部屋を貸りて気が抜けたのか、メルは案内してもらって直ぐに寝入ってしまっていた。
そして次に目を覚ましたら、窓からは陽光が差していてメルはアレと首を傾げることになる。
魚の大群でも船の下にいるのか、海猫が姦しく鳴いているのを覚醒しない頭で聞いて、メルは「そう言えば、此処は海の上だっけ?」と昨日のことをつらつらと思い出すが、まだ何処か他人事のような気分だ。
隣にあるベッドでは、枕を抱え込んで可愛らしく寝ているラブの姿が見えた。彼は、そこそこ寝相がいいので掛け布団もしっかり被っている。
メルの掛け布団は床に落ちていたが、まぁいいやと素知らぬ顔をしてベッドの上に直そうとして起き上がろうとしたら、腕にピリリと刺されたような痛みを感じた。
何の痛みだろうと腕を見てみると、何故か点滴から繋がっている管が腕に巻きついている。メルの目が一瞬にして点になった。
───あれ、なんでか病人みたいな有様だ。
しかし、まぁ邪魔なことに変わりないので、力任せに点滴の管を引っ張って腕に刺さっている針を抜く。
じわりと引き抜かれたところから血が滲んだが、これくらい別に大した傷でもない。
メルは、ワンピースのポケットに入っていたハンカチで傷口を塞ぎ、元々、やりたかった落ちた布団を元に戻す作業を行う。一応と、布団の表面を叩いておいた。
そうやって朝の時間を無駄に過ごしていると、今日もカイゼル髭が麗しいビスタが二人を起こしに来た。
誰だっけ、この人とビスタを一向に思い出せないメルだが、悪い人じゃないだろうと適当に納得することにした。どうやら、この段になってもメルは寝惚けているらしい。
なかなか起きたがらないラブを揺すり起こし、ビスタに連れられて二人は食堂に向かう。
乗組員が一体どれほどいるのかは分からないが、モビーディック号の食堂は街中にある大衆食堂と規模はさして変わらない大きさであった。
自由席だと食堂に連れてきてくれたビスタに教えて貰い、比較的人が少ない出口側の席にメルとラブは陣取ることにする。
メルはまだお腹が空いてないから取りに行きはせずぼけーと宙を見つめ、対して起きたら空腹を覚えたらしいラブは他のクルー達の見様見真似で朝食を確保する。
そうこうしている内に、何故かメル達の席にマルコやビスタたちが着いていて、いつの間にか囲まれていたとメルは一瞬にして微睡みから覚醒した。
どうやら、この場所が海賊船であることを漸く彼女は思い出したらしい。
そして、その際に白ひげ海賊団達に構われているラブを見ることになったのである。
「ラブ、お前ェ、小さいんだからたっくさん食べとけよ」
「野菜が少ねぇんじゃないか。オレのを少しやるよい」
「マルコ、好意は嬉しいけどな。おれ、パンは嫌いだ」
「好き嫌いするんじゃねぇよい」
「お、メルも来てたんだな。朝飯は粥の方がいいよな?」
それから頭にコック帽を乗せたサッチに声を掛けられるまでメルは、白ひげ海賊団に大層構われているラブに度肝を抜かれ過ぎて硬直が解けないでいた。
少し反応に遅れたが、自分に話しかけているのだと分かったメルはサッチの好意に両手を振って、そこまでしてくれなくともいいと告げる。
「私も皆さんと同じもので大丈夫です。朝食まで用意してくださってありがとうございます」
「気にすんな。一人二人増えたところで、痛くも痒くもねェよ」
確かにサッチの言う通りに、白ひげ海賊団全員の朝食を用意していたら子供が二人増えたところで大して量も変わりはしないだろう。
実際、メルとラブは少食な部類だ。
メルのご飯を持ってくると厨房の方へと行ったサッチにぺこりと頭を下げて、顔を食卓の方へと戻すとマルコがメルの方に眼を飛ばしてきていた。
マルコの睨みにひっと声を上げなかったメルは、大した神経を持った女児だと言える。
「メル、お前ェ、持病とかあるのかい」
しかも、メルは何かよく分からない事を唐突にマルコから聞かれた。
なんでいきなりそんな話を振ってきたのかと思いグズグズ返事をしないでいると、段々とマルコの眉間に皺が寄っていく。
「い、いえ! 病気とかは特に無いです!」
それが怖くてメルが咄嗟に返事をすると、それはそれでマルコの顔が険しくなっていった。
一体、どんな返事なら正解だったんだとメルが冷や汗をかいていると、ラブが白ご飯を美味しそうに頬張りながら、メルにマルコはこの海賊船の船医なのだと教えた。
「せ、船医·····ってことは、お医者様?」
「そうだよい」
「実は昨日、メルが寝ている間にちょっとだけメルの診断をしてもらった。そしたら、マルコには気になることが出来たんだと」
人は見掛けに寄らないものだと失礼なことをメルが考えていたら、ラブが聞き捨てならないことを口にした。
「診断? え、私勝手に診られてたの?」
だから、今朝起きたら点滴が腕にぶっ刺さってたのかと思い返し、メルはそろりと再度マルコに視線を向ける。
「それにしては、脈の調子がちぃとばかし気になるよい。心臓が弱いとかそういうことは無いのか」
ズバリと診断結果を聞かされたメルは、思い至ることが少し───実際は山のようにあるためか、しらーとマルコから視線を逸らした。
心臓関連の不調ならば、身に覚えにあることが最近だけでも幾つかある。
ラブを使い魔として自分に縛り付けたこととか、魔力が足りないからと命を少しばかり削って生み出したりとか、この目の前で般若のような顔になっている医師には言えないことがそれはもう沢山。
メルのその態度から彼女自体も症状のことは自覚しているのだと知り、マルコは一息つくように珈琲を口に含んで、「体は資本だよい」と最もらしい説教を口にし始めた。
「人体には多くの急所が存在するが、その中でも心臓と脳は替えのきかない大事な器官だよい。頭の先から爪先まで流れている血を運行している心臓に支障が出ているなら、早急にきちんとした設備のある病院で検診してもらった方がいい。病っていうのは、早期発見、早期治療が大事なんだよい」
「うっわ、珍しく船医っぽいこと言ってんなァ、マルコ。ウチは健康しか取り柄のない人間ばっかりだからコイツはメルちゃんのことが心配でならねェんだな」
「そんなことないよい·····オヤジもそろそろ飲酒を控えないといけないから言ってみたが、聞いてくれないだけだ」
「オヤジは、酒が命だからな」
メルの分のサンドイッチを持って帰ってきたサッチが、大袈裟に目を見開いて珍しいことをとマルコを弄ると、何処か哀愁を漂わせて白ひげが酒を辞めてくれないとマルコは嘆き始める。
それにさっきまで静かに話を聞いていたビスタが同調すると、マルコはがくりと首を垂らしてハァと嘆息を吐いた。
これだけのやり取りを見ていたら、本当にこの三人は家族のようだなとメルは思った。
三人とも、全く姿は異なっているし、性格もてんでバラバラだが、白ひげを思う気持ちは皆同じだ。
こんなにも血の繋がっていない人間に慕われている白ひげは、本当に凄い。
血が繋がって居ても、心を通わせることに四苦八苦している家族もあれば、血が繋がっていなかったとしても心を通わせている家族もある。
世の中には、真に様々な家族がいるものだ。
「皆さん、本当に白ひげさんのことが好きなんですね」
サンドイッチを貪りながら、メルは素直に心に思っていたことを話してみた。
これには3人共が何を当たり前のことをといった感じでメルを見てきたので、つい微笑ましくなって目元が細くなってしまった。
「なんて言うか、私の知っている海賊と皆さんは違うんです。こうもっとギクシャクしているというか、ギラギラしてるって言うか」
拙い表現しかメルは思いつかなかったが、彼女が何を言いたいのかは三人ともが把握したらしい。
「そりゃあな」とサッチが口火を切ってマルコとビスタに目配せすると、ビスタがうおっほんと咳払いをして、「オヤジがいるからな」とそれが真実なんだと言うように言葉短めに発した。
そして、殿を務めるようにマルコが二人の発言を纏めた総意見をメルとラブに伝えた。
「オレたちゃ、海賊っていうはみ出し者さ。そんなはみ出し物をオヤジは仲間に引き入れて、オレ達を息子にしてくれたんだよい。オヤジはオレ達を息子だからと大事にしてくれる。だから、オレ達はオヤジを大事にするんだよい」
お互いに尊重し合い、愛情を注ぎあっているからこそ成り立っている関係なのかとマルコの話を聞いてメルは納得した。
寧ろそれを聞いたからこそ、隣に座っている使い魔の兄弟関係の決定的な溝をメルは知ることになった。
愛情という点ならば、ドフラミンゴとロシナンテは幾分かは互いに持ち合わせているだろう。
ドフラミンゴは歪んでいるが、ロシナンテのことを弟として愛しているだろうし、ロシナンテも相容れない存在だとドフラミンゴを認識しながらも兄という肩書きだけで情を注いでしまう。
彼は、心根が優しい人だからそれも仕方が無いことだろう。
ただ、互いに尊重し合っているという点に関してはノーとしか言えない。
ドフラミンゴからは、ロシナンテを常に手元に置いておきたいという独占欲が随所に垣間見えた。
それに対してロシナンテと言えば、ドフラミンゴの性格に嫌悪感しか抱いていないから彼がやる事の殆どが受け付けられない。
───一言で表すなら、難儀な兄弟ってところかな。
「父親·····か」
蚊の鳴くような声で零したラブにメルは知らない顔をして、サンドイッチを次々と消費して行く。
家族の話というのは、やっぱりメルにはまだ難しいことだけがよくよく分かったのであった。
☆☆☆
朝食を終えてメルとラブは客室に戻ってきた。
メルは壁に立て掛けたデッキブラシを手に取り、柄の先からブラシの毛先まで指の腹でなぞって調子を見る。
「傷は付いてないね、良かった。シルフも昨日は急に使役してごめん」
柄に額をコツンとぶつけて、「本当に助かったよ、ありがとう」とメルがお礼を言っていると、ブラシの方からシルフの上品な笑い声が聞こえてきた。
そうやってデッキブラシを労わっていると、ベッドに腰掛け両足をぶらぶらとさせていたラブが意を決したような顔をして「なァ」と声をかけてきた。
ラブの声に促されるようにそっちへとメルが顔を向けると、ラブはまるで処刑される前の罪人のような顔をして「心臓のことなんだけど」と切り出してくる。
「おれを使い魔にしたから、弱ってるのか·····?」
随分と弱々しい声で聞いてくるものだ。
マルコからあの診断を下された時にこのことをラブに聞かれるとは思っていたが、予想以上にタイミングが早かった。
メルはもう一度、デッキブラシを壁に立て掛け直してからラブの隣に腰掛ける。
メルの体重を受けてバウンドするベッドに、更なる追撃を与えんと彼女はバタンと後ろに倒れこむ。ふわりと鼻先を掠めた洗剤の匂いに、少し心が落ち着いた。
「別に、それだけじゃないよ。私、ちょっと魔法の使い方が下手くそだから体に無理がいってるだけ」
「·····悪い。おれが、あの時にメルの手を取ったばかりに」
「謝んないでよ。これは私が決めたことでもあるんだからさ。私がやりたいからやったんだ」
ラブはこう見えて───いや、見ても分かるか。
とても繊細な男なのだ。
ナイーブになると、とことん根暗になってジメジメするものだから、メルはそのうち茸でも生えてくるんじゃないかと思ったこともあるほどだ。
そして、今回もまたナイーブゾーンに入ろうとしているラブを見ていられなくなって、メルはすぐ近くにあるラブの手首を掴む。
ラブの手を掴むとビクリと震えられた。
まるでラブがメルに触れたら、壊れてしまうんじゃないかと恐れているような怯み。
彼にそこまで心配されるほど、メルは弱くないと思っているのだけど、ラブはとても心配症だから。
「君は忘れてしまったかもしれないけど、私は君の強すぎる願いを知っている。ラブがそれを思い出すまでは、契約で教えられないけども。私はラブのその願いが叶うといいと思ったから手を貸したんだ」
瞑ったメルの瞼に蘇るのは、顔に変なペイントを施した派手な服装の大男。
───アイツを、ひとりぼっちにしたくない·····!
───もっと、沢山愛してるって伝えたかった·····!
ラブ───ロシナンテの本来の姿をしたその男の願いはまだ幼かったメルには、毒にさえなりそうな程に鮮烈で沈痛なものだった。
あの吹雪の中、見つけてしまったのが運命だ。
そう結論づけて、手を差し伸べたのがメルとラブの始まり。
その時、一緒にいたジジィの決死な制止の声すら無視して、ロシナンテの遺体の中に埋まっている心臓を掴んだ。
「大丈夫。ラブが目的を果たすまでは死ぬ気ないから。ってか、この私が早々にくたばるわけないじゃん。まだ、ラブのこと使い倒してないしね」
掴んでいるラブの手首から掌へと己の手を滑らせ、固くなっているラブの指をゆっくりと解いて繋げば、ラブがまた泣きそうな顔をしてメルを覗き込む。
「そうだな。まだメルには恩返しもしてねェし。死なれたら困るぜ」
無理やり笑ったようなラブの顔がメルの視界に映る。
本当にいつ見ても、作り笑いが苦手な男だ。
「·····あ、そうだ。ちょっと話変わるんだけどさ」
唐突に、何かを思いついたようにメルはガバッと上半身を起こして、今までの会話の流れをぶった切った。
いきなりの会話内容の変更だがラブも感傷に浸っているのか、「なんだ?」と随分と優しい声音でメルに問い返している。
ただ、このメルの思い付きはラブにとって青天の霹靂のような話であった。
「多分、これから少しの間ね。お兄様が突撃お店訪問してくる予感がビシバシしてるんだよ。だからさ·····ラブ、アンタ当分ここにお世話になったら?」
「·····は?」
ラブの口から気の抜けたような声が出てきた。
しかし状況に追いついていけてないラブを察しても、放ることにしているメルは口を止めない。
「白ひげさんには、私から事情説明してお願いするからその辺は安心して。それに、マルコさん達とも上手くやってけそうだし大丈夫でしょ」
「え、おれとうとう解雇!?」
「違うよ、休業。ウチは副業オーケーだし、当分海賊やったらいいんじゃない?」
突然の上司からの自主休業を勧められて、ラブは軽く混乱している。
メルとて、この話があまりにも荒唐無稽なものであることは理解している。
だがそれでも、これは彼女なりに考えての苦肉の策であったのだ。
ドレスローザから逃げ出してきたあの空の上で、メルはラブのこれからの処遇について頭を悩んでいた。
その時にラブがまたドジって哀れ攫われてしまったとしても、今回のように上手いことあの狂人を出し抜けると高を括ることは、メルにはとても出来なかった。
だから、ドジっ子はどこか別の場所に追いや───避難させておこうとメルは考えたのだ。
白ひげ海賊団に厄介になったのは成り行きだったが、ある意味これは神の天啓とも言えるのではないかと思えるほどに、タイミングが抜群である。
しかし、それにしたとしても副業で海賊を勧める上司が普通居るだろうか。
しかも、取引先の半分が海軍のメル。
最近は、知らぬうちに手先にまでされているのだが、これは当人は知らない事実なので置いておくにしても、なかなかぶっ飛んだ提案だと言える。
因みに、
「木は森の中に隠せって言うしねー」
考えれば考える程に、段々とメルはこの計画が良案だと思えてきたらしい。かなり決行する気満々の顔つきだ。
ラブの正直な本音を言えば、たかだか一日しか寝食を共にしていない海賊に託されたくなどないのだが、こうなったメルを説得することは彼にはほぼほぼ不可能だ。
───売られる子牛の気分って、こんな気分なのか。
いつかのメルみたいな感想を抱いて目が遠くなるラブだが、時とは残酷な物で、思い立ったら即行動のメルがやる気を漲らせてベッドを降りるのが視界の端にチラリと見えた。
自分の運命の行く末を見るために、一気に老け込んだ顔をしているラブもベッドから立ち上がった。
実は、この連載を始める前に『ドモドモの実』を使ってONE PIECE子供帝国連載を企んだこともありました。
映画『Z先生』のエンディングがもうとてもとても好きで、とち狂ってたら恐らく書いてただろう欲望の塊です。
皆、食べちゃいたいくらい可愛いんですが、特にハンコック様とドフィ坊やが琴線に触れてしまったんですよね。
ハンコック様の麗しい決意に満ちた描写が良いんですよね〜。幼いながらも姉妹を守るために凛とするハンコック様なら、何でもお願いごとを聞いてしまいそうです。
そして、もうひっくりかえって「楽しいだえ」とかドフィ坊やが言ってたら、私は彼の天竜人ぶりを許してしまうかもしれない。
あと海軍組も素敵でしたねぇ。ガープがルフィそっくりで、遺伝って怖いなって思いました。
麦藁組は今の状態でも十分可愛いんですが、子供だと更に可愛い。チョッパーは悶え死ぬかと思いました。なみすゎんとロビンちゃんにノックアウト。
今回はすごくお粗末なあとがきで申し訳ないです。