シャンクスと泥棒を置いて、帰ってきたことを知らせるためにドック内へと駆け込んだメルを出迎えたのは、レッドフォース号の見張り台でトンカチを握りながら大きな声で指令を出しているトムと、そんなトムに元気に返事をしながらも作業をしているトムズワーカーズの従業員達であった。
そして、ドック内に隅の方では、夜になっても仕事に精を出しているトムズワーカーズをツマミにしながら赤髪海賊団達が酒を煽っているのが見えた。
空き箱の上に何本もの酒瓶を並べ、空樽を椅子にしている彼らは新品のように修理されていくレッドフォース号を見て、「べっぴんさんになっていくなァ」と呑気なものである。
流石、シャンクスを慕って仲間になったクルー達と言うべきだろうか。
───仕事している人の傍で、よくもこんだけ酒盛りできるなー。この人達。
ゴーイングマイウェイな所が、あの船長にしてこのクルーありと、ついメルはボヤきそうになる。
「お、メルちゃん。帰ってきてんじゃねェか」
船大工達が群がってトンカチや槌を振るっているレッドフォース号を前にして、立ち尽くしていたメルに早速気付いたのは、酒瓶を持ったまま片手を上げるヤソップである。
「ん? デッキブラシの嬢ちゃんが帰ってきたのかァ? お頭は?」
「いや、嬢ちゃんしか此処には居ねェな。おーい、メルちゃん。お頭は何処にいんだー?」
ヤソップの隣で立ったまま両手にした骨付きを食らっているルゥが、メルの帰還の報せを受けて、シャンクスの所在をヤソップに尋ねる。
ヤソップもルゥと同じことを思っていたようで、姿の見えないシャンクスに首を傾げていた。それから、悶々と考えていてもしょうがないからと早々に見切りをつけて、メルにそのことを尋ねる。
シャンクスが居ない間に宴は決行されていたが、なんだかんだとシャンクスの様子が気になっていたらしい彼の仲間達は、金庫の奪還の有無よりも先に彼について聞いてきた。メルが思っている以上に、あの赤髪は仲間達から愛されているようである。
「シャンクスさんは今、外で泥棒を見張っているよー!金庫と泥棒、両方持って帰ることが出来たから、あとの処理とかそういうのをトムズワーカーズさんには頼みたいんだけど·····」
そのことに気付いてちょっと心がポカポカしていたメルだが、泥棒の見張りをシャンクスに頼んでいたことを思い出して、口の横に手を当てるやこのドック内の全員に聞こえる声で用件を叫んだ。
赤髪の仲間達はメルの言を受けて人相悪く笑い合っていたが、金庫を盗まれたトムズワーカーズの従業員達は皆一様に手を止めて、顰めっ面を拵えていた。
甲板上で釘を咥えながら帆柱の修理にあたっていたトムも、手を止めるや昇降口から身を乗り出す。
「お前ェら、ワシァちっとばかし馬鹿共の所に行ってくるがサボるんじゃねェぞ」
釘を咥えたまま器用に喋るトムからの命令を受けて、トムズワーカーズ達の力強い諾の声がドック内に響き渡る。
勿論、その中にはフランキーやアイスバーグもいた。
別々の場所で作業をしている兄弟子と弟弟子であるが、トムが居ない間に作業をかなり進ませておこうと意気込んでいる。
性格は真反対のようにも見えるが、実際この二人は根が似た者同士なのである。
トムが大きな体を振るって、甲板上から地面へとそのままダイブした。
トムの体が宙を舞い、どしんと衝撃音を立てて着地する様は流れるような動きで、ついメルも呆気に取られて見惚れてしまった。
口に咥えていた釘をこの段になって漸く取り除き、ポケットへとしまったトムは颯爽と外へと出ていってしまう。
そんなトムに置いていかれそうになっていることに漸く気付いたメルが、「あ! 待ってください!」と追いかけていく。
「そろそろ、オレたちも行くか」
「嗚呼」
先程まで、ぐびぐびと酒を煽っていたヤソップとベックマンは、既に一服ついたと手元を寂しくさせて酒樽から立ち上がる。
「オレは飯食ってるぜ。早く戻ってこねぇと、お頭の分も無くなるぞって言っといてくれよなァ」
だはははと笑って、宴が始まってからずっと骨付き肉を食べているルゥが色付きサングラスを光らせて、早くシャンクスを連れて帰ってこいと述べる。
それにヤソップが「ああ」と返事し、二人のやり取りを見ていたベックマンも口の端をニヒルげに上げる。
「今日は、まだ少しばかり仕事をしねェといけないかもな」
今回のこの騒動に、何処までシャンクスが関わるつもりなのかは赤髪海賊団きっての才媛であるベックマンにも分からない。
常に予想の斜め上を行きながら、そのまま何度も屈折してジグザグに動き回るシャンクスの考えなど分からなくて当然なのだが、その後処理を回されるのはいつも副船長であるこの男なのだ。
───平和な宴も、終わりだな。
ヤソップと肩を並べて、外へと向かって緩慢に歩き始めたベックマンはそう心の中で穏やかであった二日間に別れを告げた。
☆☆☆
さて、シャンクスと泥棒の下へとやって来たトムとメルは、そこでシャンクスに虐められている正装姿の二人の男達という不気味な光景に遭遇することになる。
「司令官がスパンダムっていうパンダ野郎なのは分かった。だが、まだ言ってねェことがあるよな?」
「あひ·····あひゃひゃ……もう全部吐いた! 吐きました! あひゃひゃひゃはーひーッ」
「いや、まだだ。オレの勘まだあるって告げている」
メルによって縄でぐるぐる巻きにされている二人の男達は、現在シャンクスに体を擽られていた。こちょこちょこちょと絶妙な手付きで脇腹を擽り回るシャンクスはその道のプロなのか、指の動きが傍から見ていてとてもキモイ。
しかも、シャンクスの顔に貼り付いているのは完全にアウトな虐めっ子顔だ。心に五歳児を飼っている彼は、この状況を存分に楽しんでいる。
顔を真っ赤にして「もう、ゆ、許してくれッ!!」と懇願しながらのたうち回る泥棒達に注ぐべき視線とは、どれが正解なのだろうか。
メルは困惑を極めたような顔をして、その霰もない三人の光景を見ていた。
そして、もう一人の魚人はと言えば、こちらもこちらで戸惑っていた。
泥棒達の服装を見て、やはり
ゴール・D・ロジャーの下でクルーをしていた時から、突拍子もないことをやる
そうやって、二人仲良くこの状態の三人になんと声を掛ければ良いのか分からず、木偶の坊になっていると背後から足音が近付いてきた。
「やはり、こうなるか」
「まァ、たまには良いじゃねェか。こういう海賊らしいこと、最近全然やってなかったしなァ」
メルとトムが声に促されて背後を振り返ると、ベックマンが片目を覆っていて、ヤソップがだはははと笑っている場面に鉢合わせた。
二人の困惑した心中をベックマンは察しているようだが、そんなのは知るものかと謂わんばかりに「お頭」と声を掛ける。
「大体は、それで引き出せたのか」
アヒャアヒャと笑い転げている二人の泥棒から顔を上げずに、シャンクスはベックマンの問い掛けに「ああ」と頷き、口元に掃いている笑みを深めた。
「コイツらの正体はCP5だ。今回金庫を盗み出したのは、その中にプルトンの設計図が入っていると勘違いしたからだ。司令を出した長官はスパンダム、どうやら五大老にプルトンの設計図を差し出す代わりに出世を確約させてるらしい」
「·····世界政府か」
「腕が鈍ってた頃合いだろ。相手に不足はねェな」
シャンクスとベックマンの間で淡々と交わされている応酬に、事が赤髪海賊団にまで及びそうになっていることに気付いたトムが「待て!」とストップを掛ける。
「お前らにそれは関係ねェことだ。金庫を奪い返してもらったことには感謝しているが、それとこれとは別だ」
これ以上、この海賊団に迷惑は掛けられないとトムが首を振る。
だが、そんなトムの言葉を素直に聞き入れられるほど彼等も素直ではない。シャンクスが漸く、泥棒を擽るのを止めてその場から立ち上がった。
海辺に吹く潮風に揺られて、シャンクスのマントが靡く。
「いや、そうでも無いんじゃねェか」
先日に麦わら帽子を手放したことを忘れているようで、癖のように頭を抑えるような仕草を取るシャンクスにトムの片眉が跳ね上がる。
そんなトムの怪訝な表情を確認することなく、シャンクスはトムに背を向けたまま言い放つ。
「お前はオレの友達だろう」
それが理由になり得るのだと、シャンクスは信じて疑わない。
なんて単純明快。なんて、簡単明瞭な理由なのだろう。
これ以上の理由が要るのかと、背で語るシャンクスにトムは知らず拳を作る。
───ロジャーの意思を継いだと風の噂で聞いていたが───それは真実であったのだな。
だがトムの背負っている咎を今、この時代に求められているシャンクスにまで背負わせる訳にはいかない。
この老いぼれが、全てを背負ってそのまま潰えるべきなのだ。
それが、世界の意思にもトムには思えた。
旧時代の遺産は、この新時代には不似合いだ。
自分が裁判で裁かれていくように、あの古代兵器もそろそろ役目を終えるべきなのかもしれない。
トムは、この時をもって覚悟を決めた───プルトンの設計図を始末することを。
「ああ、友達だな。だが、友達だからこそ、お前のその言葉には頷けない」
「どういうことだ」
「W7を発展させることに血涙を注いできた。この目で、海列車が運行している様を見るまでは死ねぬと今日までドンとワシは足掻いてきた。それに、友達が手を貸してくれるってェのは有り難ェことだろう。だがな、ワシはもう、沈みゆく船だ。老耄の願いを若ェモンに手伝ってもらってるが、それももうあと少しのこと。これが終われば、ワシは───」
「トム。何の手当もされてねェ船が、沈みゆくのは当たり前じゃねェか」
シャンクスの鋭い声に、トムは息を呑んだ。
首だけで振り返り、トムを射貫くシャンクスの眼差しはよく研がれた刃物のように鋭い。その眼差しが、水平線をよく睨んでいたかつての船長のものとよく似ていて、トムは瞠目する。
「お前らしくもない。何故、沈むことに甘んじてんだ。そんな船大工に、オレは自分の船を任せたつもりはねェぞ」
シャンクスの声が、言葉が、その眼差しがトムに鬼気迫るように語り掛ける。
───本当にそれでお前は良いのか、と。
折角、固くした決意が一瞬にして揺らいでくる。海列車と向き合っている時、プルトンの設計図が世界政府にバレた時、あの日に司法船で判決を言い渡された時。
トムは、何度も自分の最期を確認したものだ。
そして、白くなった髪や昔よりも弛んだ腹回り、日に日に感じる体の衰えに無情な時間の流れを知って、ロジャー海賊団が解散した日に思いを馳せ、己の墓場を此処だと決めて。
───シャンクスの言う通りじゃねェか。ドンと構えて運命に挑むつもりだったが、いつの間にやら己の最期を受け入れていた。最悪の事態への覚悟だと言い訳しながら、心のどこかでワシはそれを望んでいたのかもしれん。
ゆっくりと握っていた拳を開いて、トムは山になっていた眉間を解す。すると、己の血で真っ赤になった掌が視界に映った。
とくとくと流れる鮮血を目にして、無性に腹の底から笑いが沸き起こる。
嗚呼、自分はこんなにもまだ諦めたくなったのだと、トムは奥底に眠っていた自分の本心と漸く対面したのだ。
「だっはっはっ! こりゃ、ワシの負けだ! こんな小僧に言い負かされるとは、ワシも随分と耄碌したもんだ」
トムは血塗れになった手に構わず、腹回りに腕を回して涙が出るまで笑った。
笑い上戸なトムであるが、今の笑いはいつものものとは一味違う。
顔の周りにかかっていた靄が漸く晴れたような、そんな気の晴れた清々しい笑い声が自分の腹底から響いてくるのだ。
こんなに晴れ晴れとした気持ちは、一体いつ以来のことだろうか。
爆笑というには、些かしみったれた響きのあるトムの笑い声にシャンクスは、足の向きを変えて過日の仲間へと手を伸ばす。
「トム、オレの手を取るか?」
試す様なシャンクスの口振りにトムも挑発的に笑みを浮かべるや、足を動かして伸ばされた手をしっかりと握る。
トムの血に塗れた手を気にせず、シャンクスは「任された」と歯を剥き出しにして笑うのであった。
血塗れになるはずであった運命が新たな岐路を迎える。
本来ならば、スパンダムの知略によってインペルダウンに送られはずであったトム。
そして、彼の弟子達に大きな傷を残すはずであった未来が徐々に形を変えていく。
世界的にもかなり大きな異変が今、この場で起こっているなどと露知らず、今は置物状態になっている
───CP、古代兵器プルトン、世界政府·····関わったら完全にお陀仏な案件ばっかじゃん!!!
ただ造船会社に荷物を届けに行ったはずなのに、なんでこんな超弩級のヤバい案件がめくるめく目の前で巻き起こっているのだろうと、胸中では既に半泣きである。
海軍や海賊よりも、もっともっと出会いたくないCPがシャンクスの妙技によって笑い死にそうになっていることがとても心臓に悪い。
取り敢えずもう当分はW7にも近付きたくないと、また行きたくない場所をメルは増やすのであった。
トムさんもトムさんなりに、フランキーやアイスバーグにプルトンの設計図を渡すまで沢山悩んだと思います。
今作では、あの名シーンを生み出す程に強いトムさんのお手伝いをシャンクスにして頂きました。
今回のW7編、本当はこんなにシャンクスが大立ち回りする感じじゃなかったはずなのに、いつの間にか主人公の座が脅かされている。
この人、本当に存在感の塊だと書いてて気付きました。一次でも二次でも時たまこういう人物に出会いますが、いやはや本当に怖い。
実はルフィ、エースもこの毛があります。
ONE PEACEの主人公格、半端なさ過ぎるよ。