水上都市、
島の急な斜面に何棟もの家々が建ち並び、その頂上からは塔ほどもありそうな噴水が据え置かれている風光明媚な観光都市だ。
離れた陸同士を等間隔に繋ぐ洒脱なデザインの橋の下を潜り抜けるのは、海王類の背中に取り付けられたゴンドラだ。
のんびりと橋の下をくぐっていくゴンドラ───ヤガラブルに乗っているのは観光客だけではないらしく、地元の住人達も活用しているようだ。
この水路が何本も張り巡らされている水上都市の欠かせない足ということなのだろう。
そして、造船業が盛んなことで名を馳せている島だが実は芸術都市とも名高く、街ゆく人々の中には奇抜な髪型や服装を纏った者もいる。
豪奢な仮面を祭りの日ではないのに被っている者もいれば、真四角いアフロヘアーの女が往来を闊歩する。
有名なファッションショーのステージでも歩いているような優雅な足取りでこの街の女達が歩いている様を見下ろしているのは、デッキブラシに乗った一人の少女だ。
「わおー、なんかキラキラしい街ー!」
普段通りの仕事着の黒のワンピースに、お下げ頭の如何にも田舎者といった装いの少女が、興奮して頬を紅潮させている。
彼女がほかの人間と明らかに違うところは、空飛ぶデッキブラシに跨っているところだ。
風光明媚なW7の上を、遠慮なしに飛び回るさまは正に異様。
しかし、何処か昔話に出てくる魔女を彷彿とさせるその姿は、非日常の象徴のようにも見えるのかもしれない。
そんな少女───メルは片手で世界経済新聞を握り締め、物珍しそうに噴水の周りを周回する。
メルがあちこちへと楽しそうに目を向けている様は、ちょっと微笑ましい光景にも見える。
「これが噂に聞くW7! ドレスローザも素敵な所だったけど、此処も素敵そうだなー」
ほんの少し前に訪れた花と情熱とパンの国であるドレスローザと比べても、全く遜色無いとメルは斜面に居並ぶ家々の屋根をなぞるように飛び越えていく。
その際に、ベランダで洗濯を干していた壮年の女性と目が合ったので、メルは挨拶も込めて片手を上げた。
「ハロー! 良い街ですねー!」
「え!? アンタ、空を飛んで……!?」
但し、メルの住んでいる街の住人達のように人が空を飛ぶ現象には慣れていないようで、女性は顎を落として驚く。
洗濯物を持ったまま固まっている女性をメルは通り超えて、下へと落ちていく水路を辿りながら、依頼書で目的地の住所を確認する。
「確か、トムズワーカーズだったよね。んー、もしかして町外れにあるかな。地図を見た感じ」
そこそこ大きな造船会社なので、看板の一つや二つは出ているだろうから上から見渡せば分かるだろうとメルは高を括っていたのだが、家を出る前にジジィからストップを掛けられたのだ。
『あの都市は、結構入り組んでるんだよ。見たら分かると思うけど、実は地盤沈下で年々島自体が海に沈んでいてねェ。そこで、どんどん上へ上へと家を建てるものだから一年経つとそもそもの都市の形自体が変わってしまってることなんてザラにあるんだよ。ってなワケで、もしかしたらもう場所自体も変わってるかもしれないけど、一応あの会社がどの辺にあるかを書いた地図を渡しておくね』
最近、無性に優しさが振り切れているらしいジジィから渡されたその地図に目を凝らして、メルはデッキブラシの高度を上げる。
確かにジジィの言う通りに、海の底に沈んでいる建物の群を発見したメルはこの都市が抱える災害の問題の大きさをよくよく目のあたりにした。
そして、都市全体を囲う巨人よりも高い頑強な外壁に打ち付けられる海にかなり危ない均衡の上で成り立っている水上都市なんだと実感する。
「はー、なんていうか本当に凄い街だね。或る意味、この街の壮麗さは破滅の美みたいなものにも彩られているのかも……。形あるものは壊れるからこそ、美しい───だったかな」
昔、読んだ本にそんなことが書いてあったと目を眇めていると、地図の通りの場所にトムズワーカーズの看板が立てられた造船工場が見えた。
街の外れと言うよりかは、街そのものから離れているようなそこにメルはデッキブラシの柄を向ける。
───ジジィの知人に会うなんて初めてだ。どんな人達なんだろう?
メルは今回の依頼を受けて、初めて行く水上都市に心を踊らせていたが、それ以外にも浮き足立っている理由があった。
それが、ジジィの知り合いに会えるということ。
これまで、約八年ほど一緒に衣食住を共にしてきたジジィの知り合いは、あの街の住人しか彼女は見たことがない。
詰まるところ、メルの知っているジジィと親交のある人々だけしかメルは会ったことがなった。
だが、今回の依頼をしてきた造船会社の社長はどうやら、メルがジジィと暮らすより以前に彼と親交のあった人物のようだ。
───めちゃくちゃ気になるよねー。しかも、ジジィが悪い人じゃないって言うからには本当に良い人なんだろうし。
これは、ジジィの過去をほんの少しだけ垣間見ても良いよって神様が言ってるに違いない。
勿論、詳しいあれこれはメルが成人した時に酒のつまみにしながら聞く予定だが、少しのつまみ食いくらいは許されるだろう。
メルはそんな算段を心中で立てて、つい口元に意地の悪い弧を描く。
まさか、そこで仕組まれた再会を果たした挙句に、大層な目に遭うことなどメルはまったくもって考え及ばず、メルは期待に胸をふくらませてばかりいた。
☆☆☆
その日の造船会社───トムズワーカーズの造船場でも、ある男の怒声が響き渡っていた。
「ンマー! お前はまたこんな危ない物ばっかり造りやがって……! その辺に放置するなっていつも言ってるだろ!!」
作業をするからと頭にタオルを巻いて、熱が篭もりやすい造船場で体調を崩さないためにタンクトップ一枚とかなりラフな格好をしているその男は、目元を強ばらせて本日も弟弟子を怒っていた。
「あーう! そう怒るなよ、バカバーグ。お前は船を造ってるってェのにつくづくロマンが分かんねェ男だな」
「誰がバカバーグだッ!? 相変わらず、海パン一丁でウロウロしやがって」
兄弟子がふんすと怒っているのは、一向に懲りた様子も見せない海パンとアロハシャツだけを身にまとった弟弟子である。
如何にW7が海上都市と言えども、海パン一枚でその辺を彷徨く変態はこの男しかいない。
二人が毎度の如くお互いにメンチを切りあってバチバチに火花を散らし合っている様を尻目に、他の従業員達淡々と作業を進めていく。
弟弟子が武器だらけの軍艦やガリオン船を造り、得意気に披露するのも毎度のこと。
そして、兄弟子がそんな危機感の欠片のない弟弟子に雷を落とすのも毎度のこと。
終いにはお互いに強情者だから、意見は譲らねェとばかりに膠着状態に陥ることすら毎度のことなのだ。
驚く程に変わらない二人の関係に呆れも通り越して、今では大層微笑ましい光景のように従業員には思えてくるのだから慣れっていうのは恐ろしい。
「だっはっはっ!! お前ら、またじゃれ合ってんのか」
「ゲロゲロー!」
そんな二人を止めに、社長が奥からのっしのっしと歩いて現れるのも毎度のことである。
傍らに褌をつけ、何故か髪がある大きな蛙を従えてお出ましになったこのトムズワーカーズの社長───トムが二人の背中を荒っぽく叩いて気持ち良さげに大笑している。
しかし、二人はそんなトムの言い分が理解出来ないと声を上げて、互いに糾弾するために指を指しあった。
「「ちげぇよ! この分からず屋が!」」
だが、何処までも息がぴったりな二人にトムの笑い声は止まらない。
眦に涙を浮かべて、いつまでたっても飽きもせずにこの様式美を繰り返す二人に、トムとて他の従業員同様に微笑ましさを抱いていた。
「仲がいいのは結構だ。なァ、ヨコヅナ」
「ゲロゲロ!」
そこらの大男よりも大きいこのトムは、地上ではあまり見ることの無い魚人族だ。兄弟子同様、白髪をバンダナで纏めており、上から軽く羽織っている上着が身の丈に合ってないようで今にもはち切れそうだ。
「それより、アイスバーグ。アイツらの船は粗方、見終えたか」
弟子同士で仲を深め合っているのもいいがと言いたそうにトムが目をむけたのは、赤いドラゴンを模した船首が特徴的なガリオン船だ。
赤い眼帯をした髑髏と、その背後で交わる双剣が描かれた
「ああ。だが、やっぱり前に発注した特注品が届かねェと作業が進まない。正直、早くあの連中を出港させたいんだが」
「あーう! 確か、トムさんの昔の仲間だったか」
「そうだ。だからこそ、今のトムさんにとっては余り有難くない客だ。もうすぐ、裁判が開かれるっつーこんな時に……」
「仕方がねェさ。形あるものはいつか壊れる運命にある。だが、コイツはまだまだ仲間と他の海を渡りてェみたいだな。見ろ、致命傷ばかりはなんとか免れてんだろ。よっぽど、大事にされてるみてェだな」
トムは、この世界で一番の腕を持つ船大工であると言えるだろう。
造船業で盛り立ててきたこのW7で、右に出るものがいないと言われるほどの技術をトムは保有しているのだから、この見立ては間違いない。
仕事柄、様々な船を造り、修理し、時には海へと水葬することもあるトムはやはり船が好きであった。
「分かってるさ、船に罪は無い。絶対直してみせるよ。トムさん」
「おー!この船! スーパーな砲台が乗ってんじゃねェか!? 」
「ンマー!お前はまたそんなもんばかりに興味を示しやがって!」
兄弟子ことアイスバーグが、トムに言われるまでもないとこの船の修理に気合を入れ直している傍で、いつの間にか海賊船の近くまで行っていた弟弟子──フランキーに再度声を荒らげる。
目をキラキラとさせて、備え付けられている砲台に熱視線を向けているフランキーにコイツはなんでこんなに物騒なものばかりに興味が引かれるのだろうとアイスバーグは思うばかりである。
「ウチの
そんなふうにして、トムズワーカーズの社員達が賑やかに騒いでいると、それを聞きつけたらしいこの船の持ち主が造船場内に現れたようだ。
海には不似合いな漆黒のマントを潮風に靡かせて、颯爽とその場に足音を響かせたその男は、人懐っこそうな表情を浮かべている。
「だっはっはっ! こんな所まで酒でも探しに来たのか、シャンクス」
元々、船の持ち主と知り合いであるトムが愉快そうに声を掛ける。
それを受けてシャンクスと呼ばれた男もさらに目元を緩め、「いや、どこまで修理が進んでいるのかが気になってな」とトムの隣まで言いながらやってくる。
「必要最低限は終わったってところだな。だが、それもイーストブルーぐらいを航海するのであれば、だ。このグランドラインには、まだまだ出せねェ」
「まさか、この船の螺なんかがそんな特殊なモンだとは思わなかった。ま、良い女には手間暇が掛かるように、良い船にも掛かるってことだな」
「分かってんじゃねェか。お前のコレは、良い船だぜ」
「そりゃそうだ。なんたってオレが選んだ船なんだからな」
だっはっはっ!とトムとシャンクスが笑いあってる傍で、ヨコヅナも楽しそうにちょっと出ている蛙腹を揺らしてゲロゲロー!と笑っている。
旧知の仲を再び温め直している二人を、アイスバーグは喉に小骨が引っかかったような顔で見詰め、フランキーはそんなことより船だと何故か甲板上にまで侵入しており。
それぞれが様々な思惑で行動している中、このトムズワーカーの造船場の空から突如、声が降ってきた。
「トムズワーカーズさーん! お届けものですー!」
突如、上空から降りてきたのは少女の可憐な声だ。
何故、こんな粗野な場所で少女の声が聞こえてくるのだろうとトムズワーカーズの従業員達が顔を上げる。
トムもアイスバーグも、フランキーでさえ、不思議そうな顔つきで空を見上げる中、シャンクスだけが声の正体に向かって柔らかく笑いかける。
「やっと来たか……小さな友達が」
彼女が久しぶりの再会を果たすまで、もう幾許もない。
そんな訳で、非常に敏感にならざるを得ないこの時期に奴らがW7にやって来ています。
アイスバーグはヒヤヒヤ、フランキーはあーう!、ヨコヅナはゲロゲロー!、トムさんはだっはっはっ!、シャンクスもだっはっはっ!
アイスバーグはきっと泣いていい。
この話を書くにあたって色々とまた見直しましたが、フランキーの過去もそう言えばえげつなかったなーと思い出しました。
W7編から政治色が近代化してきて、とても楽しいです。