届けさせてください!   作:賀楽多屋

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第一章目 手招いているのは海軍とCP
ジジィとランデブー


 メルは今日、朝からとてもご機嫌だった。

 

「よほほほ〜よ〜ほほほ〜」

 

 いつも海上で歌っていた海賊の歌がするりと口から出てくるほどのご機嫌さんで、店の廊下をメルは端から端へと雑巾がけする。

 

 既に上から下へと棚をハタキで払ってあるし、箒で埃もさらってある。

 

 この雑巾がけさえ終われば、あとは井戸周りの掃除くらいだ。

 

 デッキブラシに乗りこなしているだけあって、掃除に関してメルは口煩く、掃除のいろはも分かっていないこの店のオーナーはこの店の掃除の全てをメルに一任していた。

 

 今日のメルの仕事は、店の掃除のみだ。

 配達業は明後日まで休みで、店の扉には『臨時休業』のビラが貼られてある。

 

 そのため、ジジィの仕事も今日はほぼ休みだ。

 

 カウンターに腰掛けて、今月の帳簿を纏めたらその後の時間は自由。

 

「ジジィと買い出しに行くなんて、久しぶりだよねー。仕事を始めてからは全然行ってなかったし」

 

「そう言えば、そうだったねェ」

 

 メルがこんなにも陽気に振舞っている理由がこれである。

 

 先日、とある厄介な依頼を受けてしまったジジィの尻拭いをするためにメルはドレスローザへと旅立ち、そこで文字通り死ぬような目に遭遇するも、なんとか一昨日無事店に帰還を果たしてみせた。

 

 そして、昨日は疲労で熱を出し、一日ベッドの上でメルは唸っていたのだが、今日の朝にはもうすっかり熱を引かせて元気一杯になっていたのである。

 

 流石、子供体力とジジィが舌を巻く傍で、仕事が無いから暇だーと病み上がりとは思えないパワフルさでメルが騒ぎ回るのでジジィはこれも良い機会と一計を思いつく。

 

 「じゃあ、店の掃除を終えたら久しぶりに買い物にでも行こうか」

 

そのジジィの提案に、メルは予想以上に乗り気であった。そんなにも買い物がしたかったのかとジジィは少しメルのことが不憫になったが、当のメルはと言えば何年ぶりかになるジジィとの買い物に心踊らせていたりする。

 

子の心とて、親には計り知れようのないものである。

 

 そんな訳で、午後からは二人で外出すること相なった。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 今日のデッキブラシの乗客は乗り手であるメル以外に、もう一人。

 

 仕事着よりもラフな格好をしたジジィがメルの後ろに腰掛けていて、オレンジ屋根が連なる街並みを目を細めて見下ろしている。

 

 今日は私用で空を飛んでいるため、デッキブラシには荷物がぶら下がっていないが、メルの手元にはいつも通りラジオが柄に紐を通されていた。

 

 ラジオから元気よく響き渡るのは、女性レポーターの声のようだ。

 少し轟々と風の音が聞こえるので、もしかしたら野外で撮影をしているのかもしれない。

 

『グッドアフタヌーン! 本日もランチラインを聞いてくださるリスナーさんに愛を込めて! では、早速今日のテーマにいってみましょう。皆さんは今から十年ほど前に話題となったサー・クロコダイルを覚えていますか? アラバスタ王国の英雄と未だに名高い彼の人気は国内外を問わず人気が高く───私は彼が七武海入りを果たした頃はまだ子供でしたが、彼の所業は知っていますとも。海賊でありながらも、国の英雄となったサー・クロコダイル! ということで、本日はアラバスタからお送りしています』

 

 アラバスタ王国は、メル達が住む偉大なる航路(グランドライン)の前半、サンディ島にある先進国のことだ。

 

 世界政府加盟国の一つであり、世界会議(レヴェリー)にも参加出来る権限を保有している。

 

 世界を飛び回っているメルだが、まだアラバスタには行ったことがなく、砂漠と共存している国ぐらいしか知識が無い。

 

 

「サー・クロコダイル? 聞いたことないや 」

 

 しかし、メルが引っかかったのは中継地であるそこではない。

 本日の番組のテーマだと言い切られていたその人物に、彼女の関心は向けられていた。

 

 ジジィが、「あー」と何か思い出すような声を出す。

 

「確か一回だけ会ったことがあるんだよね。人相は悪人そのものだけど、中身は芯が通ってたかな。頭のキレるめんど───知恵の回る男だったよ」

 

「はぁ、ジジィにそう言われるってことは、なかなかのキレ者なんだろうなー。顧客にはしたくないかも·····」

 

「アハハハ! あの男を顧客に出来たら、当分お金には困らないんじゃないかな。彼、七武海だしお金は沢山持ってるでしょ」

 

「金蔓は、単純明快な人以外はしないって決めてるんだよね」

 

 何がそんなにツボにハマったのかは分からないが、ジジィが背後で爆笑している。

 

 メルは、辟易とした顔でそんな厄介極まりない男とは会いたくないなと口を曲げた。

 

 そう思うと、ガープは本当に理想的な顧客だと思う。

 

 孫馬鹿で、短絡的で、ちょっと暴力的な、放蕩癖のある頑固お爺ちゃんだが、腹芸はしないし、何を考えているか分かりやすい。

 

 分かりやすいのが一番だと結論を出したメルは、まだ密かに喉を鳴らしているジジィを驚かせてやろうと柄に力を込めた。

 

 すると、デッキブラシがメルの思いを受けて速度を加速させる。

 

「え」

 

 ジジィの困惑した声が絶叫に変わるまであと三秒前。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 女の子との買い物で逃れられないのは、服屋でのショッピングだ。

 

 例え、日常的に仕事着である地味な黒ワンピースを纏い、雨に濡れることを見越して防水加工を施したケープばかりを羽織っているメルと言えどもお洒落を楽しみたいお年頃だ。

 

 あのジェットコースターにも引けを取らない恐怖の空中散歩を終えたメルとジジィは、商店街の一角に店を構えるファンシーな服屋さんに来ていた。

 

「ねぇねぇ、ジジィ。どれが似合うかな?」

 

「おえっ……。ど、どれも可愛いと思うよ」

 

「そうかなー? 私としてはこっちの空色が可愛いと思うんだけども」

 

「メルの好きな方が一番だよ。君が着るんだからさ」

 

 まだ五臓六腑が暴れてると口元を抑えるジジィは、女の子と服屋に来てしまったツレの洗礼を只今絶賛受けている最中だ。

 

 それ、即ち、『もう買いたいものは決まっている癖に何故か判断を委ねてくる女の子の洗練』と言う。

 

 今日も今日とて、仕事じゃないのにメルは黒ワンピースを着ており、鏡の前で色とりどりの服を合わせている。

 

 頬を紅潮させて、どれが似合うかなと選んでいる様は年齢通りの顔付きで、まだまだメルも女の子だったんだなとジジィは再確認する。

 

 最近は大人顔負けの口の達者さで、女の子の成長ってこんなに早いんだとジジィは目元を拭っていたのだが、彼女の子供らしい様子に少し安堵してしまう。

 

 ───ずっと、こんな風に振る舞えるようにしてあげたいのに。

 

 無力な癖に、そんな大層な望みを抱いたってどうしようもないのに。

 

 それでも、そう願ってしまう。

 

 だって、この子は、まだこんなにも幼いのだから。

 

「あ、これも可愛い! 帽子とかも被ってみたいなぁ。ジジィ! どう? 似合うかな」

 

「うん、可愛いよ。折角だから、黒以外の服を沢山買おう。そうしたら、ちょっとは魔女から遠ざかるかも……」

 

 瞬間、さっきまで楽しそうに服を選んでいたメルの顔が曇った。

 

 ジジィはハッと口篭る。

 

 彼女を子供から引き離してしまう文言をさっきの自分は不用意に口にしてしまったのだと気付いたのだ。

 

「そういや、黒以外じゃ空は飛べないんだった……仕方ないね」

 

 両手一杯に持っている華やかに色づく服を、メルは肩を落として直していく。名残惜しそうに畳んでは仕舞うを繰替えすメルを見兼ねて、ジジィは慌ててメルを止めた。

 

「仕事以外に着たらいいよ。うん、たまにはこういうのも着ると気分転換になるし」

 

「黒のワンピース以外だと、空を飛べないの」

 

サラリと告げられたのは、今まで知ることのなかった事実だ。

内容を噛み砕けなくて、ジジィは頓狂な声を出して尋ね返す。

 

「え?」

 

飲み込みの遅いジジィを嫌に思うことも無く、メルは「あのね」と枕詞を置いた。

 

仕方がない話をするのだと切なげに目を細めるその姿は、ジジィが先程願った子供らしさなど欠片にも無い。

 

「魔女の掟の一つに黒色は魔女の証って言うのがあるの。私達はそういう小さな掟をいっぱい作って、力を使ってるんだ」

 

 どうして、いつも配達をする時の仕事着が黒のワンピースなのかとジジィは考えたことなどなかった。

 

 彼女の趣味嗜好なのだとばかり思い込んでいたから、その事について深くメルに尋ねなかったが、まさかそんな理由があったとは。

 

 最後の一着を惜しむように直そうとするメルの手をジジィはまた掴んで止める。

 

 何故、いきなり手を掴まれたのだろうとメルが顔を上げると、ジジィがメルからその服をもぎ取るや、ばさりとそれを広げた。

 

 それは、丸襟が可愛らしい空色のワンピースだ。

 腰元を引き締めるためのベルトが飾りとしてついており、メルの黒髪と碧眼によく映えていた。

 

「一着ぐらいは良いんじゃないかな」

 

「ジジィ……それ結構良い値段するよ……?」

 

 何か信じられないものを見るような目でメルがジジィを見ている。

 

 メルに促されて、たまにはこういう贅沢も必要だろうと少し心にゆとりを持たせてからジジィは値札を確認した。

 

「……5000ベリー」

 

 成長期真っ只中の子供は、すぐに背が伸びるので高い服を買うなんて馬鹿げていると常々ジジィはボヤいていた。

 

 だからこそ、いつものジジィであればこんな高い子供服は見て見ぬふりをして棚に直すのだが、今回は不覚なことに彼からメルに勧めてしまった。

 

 ちらとメルの方を見ると、やはり半信半疑な色を目に浮かべて、ジジィを凝視している。不安そうに両手まで組んでいる有様だ。そこまで、信用はないかと声を荒らげたくなったが、守銭奴である自覚はジジィとてある。

 

 ───ドフラミンゴの件の詫びも含めたら、上等だよね。

 

 メルには先日の件で、精神負担も掛けたからとジジィは自分に言い訳をして、空色のワンピースをレジへと持っていった。

 

「あの、金の亡者が高い子供服を買うとか……。明日は雨の槍が降るかもしれない」

 

 こんな青天の霹靂がよもや我が身に起こるとは思わなかったとしみじみ実感するメルである。

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

「あ」

 

 商店街を目的もなく、店をあちこち冷やかしながらメルとジジィの二人は練り歩く。

 

 メルはジジィに買って貰ったワンピースの入った紙袋を前後に揺らしながらそうやって歩いていると、ある因縁の物を見つけてつい足を立ち止める。

 

「どうしたの?」

 

 いきなり立ち止まったメルにつられてジジィも足を止める。

 

 ジジィの片方の手にはメルのデッキブラシが握られ、肩にかけられていた。

 自分の相棒であるデッキブラシをメル自ら託すのは、ジジィだけだ。

 

 ジジィは親の仇でも見つけたような目をしているメルの視線の先を辿り、その先にワゴンの中に大量にいれられたハートパンツの山を見つけてしまった。

 

 ハートパンツの山からメルへと視線を戻したジジィの目が瞬く間に呆れを帯びる。

 

 メルとラブによる不毛なパンツ戦争を、同じ場所に住むジジィはよおく知っている。

 

「メル、ラブはきっと、あのハート柄じゃなきゃ気が落ち着かないんだよ」

 

どうしてこの小娘は、これほどに自分の使い魔のパンツに執着するのだろうか。

 

もしかして、自分の教育がどこか間違っていたのかもしれないとまで考え込んでしまい、その嫌な考えを直ぐにジジィは振り払った。

 

ジジィはメルに一度も男のパンツ教育などしていない。断じてない。

 

その証拠に、ジジィのパンツ事情にメルが口を出したことは無いのだから。

 

───まさか、ラブが何か不用意なことをメルに告げたのだろうか。

 

これはど壺への片道切符だと察していても、ジジィはその考察をなかなか止められないでいた。

 

「ラブはそうかもしれないけど、そのパンツを修繕するのは私なんだよ? この前、とうとうハートパンツに追われる夢を見ちゃったよ。しかもトドメとばかりに最後はパンツの雨が降ってくるし。私、もしかしてラブのパンツに呪われているのかな」

 

 げっそりとした顔で、あれは悪夢だったと重々しく宣うメルに、ジジィは最早なんと声をかければいいのかが分からない。

 

パンツの雨って何?と聞くことすら、薮蛇になることだろう。自分の養い子ながら、この子のこれからを考えると胃が痛くなってきそうだ。

 

 だが、ジジィはまだ幸いなことにメルがやらかしたあの騒動を知らなかった。

 

よもや、メルのこの重度のハート柄恐怖症がよそ様にまで迷惑をかけているなどとは知らないジジィは、まだ胃を痛めるぐらいで済んでいるのだ。

 

もし、ジジィがあの騒動を知っていたら、彼は渾身の力を込めて叫ぶだろう。

 

『男のパンツにこれ以上、興味を持つことなかれ!』と。

 

 

 そうして、どうでもいいことを考えながら二人がいつの間にか商店街から抜けると、辺りは少しずつ人々によって混雑してきていた。

 

 皆一様に目指す場所があるらしく、人の流れは海の方へと向いている。

 

 何か催し物でも開かれているのだろうかと二人が我に返って顔を見合わせていると、パーンと空に花火が上がった。

 

 その花火を皮切りに、次々と晴天の空に特大の花が咲いていく。

 

 白い硝煙が風に流されて靡いていく様を見上げていると、前方の方から大勢の人の歓声が上がったのが聞こえた。

 

浮いた周囲の様子に感化されたのか、メルがジジィを見上げる。

 

「ねぇ、なんか大きなイベントやってるっぽいよ! ジジィ、言ってみようよ!」

 

 あまりイベント物とは縁のないメルが、珍しく海色の目に星屑を詰めてジジィに行ってみようと誘っている。

 

 物心ついて少し経った頃からずっと仕事漬けだったメルのことを考えれば、ジジィは自然とデッキブラシを持っていない方の手でメルの手を握っていた。

 

「いいよ。でも、はぐれないように気をつけなきゃね」

 

 ジジィの毛に覆わられたふわふわの掌をメルは強く握り返して、うんと元気よく頷いて見せる。

 

 二人は、人の流れに身を任せるように足を進めていった。

 

 辺り一帯は、すっかりと人の群れだ。

 渋滞気味であるが、ゆっくりと前進していく人混みにメルは早々に飽き飽きし始めていた。

 

 周りはメルよりも背の高い大人達なので、ギュッと囲まれてしまえば、彼女は花火すらも満足に見れなくなってしまったのだ。

 

せっかくの催し物も、これじゃあなんにも見えないとメルは口を尖らせる。

 

「ジジィ、空飛んだ方が早いよこれ」

 

「でもそれは悪目立ちしすぎるよ、メル」

 

「何を今更。私はいっつも悪目立ちしてるもの。これぐらいなんてことないよ」

 

 あまり注目されたくないジジィからしてみれば、メルの提案は一蹴ものなのだが、普段から世界を飛び回り、行く先々で衆目を集めているメルをこの程度の言葉で説得出来るはずもない。

 

 それから激しい応酬を囁くような声で二人は繰り返したが、勝利の女神が微笑んだのは日頃から魑魅魍魎の類とも言える顧客を相手にしているメルだった。

 

 流石にこんなに沢山の人が密集している場所では飛べないと判断したメルは、ジジィの手を引いて人が疎らになっている場所まで引き返した。

 

 なんとか、人の流れに逆らって人混みから出たメル達であったが、そう直ぐに空へと運命は飛ばせてはくれない。

 

「ウワァァアアアッ!! だ、誰か止めて下さァァァアア亻ッ!!」

 

 劈くような悲鳴と共に二人の前に現れたのは、舗装された坂道を爆走する自転車であった。

 

 

 

 




この回は魔女宅成分補充も込めて、箸休め回です。

魔女の宅急便は角野先生による児童文学であり、宮崎監督によってアニメ映画化している超ド級のファンタジー作品です。

今思えば、よくこの作品二つを掛け合わせようなどと無謀なことを考えたものですね。

たまたまアニメ映画版の主人公が住む街が海に面していて、あ、ワンピース的な街だなとか思ったのがいけない。

角屋さんによれば御息女の魔女の絵から着想を得たとのこと。
そして、宮崎監督は一人暮らしを始めた女の子の気難しい思春期を表現したかったと述べられています。

この作品でも、等身大の女の子を書きたいなぁとは思っていますがこの治安のあまりよろしくないワンピース世界でどこまで子供らしいメルを書けるか……。

いや、尾田先生の理想の子供らしいルフィがあんなにも暴れられているのだからメルもやろうと思えば出来るか。


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