマルコとサッチが煙草片手に各々楽な体勢で座り込んでいた。
「やぁ、ラブ。気分はどうだい?」
気楽な感じでサッチが片手を上げ、声を掛けてくる。
コック服の前ボタンが開放的になってることから、本日の仕事はもう終了したようだ。
「ご飯が美味い」
「そりゃ、結構! オレの飯を食えるなんて幸せな野郎だ」
「もう一人の餓鬼は一緒にいないのかよい?」
そして、次にラブへと言葉を投げかけて来たのは、未だに態度が硬いマルコだ。
煙草を口にしながら、マルコはラブを見下ろしている。
ラブはマルコやサッチの指に挟まっている煙草を見ながら、昔自分がヘビースモーカーだったことを思い出していた。
───久しぶりに煙草が吸いたいぜ。俺の吸っていた銘柄はまだあるだろうか。
「メルは力を使い過ぎてもう寝てるぜ。明日の朝まで多分起きない」
どうやら、なんだかんだとメルのことがマルコは気掛かりらしい。
彼はキツイ言葉ばかり浴びせてくるが、それもよくよく聞けば裏返った気遣いだと分かる。
不器用に優しいマルコに、ラブは過去の自分とつい重ねてしまった。
ドフラミンゴのそばに居たって碌な目に遭わないからと、子供達を力技で排除していたあの日が今やあんなにも遠い。
それでも、覚えていることは沢山ある。
難病に冒されながらも生きたいと足掻いていた愛しくて哀れな子供の泣き顔を、ほら今もこんなに鮮明に思い出すことが出来る。
記憶が戻っていることは、まだメルには告げないつもりだ。
でも、多分メルはラブが記憶を取り戻していることに気付いている。
それでいてなお、追求してこないあの子供の優しさもとても不器用だ。
「メルの力も、悪魔の能力なのか?」
軽い調子で聞いてくるサッチは、本当に興味本位で聞いているみたいで他意は無いようだ。
ラブはメルのあの力をどう説明しようかと、宙を睨むがなかなかいい説明が降ってこない。
「メルは能力者じゃねェ。あれは、メルの生まれ持った力だ」
「·····異能を持つ人間。心当たりはあるよい」
あまりに独特な髪型過ぎて、たまにパイナップル頭と言われるマルコだがこう見えて彼は頭脳派だ。
何を隠そう、彼は此処の船医であり、また航海術も齧っていることもあって航路について口を出す時もある。
「マルコは物知りだもんなァ」
揶揄うと言うよりは、素直に賞賛しているらしいサッチに「よせやい。滅多なことは言うなよい」とマルコが照れている。
「まぁ、たまにはいいじゃないか。そうだ、マルコ。お前、メルの体調をちょっと見てやれよ。どうせ、オレについてきたのもラブのことが気になったんだろ? 」
そして、マルコを手放しで褒めたのには裏があったようで、サッチは素知らぬ顔をして二人の様子を見てやれと唆す。
唆されそうになっているパイナップルが急に赤くなったのを見て、確かにサッチの見立ては間違っていないようだとラブは冷静に判断を下した。
恐らくは、どちらも海賊なんて生業をしているが性根が真っ直ぐなのだろう。言い方を変えれば、お節介焼きのお兄さん達とでも言える。
「煩ェよい! おい、ラブ。そういう訳だから、ちょっとツラ貸せ」
「え?」
メルの所に連れてけと言う意味だと思っていたら、読んで字のごとく顔面をマルコに掴まれる。
目元を引っ張られて、下瞼の様子を見られたかと思えば、今度は首筋に手を当てられて脈まで計られる。
あまりに手馴れた指の動きに、マルコが船医なのだと察してからはラブもマルコの診察を黙って受けることにした。
けれども、ラブの胸中にはモヤモヤとした塊が蟠る。
生前の苦い記憶が、医者という存在を拒絶しているのだ。
だが、マルコはあの医者達と違って海賊だ。
ラブはなんとか自分に言い聞かせて、平穏を保つことに心力を注いだ。
マルコの診察を無事受け終えると、ラブの腹が膨れ、二人の煙草が吸い終わってから、一行はメルの寝る部屋へと移動した。
『モビーディック号』というこの海賊船は、世界屈指の海賊である白ひげの持ち物であるだけに船内もかなり広く入り組んでいた。
メルとラブに与えられた部屋は、数ある部屋の中でも特に奥まったところにあり、一番最初に案内してくれたビスタ曰く「使われたことがない客間」とのことで、中は埃こそ被っていなかったが、据え置かれている家具のどれもが新品のように傷一つなかった。
念の為ノックをしてみるが、返事はない。
ラブはゆっくりとドアノブを回して押し開けると、真っ暗な部屋の中は小さな寝息だけが響いていた。
月明かりに照らされた奥の布団が盛り上がっているのを見つける。メルが深く寝入っているのだとラブは見てとった。
「サイレント」
そして、ついこの部屋の唯一の住人を起こさぬようにと能力を使ってしまった。
「どうしたんだ、ラブ?」
「メルを起こさない為にちょっと細工しただけだ」
サッチが咄嗟に何をしたのかラブに聞いてきたが、ラブは曖昧に返事を濁す。悪魔の能力は、あまりひけらかして良いものじゃない───特にラブの能力は暗殺や偵察向きなものなだけに、能力のことは言いたくなかった。
だが、これは興味のひかれることであるのか更にラブに問い直そうとサッチが口を開けかけたが、その前にマルコが颯爽と部屋の中へと入ってしまった。
それに続くようにラブも中へ入ったので、サッチはラブの行動についての追求は止めることにし、二人の所へと足を動かすことにした。
ぐっすりと眠りについているらしいメルの目前までマルコは行くと、彼女の額に手を当てる。
それからラブにしたように首筋に手を当て脈を計ったかと思えば、マルコは布団の下にある腕を取ってもう一度脈を計りだす。
「脈が弱い。少し、熱もあるよい」
険しい顔をして着々と簡易な診察をし終えたマルコは、今度は徐に部屋の外へと出ていった。
急すぎるマルコの無言の外出にラブがポカンとしていると、サッチが苦笑いをして「聴診器とカルテを取りに行ったのさ」とマルコが出て行った訳を話した。
「なんか、見かけによらず医者なんだな」
「だろ? あんなパイナップル頭してんのにな」
凄い余計なことを大きな声でサッチが言っていると、マルコがサッチの言った通りに聴診器を首を掛け、カルテ片手に戻ってきた。
しかも、サッチが余計なことを言っていたことすら把握してるのか険の篭った一瞥を彼にくれている。
「リーゼント、親父が探してたよい」
「ああ、じゃあちょっと行ってくるわ」
この二人、互いに髪型を野次り合ってるらしい。
少しラブの頭上で火花が散っていたような気がするが、子供の手前だと思い出したのか二人はそれ以上は何も言わず、サッチは片手を上げて部屋を出ていった。
サッチの代わりにマルコが今度はラブの隣にやってきて、手際よく聴診器を使ってメルの心音を聞く。
「·····過労か。いや、それにしては生命力がかなり摩耗してるよい。毒でも食べたのか」
「ど、毒!?」
「心当たりがあるのかよい」
「い、いや、オレが見てる限りメルはそもそも飯を食ってねェぜ」
ラブは首を横にブンブンと振って、そもそも今日はご飯すらまともに食べてないと思うとマルコに申告する。
すると、ますますマルコの眉間のシワが深くなった。
ラブは何か失礼なことでも口走ったのかと、口元に手を当てたがそれが杞憂だったとすぐ知ることになる。
「飯は抜くもんじゃない。点滴も後で持ってきてやるよい」
「あ、ありがとう」
───本当にこの人、理想的な医者だな。
さすが、白ひげ海賊団の船医とラブは感心してしまった。
髪型は凄く不思議な形状で持って保たれているが、それでもそれが気にならなくなる程に腕が良い。
───もし、あの子のことをこの人が見てくれていたら。
「なァ、アンタ」
ラブは気づけば、思うがままに口を動かしていた。
本当はこんなこと、眠っているとはいえメルの前で言うべきじゃないと分かっているのに。
記憶が戻っていることを見逃してくれるメルの好意を無碍にするようで、口にしたそれにラブは罪悪感を抱いた。
「珀鉛病って知ってるか」
いきなりとんでもない病名について聞かれたマルコだったが、生憎彼はその病のことも知っていた。
「·····知ってるよい。オレたちにとっては禁忌に近い病気だ」
「やっぱり、アンタもそんなことを言うのか」
漸く、まともな医者に出逢えたと思ったからこそラブの落胆は大きかった。
あの病気を禁忌なんて言って、遠ざけないでくれ·····。
言ってしまいたい言葉は数あれど、それを口にしたところでどうにもならないことは嫌って言うほどラブは思い知っている。
いつの間にか噛み締めていた唇からは血が滲んでいたようで、ラブの唇がうっすらと赤く色付いていた。
しかし、月明かりしか差し込まないこの薄暗い部屋ではそれも分からない。
「残念ながら、オレにもあれの治療法は分からないよい。何分、資料が少な過ぎる。馬鹿どものせいで、焼却されてしまったから」
悔恨の残っているようなマルコの物言いに、ラブは俯けていた顔を上げる。
すると、マルコのやけに真剣な眼差しがラブに注がれていた。
そのマルコの決して目付きのいいとは言えない目の奥に、ラブは彼の言い知れぬ激しい青い炎が燻っているのを見た気がした。
「ただ、治らない病はないよい。求め続けていれば、いつか必ず治療法は確立出来る」
───なんで、この人がローの前に現れてくれなかったんだろう。
マルコならば、嘗てのコラソンと共に治療法を必死に探してくれたはずだ。
そして、そんなマルコに癒されるようにしてローの心の傷だって塞がったに違いない。
───どうして、どうして、アンタは。
ラブは気づいたら流れていた涙をそのままに、ぐすっと鼻を鳴らした。
「オレッ! オレ、アンタみたいな人ともっと早く会いたかった·····。アンタに見て欲しい子供がいたんだ·····長くは生きられないって諦めたまだほんの小さなガキを」
止めることの出来ない涙や鼻水で塗れた顔は、さぞ気持ち悪い事だろう。
ラブは腕で顔を拭いながら、嗚咽を漏らす。
喉がしゃっくりをする時のように痙攣して、段々とまともな言葉すら吐けなくる。
「ロー、ゴメンな·····! 一人にしてゴメンな·····!」
片腕の袖だけでは足らず、結局は両方の袖を涙に濡らした。
そんな風においおいと泣いていたら、カツンと額に何かが当たった。
何が起きたのかと目から腕を退けてみると、マルコが口の端を吊り上げ、ラブの額に片拳をぶつけているのが見えた。
「そんなふうに言ってもらえるなんて医者冥利に尽きるよい」
ニヒルげな顔で、ラブの額をそのままグリグリと拳でマルコは抉ってくる。
これが地味に痛いのだが、ラブの抗議するような目をマルコは意図的に無視した。
「何年かかるか分からないが、やって見るよい」
しかし、マルコの放ったそれにラブは目尻に溜まった涙を零しながら瞠目した。
「元々、研究には興味がある。それに、オレは不死鳥だよい。やれねぇことはない」
マルコは言ったのだ。
珀鉛病の治療法を模索して、確立させてみせると。
二年前、コラソンとローが探し求めていたその言葉が漸く見つかった瞬間だった。
不思議なくらい不死鳥がトゲトゲしてますが、まだ若いから若気の至りってことだと思います。
現段階では、本当にマルコはお医者さんになっちゃいましたね。
医者になってもチャームポイントであるパイナポーヘアを保ってて良かったです。
サッチは、エースとの絡みが好きです。
ご近所のお兄さんがわんころに構ってる感じで、ほのぼのとします。
ちらっとだけ出たビスタも薔薇舞う戦闘が素敵です。下まつげの長さとカイゼル髭がとても麗しい。
白ひげ海賊団はあんなに濃いのに解散してしまってとても残念ですが、弔い合戦に敗けてしまったのなら仕方が無いですよね。
黒ひげもなぁ。
元白ひげ海賊団の一員だけに複雑です。