戦というものは、先ず、敵を知ることから始まる。
戦前の情報戦で勝敗が決するとも言われていることから、敵陣から情報を持ち帰った間者には、戦場で活躍した将軍と同等の報奨を齎されることもあったようだ。
さて、今回のツアーの主役であるコルボ山の三人が目指す“海賊”の最大の敵と言えば、やはり海の保安の番人でもある海軍だろう。
よって、海賊の下見として
───しかし、敵陣地に生身で。 しかも、高々子供四人で乗り込むというのは些か無謀な所業と思えないだろうか。
「「「……は!」」」
目を飛び出させ、大口を開けたまま、メルに手を引かれるようにして海軍本部を闊歩していたエース・サボ・ルフィの三人は、漸く我を取り戻したらしく、間抜け面を引き締めた。
そして、
「てめぇっ! なに考えとんじゃ! くぅらぁっ!!」
先ず、エースはメルの背後で拳を握り締め、
「オレらを殺す気か!? なんでよりによって……海軍の、しかも本部なんだよッ!!」
サボは顔を左右に振って状況を確認し、
「おおー、なんかいい匂いがするなー、ここ。飯にしようぜ」
「「ここ来る前に飯食っただろうが!!」」
ルフィだけが、普段通りのマイペースっぷりを披露する。
常識破りな身体能力している癖に、なんでこういう所は常識的なんだろうとメルが二人の抗議を聞き流していると、やはり自然の一部となって、人間らしさを忘れてしまったルフィが「飯だ飯だ!」と言い出すのを聞く羽目になった。
それに律儀に二人はツッコんでいるのだから、あれは最早『とぼけた弟を持つお兄ちゃん病』を患わっているのかもしれない。
と、つらつら『初めて海軍本部にやって来た海賊志望の田舎の子供達』の様子を見ながら物思いに耽っていたメルなのだが、この分だとまぁすぐにこの異様な状況に彼等も慣れるだろうと結論を出して、
「これって、海賊として
口角を上げて、最もなことを告げるメルに、エースは不審そうに目を細め、サボは一理あると言いたげに口を噤む。
そして、問題のルフィはと言えば、話を聞かずにフラフラと匂いの元へと歩き出していたため、メルが早々に手を繋いで捕獲した。この問題児は、本当に予想外のことばかりやらかすから目が離せない。
「お前、何考えてんだ?」
エースの厳しい追求に、メルに手を繋がれているルフィの視線が不思議そうに彼女に向けられる。どうして、兄達とメルが不穏な空気を醸し出しているのかが分からないようだ。
「私は、君達のツアーガイドだよ。そして、ガープさんからの荷物の依頼も遂行する」
「……ジジィの差し金か」
「たまには祖父孝行をするのも大事だよ。愛と家族は喪ってからは、取り戻せないもの」
少し前にメルの家族事情を聞いたエースと、家族関係を拗らせているサボは、そんなメルの言を聞いて顔を俯かせる。
「けどよ、こんなに簡単に海軍本部に入ることが出来るんだな。海兵達も全然おれらに声掛けてきたりしねぇし」
ちょっと物思いにふけそうだった兄ーズの一人であるサボは、他にも疑問があると、こちらをちらりとも見ないすれ違う海兵達に首を傾げた。
「よく此処に来てるからね。子供があと二人や三人闊歩していても不思議じゃないんじゃない?」
「んなわけないでしょー、メルちゃん」
不審なくらい、メルたちに無関心な海兵達についての推理はあると、メルが滔々と語っていたその時、彼女達四人の背後から間延びした声が聞こえてきた。
ビクリとメル、エース、サボの三人の両肩が上がる。
メルに手を取られているルフィは暇そうに鼻をほじりながら、その声の主に振り返った。
「この前、久しぶりに会ったと思ったら、今度は知らない子達が三人も増えてるし。此処は遊び場じゃねェんだよ」
放置させた天然パーマがメル達の頭上高くで揺れ、どこか軽薄そうな印象が見受けられるその男は、長い足を折って、メル達に顔を近づける。
「げっ、なんでこんな所に氷人間が……」
まさか、前回に引き続きトラウマと邂逅を果たすとは思っていなかったメルはつい、本心が口から飛び出す。
あんまりなメルの態度に、トラウマ───クザンが重たい溜息を吐き出しながら、天然パーマに手を突っ込む。
「そろそろ名前ぐらい覚えてくれないかなァ? 折角の取引相手だよ〜」
もう一人のトラウマであるサカズキのことは名前で呼んでいるのに、どうして自分だけは一向に名前で呼ばれることがないのかをずっと疑問に思っていたクザン。
メルの口から自発的に言われることを気を長くして待っていたのだが、そろそろそれも我慢の限界であった。
サカズキよりもずっと温和で、なんなら子供好きで、人当たりも良いと自負している彼は、あの
立っていた時よりかは距離が近くなったとはいえ、上半身もひょろりと高さのあるクザンから見下ろされているメル。
海軍大将の一角を担うクザンに見下ろされて、圧を受けない人間の方が少ない中、やはりメルもその圧に屈するしかない者の一人であった。
「……クザンさん」
「よし、上出来」
苦々しそうに自分の名を呼ぶ少女に、どうして此処まで嫌われてしまったのだろうと過去の所業を棚上げするが、それでも素直に呼んでくれたことが嬉しくてポンポンと頭を撫でる。
クザンの撫でる手の下で、親の仇でも睨めつけるような目をしているメルに、コルボ山の子供達も尋常ではない事情を感じとったらしい。
「オッサン、揶揄うのもそれぐらいにしてやってくれ」
メルとクザンの間に、両手を広げて割って入ったのはエースだ。
そもそも、人見知りする質であるエースは初対面のクザンには、初っ端から喧嘩腰である。
「そうだぞ。コイツ、嫌がってんだろ」
そして、そんなエースの補佐をすると言いたげに普段より低い声を出すルフィは、メルに手を繋がれていることも忘れて臨戦態勢。
まさかこの二人が守ろうとしてくれるとは思ってもおらず、メルは焦る。
ちらりと残りのサボを見ると、こちらは両腕を組んでクザンを睨み付けていた。三人の中でも、特に頭が回るサボのことだ。下手をすると、とんだ悪巧みをしている可能性がある。
確かに、目の前で二人の少年のこの抗議を面白そうに見ている
幾ら大人顔負けの体力と体術を身に付けていようとも、所詮は一般人のモノサシで測れるレベルだ────クザンは、そんなレベルでは語れもしない程の超人の域にいることをメルは嫌という程、思い知っている。
「あらー、友達思いな子達じゃないの。あと、オレは
「……入っちゃえばいいんじゃないかな」
「なんか言ったかな? メルちゃん」
「何も言ってないよー。空見だよ」
エースとルフィを止めないと───そう思いつつも、反撃のチャンスがあればいつでもジャブぐらいは食らわせてやるつもりはあるメルとクザンの間で小さな火花が上がる。
───子供達と大将による、仁義なき戦いが幕を開けようとしたその刹那。
沢山の足音が廊下の奥から聞こえてきた。
バタバタと忙しないその足音達からは、緊迫した空気が感じられる。
次いで、すぐ様怒号が廊下中に反響した。
「くっそ! どこ行った、アイツ!? まさか、ロージーがスパイだったなんて……! こんな失態、バレたら事だぞ!!」
ライフルを抱えて、曲がり角から現れたその海兵の一団の先頭で走るリーダー格らしき男が、とんでもない珍事を大声で叫びながら現れる。
あんまりな出来事に子供達が目を白黒されている束の間。
「スパイねェ……。どこのか、分かってる?」
「こ、これはクザン大将……! 奴が電伝虫で祖国のラジリア王国と話している現場と証拠を抑えることが出来まして、しかもあの男は……ラジリア王国所有の海賊団の一員であったらしく……」
クザンは、風の如くその一団のリーダーの傍に現れるや、一緒に走りながら彼等に事情を聴き始めた。
「へェー、ラジリア王国って言ったら、一月後に世界政府がガサ入れする予定の国じゃねェの。確か、そのガサ入れ、ウチも一枚噛むんだっけか」
「仰る通りです。サカズキ大将主導の元、行われる予定です」
「なるほど。つーことは、その無謀屋が行く先と言えば、一つしかねェだろうな」
「く、クザン大将……!」
事情を聴いたら、クザンはそのスパイの行く先を推測し終わったらしい。
あっという間に、メル達を通り越していくその一団から外れたクザンは、何故かメル達の元へと帰ってくる。
「メルちゃん! サカズキの執務室は本部の中心に立つ城だ。天守閣の下にオレらの執務室がある……!」
今、メル達がいるのは本部と言えども、外郭の廊下だ。
ガープやサカズキの執務室がある本丸には程遠い場所にいる。
「でも、サカズキさんなら、そんな一スパイに殺られるなんてことはないんじゃ……」
メルの言う通り、サカズキは『最高戦力』と名高い三大将の一人だ。
そのため、一海兵に扮していたスパイが少し動けるからといって、やられてしまうような軟弱さは無いはずだ。
しかし、メルのその指摘にクザンが大きく被りを振った。
「あの阿呆じゃねェよ……。そのスパイが、殺られちまうんだ!」
───サカズキに。
続いたクザンの言葉に、メルは彼の異常な程の海賊への嫌悪を思い出した。
そのスパイは、ただの王国が派遣した間者じゃない。
ラジリア王国が所有している
そんな彼が獲物として狙っている男は、海賊には極度の潔癖さを発揮する。
サカズキが掲げる正義は、『徹底的な正義』。
恐らく……死体が残っただけマシ、と言えるような事態に陥るだろう。
「当日料金は、割増ですからね!」
ルフィと繋いでいた手を離して、メルはもう片方の手で持っていたデッキブラシをいつものように跨ぐ。
すると、静かに状況を把握しようと黙っていたエースが、メルの行動を契機に慌てたように口を動かした。
「おい! 何が起こってんだ……!? たかだか、馬鹿な海賊が忍び込んできたって話だろ!?」
なんで海軍のゴタゴタにメルが巻き込まれなくてはならないと息巻くエースに、メルも達観したような目をする。
「そう、馬鹿な海賊が忍び込んできたって話だよ。でも、その馬鹿な海賊も捕らえて話を聞かないとまた大きな事件が起きちゃうの」
エースとメルの問答に、サボも恐る恐ると言うように加わる。
「だからって、メルが向かうことは無いだろ」
両手に拳を作って、厄介事に進んで関わることないと訴えるサボに、 答えたのは、メルを厄介事に巻き込んだ張本人であった。
「普通だったら、オレも一般人を巻き込みたくはねェよ。だが、その馬鹿が行った先が問題なんだ。オニイサンの同僚は、とかく海賊が嫌いでねェ───このままだと、話も聞かずに殺されちまう。本当なら、インペルダウンに送らなきゃいけないんだけどな」
「「な……!」」
あんまりな話の結末に、エースとサボが息を呑む。
(それじゃあ、海軍も海賊と何一つ変わらねぇだろ!)
エースが目指す海賊は、ただロマンと夢を追いかけるだけのお綺麗な職業じゃない。
時には、村を壊滅させ、民から大切なものを根こそぎ奪い、取り返しのつかない命まで無慈悲に奪ってしまう者達が海賊だ。
だから、それを取り締まる海軍達が、海賊だからという理由で、彼らと同じように問答無用で命を奪っていくこともあるのだという事実が、コルボ山の閉鎖的な空間で生きる少年達には衝撃的であった。
「オレは、奴のその凶行を止めるためにメルちゃんの力を借りたい」
「分かってます。全速力で行きますから、振り落とされないでくださいよ」
デッキブラシに跨ったクザンが、メルの細い腰に腕を回したのを確認すると、メルは急いで風を呼び込んだ。
「フンンンンンン!」
デッキブラシがメルの力む声に合わせて、少しずつ宙に浮いていく。
そんな最中、柄とブラシの付け根の部分に人の腕がゴムのように巻き付いた。
デッキブラシに住むシルフが、バサァとブラシを広げて、その痴れ者の愚行を知らせようとするが、それはいつもの魔力をデッキブラシ全体に行き渡らせている行為にしか取られず。
「飛べ!」
メルの号令に逆らえずに、デッキブラシは弾丸のようにその場を飛び出していく。
体全体に降り掛かる風圧に堪えきれず、クザンは背を丸めて、目を閉じようとしたが、自分の足元でブラブラと子供が揺れているのを見つけて、ギョッと細いその目を見開いた。
「おいおい、メルちゃんや。とんでもないおまけが付いてきちまったよ」
「へ? おまけ??」
「振り返って、デッキブラシの下を見てみな」
呆れ返ったクザンの声に促されるように、最短距離のルートを探りながらも、首を下方へと逸らしたメルのその視線にはぶらんぶらんと揺れるルフィがいた。
「これ、おっもしれぇな! メル、もっと速く飛ばしてくれよ!!」
にしししと白い歯を見せて、楽しそうに遊覧飛行を楽しむルフィ。
彼の伸び切った腕の先がデッキブラシへと続いてることから、恐らく柄の何処かに例の悪魔の実の力で巻きついているのだろう。
一瞬にして、メルの顔が真っ赤になった。
それはもう、火山が噴火する前のごとく。
「このお馬鹿─────!!!」
これから先、切っても離せない子供達と海軍の縁はこうして紡がれ始めたのである。
吃驚するくらいプロットから外れてますが、それは録画していたワノ国編を見てしまったせいです。見惚れるぐらい画が綺麗ですねー。監督が変わったのかしらとつい思ってしまうレベル。
さてはて、盃兄弟編〜海軍をそっと添えて〜でありますが、今回はクザンのターンでした。やっぱり、付き合いが長いせいか大将と言えば三大将と思ってしまう自分がいます。緑牛もやっと出てきましたが、まだキャラが掴めてないせいかしら。
クザンは、総帥の座を賭けてサカズキと戦い、最終的には敗れてしまい海軍を去ってしまいますが、去った後の行動もミステリーで目が離せないキャラクターの一人だなと個人的に思っています。
組織で飄々としていたお兄さんが、一匹狼になって暗躍する展開とか胸熱じゃないですか。
スパイのロージー君の未来や如何に?
チャージイン!