届けさせてください!   作:賀楽多屋

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生きてるなら連絡ぐらいしやがれッ!

 トムとシャンクスが、彼ら曰く“クソッタレな”運命を前に結託した。

 

 シャンクスにこちょこちょの拷問に掛けられていた泥棒達は、漸く笑いが収まって互いにどうやってこの場を抜け出そうかと顔を見合わせたが、そんな二人に二つの影が覆い被さる。

 

 泥棒達は、ぬっと現れた二つの影に嫌な予感を抱きながらも、相手を知らねば何も出来ないと果敢にも揃って視線を上げた。

 

 そうして、二人のサングラスの向こう側にある目が見つけたものとは───。

 

「ウチが手前ェらの喧嘩を買うことになった、悪ィな」

 

「CPって、そこそこ丈夫なんだってな。久しぶりにやるから加減が下手になってるかもしれねェが、噂通りなら全部吐くまで持ってくれよ」

 

 黒髪のオールバックの男がズボンに両手を突っ込みながらかったるそうに言い、一方で前分けのドレッドヘアの男がニヤニヤと締まりのない顔で彼らを地獄に落とすような台詞をポンと告げる。

 

 泥棒達は、世界政府の子飼いと名高い諜報機関“CP”である。

 

 だからこそ、世間には出回っていない赤髪海賊団の()()()()()も彼等はよくよく存じている。

 

 ピースメインと言われているだけあって、義賊的行為が彼等の活動の半分以上を占めているが、しかし彼等とて海賊であることには間違いない。

 

 民間人にこそ手は上げていないが、歯向かってくる敵───特に彼等と仲のいい者を傷付けた連中は軒並み海の藻屑となっている。

 

 さっきまで自分達を擽っていた赤髪の船長も、あの『鷹の目』と何度も決闘をしたと他の仲間から伝え聞いたことがあった。

 

 泥棒達は縄で拘束されていたが、相棒を頼るように身を寄合う。正装姿の大の男たちが蓑虫状態で恐慌に陥っている様は見苦しくて仕様がないが、これも仕事だ。

 

「お頭ー! 飯だけでも先に食ってこいよー! ルゥに全部食われちまうぜ」

 

 シャンクスが仕事に精を出す前にルゥからの伝言を伝えておこうとヤソップは、トムとこそこそ話を詰めているらしいシャンクスの背中に声を張り上げる。

 

「おう! 食いっぱぐれるのは敵わんからなァ」

 

 そしてシャンクスは、キリの良いところまでトムと話を終えると、そろそろと亀の歩みで自分達の下から離れていく不審なメルを捕まえるべく行動に移した。

 

 

 メルはもうこれ以上、ヤバい物件に顔を突っ込みたくない。それはとても切実な彼女の願いだ。

 

 ヤソップとベックマンの二人が泥棒達の方へと行ったことを良いことに、メルはどうにか姿を眩ませようと四苦八苦していた。

 

 デッキブラシでバビューンと空を飛んで逃げていくのもいいのだが、何故かシャンクスから逃げ切れるような気がしなかったのだ。

 

 正直、もうメルの力を彼等は必要としていないのだから、「じゃあ、お疲れ様ですー」と夜空の彼方へと胸を張って消えていっても良いはずなのだが、例のシックス・センスがもっとしょうもない理由でこの場に居らされそうだと告げている。

 

 だから、メルは息を殺し、気配を消して、抜き足差し足忍び足と彼等の視界を抜け出ようと獅子奮迅していた。

 

 こんな時に、あの無音人間のラブが居てくれれば良いのにと都合のいいことを思わずにはいられない。

 

 ラブとは二日だけ、時間を共にしたくらいで、それ以降は全く会ってないため、メルにしてみれば半年以上、もう彼とは会っていないような気がする。

 

 ───元気にやってるかな。本当に指名手配なんかされなかったらいいのだけども。

 

 あの天下の白ひげ海賊団に置いてきたのだから、土台無理な話なのかもしれないが、それでもメルは願わずにはいられない。

 

 そんな風に考え事をしながら爪先立ちで歩いていたから、脇の下に手を差し込まれるという前代未聞の衝撃にメルは対応出来なかった。

 

「ひゃッ!?」

 

 視界が上昇したかと思えば、そのまま小脇に抱えられる。

 

 あまりの急展開に目をぱちくりさせていれば、だっはっはっ!と最早聞き慣れてしまった豪快な笑い声がすぐ側から聞こえてきた。

 

「メル、飯を食いに行くぞ」

 

 メルを脇に抱えて、何が愉快なのか笑い続けるシャンクスに当の彼女は顔を急激に青ざめさせていた。

 

「いやいや、なんか皆大変そうだから帰るよ。ほ、ほら子供がいたって邪魔にしかなんないじゃん」

 

「んな寂しいこと言うなよ。もうすっかり、辺りは暗いんだし今日は泊まってけって。な?」

 

「かーえーらーせーてー! 私、家に帰りたいよー」

 

「たまには、悪い子になったって罰は当たらねェさ。大人の世界って奴を見せてやる」

 

 バタバタと離してくれと懇願しているメルを物ともせずに、ドック内へと運んでいくシャンクスは完全にアウトだ。治安官がいれば、泡を食ってメルを助け出そうと駆け出すだろうその光景に、トムはおろか、ヤソップとベックマン、あとの泥棒二人組も冷めた視線を送る。

 

 クルー達は思う───いつから赤髪海賊団は、子供の誘拐まで生業にするようになったのだろうか、と。

 

「ルフィの時は、ルフィが男だってのもあってまだ見れたんだけどなァ」

 

 細まっていくヤソップの目が、アレはアカンと雄弁に告げている。

 

 ベックマンもヤソップの言外の指摘に鷹揚に頷く。

 

「嗚呼、ありゃ完全に自分の玩具だと思ってやがる。レッドフォース号を手に入れた時も日がな一日船首にかじりついていたが、それと一緒だな」

 

「メルちゃんが、ルフィと違って頭いいのがまた拍車掛けてんだろうな」

 

「·····確かにお守りしてるのは、メルって子の方だな」

 

 赤髪海賊団のクルー達は、ウチの船長が事案まっしぐら過ぎて辛いと溜息を吐きあっている足元で、泥棒達はこれから自分達の身に起きる悲喜交々を考えて、強く思うのだ。

 

 ───あの赤髪(糞野郎)の手配書に、ぺドリストって書いてやれ!!と。

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 シャンクスに脇に抱えられながらドック内へと攫われたメルは、あのこじんまりとした宴スペースにあった空樽に座らされた。

 

 自分の話をひとつも聞いてくれないシャンクスに、メルは頬を膨らませて彼の顔を見ようともしない。

 

 肩に掛けているデッキブラシも、メルの怒りを汲み取っているようでブラシの毛先が怒った猫の毛のように逆立っている。

 

 流石にここまでメルがご立腹するとは思っていなかったようで、シャンクスはムシャムシャまだ骨付き肉を食らっているルゥに、「オイ、ルゥ。ジュースは何処だ?」と聞きに行く。

 

 メルのご機嫌を取ろうとジュースを探しているらしいお頭の姿に何とも思わないらしいルゥは口をもごもご動かしながら「お頭、遅かったなァ」とのんびり声を出す。

 

「ジュースなら、炭酸がそこにあったはずだぜ」

 

「ありがとう、ルゥ」

 

 ニヤニヤと可笑しそうに、シャンクスと頬を膨らませているメルを見比べて、ルゥは意味ありげに口角を上げる。

 

「お頭〜、漸く帰ってきたと思ったらまさかの女連れかよ。しかも、これまた超お冠のお嬢ちゃんじゃねェか。相変わらず、女の扱い方が下手くそだよな」

 

「本当にデッキブラシをもってんだなァ、その嬢ちゃん。それで空を飛ぶって言うんだろ。マジスゲェっつーか、夢物語みてェな話だな」

 

「お頭の趣味にはどうこう言わねェけどよ、せめて成人した女を選んでくれよなァ。こりゃ、犯罪だって」

 

 そうして、シャンクスがルゥと会話していると他のクルー達も船長のお帰りに気付いたようで、夥しい程の酒瓶を床に転がしていながらも、赤髪海賊団のクルー達がしっかりとした足取りで寄り集まってくる。

 

 しかし彼等の体から滲み出ている酒精は強烈で、メルは鼻を呻くように抑えた。

 

 そんなメルの様子に、大人達は漸く自分達が纏っている酒精に気づいたようで、全員「悪ィ悪ィ」と決まり悪気に笑っている。

 

 ルフィは酒場によくいることもあったり、そもそも鼻は良い癖に酒臭さより彼等の冒険譚の方に夢中になって酒精には頓着しなかったが、メルはそういうのは気になる質であった。

 

 ジジィも、酒よりマタタビの方を猫らしく好むので、そもそも酒自体に縁がなかったりする。

 

 そんなメルを見かね、あとルゥとシャンクスのやり取りを聞いていたのもあるのか、一人のクルーが炭酸水を綺麗なコップに注いでいるのを尻目にシャンクスは捉えた。

 

「いやァ、ちょっと無理矢理連れてきちまったからな·····嗚呼、ありがとう。メル、ほら、取り敢えず喉乾いたろ」

 

 そして、そのクルーから炭酸水を受け取って、シャンクスはメルにそのまま渡す。

 

 確かに彼の言うとおりに喉は乾いていたので、メルはシャンクスをムスッと睨みつけたまま、炭酸水がタプンタプンと揺れるコップを貰う。

 

 それを煽るように飲んで、メルは無言のままシャンクスに空になったコップを突き出した。

 

『もう一杯、頂戴』とメルから言外に告げられたシャンクスは、メルから待ちかねた応答があって顔を綻ばせる。

 

「嗚呼、待ってろ。すぐに注いでくるからな」

 

 すっかりメルの良いように転がされているシャンクスに、最初は面白がって見ていた海賊団達の目にも、段々と焦りの色が浮かび始めてくる。

 

「な、なァ。アレ、大丈夫だよな?」

 

「だ、大丈夫に決まってんだろ!? お頭は大の子供好きなんだ。お頭の好みは知ってんだろ、ボンキュッボンだ!」

 

「嗚呼、そうだったな! ボンキュッボンだ!」

 

 イエスボンキュッボン、ノーツルツルテンと頭上でハイタッチを交わしあっている大人達に、あんまり良いことで盛り上がっていないだろうなーとメルは吊りあがった眦で、どうしようもないクルー達を見上げる。

 

「·····ボンキュッボンって何だろ」

 

 ポツリと零されたメルの疑問に、ワイワイと謎のハイテンションで騒いでいたクルー達の動きがピシリと固まった。

 

 そして、皆の胸中に同じ思いが去来する

 

 ───こんなに無垢な子に手を出したら、マジで洒落になんないぜ!? お頭!!

 

 一方的に今後を本気で心配されているシャンクスは、氷もオマケしといてやろうと鼻歌を歌いながら空のコップに氷を入れている所であった。

 

 渦中のシャンクスにしてみればメルはからかった時の反応が面白いため、ルフィやバギーのような位置付けなのだが、これは相手が悪かったとしか言い様がない。

 

 男の女児への接し方は、昨今このグランドライン、否世界全体でも厳しくなっているのだ。

 

 あのマリンフォードでは、声を掛けただけでも事案になるということを恐らくシャンクスは知らないのだろうなと彼等は思う。

 

 それから、つい西の海(ウエストブルー)では子供法とか通用するのだろうかとクルー達は首を傾げてしまった。

 

 

「メル、今日はもう帰れなくなっちまったな。親御さんには、ワシから連絡しておこうか」

 

 シャンクスが氷で冷やした炭酸水をメルに献上している様を、クルー達が白い目で見ているという世も末な光景に響いたのは、トムの嗄れた気遣いの声だ。

 

 炭酸水を黙って受け取り、それをごくごく飲み干していたメルは、トムのその提案にクエッションマークを飛ばす。

 

「·····え? 連絡?」

 

「遅くなったら、親御さんが心配するんだろ。メルも今日此処に泊まるって言うのは言いづらいだろうから、ワシが代わりに言ってやろうかと思ってな」

 

 メルは一気に生気を取り戻した。

 

 今日は、恐らくこのまま一泊して明朝に此処を飛び立つことになるのだろうとメルも思っていた。

 

 如何に空を飛べると言えども、夜中の飛行がかなり危険だということを知っているので、流石にもう家に帰る意思など潰えている。

 

 だが、ジジィに生存を知らせることが出来るならしておくべきなのだ。

 いつも帰れなくなるのは、危機的状況に陥って連絡もままならないからである。

 

 しかし、今日はもうその状況を脱している。

「無事だから帰りを待たなくても良いよ」と一言だけでも言っておかないと、あのジジィのことだから下手したら徹夜しそうだしなとまで考え及んで、メルは俯けていた顔をガバりと上げた。

 

 そして、メルは一も二もなく「トムさん! 電伝虫を貸してください!」と頭を下げる。

 

 そんな親への報告もしなければならないメルを見て、クルー達のシャンクスを見る目がとうとう氷点下に達した。

 

「お頭ァ、メルはまだ子供だっていうことを忘れちゃ駄目だぜ」

 

 仕上げとばかりに事の核をついたのは、やっぱり口元から骨を飛びさせているルゥであった。

 

「オレ達とこの子は違う。それは、お頭も分かってんだろ」

 

 トムが電伝虫を持ってきてやるから待ってろと言うのを聞いて、すっかり気持ちがそっちに行ってるらしいメルはシャンクスとルゥのやり取りなどすっかり聞いていない。

 

 シャンクスが珍しく困ったように頭をかいて、ルゥから視線を逸らしているのをまさか見ることになるとは思わず、クルー達はこの天変地異もかくやという事態にアイコンタクトを取り合った。

 

 

 

 そう時間もかけずに、電伝虫を掌に置いて持ってきたトムが空箱の上に丁寧にそれを着地させる。

 

 眠たそうなやる気のない電伝虫を前にし、メルは少し気持ちを落ち着かせるように息を飲んでから、店の電伝虫に掛ける。

 

「プルプルプル·····プルプルプル·····ガチャ」

 

 電伝虫から他の電伝虫へと連絡をとっている間は、奴等は変な鳴き声を発生させる。一体、この鳴き声にはどんな意味が込められているのだろうかと少しメルは興味が湧くのだが、ジジィのかったるそうな声を聞けばそんな疑問もどっかに行った。

 

「もしもし、此方『デッキブラシの宅配便』。用件はなんでしょうか」

 

 電伝虫越しに聞くジジィの声は、とても変な感じがした。

 年齢に似合わない、変声期前の子供みたいな声をしているジジィは、そのことも実はちょっとコンプレックスに思っている。

 

 メルのオーナー兼大家は、実はかなりのコンプレックス持ちだったりするのだ。

 

 でも、電伝虫越しだとジジィのボーイソプラノも、少しだけ抑えられているような気がする。

 

 だから、メルは変な気持ちになってしまうのだろうか。

 

「ジジィ·····そのさ、もうちょっと、愛想良くしてくれない? うちの売り上げ悪いのってもしかして、それが原因とかじゃないよね」

 

 あんまりなジジィの接客態度にメルも、ついそんな諌言が口をついて出ていた。

 

「あのねェ、メル。大体、この店に掛けてくるのなんて、それこそどっかの海軍ジジィか淡々と用件だけ言ってくる面白みのない男だよォ。愛想なんか良くしたって···············め、メルゥゥウウウウッ!?」

 

 なかなかに長いノリツッコミだったが、ジジィは本当に素であれをやってのけたようだ。

 

 ガチャンと慌ただしい音が電伝虫越しにも聞こえてくる。

 

 因みに、ジジィの言う海軍ジジィはガープのことで、面白みのない男はボガードのことだ。

 

 

「ニャァアアアアッ!? メル、連絡してくるなんて何か大変なことが起きたの!? もしかして、CPに捕まったとか··········」

 

「ううん。どっちかと言うと、そっちは捕まったってよりかは捕まえたって感じ」

 

「何してるのォォオオオッ!? あんなのに手を出したら、物凄く厄介なのはメルも分かってるよね!! こんなことになるなら、やっぱりW7なんて行かせなかったら良かったよ」

 

 口惜しそうなジジィに、メルもそれは同感だとばかりに頷きそうになるが、トムが心底申し訳なさそうな顔で一人と一匹を見ているので、寸での所で思い留める。

 

 ───危ない危ない。顧客を減らしそうになったよ·····。

 

 と言うか、この場には赤髪海賊団とトムがいた事をジジィと話していることもあってすっかり忘れていたメルは、やばい話を聞かれてしまったような気がすると思いつつも、電伝虫の向こう側で錯乱しているジジィを止めるべく口を開く。

 

「あ、あのね、ジジィ。今日は、ジジィの知り合いだって言ってたトムさん所に泊まらせてもらうことになったんだ。だから、宿のことは心配しないで」

 

「·····ん? メルの親御さんはワシの知り合いなのか」

 

 そしたら、宥めようとしたジジィではなく、傍らで静かにメルとジジィのやり取りを聞いていたトムが不思議そうな顔をして口を挟んできた。

 

 メルもまさか、トムからその話をツッコまれるとは思わずにキョトンとした表情になる。

 

「え? ジジィからはそう聞いていますよ。トムさんが気の良い魚人で、会社の人達もそんなトムさんみたいに良い人だろうから、W7まで仕事をしておいでって送り出してもらったんです。あ、ジジィの話を聞くのをすっかり忘れてた·····」

 

「そうなのか。メルの会社に仕事の連絡を入れたのは、アイスバーグだから、気づかなかったな」

 

 トムはそれから、思案顔をして目を瞑ってしまった。

 

 電伝虫でメルとトムのやり取りをジジィは聞いていたらしく、電伝虫の顔付きが酷く苦々し気だ。

 

 まるで、トムにはそのことに気が付かれたくなかったのだと言いたげな表情を浮かべているジジィに、まさかこの場に赤髪海賊団達も居るとは思いもしないのでボロばかりを零していっている。

 

「·····メル、今回帰れないのもトムズワーカーズの事件があってなの?」

 

「うん」

 

「分かったよ。そっちでは、トムの言うことをよく聞いて迷惑かけないようにね。明日の晩御飯までには帰ってきたらいいから────じゃあ、トムに代わってくれる?」

 

「りょーかい。W7は流石にヤバそうだから、どっか別の島でお土産買って帰るね」

 

 次いで二人はおやすみと寝る前の挨拶を交わし合い、メルから場所を変わられたトム。

 

「アイスバーグか、フランキーにワシの家まで案内してもらえ。風呂や寝室もあの二人に聞いたら良い」

 

 あんまり夜遅くまでこの子を連れ回したら、今も若干電伝虫であるが目付きが剣呑である話相手を怒らすことになるだろうとトムは判断して、この場にある肉やおにぎりをパックに詰め込んだ。

 

 赤髪海賊団のクルー達もトムが何をしたいのかを汲み取ったらしく、パックにご飯を詰めるのを手伝い始める。

 

 メルはそれらを抱えさせてもらい、デッキブラシも器用に片手で握り締めてから、ペコりとトムと赤髪海賊団に頭を下げた。

 

「おやすみ、メル」

 

「おやすみ、良い夢を見るんだぞ」

 

 ジジィともやり取りをし始めてからは、黙々と酒を飲んでいたシャンクスがメルの頭を撫でて眠る前の挨拶を掛ける。

 

 そんなシャンクスに倣うようにトムもメルに声を掛けて、行ってこいと彼女の背中を優しく押した。

 

 他の赤髪海賊団のクルー達も口々に「おやすみなさい」と言ってくるので、メルは皆に「おやすみなさい」を返してからレッドフォース号で木屑塗れになっているフランキーとアイスバーグを呼びに行った。

 

 メルがこの場から居なくなると、赤髪海賊団のクルー達も空気を察してか伸びをしたりしてこの場を静かに去っていく。そこには、シャンクスの姿もあり、彼は片手でトムに暇を告げるや、外の方へと向かっていった。

 

 酒瓶を手にして、クルー達を引き連れ歩くシャンクスの背で揺れるマントの裾が翻っているのを眺める。

 

 恐らくは、あの泥棒達の様子を見に行ったのだろう。

 

 彼らにとってはこれからが仕事なのだろうが、その怠そうな足付きからはとても拷問に加勢する者達には見えない。

 

 トムは彼らの背中を見送るのも程々に、空箱の上で険しい顔を作っている電伝虫と対峙する。

 

 歳を重ねた分だけ散り積もった彼の記憶の中にあるらしいメルの親。

 

 一人だけ、思い当たる人物がいるにはいた。

 だが、その人物はもうこの世には居ないはずなのだ。

 

 居るとすれば、それはもう亡霊でしかない。

 

 この世に何の未練があって蘇ったのかもすら分からないその亡霊が、今は子育てをしているのだとすれば·····この世界は小説にも劣らないほどに奇妙奇天烈なことに違いない。

 

 ───だが、トムの記憶の中にいるとすれば、この電話の向こうにいる人物は彼しか有り得ない。

 

 知らず、緊張を解すように唇を舐めた。

 

「お前は───ハンゾウなのか」

 

 久しく紡いだその名は、約八年ぶりに口にしたというのに淀みなく出ててくる。

 

「··········記憶力の良い爺さんだよねェ、君も」

 

 電伝虫は否定をせずに、揶揄るような口調で応答する。

 

 トムは両手で顔を覆った。

 どうやら世界は、小説よりも奇妙奇天烈であったらしい。

 

 

 思い起こすのは、あの八年前の日。

 

 その頃からプルトンの設計図を持っていると疑われていたトムは、今よりももっと本腰入れてそれの在処を聞いてくるCPとよく舌戦を繰り広げていたものだ。

 

 そして、あの日。

 あの頃よく戦っていた諜報員ではなく、別の諜報員が取り立てにやってきたから、トムは軽く聞いたのだ。

 

『いつもの奴ァ、とうとうクビになったのか』

 

 どうせ他の任務でも入って代わりの奴が来たのだろうと思いながらも、彼等を逆撫でしたくて放った言葉。

 

 だが、その諜報員はそのトムの言葉に憤怒の形相を浮かべることも無く、無表情のままに事実を述べた。

 

『前の者は、任務を遂行出来ずに亡くなられました。これからは、本官が来ることになりますので』

 

 無機質に教えられたその事実を前に、トムはあの男の代わりにこれから来ることになったらしい男が去った後も立ち惚けていた。

 

 それから、八年が経ち───トムの前にメルという、デッキブラシで空を飛ぶ不思議な少女が現れた。

 

 そして、その少女は言う。

 

 自分の親は、トムの知り合いなのだと───。

 

「死んだんじゃなかったのか·····」

 

「残念ながらピンピンしてるよ」

 

「なんで人の親なんてやってんだ·····お前ェは、CPで猫のミンク族だろ」

 

「煩いなァ、魚人。ミンク族なのは関係ないよね」

 

 あの頃、いつもこうして減らず口ばかり叩いていたあの黒猫のミンク族が生きていた。

 

 今日は様々なことが身の上に巻き起こったが、この事実こそが今日一番の出来事だったろう。

 

「メルは、ボクが元CPってことは知らないんだ。だから、言わないで欲しい、あの子にだけは」

 

 まさか、ジジィ───ハンゾウから縋るようにお願いごとをされるとは思わず、トムは口を一文字に引き締める。

 

 トムの形相を電伝虫越しに見ているらしいハンゾウは尚もトムを説得するべく、言葉を連ねる。

 

「メルは───ううん。ボクとメルは、世界政府に追われていたことがあるんだ。彼女の一族は少し特殊でね。オハラのような末路を、彼女の一族も辿ったと思ってくれればいい。だから、あの子は世界政府の狗であるCPを毛嫌いしているんだ」

 

「·····お前が最期を遂げたと言われている任務と関係があるのか」

 

 妙に芝居上手な電伝虫が、忌々しそうに下唇を噛み締める。

 

 これ程までに相手の様子を再現することにこの虫(?)達が心血を注ぐ理由は分からないが、そのお陰でトムはハンゾウの心境をより深く理解出来る気がした。

 

「そうだよ。ボクはあの時、メルと出会ったんだ。まだほんの生まれたばかりのあの子を抱えて、世界政府から逃げ出した」

 

「だから、手前ェにCPは不似合いだっつったんだ。お前は優しすぎる·····!ワシの所で働けばいいって何度も───」

 

「え、アレって本当に勧誘してたの?」

 

「当たり前ェだろうが!」

 

 知らなかったーと腑抜けた声を出す過去の敵に、トムが重たい溜息を吐き出す。

 

 時たま抜けたところがあったが、まさかトムの引き抜きまで冗談だと勘違いしているとは思わなかった。

 

「ドンと真摯に勧誘していただろうが! アイスバーグとフランキーの奴も本気で言ってただろ!」

 

「いや、あの海パンの子はボクの生態の方に興味があっただけだと思うよ。まさか、猫じゃらしとマタタビだらけのガリオン船に放り込まれるとはあの時、思わなかったなァ」

 

 苦々しくもある、過日のトラウマにハンゾウが渋い声を出しているが、それはトムも同じであった。

 

 まだトムズワーカーズに来て二年しか経っていない頃のフランキーは、トムやアイスバーグくらいしか懐かなかった。

 

 親に捨てられたという心の傷が、大人達への反抗心に繋がったらしくよく他の従業員達に悪戯をして、彼らを困らせたものだ。

 

 そんな折に、ダークスーツをパリッと着こなして、シルクハットを小粋に被った二足歩行の黒猫がトムズワーカーズを訪れた。

 

 人間とは確実に違う大きな瞳と、小さな口元から生えている髭。

 ゆら〜りゆら〜りと気侭に揺れている尻尾を、子供がお気に召さないはずがなく。

 

「お前が来たからフランキーの奴は、まァ、今も大分可笑しな奴だが、性根は真っ当な人間になったんじゃねェのか───ワシやココロも魚人だから、彼奴にとって捨てた両親と一個も被らなかっただろうがな。それでも、子供の扱いは何倍もお前ェの方が上手かった」

 

「昔もそれについては言ったけどさ。あの海パンの子にとって、ボクはペットみたいな感覚だったと思うよ。ボクがあの子を手懐けていたようにトムには見えたかもしれないけど、それ逆だからね。アッチがボクを飼い慣らそうとしていたんだよ」

 

 指の間に煙草を挟みながら世界経済新聞を目で追うという、いつものスタイルを取りながらも、ハンゾウはカウンターの上でまだ納得してなさそうな電伝虫の表情を盗み見して、天井を仰ぐ。

 

 メルをトムの下に行かせるということは、こういうことになるだろうと分かってはいた───ただ、覚悟は足りなかったなとハンゾウは遅い自覚をする。

 

「もう、どれも時効だよ。それよりも、君の所の厄介事にメルが関わったんでしょ? その顛末を聞かせてよ」

 

 そう言って、ハンゾウが話の転換を図った頃に、ドックの鉄扉が慌ただしく開けられた。

 

 大きな音を立てて開いたこともあって、作業に没頭していた従業員達もつい顔を上げて、派手な登場をかましたその闖入者の顔を見てやろうと作業の手を止める。

 

 その闖入者とは───赤髪海賊団のクルーの一人であった。

 

「大変だッ!! あの泥棒共、エニエスロビーにいる長官にオレらが此処に滞在していることを子電伝虫でチクってやがった·····! 多分、夜が明けたら突入してくる·····!」

 

 今日は、本当に次から次へと珍事が舞い込む厄日である。

 

 満足に知人と会話することもままならない有様に、トムはレッドフォース号へと視線を飛ばす。

 

 あとどれ位で大方の修理を終えられそうかと目算をしてから「悪ィな」と電伝虫に断わりの口上を紡いだ。

 

「積もる話はまた明日でもいいか。少しばかり、ドンと急用が入った」

 

「分かったよ。明日の昼頃なら手は空いてるから」

 

 それから別れの言葉もそこそこに、トムはよっこらせと腰掛けていた空樽から立ち上がる。

 

 長いこと座っていたせいで腰が痛いと、腰を摩りながらCPの奇襲を聞いてオロオロしている従業員達に喝を飛ばす。

 

「男がカチ込まれるくらいで狼狽えんじゃねェ! 男なら、こういう時こそドンと構えな!─── お前ェらが、珍しく張り切ったせいで修理もそろそろ佳境に入ってんだろ」

 

 空気を震わせるような、その特大の叱咤に狼狽えていた従業員達も徐々に冷静になっていく。

 

「日が出る前に、レッドフォース号を出港させんぞ! 今日は寝られると思うな!!」

 

「「「おう!!」」」

 

 それぞれ工具を持って鬨の声を上げるトムズワーカーズに、報せに来た赤髪海賊団のクルーも頼りになるじゃねェかと口の端を上げて、その場から踵を返す。

 

 まだ泥棒達を絞り込んでいる己のお頭に、出航時間がかなり早まったことを伝えるべく彼はまた夜空の下を駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




シャンクスがぺドリストになりかけてますが、彼は純粋に子供が大好きなだけです。身のうちに五歳児を飼ってますからね。

ヤソップとベックマン、ルゥと赤髪海賊団も個性派揃いですよね。

ウソップの父ちゃんの鼻が長くなくて、ええっ!?と驚いたのも遠い思い出です。

そして、ベックマンって実はONE PIECE界でも随一のIQを持ってるそうです。どうしよう、彼の賢さとか書ける気が全くしないのだけども。

ルゥはお肉ずっと食べてて可愛いですよね。赤髪海賊団に入れよとルフィを誘っておいて、シャンクスにルフィが仲間になったらその一人分を此処に置いていくと言われて見事にテノヒラクルーした場面が好きです。

でも、ここの海賊って無人島漂着多いですよねー。
もしかして、ひとつなぎの大秘宝関連でしょうか。



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