メルが運んでくれた部品を使って、今日出来る作業を全て終えたアイスバーグは社長に出来栄えを確認してもらうために、彼を探してドック内を歩き回っていた。
「ンマー。トムさん、どこに行っちまったんだ……」
あと半年内に彼の裁判が開かれることもあって、海列車の仕上げをトムズワーカーズの皆で行っていたのだが、そんな折にやってきたのが今にも沈みそうな船に乗った赤髪海賊団であった。
社長のトムは己も今、大変な状況に陥っているというのにも関わらず旧友の頼み事を断れなかったようで、社員達が難色を示す中、皆を説得して回った。
トム自らに頼まれてしまえば、それ以上言い連ねることも出来ない社員達は結局、その旧友の船とやらをとっとと直して、その後すぐに海列車の開発に勤しめばいいと結論を出し、今日も急ピッチで出来る限りの仕事を仕上げた。
その旧友というのが、あの海賊王の元クルーだという赤髪のシャンクスなのだから、それこそ今すぐにでも出航して欲しいのが本音だ。
善良なトムが裁判なんてけったいなものに掛けられるのも海賊王の船を造ってしまったからで、海賊王の偉業の手助けをしたと咎められてのことである。
最悪、死刑も有り得るその裁判の結果を何とか覆したくてこれまでも頑張ってきたのに、此処に来て奴らに全てをおじゃんにされては敵わない。
アイスバーグはどんどん早まっていく足で、次々とドック内の扉を開けて回り、その過程で事務所のスペースまでやってきた。
そして、そこで彼は世にも奇妙な光景を見ることになる。
「はァー……ジェルマピンク、なんでこんなにカッコイイんだろ……。毒を使って相手を貶めたかと思えば、時にその毒を吸い出して助けてくれるミステリアスなお姉様……。素敵すぎる……!!」
「まァ、ボインなジェルマピンクも素敵だと認めよう。だが、真に格好いいのはソラのロボだ! 見ろ、メル! この全方位をカバー出来る隙のない戦闘ぶりを!! これこそ男のロマンだ!!」
「シャンクスさん……貴方もジェルマピンクによく視線が移っていたから同士だと思ってたのにまさかのそこか!? そういう女の人のお胸ばっかり見てる人のことをなんて言うか知ってる!? オッパイ星人って言うんだよ!!」
「男は皆そんなもんだ。ったく、これだからはガキは……」
「そもそも、女の人のおっぱいを見て何が楽しいの?」
「男のロマンさ」
件の赤髪海賊団の船長が足の間に女の子を座らせて、女性の胸について語り始めている。これは完全に事案ではないだろうか。
「男のロマンって、変なのー」と段々と投げやりになっているメルに、「ガキには分からねェよ」と
悪い人物でないことは、ここ二日の滞在でよくよく分かってはいたもののこんな光景を見せられてしまえばその評価も揺らいでくる。
フランキーとは違う種類の変態かもしれない───とアイスバーグが腕を組んだところで、彼の視線に気付いたらしいメルがシャンクスの肩越しから首と顔だけを見せた。
「あれ、トムズワーカーズの社員さんがこっち見てる」
「本当だな。何か用でもあるのか?」
メルの発言に促されるように、シャンクスもアイスバーグへと振り返って、どうかしたのかと言うように問い掛けてくる。
オレの方が何事だと聞きたい───とアイスバーグは思いながらも、当初の予定を思い出して何処かへ行ってしまったトムの行方について二人に尋ねる。
「トム? メルに代金を支払ってから見てねェな」
「ココロさんとどっかに行っちゃったもんね」
「嗚呼、もしかしたら二人で一杯やってるのかもな」
二人によると、あの美人秘書のココロも大分前にこの場に居たらしい。
最近の彼女による豆豆しい働きによって少し事務仕事が一段落ついたので、今日は確かトム直々にココロに休みを言い渡していた筈なのだが、恐らくは何か困ったことが起きて呼びつけたのだろう。
休日はよく酒を嗜んでいるココロのことだから、酒精を巻き散らして此処に来たのだろうとアイスバーグは考えて、口元を溜息を抑える為に手で覆う。
あまりシャンクスの意見に賛同したくはないのだが、トムとて海の男である。酒の匂いを嗅いで、じっとしていられる性分ではない。
ドック内を歩き回っている間に、シャンクスの仲間たちが宴だなんだと騒いでいたのも見ていたので、その線が大分濃厚になりつつある。
「あッ! もう、すっかりこんな時間じゃん! そろそろ帰らないとジジィにどやされる」
すると、窓の方を見て時間を知ったらしいメルがヤバイヤバイと声を荒らげているのが聞こえた。
「なんだ、今日は泊まっていかないのか」
「お泊まりはよっぽどの事がない限りは駄目なんだよねー。まだ私が小さいからって」
「厳しいお家なんだな」
世界を飛び回っているような商売をしている割には、ごく普通のお家ルールに縛られているらしいメルに、アイスバーグはついしっかりとした親御さんに育てられているんだなと胸中で感想を漏らす。
いつトムに弟子入りしたかも覚えていない頃から、アイスバーグは此処で働いている。
弟弟子のフランキーも十歳の頃に海賊だったらしい両親に捨てられ、トムに拾われ此処へとやってきた。
だからこそ、真っ当な両親に育てられているメルを新鮮に感じる。
まだふくふくとした頬をして、顔から落っこちそうな程に大きな目を持つその少女は、その幼い外見からは不似合いな程にしっかりとしているから、てっきりアイスバーグはあの子も親無しなのだとばかり思っていたのだが。
シャンクスの足元から抜け出したメルは、壁に掛けていたデッキブラシを引っ掴んで「それじゃ、帰るよ」と、二人を見渡して暇を告げる。
「最後にトムさんにも挨拶したかったんだけども、居ないならしょうがないや。えっと、社員さん。トムさんにまた次回もよろしくお願いしますって言っといてください」
「分かった。トムさんにはオレから伝えとく」
アイスバーグはメルからの伝言を受け取ったと鷹揚に頷く。
そして、「それから」と彼は言葉を続けて、親指を立てて自分へと向けた。
「オレはアイスバーグだ。これからも付き合いが続きそうだから、良ければ覚えといてくれ」
ふっと口の端を引き上げて名乗る彼に、メルは一瞬虚を取られたような表情を浮かべたが、次いでにへらと微笑を繕って「うん」とピースサインをメルは作った。
「おっけー! なんかすっごく美味しそうな名前だから一発で覚えられたよ。アイスとハンバーグって素敵な組み合わせだね」
「あ、い、す、ばー、ぐだ! アイストハンバーグじゃねェからな!?」
過去に同じようなことを誰かに言われたことでもあるのか、異常な程の反応を示すアイスバーグにメルはアハハハと笑い声を上げる。
しかも、二人のやり取りを聞いていたらしいシャンクスも顔を真っ赤にしているのが尻目に見えてしまった。
良い雰囲気だから、笑ったら悪いとでも思っているらしいあの余計なことしいの赤髪は必死に笑いを噛み殺そうと口元を手で覆っているが、指の隙間から段々と漏れてきていることには気づいてないのだろうか。
「分かってるよ、アイスバーグでしょ。バラ科のお花が名前の由来かな」
「……知ってるのか、その花を」
今までトム以外には言い当てられたことのなかった名前の由来を、まさかこんな小さな子供から聞くことになるとは思い及ばず、アイスバーグは目を見張る。
対して、メルは一応魔女の特許でもある薬術の関係で草花類には造詣が深いこともあり、彼の名前を聞いて一発でその花が脳裏に浮かんだのだが、ちょっと悪戯心が疼いてしまってあんなことを言ってしまった。
「“尊敬”が花言葉だっけ。いつか、そんな人になれたらいいね」
「そうだな。なれたらいいだろうな」
随分と小さな配達屋に、心の奥底で眠っている自分の夢を応援されたアイスバーグはしかし、そんなに悪い気もしなかった。
トムのような背中で自分の生き様を見せられるような男にいつかなりたい。
───この会社、否、W7全体からも尊敬の念を集めるようなトムのようにいつか。
メルは何処か遠くを見ているアイスバーグに、「いやー、夢見る男っていいと思う。オッパイ星人より遥かにいいと思う」とシャンクスにだけよく聞こえるような独り言を呟いて、その場を後にした。
「メル、そいつだってそうかもしれないだろ」と心外なことをシャンクスが言っているのを聞いて、満足に自分の世界にも浸ることが出来ないアイスバーグは結局、溜息を吐くことになった。
見送るつもりがあるのか、メルの背中をその男が追いかけていくのでアイスバーグもその後をついて行くことにする。
───窓から様子を伺っている影の存在にも気付かずに。
三人が賑やか去っていたその場所に、窓からするりと入り込む影が二つあった。
「あの金庫だろうな、あるとすれば……」
「嗚呼、やっと見つけたぜ───プルトンの設計図をよ」
黒服にサングラス、オマケにシルクハットを被った今にも夜会にでも繰り出しそうな正装姿の影達は、ニヤリと口元にふてぶてしい笑みを貼り付けて金庫が眠っているからくり壁の前へと近づいて行く。
既に事は、動き始めている。
血塗られた悲劇が起きるためのギミックは、もう既に仕掛けられようとしているのだ。
☆☆☆
シャンクスとアイスバーグ、それからフーシャ村の酒場で見たような気がする何人かの赤髪海賊団に見送られて、トムズワーカーズからメルは飛び立った。
「また会おうぜー! 次は、とびっきりのジュースを奢ってやるよ」
「メルちゃーん! 今度はゆっくりと話そうぜ! お頭ばっかりズリぃからな」
「ンマー、気をつけて帰るんだぞ!」
色々な別れの言葉に背中を押されるように、グランドラインへと繰り出したメルは外に出て見送ってくれる全員に「ばいばーい」と片手を振る。
シャンクスがまた会おうとか何とかほざいているが、今日から一年後ぐらいに会いたいものである。
───次会った時は、あの人にからかわれてもさらりと受け流せるような、それこそココロさんみたいな人になって驚かせてやるんだから。
ふんすとやる気を漲らせて、やってやると意気込むメルだが、そう思うようではまだまだシャンクスに転がされ続けられることであろう。
「……ん? なんかえっさほっさ泳いでいる人達がいるね」
ちょっと飛ばして帰らないとまた夜中に家に着く羽目になって、ジジィに怒られてしまうとメルがデッキブラシの柄に力を込めている下で、船とも呼べない簡易なボートを漕いでいる二人の男を見つけた。
黒服姿のいやに目立つ格好をしたその二人組は、やけに慌てたように大きな動作で漕いでいるものだから水飛沫がバシャバシャと上がっている。
ボートを漕いだことも無いのだろうか。
あの水上都市で暮らしていたら、そんなにバシャバシャと漕いだ所で満足に前に進めないと分かっていそうなものなのに。
そうやって、怪しげな二人組をメルが凝視をしていると───メルは見つけてしまった。
漕いでいる一人の男の背後に、見覚えのある金庫があることに。
あのドックのカラクリ壁から出現した金庫を持って、何処かへと急いでいるらしい男達にメルの目がすっと細まった。
「へー、盗みねェ。顧客先が泥棒に入られたっていうのは───見過ごせないかもね」
メルは大きくその場でデッキブラシを旋回させて、進路方向を元来た道へと戻した。
それからもう一度あの男達を見下ろして、あの調子であれば一回彼処へ行ってから戻ってきたとしても、海上でボートを漕いでいるだろうなとW7の市街地のある陸の方を確認して目測する。
そして、善は急げとデッキブラシを最大限加速させて、メルは一直線にトムズワーカーズの造船所へと飛んで行った。
メルが去ったトムズワーカーズでは、漸く見つかったらしいトムがヨコヅナを引き連れてレッドフォース号の中を隈無く確認していた。
従業員達が修理を施した箇所を重心的に見回るトムからは仄かに酒精が漂っていたが、足元は存外しっかりしており、目付きも普段と全く変わりない。
メルとシャンクスが言ったように、トムは先程までココロと酒盛りをしていたのだが、探し回っていたアイスバーグにとうとう捕まってしまい、今日の最終点検を頼まれてしまったのだ。
明日でもいいんじゃねェかと、すっかり仕事を終えた気分でいるトムをアイスバーグと他の従業員達で押し出して、どうにかレッドフォース号まで連れてきたのである。
流石に船のもとまで連れてこられたらトムも観念したようで、何処からふらりと現れたヨコヅナをお供に乗降口を上り、やるからには徹底的にとばかりに工具も使って彼は見始める。
しっかりと打たれているかと槌で叩いて確認し、砲台の弛みは無いかと全身を使って僅かにも動かないかと目を光らせる。
「おい。甲板下層の方の物置部屋を改築して、大砲を五門増やした奴は誰だ?」
「あーう! オレだ。安心してくれェ、重量のことも考えてちゃんとその辺も改造しといたぜ」
「誰が、わざわざ、その改造工事を手伝ったと思ってんだ!?」
トムがチラリとこの船の持ち主であるシャンクスの方へと顔を向けると、彼は「おー、大砲増えたのか。良かったな、ヤソップ」とあまり気にしていない様子であった。
こういうことに一番目くじらを立てそうなベックマンも普通な顔をしてやり取りを聞いているので、もしかしたらアイスバーグが許可を取った上で改造したのかもしれないとまでトムは察する。
───大口径砲ばかりだったが、フランキーが勝手に付けやがった副砲で少しバランスは保てたかもしれんな。そもそも、この船が沈みかけていたのはその重量の掛かり方に問題があったって言うのもある。
この船の大きな問題点は、右舷と左舷で重量のバランスが少し異なっていたことであった。
海に浮かぶためには、その偏りも例え、1ベリー程の重さの違いであったとしても長く乗り続けていれば問題になってくる。
そういう小さな綻びの数が増えていくと、それは繋がって、やがて大きな穴を作ることになる。
もしや、他にも何か色々とつけ加えているんじゃないだろうなとトムが更に目を光らせていると、頭上から「すみませーん!」と聞き覚えのある少女の声が降り掛かってきた。
本日二度目になるそれに、その場にいた全員の顔が空の方へと向けられる。
果たして、そこにはやはり想像通りの少女がデッキブラシに乗って、頭上を舞っていた。
「あー? あの小娘、帰ったんじゃなかったのか」
アイスバーグからメルは帰ったと聞かされて、スーパーテクノロジーで作られたかもしれないデッキブラシを見ることが出来なかったと盛大に悔しがっていたフランキーが、訝しげな表情を作る。
その隣で、アイスバーグも不審そうにメルを見上げていた。
ついさっきまで、帰るのが遅くなったら家の人に怒られると急いで帰路についたはずのメルが、どうしてまた此処に戻ってきたのかの理由が彼には思いつかないのだ。
ただ、シャンクスとヤソップだけが、
「忘れ物でもしたのか……?」
「子供ってそういうのよくやるからなァ。何か置いてきちまったんじゃねェか」とのんびり話をし合っている。
アイスバーグからしてみれば、あのしっかりした子供が到底そんなドジを踏むように思えなくて、彼等の憶測にも頷けないでいた。
そんなふうにメルの再登場が地上でも騒ぎになっているのだが、彼女はトムの姿を見つけるやパチンと指を鳴らす。
「あ! トムさんがいる! グッドタイミング!!」
そう言うや結構な角度を付けて降下してくるメルに、トムも何か渡し忘れがあったかと記憶をさらってみるが代金も全て渡してしまったのだから、それ以外にはとんと何も思いつかない。
そしてレッドフォース号の甲板ぐらいまでメルが来ると、彼女は皆に聞こえる声で言った。
「大変なんです! さっき、トムさんが出してくれた金庫を乗せたボートをさっき見つけちゃったんです。私達が出ていったあの後に、多分泥棒に入らたんだと思います!」
そのメルの火急の知らせは、陸にいる男達に驚愕を齎した。
「「「は─────ッ!!?」」」
全く思いもよらなかった賊に忍び込まれ、その上金庫まで盗まれていたという凶報に全員が顎を落とし、目を飛び出させてまで驚く。
このトムズワーカーズに押し入るような度胸を持った泥棒がいた事にも驚きだが、あのからくり壁の仕掛けを解いて金庫を盗み出したことにも驚きだ。
「その泥棒さん達の所まで乗せていくので、腕の立つ人は私のデッキブラシに乗ってください!」
そして、畳み掛けるようにメルが全員を見渡して今から一緒に金庫を取り戻そうと言い出す始末である。
超展開に次ぐ超展開の連続に、あの変態のフランキーまでが頭を抑えて固まっている。
常識人のアイスバーグは勿論、規格外の事柄続きで頭に巻いていたタオルを取って、ぶんぶんと振り回していた。
弟子達の随分な驚きようを見ながら、トムも頭をフル回転させる。
幸いなことにあの金庫には、精々100万ベリー程しか入っていない。
否、従業員達にとってみれば大層な話になってくるのであるが、絶対に奪われてはならないものはあの中に入っていないのだ。
───目を瞑っていられる被害では、あるか。
トムとて、現状が決して騒ぎを立てて良い程、穏やかなものでは無いことくらいわかっているのだ。
己の裁判まで、あと半年も無い。
泥棒を追いかけてとっちめたとしても、もしかしたらトムをよく思っていない連中の良い餌になるかもしれない。
「よし、オレが行こう」
各々、胸中では大層賑やかになっている筈だが、表面上は押し黙って密かに荒ぶっているだけであったため、その場は重たい静寂が支配していた。
しかし、その静寂を斬り裂いて、メルに腕を伸ばす男が居る。
片方しかない腕を伸ばして、名乗りを上げたシャンクスに誘った側であるメルが目を伏せた。
「シャンクスさん、相手は二人組だよ。ボートの上は結構狭いし……」
「メル、オレはお頭だ」
とてもその体じゃあ、陸でもなく足場の不自由なボート上では立ち回ることは出来ないだろうと暗に述べるメルに、シャンクスの声音が変わる。
いつも、その顔に似合った穏やかなシャンクスの声音しか聞いてこなかったメルは、初めて聞くその身も凍えるような声で言われ、身を固くする。
「舐めないでくれるか。賊二人ぐらい、片腕でもやって退けられるさ」
メルを貫くシャンクスのその目は何処までも凪いでいるが、それは嵐の前の静けさのような不穏な色も含んでいた。
赤髪が潮風に揺られて攫われてく様は、炎が轟々と燃え盛っているようにも見えて、彼の存在そのものを肥大化しているようだ。
「分かった」
片腕が無いから連れていくのが不安だなんて、匂わすことすら彼には失礼なことであったのだ。
メルは手早く自身の中にある蟠りを心の片隅へと片付けて、デッキブラシをシャンクスの方へと舵を取って急ぐ。
メルの両足が地面に着いた所で、シャンクスが後ろへと乗り込んでくる。
「しっかりと捕まってね。私のお腹に腕を回したら、ワンピースをしっかり掴んで。遠慮なんかしないと思うけど、肉を掴むような感じでね」
「ああ、分かってる」
メルの言う通りに、片腕で腹前へと腕を回したシャンクスはそのままメルのワンピースを鷲づかんだ。
後は本人のバランス感覚によるが多分シャンクスなら、なんとかしてみせるだろうとメルは柄を両手で持って風を呼び込む。
「フンンンンンン!!」
二人分の風を直ぐに呼ばなくてはと、気合を入れて力むメルの顔は真っ赤だ。
メルの足元でワンピースが、集まった風に揺られて遊んでいる。
シャンクスのマントも後方へと靡いていくのが、傍から見ているトムズワーカーズの従業員には印象的であった。
「飛べ!」
メルの号令に従うように、その時一際強い風がこの場に吹き荒れる。
彼女一人が飛び立つ時とは比べように無いほどの強風がこの場に舞い込み、海がさざめき、レッドフォース号に取り付けられている風車がぐるぐると回っている。
ふわりと二人の足が浮いたかと思えば、メルはデッキブラシの柄を空へと向けて弾丸のように飛び出して行った。
メルのワンピースがかなり捲れあがって、その下からドロワーズが姿を現しているが勿論、今回はラブが乗っている訳では無いのでそのままにしてある。
シャンクスのマントもかなり上へと翻っているようで、耳元でそれがバサバサと肌蹴るような音がした。
「メルー! お頭をよろしく頼むぜー!」
「お頭、落ちるなよ」
そんな二人に声援を送っているのは、ヤソップとベックマンだ。
「かっけェな、オイ!」と両手を振っているのがヤソップであり、煙草を口にしながらクールにキメているのがベックマンである。
漸く、二人の小さくなっていく後ろ姿を見て我に返ったらしいトムが声援を送っている赤髪海賊団のクルー達に「悪ィな」と頭を下げた。
「ウチの厄介事に巻き込んじまった。詫びとも言えねェが、この船はキチンと直してやる」
「ああ、頼んだぜ。その船、お頭が気に入ってるからな」
口元から紫煙を吐き出しながら、ニヤリと元々よくない人相を更に歪めてベックマンは笑う。
そんなベックマンに「よし、お頭が帰ってくる前に酒が無くなったら拗ねちまうから、取りに行こうぜ」と彼の首に腕を回して、ドックの向こう側へとヤソップが連行しようとしている。
何処まで行ってもマイペースな赤髪海賊団にトムは「そうしてやれ」と手を振って、また己の仕事に取り掛かるために船と向かい合った。
「やるぞ、ヨコヅナ。コイツァ、オレの誇りにかけてこのグランドライン一の船にしてやる」
「ゲロゲロー!」
ヨコヅナも腕に拳を作って、任せろと仕草でやる気を示して見せる。
そんな頼もしい蛙に、トムは口元を上へとひん曲げて作業に取り掛かった。
「あーう! スーパーだな! グレイト、いやエキセントォォオオリックッだぜ!! メルもあのシャンクスって奴も、トムさんまでオレを何処まで痺れさせやがんだ!!」
「……ああ、スゲェな」
「こうしちゃいられねェぜ! オレももう一度、トムさんが最初に書き起こしたあの船の製図を確認してくる」
「オレも行く!」
男達と漢気に当てられて、トムの弟子達もやる気を漲らせていた。
フランキーが居ても立っても居られないと、まるでメルの乗っているデッキブラシの如くその場を飛び出していくのに、アイスバーグも置いてかれ様についていく。
走っていく二人の顔は、昼間に言い争っていた時とは比べようにもならないほどに、真剣な顔付きになっていて、人はそれをもしかしたら『プロの顔』と称するのかもしれない。
まだまだ半人前であるトムズワーカーズの未来ある若者たちであるが、彼らの中にある船大工としての誇りが今まさに開花しようとしていた。
今回は、一回でメルちゃんは帰りません。
でも、W7にメルを送り込んでいるジジィは今頃、家の中をぐるぐる回っていることでしょう。
本名はカティ・フラムとかいう、可愛らしいお名前をしたフランキーが今のところ、作中で一番よく出演している原作レギュラーです。
コーラが電池で、新世界編ではとうとう全身サイボーグになっている彼の変態さと変人さ、たまに覗く真人間な所が好きです。
そりゃ、あのアイスバーグとトムが思春期の時は常に傍に居たんだから、あの中では常識人の部類ですよ。
今の指名手配書は完全に人間離れしてますけどね。
それに「とうとう人間辞めやがった……」と驚いていたW7住民の扉絵がとても大好き。