届けさせてください!   作:賀楽多屋

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プレッシャーに弱いせいで、いきなり色んなものが増えてて頭の中真っ白になりました。

マスター、とりあえずこの店で一番強い奴ください。
日本酒よりも焼酎で頼みます。あ、冷で。
これはもう、どっかの赤髪の所よりも派手に宴かましますよ。

拙作を読んで下さり、本当にありがとうございます。
皆さんもお好きなお酒を頼んでください。
支払いはもちろん割り勘です。それかペイペイで。



やっぱり人は見た目が百パーセント!

 メルの住む家は、一応ジジィの私邸らしい。

 

 万年金欠のジジィであるが、何故か店を一階の隅に構えられるほどには大きな家を持っており、メルはそこの二階の角部屋を与えられていた。

 

 そこそこ古い家らしく、気を付けて上らないと階段はギィギィと耳障りな音を立てる。

 

 夜中に帰還を果たすメルにとって、ジジィに深夜帰りがバレたくないためにその階段はトラップ以外の何物でもない───ま、階段を上る前にジジィの獣並みの五感によって即バレするのだが。

 

 そして、今日はその階段を盛大に鳴らして上る人物がいた。

 

 天窓から差し込む陽気が映し出したのは、耳をピント立てた黒猫の姿である。

 

『デッキブラシの宅急便』のオーナーにして、この家の持ち主であるジジィその人が、神妙な顔つきで階段を足早に上っていき、目的地は決まってると迷いない足取りでメルの部屋の前に立つ。

 

 そして、躊躇なく扉を二回ノックした後に直ぐノブを捻って押し開ける。

 

「うぇッ!?」

 

 すると、ジジィの容赦ない乱入に気付いた部屋の主が、頓狂な声を上げて机上に散らばっていた()()()を隠すように両手を広げて、眠り込むような体勢を取る。

 

 あの桃色お兄様が来日した日から連日配達業は閑古鳥が鳴いているため、メルは今日も暇を持て余しており部屋の中に大人しく引きこもっていた。

 

 そのため、今日の装いはあのジジィに買って貰った空色のワンピースだ。

 

 丸襟が可愛らしいそのワンピースはメルの長いお下げ頭を引き立てており、黙っていれば良いところのお嬢様のようにも見える。

 

 だが、思春期の青少年の如く親に見られたくないものを隠すそうと四苦八苦している様相のせいで、その雰囲気も弾け飛んでいた。そんなメルにはジジィの目も自然と白くなっていく。

 

 ───君は、エロ本隠す思春期少年なの?

 

 ジジィにはしては珍しく低俗な感想である。

 

 そんな残念な娘に溜息の一つも零したくなったが、漸く手にした依頼を思い出して、彼は気分を返るように「ごほん」と咳払いをする。

 

「忙しいところ悪いけど、仕事が入ったよ。あの海軍ジジィが本部に戻ってきたみたいで、昼すぐに仕事を頼みたいからマリンフォードに来てくれって」

 

「え!? ガープさん戻ってきたの!?」

 

 コビーと友達になったあの海軍凱旋以来、音沙汰無かったガープがとうとうマリンフォードに帰ってきたらしい。

 

 今回もそこそこ長いこと、海を流離っていたガープからの久々の依頼にメルの海が現金な光を帯びる。

 

 ガープの依頼は、超お得意様なこともあって通常料金の三倍だ。

 しかも、チップもそこそこ弾んでくれるという素敵なおまけ付き。

 

 だからこそ、ガープの依頼は他のどんな依頼よりも優先してメルは受けているのだ。

 

 メルは頑張って体の下で隠していたものをすっかり忘れて、「早く準備しなきゃ!」と、良い値段した空色のワンピースを乱暴にその場に脱ぎ捨て始めた。

 

 家族とはいえ、一応は異性であるジジィの目の前なのだが、まだメルは女の子が一定の年齢になると罹患する『父親大嫌い症候群』を患っていない。

 

 そのため「えいやっ」と掛け声を掛けて、メルはとっとと下着姿に様変わり。

 

 そんなメルのとんでもない行動に、購入した当人であるジジィが「ニャァアアアッ!? メル、その服幾らしたと思うのォ!?」と守銭奴らしいお怒りの声を上げるが、すっかり目先の金に目が眩んでいるメルの耳には届いていない。

 

 目も追いつかないほどの早業で、カーテンレールに引っ掛けていた黒のワンピースを引っ掴んで被りこみ、一応と雨避け用のケープを羽織る。

 

 今日は少し、朝から嫌な風が吹いているのだ。

 遠出をしなければ降られることは無いだろうが、此処は偉大なる航路(グランドライン)上にある島。

 

 乙女の心よりも移ろいやすい天候がある種、名物なのだ。

 

 そんなメルのお着替えを気にすることなく、ジジィはメルがほっぽり出したワンピースを腕に抱え、皺になっている部分を伸ばす。

 

 何時になったら、この子のお転婆ぶりは鳴りをひそめるのだろうとジジィが再度、嘆息を吐いて────その拍子に、ジジィはメルの机の物をなんとはなしに見た。

 

 そして、目が点になる。

 

 その目は、まさかメルの部屋の中でこんなものを見ることになるとは思わなかったと雄弁に語っており、メルも自分の机の前で硬直しているジジィを発見する。

 

 ジジィの視線の先を追い、そこに自分が必死に隠したかったものがあると察したメルの顔は、瞬時に熟れたトマトのように真っ赤になった。

 

「そ、それは·····巷で流行ってるって言うから試しに買っただけだよ!」

 

 人差し指をビシッと向けて、吃るようにそう言うメルにジジィは「その言い訳は無理があるよォ」と胸中でツッコんでしまった。

 

 ジジィは再度、机の上で散らばる『海の戦士ソラ』のシールを見下ろす。量にして、目視で用意に数えられる枚数じゃない。確実に、コレクションを目的として集められたものであり、()()()()()()と言えるような数ではないのだ。

 

 しかも、その傍にはビーズの装飾が可愛らしい箱まで置いてあった。恐らく、普段はその中に仕舞っているのだろう。

 

 ───最近、ボクの新聞を隠れて見ているからとうとう世界の情勢なんかにも興味を持っちゃったのかと思っていたけど·····まさか、漫画の方が本命だったなんてねェ。

 

 笑っちゃいけないと思いつつも、ジジィの口元が緩やかに弧を描く。

 

 存外、まだ子供っぽい所があるメルに安堵しつつも、これを必死に見られまいと隠そうとしていた彼女の姿も同時に思い出してしまう。

 

 そして、笑いに対しての耐性が低いジジィはそのまま結局、「ふふふ」と笑ってしまって、暫くメルの頬は冬眠の準備をしている栗鼠の如く膨れ上がっていた。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 時刻は丁度、お昼時。

 

 偉大なる航路(グランドライン)に浮かぶ数ある島の一つのマリンフォードは、その脅威蔓延る地域(エリア)であるにも関わらず、欠伸が出そうな程に平和な場所であった。

 

 しかし、それも当然のことである。

 何故なら此処は、世界政府直属の治安維持組織である海軍の本部がある場所なのだ。

 

 そのため、この島の住民の殆どが海軍の身内によって構成されている。

 

 そんな島にこの三年間、仕事のためにと足繁く通っているメルは、しかし、今日は何故かいつものように一直線に海軍本部へと向かわなかった。

 

 彼女のデッキブラシはエスニックな街並みの方面へと向かっており、そのまま商店街の方へと降下していく。

 

 商店街を行く人々は突如頭上に現れたデッキブラシの少女に目を見開き、仰ぎ見ていた。中には、近くを巡回していた海兵を呼び止めて、少女を指差す者もいる。

 

 だが、海兵達はメルのことをよくよく知っているため、驚きの声を上げる此処の住民達に「あの子は、大丈夫ですよ」と宥めた。

 

 ガープ御用達の配達屋が空飛ぶデッキブラシの少女であることは、最早海軍の常識になりつつもある。

 

 そして、その少女を元帥のセンゴクが取り込もうしていることや大将二人がやけに構おうとしていることなど、様々な流言がまことしやかに流れていることもあって、彼女の存在は海兵達にとってかなり身近なものになりつつあった。

 

 よもや、外堀からジワジワ埋められているとは知らず、メルは何かを探すかのように顔を動かして、彼らの頭上を悠々と飛んでいく。

 

 そして、目の上に庇を作った彼女は漸くお目当てのものを見つけたのか、それはそれは嬉しそうな顔をして微笑んだ。

 

「あった·····!」

 

 よし!とガッツポーズを取るメルの背中では、普段は見られない大きなリュックが動きに合わせて揺れた。

 

 珍しくショルダーバッグを肩から提げていないが、その他は特段と変わったところは見られない。

 

 デッキブラシの柄からはラジオがぶら下がっているし、ワンピースの下がドロワーズだけなのも普段通りだ。

 

 早く降りたいと足をばたつかせるメルの気持ちを察しているのか、デッキブラシがいつもよりも速度を早めて下降した。

 

 地面に足をつけたメルの目前に聳え立つのは、年季の入った一件の駄菓子屋だ。

 

『駄菓子屋と煙草屋』と掲げれているその店は、木造作りなこともあって古き良き佇まいである。看板が少し傾いている所も味が出ていて、それを見上げるメルの顔は喜色に満ちている。

 

 漸く探し求めていたものに会えるかもしれない、と胸を高鳴らせるメルが開きっぱなしの店内に踏み込むと、番台でうたた寝をしていた店主と目が合った。

 

「おォ、いらっしゃい。よく見てってくれや」

 

 頬の下に十字傷のあるその店主は強面で、禿頭なこともあって話し掛けるには少々勇気のいる外見をしていた。

 

 シャツ越しにも分かる発達した胸筋や、半袖から除く丸太のような腕が何処からどう見ても堅気じゃないのだが、今のメルは視野が狭まっていた。

 

 彼女は暫し逡巡するようにシミのついた天井を睨んでいたが、背に腹はかえられぬと決心したようで、熱を持つ頬を自覚しながら本題を切り出す。

 

「あ、あの! 『海の戦士ソラ』のシール入りガムって取り扱っていますか!?」

 

 メルが態々、ガープの指定した時間より早めにマリンフォードへとやってきたのはこれが目的であった。

 

 今朝のジジィとのやり取りで分かるように、メルはすっかり『海の戦士ソラ』のファンになっている。

 

 あのW7へ行く途中で出会ってしまったのが運の尽き───ファンであるメルからしてみれば、祝福されるべき運命的な出会いらしいのだが。

 

 そんな風に短い期間ですっかり熱を上げ切っているメルは、また出会ってしまったのだ。

 

 ジジィに買い出しを頼まれた際にふと立ち寄った駄菓子屋で見つけた『海の戦士ソラ』のシール入りガムに。

 

 トムズワーカーズの本棚にぺたぺた貼られていたあのシールは何処で手に入るんだろうと密かに思っていたメルは、そこでとうとう念願の出会いを果たしたのだ。

 

 メルの住む島でも『海の戦士ソラ』はかなり人気のようで、その時にメルはガムを三つしか購入出来なかったのだが、こそこそと仕事中に買い集めたこともあってコレクションの数はそこそこに膨れ上がっていた。

 

 だが、しかし。

 それでも、メルはガムを購入することを止められなかった。

 

 その理由は至って簡単なものである。

 恐らくは、物語の中に“推し”と呼ばれる人物がいる者なら直ぐに推測出来るだろう。

 

 メルは『海の戦士ソラ』に登場するキャラクターをほぼ全員好んでいる。

 ただ、彼女は箱推しはしていない。

 

 ほぼ全員好きであるが、その作品の中でも一等愛しているキャラクターがメルにはいるのだ。

 

 ───ジェルマピンクを、今日こそ手に入れてみせるもん·····!

 

 彼女が愛してやまないそのキャラクターこそ、主人公の敵でもある『ジェルマ66(ダブルシックス)』に所属するジェルマピンクという妖艶な女性だ。

 

 毒を使って相手を攻撃し、時には気紛れで毒に侵された主人公ソラを助けることもあるミステリアスなヴィラン。

 

 格好良い女性に憧れてしまうお年頃であるメルは、すっかりそのジェルマピンクの虜になってしまい、最近はすっかり殺風景な部屋に少しでも彩をと思い貯金していた金も崩して貢いでしまっている。

 

「ああ、お嬢ちゃん。アレのファンか、すっかりこの辺は流行し終えたとばかり思ってたが·····」

 

「えー!? 今が作品史上の盛り上がりを見せてるって言うのに!? とうとうジェルマグリーンが女の人に騙されて無一文になってしまい、クビになりかけている所だよ! ジェルマピンクがソラに告白する一歩手前で、ソラの頭の上にいた鴎がソラたちの本当の司令官だってことも判明して胸熱だらけの展開盛り沢山なんだよ!」

 

「·····話が全く繋がらねェ。あれって海軍万歳と子供に洗脳する漫画じゃなかったか」

 

 片拳を握り熱く作品への愛を語るメルに気圧されたせいか、店主がポツリとマリンフォードでは思っていても到底口には出せない独り言を零す。

 

 だが、ファン特有の『好きな物を語っている時は誰の話も耳に入らない症候群』のせいで、幸いなことにもメルは店主の独り言を一つも聞いていなかった。

 

 店主も熱弁振るうデッキブラシを持った変な少女の話にこれ以上付き合わされては敵わないと判断する。

 

「分かった分かった。お前さんの熱意は十分伝わったさ·····ほれ、あっちにあるから見てこい」

 

 店主が面倒そうな表情で彼女のお目当ての品がある方向を指差し、行ってこいとまるで犬にフリスビーを投げるような言い草で告げる。

 

 しかし、すっかり気持ちが盛り上がっているメルはそんな店主の態度に文句も言わずに、直ぐに走ってそちらへと行ってしまった。

 

「嘘ッ!? 此処、滅茶苦茶沢山あるじゃん!!」

 

 投げやりな店主の指差す方へと、ガムが逃げる訳でもないのにすっ飛んで行ったメルの目前にはズラリとガムの箱が勢揃いしており、選り取りという様相である。

 

 タダでさえ暴走気味であるメルであるのに、この嬉しい誤算ですっかり理性が吹っ飛んでしまったらしい。

 

 ガムの値段を見ながら、リュックからプライベート用の財布を取り出した彼女はパカッと財布を開けてみるや、「ひーふーみーよー」と中に入っていたベリーを数え始める。

 

 デッキブラシを肩に下げて入ってきたのも驚いたが、ベリーの束を数えて何箱買えるか計算しているメルにすっかり店主もドン引き気味である。

 

 ───まさか、あのでけェリュックもアレを大量に買って持ち帰るためか·····?

 

 ジェルマ66の活躍頻度が増えてからは、『海の戦士ソラ』の人気も下火になっていた。

 

 此処は、海軍しかいないような街だ。

 悪の組織や海賊には自然と嫌悪を抱くように街の雰囲気が出来てしまっている。

 

 そんな中で、敵役のジェルマピンクが好きだと言って憚らないその少女は明らかに外の空気を纏っていた。

 

 少し少女の素性に興味が湧いてくるが、所詮はたまたま立寄った駄菓子屋の店主とその客の関係。

 

 あまり踏み込んでも良くないかと頭を搔く店主の座る番台が、ドンッと音を立てた。

 

 その音の正体は、目前でニコニコと満足気に笑っているメルが腕一杯に抱えていたガムの箱の山である。

 

 目視で数えることもままならないほどに積まれたガムの箱に、店主の口がポカリと開く。

 

 そして、呆気に取られていた店主が今日最も引けた指で、ガムの箱を数えてみると50箱あった。

 

 確かに子供の駄賃でも買いやすいようにと、ガム自体の値段はそこまで高く設定されていない。どちらかと言うと三つ四つと多く買えるような値段になっているため、この店にある商品の中でもかなり安い部類だろう。

 

 しかし、それもこれ程の数になればかなりの金額になる。

 到底、子供が払える額じゃないと店主が思っていることを読んだのか、メルはきっちりと金額丁度のベリーを差し出してきた。

 

「多分、計算違いは無いと思うけど·····」

 

「あ、ああ、丁度頂く」

 

 どうしてこんな大金を子供が持っているのだろうかと店主は頭を悩ませるが、当のメルはと言えば、こんだけ買ったのだから漸くジェルマピンクのシールを手に入れられるだろうと大層ホクホク顔である。

 

 どれにお目当ての物が入っているだろうと目をキラキラさせながら、一つ一つを大事そうにリュックへと詰め込んでいくメルには、最早店主には呆れしか残らなかった。

 

 

「おや〜、おやおや〜? かなり駄菓子を買い込んだ子供も居たもんだねェ。君ィ、もしかして親御さんに海軍将校でもいるのかなァ〜?」

 

 気配など無かったはずなのに出入口の方から聞こえてくる間延びした、独特な調子で紡がれるその声にメルと店主がパッと顔を上げる。

 

 すると、そこには店主にも負けず劣らずのヤバそうな空気を纏った壮年の男が一人、リュックにガムの箱を詰め込んでいるメルを色付きのサングラスの向こう側から面白そうに見ていた。

 

 色付きのサングラスを掛けている男に碌な奴はいないと、メルは先日も身を持って体験していたため、バチりと合ってしまった彼の視線につい嫌な顔をしてしまった。

 

 縦縞の入った真っ黄色の派手なスーツを着込んで、磨かれた革靴を履いている男はやっぱり何処からどう見てもマトモな商売をしているようにはとても見えない。

 

 なんで海兵蔓延るこの街に紛れているのかも分からないほどに、常人離れしたセンスをしているその男は、メルの嫌そうな顔を見て「ん〜?」と首を傾げる。

 

「もしや、わっしと知り合いなのかねェ。わっしには子供の知り合いは居ないはずなんだけどォ」

 

 メルの嫌そうな顔を見て、思わぬ方へと男は思考が飛んだらしい。

 もしかしたら、普段から人の顔をあまり覚えない質で、時たまこう言う反応を取られることがあるのかもしれない。

 

「ううん·····ちょっと、色付きのサングラス掛けてる人がトラウマで·····」

 

「あら〜、それは可哀想に。でもねェ、わっしはこれを取ると、海賊にしか見えないらしいんだよォ」

 

 否、それを取らなくても海賊には見える───とメルと店主の二人は意見を同じにしたのだが、彼が頑張って海賊に見えない努力をしているのだと思えばそれも口には出しにくい。

 

「ボルサリーノさん。アンタ、戻ってきてたんだな」

 

 メルがカチンと固まっているのを尻目に、店主は我に返るやこの店の常連に声を掛ける。

 

 暫くは厄介な案件が立て続けに起こったせいで、三月以上を海上で過ごさないとならないかもしれないと彼が愚痴っていたのが、つい先日のように思える。

 

 だが、確かに長いことこの男は店を訪れなかったなと店主が改めて思い直したところで、ボルサリーノは含むような笑みを向けてきた。

 

「やァ、店主。今日もいつもので頼むよ〜。夜に部下達と酒盛りをしようと思ってねェ」

 

「スルメに、ピーナッツ。あと、チータラとジャーキー。チーズも各種類揃えて、どれも10個ずつだな」

 

「流石だねェ。よく覚えてるもんだよ〜」

 

「ウチの数少ない常連だからな。アンタのお陰で、ツマミの仕入れが増えたもんだ」

 

「昔は此処、ピーナッツくらいしか無かったもんねェ。有難いよ〜」

 

 軽く頭上で交わされるのはただの店主と客の会話なのだが、如何せん二人共とても堅気とは思えないような居住まいなので、光景だけでもヤバい取引をしているように見える。

 

 実際はスルメやピーナッツといった、健全な代物しか会話には出てきていないのだが、メルにはそれも隠語に聞こえてくるのだから、やはり人は見た目が百パーセントという話は嘘ではないようだ。

 

 ポカンと大口を開けて、店主とボルサリーノのやり取りを見上げていたメルにボルサリーノは気付いたらしく、「どうしたのかなァ?」と微笑んだまま眉根を上げる。

 

 だが、その微笑みにも含みが感じられてしまう。

 

「な、なんでも、ないけど」

 

「君は、『海の戦士ソラ』が好きなんだねェ。わっしはあまりそれに詳しくないけど、かなり有名なんだろ〜、それ」

 

 店主が奥に引っ込んでボルサリーノの購入する物を見繕っている間は彼も暇らしく、メルを暇潰し相手に選んだらしい。

 

 メルはボルサリーノに話を振られてまた目を忙しく泳がせたが、リュックにガムの箱を詰めることを再開された。

 

「うん。この辺じゃあ、もう人気は無くなってきてるみたいけど·····。でも、今が一番面白いんだよ」

 

「へェ、嬢ちゃんはどれが好きなんだい〜?」

 

 ボルサリーノが現れてからは、ガムの箱をメルはスピードを上げて淡々と詰めていく。

 

 その最中に、ガムの箱に描かれているキャラクターの絵をボルサリーノは指差してきた。

 

 筋張って日焼けしたボルサリーノの指が自分の手の近くに現れて、またメルの心臓が暴れ回ることになるのだが、彼は全くメルの状態を察してないらしい。

 

 そのため、メルの気持ちなど知らないと、「これかな〜? それとも、こっちかな〜?」と楽しげに推測しているボルサリーノの姿が少し憎らしいと彼女は奥歯を噛んでしまう。

 

 ドフラミンゴの一件もあって、必要以上にボルサリーノへの警戒心がメルの中で高まっているのだ。

 

 実はボルサリーノの手を見た時、殺意を明確に持って伸ばされたあの手がメルの脳裏でフラッシュバックした。

 

 夢見が悪い時も、時たま繰り返されるあの忌まわしい記憶の再生はメルが思っている以上に彼女の心を蝕んできていた。

 

 だが、そんなメルの事情を知るはずもないボルサリーノは、なかなか答えないメルに首をまた捻っている。

 

 今は、あのお兄様のことを思い出している場合じゃないと我に返ったメルは、メルの返事を首を長くして待っている人相の悪い男のために口を開く。

 

「じぇ、ジェルマピンク·····」

 

 どうにか喉の奥から声を捻り上げて返答して見せればボルサリーノは「ピンクか〜。女の子はピンクが好きだねェ」と妙な納得の仕方をして見せた。

 

 そんなふうに少しずつボルサリーノと拙く会話しながらガムの箱をリュックに詰めていたメルだが、最後の一箱を苦労してリュックに詰め込む頃にはボルサリーノへの恐怖は何処かへ行っていた。

 

「そのガルーダっていうのが、ジェルマ66の黒幕だとメルちゃんは考えてるんだねェ」

 

「うん、そうなの! 何回かポロッとガルーダが人語を話した瞬間があってね。実はジェルマレッドも、そいつから司令を受けてるんじゃいかって思うんだよ」

 

「ボスってェのは、案外近くに居るからねェ·····」

 

「ボルサリーノさんも一回だけ、読んでみない? 面白いよー!」

 

「わっしはこう見えて、忙しくてねェ。光の速度で動けるせいで、かなり厄介な仕事ばかりまわされちゃうんだよ〜」

 

「うわ〜、やーな上司だねー。休息は大事だよ、本当」

 

「勿論、分かってるよ〜。だから、今日は部下達と酒盛りをしようと思ってねェ。此処のツマミは結構美味しいんだよォ」

 

 店主が全てを袋に入れて戻ってきた頃には、パンパンに膨らんだリュックを前にしゃがみこむメルと、そんなメルに合わせるように膝を折って、高い上半身を億劫そうに屈めているボルサリーノの姿があった。

 

 ───あの子、さっきまであんなにボルサリーノさんを怖がっていたのに·····。子供ってのは逞しいもんだな。

 

 ただボルサリーノが子供好きだったとは思わず、その不似合いな組み合わせに店主は意外な割にはしっくりとくる光景だなとも思い直す。

 

 元々のんびりとした口調で喋ることもあって、仕事以外では穏やかであるボルサリーノの人柄を知っているだけに、店主には近所の子供に構う強面の親父の図に見えてしまったのだ。

 

 店主が会った時のように、『海の戦士ソラ』をボルサリーノにも布教しているらしいメルには、もう彼を怖がっていた様子は欠片にも見受けられない。

 

 このまま、オッサンと子供のほのぼのしいやり取りを続けさせてもいいのだが、店長も仕事をしなければならないのだ。

 

「ボルサリーノさん。物を見繕ってきたから、会計を頼むよ」

 

 店長は楽しそうな二人の間に割って入ってボルサリーノに会計を告げると、彼らは揃って顔を上げて「早いお帰りだった」と口々に物申す。

 

 急なボルサリーノの来店に物を取り出すのにも、時間はそこそこ掛かっていたはずなのだが、二人の話にはすっかり花が咲いていたようで体感時間まで変わっていたらしい。

 

「って、うわ! もうこんな時間じゃん!! 仕事しなきゃ」

 

 だが、メルは窓の外に目をやって経過した時間の長さを知ったようだ。

 

 はち切れんばかりに膨れ上がったリュックに腕を通して、慌てたように彼女は立ち上がるが、思った以上に重たくなってしまったらしいそれに足を取られてたたらを踏む。

 

 そんなメルに、一瞬助けようとボルサリーノの腕が伸びるが、メルはどうにか一人で立つことに成功して、二人に満面の笑みで振り返った。

 

「今日はありがとう、店主さん! ボルサリーノさんもお話とっても楽しかったよ! また会えたらその時はよろしくねー!!」

 

 少女の去り際は、出会った時に比べて酷くあっさりとしたものであった。

 

 ぺこりと二人にお辞儀をして、軽やかな足音と共に店を出ていったメルに、彼等は顔を見合わせる。

 

「元気な子だったな·····。なんで、デッキブラシを持ってたのかが分かんねェが」

 

「いや〜、面白い子だったねェ」

 

 思い思いの感想を述べつつ、支払いを済ませたボルサリーノは購入した物を店主から受け取って、さぁ帰るかと両肩を回した。

 

 そして────光の粒子だけを残して、あっという間に目前から消えてしまったボルサリーノ。

 

 いつ見ても便利な能力をしていると思いつつ、店主は最近伸びてきた無精髭を撫でながら一連の出来事の感想を零した。

 

「海軍大将ってェのは、子供にまで愛想良くしねェといけないものなのかねェ·····」

 

 

 




これでメルちゃんは三大将コンプリートです。おめでとう。

そして、やっと出ました! ボルサリーノ!!

シャボンディ諸島では絶望を味わせてくれた彼ですが、果たして新世界ではどんな風に暴れてくれるのでしょうか。

しかし、いつ見ても田中さん(モデル)ネタをついツッコミたくなるようなご尊顔。
いつか絶対彼是やってやるからな·····。

最近、短編を書いたこともあってその際に彼を洗い直したりしたのですが、この人普通に良いキャラしてますよねー。

また布教を込めて短編書いてやろうかと思ったのですが、何故かボルサリーノ氏はバッドエンドしか書けないような気がします。

この人で一本やったら、絶対天竜人絡むもの。
R15指定ですね、得意分野だけど、私の心が抉られそう。

私の中で、実はコングさんの次に世界政府の重鎮になるのは彼かな〜と思ったり(もしかしたら、既にそうかも·····)。

実はダークホースかもしれないボルサリーノを書けるかが、今後の不安ですね。



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