「おおー! 海の上を飛んでみるのも面白ェな!!」
目前で当の本人よりも落ちないかヒヤヒヤしているメルは、そんなシャンクスの気が抜ける台詞についガクッと肩を落とす。
そのせいで、少々手元がブレてデッキブラシも傾きそうになったが自分の腹回りにある片腕の存在を思い出して、なんとか柄を元の場所に戻す。
───片腕でもバランスは保てるとは思っていたけどもさ。まぁ、こんなにも余裕綽々と乗りこなしてくれちゃって……。
正直、よく乗せているジジィよりも乗せやすいと感じてしまう自分に、我ながらどうかしてるぜと頭を張っ倒したい所である。
これが、凡人と天才の身体力の差か───いや、ジジィも猫なだけあってバランス力はそこそこあるのだ。
ただ、この常に片腕で常人のようにバランスを保っている化け物が規格外なだけでとメルがなんとかジジィを誰かに向かって擁護している傍で、「なァ、メル。水面ギリギリまで近付けないか」とこんな時にも訳の分からん欲求してくるシャンクスに「ま、た、今度ね!」と声を張り上げる。
さっきまでのシリアスさは何処へとやら。
いつものお気楽シャンクスになったらしい彼は、「これなら、世界一周もあっという間だな」と海賊らしからぬことをボヤいている。
「
「こんな反則技で見つかるものなの、貴方の元船長が隠したその秘宝ってのは」
「どうだろうなー。見つかるかもしれねェし、見つからねェかもしれないな」
「それって、結局どっちなの……」
あやふやなことばかり言って、煙に巻かれてしまったメルは遣る瀬無い声を出す。
この男のことだから、本当のことを言う気は無いだろうなと思っていたが、まさかこんなにも適当にあしらわれるとは。
───そもそも、そんな物騒な物を見つける気は無いから良いもんね。これ以上、余計なことには関わりたくないし。
追い風に変わったこともあって、メルの足元まで伸びているマントを視界の端で捉えながら、彼女ははァと溜息を吐き出す。
背後で無邪気に今度は近くで飛んでいる烏にちょっかいをかけようとしているシャンクスの手を抓ってから、視線を海上へと戻せば───。
「イッテェ!」
「静かに! 居たよ、泥棒さん」
なかなか素敵なタイミングで声を上げてくれたものだから、メルは慌てて人差し指を口に当てて後ろへと振り返り、シャンクスにしーと注意する。
「手の甲が赤くなってるじゃねェか」とヒソヒソボヤくシャンクスは、それでも一応は目的を覚えてくれているようで、眼下へと視線を走らせる。
そして、シャンクスも泥棒達を見つけたようで少しだけ目尻を上げた。
「奴らか」
短く問うシャンクスにメルは小さく頷く。
やはり、メルの見立通りに未だにえっちらほっちらとボートを漕いでいる二人組の泥棒。
黒服にサングラス、シルクハットとかなりフォーマルな格好をしているため、正直泥棒らしからぬような気もするのだが、背後にある金庫は完全に盗品だ。
「このままボートまで行ってもいいの?」
「ああ───そのあとは、任せてくれ」
シャンクスの戦闘スタイルが分からないため、見たところ狙撃手とかではないだろうから近接戦闘だろうなと思いながら声を掛けてみると、案の定想像通りの答えが返ってきた。
しかも、頼りになるオマケ付きだ。
シャンクスからこんな言葉を聞くことになるとは……とメルは背中をゾワゾワさせながら、デッキブラシを下降させていく。
流石にあと数メートルという所で、泥棒達もメルの存在に気づいたようで一人が「おい!」とメル達を指さしてきた。
「女の子と、男がデッキブラシに乗ってこっちへ飛んでくるぞ!!」
ただ、あまりにも信じられないような内容であったために相棒であるもう一人の男が「疲れで幻でも見てるのか」と半笑いを披露しながら、まともに取り合わない。
相棒に邪険に扱われながらも、「マジだってば! お前も見ろよよ!!」とオールで漕ぐ手を止めてまで、指を振って空を男は指し続けるものだからとうとう相棒も観念したようだ。
男の指差す方をサングラスを上げながら見上げた彼は、夕日をバックにして現れたメルとシャンクスに目を丸めて、口をぽかんと開けきる。
「な、な、なんだッ!? おめェら!!」
「やァ、賊ども。その後ろにある金庫を返してもらおうか」
デッキブラシから軽やかにボートへ飛び移ったシャンクスは、丸腰のまま彼等と対峙する。
男達は、サングラスを外してそれぞれ胸元に入れている得物へと手を伸ばし、突如夕空から現れたシャンクスに身構えた。
だが、シャンクスに近い方にいた男が何かに気がついたかように「あ!?」と頓狂な声を上げる。
「お、お前は……あの船の船長の赤髪か!?」
「ほォ、オレが居ることを分かっていて盗みに入ったのか、
「なっ!?」
正体を言い当てられた男達が、信じられないと固まっている。
メルもその聞き覚えの組織の名前に目元を強ばらせた。
緊張感が一気に最高潮へと高まるこの場であるが、シャンクスと海だけは穏やかなものである。
「この辺で、そんな畏まった格好をしているのは彼処くらいだからな。忍び込む時くらい変装をしたらどうだ?」
しかも、世界を牛耳る世界政府の子飼いである諜報機関にこんな提言までしてみせる。
世界お抱えの裏組織が海賊に泥棒の仕方を指南されるという前代未聞の有様に、彼等もとうとう沸点を超えてしまったようだ。
スーツの裏側に隠していた銃をシャンクスへと勢いよく振り抜いた。
だが───その刹那、彼等が引き金を引くそれよりもずっと前に、シャンクスの見の内側からは覇気が放出される。
目元に影を作って、泡を吹いて倒れていく男達を見下ろすシャンクスは、先程までのんびりとやり取りしていた人物と同一とは思えない程に、纏う雰囲気をガラリと変えてその場に佇んでいる。
シャンクスが何かする前に倒れていく男達をデッキブラシに跨って見ていたメルは、驚愕に目を見開き、有り得ない現象に信じられないと首を小さく振る。
まるでメルが使うような魔法を使ったかのような不可思議な光景に、仕掛け人だろうシャンクスへと目を走らせる。
「お前らが何を考えているのかは分からねェ。だが、ただ金が欲しくて金庫を盗んだ訳じゃねェんだろ───話を聞かせてもらおうか」
その声は無機質で、冷淡なものだ。
───シャンクスさんって、もしかして人間じゃないの?
馬鹿な感想を漏らしていることには、メルも気付いている。
もしや、これはラブや海軍達がよく使っている悪魔の実の能力なのだろうか。だから、指一本触れずに人を昏睡させることが出来たのだろうか。
あれこれ考えているせいか血の巡りが悪いようで、メルの顔からは血の気が引き切っていた。顔だけに飽き足らず、指や爪先まで、何処も彼処も酷く感覚が鈍かった。
デッキブラシを握っているのか、はたまた本当にそこに跨っているのかも分からないメルは、ただただシャンクスのその玲瓏とした横顔をぼんやりと眺めていた。
───これが、海賊、なんだ。
無意識に生唾を飲み込んだ。
そうしたら、喉がカラカラに乾いていることに気づいた。
だけど、今シャンクスに自分の存在を知らせたくなくて、メルはこれ以上唾を飲まなかった。
そんな小さな音でさえも、今の彼には聞かれたくなかったのだ。
「メル」
しかし、現実とは無情なものだ。
メルがどれほどその存在を薄くしていたとしても、彼はあの声音のままで彼女の名を呼ぶ。
「な、に?」
なんとか返事する声を上擦ったものにはしないようにと、努めて声を出したが若干震えてしまったような気がする。
シャンクスは怯えているメルに気付いていないのか───気付いていたとしても無視しているのか、その事を咎めずに彼は頼み事をした。
「出来ればで良いんだ。この船を、トムズワーカーズまでそのデッキブラシで引いて行ってくれないか? もし、無理ならば仲間をここ迄呼んできてほしい。コイツらを連れ帰りたくてね」
どうして金庫だけを持って帰って、終了ではいけないのか───そんなことは、彼等がCPであることを考えれば推し量れることだ。
メルのシックス・センスが騒いだ。
あのドレスローザの一件以来は静かにしていた筈なのに、今回も凄く嫌な予感がする。
───ううん、あの時以上に胸騒ぎがする。なんだか、このまま放っていたら誰かの運命が厄災に包まれるような、そんな嫌な予感。
メルはショルダーバッグからロープを取り出して、ボートの先端とデッキブラシの柄にそれを括り付ける。
簡単には取れないように縛ったところで顔を上げると、シャンクスがいつものあの気の抜けるような笑顔を浮かべて、メルを見下ろしていた。
メルはその笑顔がどうもさっきからずっと見たくて、堪らなかった気がする。
なんだかメルまで気が抜けてきて、ついへにゃりとだらしなく表情を緩め、胸の奥がぎゅうと引き締まるのをやり過ごす。
あのシャンクスも、シャンクスだってことはメルも分かっている。
それでも、メルはこっちのデリカシーがなくて、大人気もなくて、オッパイ星人のシャンクスの方がずっと好ましいのだ。
「お手柄だね。ちゃんと取り返せたから、トムさん達喜んでくれるかな」
「勿論だ。帰ったら、奴に良いものを食わせてもらおうな」
歯を見せて、「もしかしたら、取り返せなかったかもしれねェ金だからな。景気良く使ってもらおうぜ」と悪戯っ子みたいな笑顔を貼り付けているシャンクスにメルも頷く。
夕日が水平線にどっぷりと沈んでいく。
辺りに帳が降りてきて、海は昼間とは違う顔を見せていた。
青く透き通っていた鮮やかな水面は、夜空を今度は反射させて慎ましく飛沫を上げる。
捕物を終えた二人のボートを魔女の先導を受けて、海は滑らかに運んでいく。
☆☆☆
メルとシャンクス、それから泥棒二人がトムズワーカーズに辿り着いたのはそれから三十分後のことであった。
レッドフォース号もドック内に仕舞われたようで、外にあるのはフランキーが放置している完全武装のガリオン船や軍艦ぐらいのものだ。
造船所に着いても気絶している泥棒を、デッキブラシとボートを繋いでいたロープを半分に切って、今度はそれで縛り上げる。
メルの手馴れた縄術に、シャンクスが「見事なものだな」と感嘆の声を上げているが、メルとしては上手くなりたくてなったものじゃないと反論したかった。
ジジィの教育の一つとしてなぜか盛り込まれていたこの縄術は、礼儀作法と同じくらい徹底的に仕込まれた。
ジジィ曰く『絶対に身を助けるから』とのことで、メルとしてはそもそもそんな危ない状況に陥りたくないところなのだが、そんなメルの願望など知らぬとばかりにジジィは厳しく教えてくれた。
メルの身の上では、危ない事柄事態が大手を振って向こう側からやってくるのだから、ジジィの心配も尤もなことである。
しかし、メルはまだ凡人らしい人生を歩めていると勘違いしているらしく、その辺の意見については二人の間で大きな食い違いがあった。
「私、皆を呼んでくるよ」
どうにか二人で作業場のど真ん中くらいにまで泥棒共を引っ張り上げたところで、メルはシャンクスに二人の見張りを頼み、ドックの方へと駆けていく。
その役割配分にシャンクスも異議がないようで、彼は彼で泥棒の一人の腹に腰掛けて、黄昏れることにしたようであった。
気絶していながらも「ぐえェ」と声を出す泥棒をシャンクスは冷たく見下ろして足を組む。
そして、さっきよりかは元気になっている少女の駆けていく後ろ姿を見ながら、ふりふり背中で揺れるお下げに「あれ、引っ張りてェな」と碌でもないことを考えた。
今回は、作中で日頃から酷い扱いを受けているシャンクスが大立ち回りする回でした。
皆さんもよく知ってると思いますが、彼はやる時はやります。
物語でも超重要人物で、ルフィが海賊になった原因ですからね!
最近、『ONE PIECE Party』っていうスピンオフを見つけて何冊か見繕ってしまいました。
アレは本当に読んで欲しい。
あそこの海軍三大将の可愛さは異常です。サカズキ推しの輪よ、広がれ! いや、ボルサリーノもクザンも愛してますけど。身近にはサカズキだけ苦手な人多いので。バスターコールの時の中将サカズキ氏は、パーカー着てて本当に格好良いんだけどなぁ。
あとローと七武海もはっちゃけてて良いよね!
クロコダイルとドフラミンゴ、ミホークは人間で歳が近いから仲がいいのかな。
ただし、ローファンは注意が必要ですね。
作中ではクールキャラを脱ぎ捨てて、オチ要員になっているので情けないローが見たい人にはとってもオススメ。
ローとロシナンテが夢の中(?)で再開する話は四コマぐらいしかないけど普通に泣きました。