故意か偶然か結ばれた縁が、時たま思い出したかのようにその存在を主張することがある。
例えば、メルであれば血の繋がっていない家族との縁。たった一度しか会ったことがない顧客、或いは何度も時を重ねる常連の顧客。
何度も絡まっては、薄くなったり濃くなったり、果てには腐ったりもする縁が、因縁の地に当人を引き寄せることもあるようで。
「メルー。君、
最近は、あまり遠出の仕事がなくていいなーと台所でダラダラ紅茶を飲んでのんびりしていたメルの下に飛び込んできたのは、ジジィのちょっと角張った声だ。
何処か違和感のあるジジィの声に促されるようにメルは、腰を落ち着けていた椅子から立ち上がり、どうせ今日も店のカウンターで札束をジジィは数えているのだろうと当たりをつけて、店の方へと足を向ける。
メルの読み通り、カウンターの椅子に腰掛けて札束を数えているジジィがそこにはいて、メルが奥から姿を見せると手元から顔を上げた。
「私、そんな所知らないよー。そもそも、彼処の住民の依頼なんて一回も受けたことないしー」
「……だよねェ。じゃあ、なんであんな大きな造船会社から連絡が来たんだろ?」
よくよくジジィの前を見ると、カウンター上にはガープがイーストブルーへと旅立ってからは使われていない電伝虫が鎮座していた。
『デッキブラシの宅急便』の電伝虫の番号を知っているのは、ガープとボガードしかいない。
この街の住民が配達をお願いする時はわざわざ店に足を運んでくるし、他の海の顧客や海賊には手紙でお願いするように住所と名前しか書かれていない名刺をメルは渡している。
「いよいよもって、私の名前が世界規模になったのかもしれないね!」
「メルはお気楽だねェ。まぁ、確かにこの会社は悪い所じゃないよ」
「ん? もしかして、ジジィは知ってるのここ?」
「ちょっとだけ行ったことがね……。社長も気のいい魚人だし、社員もそんな社長を尊敬している根のいい人達ばかりだったよ」
「ジジィって何気にあっちこっち行ってるよね……。まさか、昔は海賊だったりしない?」
「ハハハハ、ボクが海賊かー。だったら、世界中の美味しい魚を自分のものにするためにやってたかもしれないね」
「それ、海賊じゃなくて漁師じゃね?」
すっとぼけたことばかりを言い始めたジジィに、メルがついツッコむ。
ジジィは猫のミンク族なだけあって、魚が何よりも大好物だ。台所で秋刀魚を焼いてる時のあの幸せそうな顔ったらない。
鼻をひくひくとさせて、尻尾をゆらゆらと楽しそうに揺らしいているジジィの後ろ姿に密かにメルはいつも微笑んでいたりするが、何分本人の前でそれを披露することは照れ臭くて出来ない。
「で、何処に何を配達したらいいの?」
これ以上、話を脱線させたら、進むものも進まないと判断したメルがカウンターの上に顎を置いて尋ねる。
ジジィも、メルと同じことを思ったようで仕切り直すように「ごほん」と喉を鳴らした。そして、ジジィの字で書かれた依頼書がメルへと差し出される。
「そのトムズワーカーズに、この街の工場で作られているいくつかの螺とボトル、それからなんか細々とした物をね。どれも特注らしくて、メルは工場でそれらが梱包された物を受け取ってから会社に行けばいいよ」
「へー、今回は彼処に配達かー! そこって、世界政府の管轄である大きな裁判所とかエニエス・ロビーとかがある島々で成り立っている所なんでしょ? ちょっと興味はあったんだよねー」
「……身の危険を感じたら、直ぐに逃げてくるんだよ」
「勿論。世界政府に喧嘩売るほど、馬鹿じゃないよ。私だってまだ命が惜しいもの」
「だったら、いいよ。彼処は観光都市としても有名だから、仕事の合間に色々と見回って来たら? 確か、キャッチコピーは『風光明媚な水の都』だったかな」
ジジィの目の中に、W7の話をしながらも懐かしがる色があるようにメルには思えた。
メルに会うまでのジジィを、彼女は知らない。メルが物心ついてから、この街で細々と生きていたジジィが、此処の生まれではないことを何となくだがメルは察している。
少しだけ事情があってジジィと二人で旅をしていたこともあるメルは、その際に彼がとても旅慣れている所を目撃したのだ。
───色々と気になることはあるけども、ジジィが話してくれるまでは聞かなくてもいいかなって思ってるしね。ジジィの冒険譚は、私が成人した時にでも一緒にお酒を飲んでる時に聞けたら、それはすっごく最高な思い出になるような気がするから。
メルはジジィに対する好奇心を消して、目前でこの前の掃除で見つけたフラミンゴ人形をボスボスと叩いているジジィに意識を戻す。
いい塩梅に首が長いから、ウェルカムボードでもぶら下げてもらおうと配置したら、これがなかなかに良い絵面になったのだ。
しかし、そんなフラミンゴ人形がどうにも気に食わないらしいジジィは、度々嫌なことがあるとああやってフラミンゴ人形をボスボスと叩く。
「ジジィ……それ一応、ラブの私物だからさ。あんまり叩いて、壊しちゃったらあの子も悲しがるだろうし」
「大丈夫じゃない? 今のラブは、あの目つきの悪くて隈のある愛嬌の欠けらも無いアザラシ人形にご執心だし」
「……本音を言うと、今にでもそのご本人様が扉の向こう側から出てきそうで気が気じゃないんだよね」
「止めてよ、メル。心臓に悪い……」
体長、三十センチもあるそのフラミンゴ人形は、ピンク色のもふもふとした毛皮がなんとも愛らしい玩具だ。黒のつぶらな瞳も、濃いピンク色のおみ足も素敵なその人形はラブが最初に欲しがった物で、ジジィが初めてラブのために購入した物である。
───よもや、あの方の形代とは思いもしなかった……!とは、二人の途方に暮れた心の叫びだ。
「はァ。なんで、自宅でもオドオドしなきゃならないんだろう……仕事しよう」
そうして、縋るようなジジィの視線から逃げるようにメルはそそくさと仕事に行く準備をするのであった。
☆☆☆
トムズワーカーズが発注したらしいその工場で、お目当ての代物を無事受け取ったメルは、いつもの如くデッキブラシの柄に紐を通して荷物をぶら下げる。
そして、いざゆかんとデッキブラシに乗って空へと飛翔し、ラジオのチャンネルをくるっと回す。
さぁ、久しぶりの長距離運送だ。
同じグランドラインにあるからそんなに遠くもないけども、気は抜けない。
天候も潮の流れですらハチャメチャな此処は、『海賊の墓場』という異名すら持っているのだ。
久しぶりにそんな凶悪な大海原の上を飛ぶのだから、油断することなく気を引き締めて挑まねばとメルは気合を入れる。
『本日は、かの国民的紙面漫画である“海の戦士ソラ”をご紹介したいと思います! 今や世界経済新聞の目玉となっていると言っても過言ではないその作品は、鴎を頭に乗せたヒーローが主役のヒロイック・ファンタジー。悪の軍団『ジェルマ66』を相手に、合体ロボに乗って大暴れするソラに魅了される老若男女は多いようです。今回はその漫画の魅力について根掘り葉掘り、掘り下げていきたいと思います!』
そんな中、いつもの様にラジオから流れてきた内容にメルの意識が傾く。
「へー。鴎を乗せたヒーローか……なんか見てみたいよーな、見たら新聞を畳みたくなりそーな漫画」
メルは以前にニュース・クーから渋々買い取ったあの新聞以外を手に取ったことは無い。
その理由は至って簡単なもので、新聞に対しても偏見のあるらしいジジィが毛嫌いしているためだ。
その癖、ジジィは毎日朝刊、夕刊と新聞を読んでいるのだからメルは意味が分からないと思っている。
一度、ジジィにそのことを告げてみると『大人は、情報の取捨選択が出来るから』とのこと。
まだいたいけなメルが偏った大人達の持つ政治的思想や宗教的思想に染まらないようにとのジジィの配慮なのだが、メルにはその気遣いが届いていないようだ。
「あ、あんな所にニュース・クーが飛んでる。前のアイツだったら丸焼きにして食べてやろうと思うけど、違うやつだったらちょっと新聞読んでみようかな……」
なんだかんだと言って、さっきラジオで聞いた紙面連載の“海の戦士ソラ”がメルは気になってしょうがないらしい。
ウキウキと浮いている両足を彼女はばたつかし、デッキブラシを加速させてメルはニュース・クーに追いついた。
羽を優雅にはためかせて空上から淡々と客を探しているニュース・クーにメルは背後から声を掛ける。
「ハロー、ニュース・クー。どう? 売上は?」
「クー!?」
まさか、グランドラインの空で人に声を掛けられるとは思っていなかったらしいニュース・クーが、羽を激しく振って首だけで後ろを振り返る。
そこには何故か宙に浮いたデッキブラシに乗った少女が片手を上げているではないか。
彼(彼女かもしれないが便宜上彼とする)は、自分の前へと回り込んできた彼女に足を止められるようにその場に留まる。
メルの足の止め方が完全に荒くれ者のそれだが、不幸なことに彼女は徐々に脳筋海軍や悪の海賊達に思考が染まってきていることに気付いてない。
「あ、結構残ってるね……ねェ、君。私とイーストブルーで会ったことなんか無いよね?」
「クー?」
「……よし、多分君は違う」
ニュース・クーの首からぶら下がっている鞄の中身を見てから、メルは試すような眼差しで彼にそう問いかけ見詰めるが、何を言ってるのか分からないと首を傾げられる。
そんなニュース・クーの人間じみた態度に疑問を抱くことなく、メルはさっさとプライベート用の小さな財布を取り出して、新聞を購入するためのベリーを手に取る。
「一部、チョーダイ。足を止めたお詫びとして、その新聞買ってあげるよ」
「クー!!」
色々とよく分からないことばかりを口にする小娘だが、客になるなら別だとばかりにニュース・クーはありったけの愛嬌を込めてその長い首を振る。
それらしい建前をメルは言っているが、彼女の本音はただその新聞に載っている漫画が読みたいだけである。
だが、そうとも知らないニュース・クーの鞄から一部新聞を抜き取って、代金をついでにメルは入れて上げた。
『買ってくれてありがとう!』と敬礼をしたニュース・クーを機嫌よくメルは見送って、さぁ読んでやろうじゃないかと新聞を開く。
世界経済新聞と銘打っているだけあって経済情報が多く記されているが、世界的な歌手や王族のゴシップ情報も合間合間に載っている。
ジジィが危惧していた海軍万歳的なコラムもあれば、世界政府を称える記者による苛立ちしか募らない特集もあったが、メルが思っていた以上に新聞には各地の情報が載っていた。
しかも、街の掲示板に貼られている指名手配書も数枚新聞には挟まっていた。
また会いたくない人間の数が増えると、メルは目を細めてその指名手配書を眺めていたのだが、その中に何人か見知った人間が紛れ込んでおり、つい口の端を引き攣らせる。
「うわァ、ラブを預けている間にあの人達は一体何をしたのかなー?」
まだ駆け出しのルーキーに紛れて入っていたマルコとジョズ、ハルタの指名手配書にぐぬぬぬとメルは唸る。
恐らくは、元から指名手配はされているだろう彼ら。
何かをやらかして懸賞金の額が跳ね上がり、再発行されたのだろうと考えれば自然と額へと手が伸びていた。
「……副業で海賊になってもいいって言ったけども、指名手配されるのは別だからね、ラブ」
いつかラブも指名手配されるのではないかと、密かにそんな危惧を抱いたメルは全ての指名手配書をぐしゃぐしゃと丸めて、そのまま海に放り捨てようと考えるも、タバコのポイ捨て厳禁!とジジィに注意しまくってるせいで思いとどまってしまう。
そして、メルは結局、己の中にいる天使に屈服したこともあって、その丸めた指名手配書をショルダーバッグに乱暴に突っ込んで、楽しい漫画でも読もうと元々の本題を思い出す。
何処にあるんだろうと新聞をペラペラと捲っていたら、一番最後の紙面にその漫画は小さく載っていた。
前回のあらすじまでご丁寧に載せられているので、それを読んでから本編に目を通すメル。
───その後、続きが気になるじゃんかー!!と喚く子供の声を3キロ先にいるとある海賊は聞いたという。
あー、とうとうジェルマまで手を出したなー貴様の賀楽多屋です。
とうとう始まります、W7編! わーい、絶対トムズワーカーズ以外は出したくないよー。
まだ皆集まっていないから、動物園状態でもないでしょうし。多分、集まっていない……。
ちなみにジェルマはレイジュ様フアンです。
他の兄弟も好きだけど、やっぱりレイジュ様は格別。