届けさせてください!   作:賀楽多屋

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これから暫くは休みが終わったのもあって、不定期更新となります。



泣いちゃう時だってあるもの

 今日は昼から曇りのち晴れ、風は西向き、気温は二十度前後と、空を飛んで帰るのには丁度いい塩梅の天気模様だ。

 

 モビーディック号の甲板上は殆どのクルー達で埋まり、船長専用の座椅子にはかの白ひげも腰掛けている。

 

 白ひげ海賊団はこの昼寝にはぴったりの天気の中、一人の少女を見送るために皆甲板に出てきていた。

 

 クルー全員の視線の先にいる少女は黒髪のお下げ頭を潮風に靡かせて、デッキブラシを肩に掛け、目前で心配そうに目を揺らしている少年に別れの手を振っていた。

 

「じゃあ、時期が来たらまた迎えに来るから」

 

 ひらひらと手を振って軽い口を叩く少女に少年───ラブはうんと頷く。

 

「待ってるぜ。メルが迎えに来るの」

 

「そんなに心配しないでよ。多分、すぐだよすぐ」

 

 どれ程、メルが大丈夫だと言葉を重ねてもラブは不安そうで、今はしっかりとマルコに借りたベルトで締められているズボンのポケットを、何かを探すようにまさぐったりと忙しない。

 

 ───ジジィが煙草を探している姿とそっくりね。

 

 昔のラブは、喫煙家だったのだろうかと疑問に思いながらもメルは提げているショルダーバッグから一枚の紙を取り出す。

 

 そして、彼女はその紙を無造作にベリっと半分に千切った。

 

「これ、私のビブルカード。本当はラブのが欲しいんだけど、君のを作ってもらおうと思ったらいっつも何処かに行っちゃうから、代わりに私のを作ってもらったの」

 

 ビブルカード。

 

 それは別名「命の紙」とも呼ばれており、新世界のある店でしか作られていない特殊なものだ。

 

 この紙が特殊な代物だと言われる所以は、紙自体が持ち主が何処にいるのかをナビゲートしたり、持ち主の生存確認をすることが可能であるためだ。

 

ビブルカードを作る材料として差し出すのは、当人の爪だけである。

よって、メルとしては爪と何を掛け合わしたらそんな摩訶不思議なカードが出来るのか興味が尽きないのだが、製法は企業秘密とのことだ。

 

「私が死んだら、この紙は燃え尽きてなくなっちゃう。ほら、今は紙もピンピンしてるでしょ? ラブを迎えに行くまでにそんなことにはさせないから安心してよ、ね?」

 

 メルはビブルカードの説明をしながらつい困ったような笑顔を浮かべて、ラブの額にべちんとその半分に千切った紙を貼り付けた。

 

 ラブは、額に貼り付けられたメルのビブルカードを手にして、少しだけ何かを堪えるような顔をする。

 

「·····敵わねェよな。お前ェには」

 

「一応、君の上司だからね」

 

 ラブの考えていることなんてまるっとお見通しだよと、メルが今度はちゃんとした笑顔を浮かべる。

 

 そんなメルにつられて、ラブも笑った。

 

 ラブの本当の笑顔はいつ見ても綺麗なのだ。

 

 彼の心の底から浮かべる笑顔は、まるで陽だまりのよう。

豪奢な金髪と相まって時たま彼のことを貴族かと見紛うことがメルにはあった。

 

 そして、笑顔を見合わせる麗しい仲の子供達に、ついクルー達も顔を緩めてしまう。

 子供の友情とは、なんて美しいものなのか。

 

 穢れ切ってしまった大人達には眩くも尊い二人の別れに、感極まって涙を流す感動屋すらいた。

 

「メルちゃんって良いお姉ちゃんだよなァ」

 

 大勢のクルー達に混ざって二人を見ていたサッチが隣で煙草を吹かしているマルコに話し掛ける。

 

 つい数時間前までは目も当てられない醜い争いをしていた二人だが、今はすっかりと落ち着きを取り戻していた。

 

「オヤジにメル達の好きなようにさせろとは言われてたけどよ。まさか、ラブが此処に留まるとは思わなかったよい」

 

「オヤジはオヤジで考えがあるんだろうよ。オレたちゃ、それに従うだけさ」

 

「それもそうだよい」

 

 白ひげ海賊団の船に乗るということは、それ即ち彼らの家族になるということ。

 

 しかし、ラブはあくまで時期が来るまでの期限付きで乗船する客人という扱いになるらしい。

 

『親戚の餓鬼が乗ったとでも思っとくんだな。遠慮せずにこき使ってやれ』

 

 少し前の隊長会議で白ひげから伝えられた用件をマルコは改めて反芻し、はァと肺の中に溜まった煙を外へと吐き出した。

 

 細く靡く紫煙がゆらゆらと宙を舞う。

 

 まぁ、たまにはこういうイレギュラーもあるものだ。

 冒険に予想外は付き物である。

 

 訳アリで期限付きのクルーが増えることもあるだろう。

 

 そうして、デッキブラシに乗ってやって来た少女は広大な空へと旅立って行った。

 

「お世話になりました!」とぶんぶん片手を振って、大声で礼を言う彼女にクルー達も応えるように手を振り返す。

 

 彼女の使い魔も、その時には既に憑き物が取れたような顔をして、白ひげ海賊団には負けないと両手で手を振っていた。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 メルが店に着いたのは、真夜中になるほんの少し前だ。

 

 果てしなく長い仕事だったと店のオレンジ色の屋根を見ながら、メルは疲れ切った表情を浮かべて玄関前に降り立つと、そのままバタンとその場に座り込む。

 

 ───本当に、本当に濃くて心臓が痺れるような二日間だった。

 

 胸に手を当てれば、まだメルの心臓は動いている。

 

 この前の虎と遭遇した時とは、桁違いな命の危機を感じた。

 

 気の緩みに身を任せていると、目の奥がどんどん熱くなっていくのが分かる。

 

 

 怪しい依頼を受けてみれば、使い魔のお兄様に謀られ。

 

 どうにかそのお兄さまの魔の手から逃げ出せば、魔力の欠乏によりあわや海の藻屑となりかける。

 

 そして、運良く見つけた船は最強の海賊と名高い白ひげ海賊団の船で、考えた末にそこにラブを置いてきた。

 

 怒涛の二日間だった。もう二度と、あんな状況には陥りたくはない。

 

 当分は仕事をしたくないと、メルが珍しく仕事に対して怠惰な気持ちを抱くのも無理はないことだ。

 

「本当に、生きて帰って来れてよかった·····!!」

 

 そうして、心底からの言葉をメルが吐いたのと同時に彼女の眦から一雫の涙がこぼれ落ちた。

 

 守らなければならないラブが近くにいないこと。

 安全だと確信している我が家の前まで帰ってきたこと。

 心臓の鼓動を聞いて、生きているのだと実感したこと。

 

 諸々の要因が合わさって流れた涙は留まることを知らず、メルの頬を幾度も幾度も濡らし続ける。

 

 メルがどれ程、大人達に物怖じせず対峙出来たとしても、彼女はまだか弱く幼い八歳児であることに間違いはない。

 

 大人顔負けの頭脳と度胸を持っていても、精神はまだまだ未熟で柔らかく、彼女の心身は既に限界を迎えていた。

 

 大人でさえも根を上げるような一連の出来事に、よくぞ乗り切ったものである。

 

 

 バタンと扉が開く音がして、嗚咽を噛み締めていたメルが促されるように顔を上げると、そこには目を見張ったジジィが居た。

 

 もう夜も遅いと言うのに、仕事着であるスウェードのジャケットとスラックスを着たジジィは、メルの姿を認めるや扉の前から駆け出してくる。

 

 そして、メルはジジィの胸の中に抱かれた。

 ワイシャツに顔を押し付けられたメルは、ジジィが愛用している煙草の匂いを嗅ぐ。

 

 ───嗚呼、ジジィの匂いだ。甘くも、何処かエスニックな香りのするそれは、メルにとっては馴染みのもので、この匂いに包まれているだけでもメルは身が緩んでいくようであった、

 

「よく、よく無事に帰ってきたよォ。ごめんね、メル。ボクが、人間だったらこんな目にはあわさなかったのに·····。君を守るだけの力があったら·····」

 

 普段はふてぶてしいジジィが、こんな風に弱っている様をメルに見せることは少ない。

 

 だからこそ、それ程にジジィがメルをドフラミンゴの下へと行かせたことを悔いているのだと分かった。

 

 メルはこれ以上、ジジィの悔恨を聞きたくなくて彼のワイシャツに顔を当てながら首を激しく横に振った。

 

 何か、慰めるような言葉をジジィに言ってあげたいのに、嗚咽が邪魔をするから何も言えない。メルは、それが歯痒くて仕方がなかった。

 

 ───私を匿ってくれているだけでも、十分なんだよ。

 

 いつもなら、照れ臭くてなかなか言えないそれを今こそジジィに伝えてあげなければならないのに。

 

 魔女という厄介な身のメルをジジィは引き取って、今日まで育て上げてくれた。

 

 魔女の存在は害悪にしかならないと世界政府が判断し、今では迫害の対象にしかならないメルのことを今もジジィは大切にしてくれる。

 

そのことを、本当は感謝しているのだと伝えたい。

 

 だが、体はもうこれ以上動かせないと悲鳴を上げている。

 

 眠りにつきたいと訴える体に抗えず、メルの思考は徐々に微睡んでいく。

 

 体からは力が抜け切って、メルが体を起こしていることもままならなくなり、ジジィの胸に彼女は倒れ込んだ。

 

 ジジィはもう充電切れに近いメルの体を、久しぶりにあやすように抱き込むと背中をポンポンと叩く。

 

「本当はまだこんなにも小さいんだよ、メル。だけど、君に子供らしく生きることを教えられなかったボクが言えることじゃないんだよね·····」

 

 片腕にお尻を乗せ、肩にメルの顔を凭れさせて、強く握りこんでいるデッキブラシを優しくジジィは指を解いてからそれを持ってやる。

 

 メルを抱っこしてその場から踵を返すジジィは、ふと店の屋根に立って二人を見下ろしている白鳩を見付けた。

 

 こんな夜に鳩が外を彷徨いているのも可笑しな話であるのだが、ジジィはそうは思わなかったようで、口の端をニヒルに上げた。

 

「もし、飼い主がいるならば今は帰ってくれる? ボクはこの子を寝かしつけなければならないんだ」

 

 口元に笑みを掃いて話しかけるジジィは、傍目から見たらヤバい奴にしか見えない。

 

 だが、背後に月を浮かばせて立つ当の鳩は、そんな事情は知らないと首をかしげた。

 

「じゃあね」

 

 暇の台詞を最後に閉じられた扉は、今日はもう何人たりとも開けないと言うように固く閉ざされている。

 

 鳩は、今日はもう開くことの無い扉に目を向けながら「くるっくー」と一声鳴く。

 

 そして、仕方が無いなと言うように羽を広げるや夜空へと飛び立って行った。

 

 時間帯は既に草木も眠り、更ける夜。

 

 二階にある部屋の一角に電気が点り、その日は暫くの間窓から煌々と光が漏れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





これにて、ドフラミンゴあんど白ひげ編は一先ず終わりです。

目指すはコメディですので、また明るい話をどんどん書きなぐっていきたいなぁと思っております。


次回はまた魔女の宅急便成分を足すつもりです。
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