メルがぶら下がりルフィにガミガミと怒り、その背後でクザンが呑気に欠伸を噛みしている頃。置いてきぼりをくらった年上ーずは、互いに視線を絡ませてから、メル達が行った方を見据えていた。
「サボ、あいつら追うぞ」
「ああ。ルフィもついていっちまったしな」
メル達の行先は、確か本丸だと言っていた。
そして、天守閣の下辺りだとも。
サボは、廊下に面している窓から身を乗り出し、彼らの行く先であろう、外壁に達筆な字で『正義』と書かれたエキゾチックな城を見つける。
そして、目的地は分かったとばかりにサボがその窓から飛び出したのに続いて、エースも窓枠を足にかけて飛び越えていく。
危なげなく地面に着地した二人は、得物になりそうなものが無いかを探しながら、目前にある城を目指して走る。走る。ひたすらに走る。
「あのオッサン、オレら三人がかりでいったら勝てたと思うか?」
脈絡なく問い掛けられたエースの言に、サボは「んー」と思案するような声を出す。それから、数秒も経たないうちに笑顔を滲ませて一言紡ぐ。
「無理」
「だよなァ。どうしたって、勝てる未来が思い浮かべねェんだ。つーか、戦おうとした瞬間に、背中が凍える」
「お前らのじい様と戦った時みたいな感じがした。いつも相手にしているヤツらみてぇに殺意を浴びなくても、飛びかかろうとした瞬間に身が竦んじまう。本能で分かっちまうんだろうな、勝てねェってのがさ」
「ああ、だが、海に出て海賊になるってことは、そういう奴らとも渡り合っていくしかねェんだ。勝てねェからって、諦めることだけはしたくねェ」
「……エース。そろそろ逃げるってことも、戦略の一つだってこと覚えといた方がいいぜ。敗けることはわるいことじゃねェ。命あって、こそなんだ」
「……考えとく」
「今はそれで十分だ」
喋りながら走る二人の前に、ゆっくりと巡回する海兵達が現れる。
恐らく、まだこの本部内でスパイが逃げ回っているなどという緊急事態が起こっているとは知らない呑気者達だろう。
エースとサボは素早くアイコンタクトを取って、彼等の背後に忍び寄る。だって、この海兵たちは、タイミングの良いことに二人組なのだ。
そして───その場には、荒々しい諍いの音が鳴り響いたのがものの一分の事。
両足を地面につけているのは、野生児特有の生意気な笑みを浮かべた二人の少年であった。
☆☆☆
年上ーずが暗躍しているその頃、サカズキの執務室へと急行しているメル達一行は、ぶら下がるルフィをそのままに本丸目掛けて飛行している所であった。
「メルちゃん、あそこがオレ達の執務室がある階だ!」
鋭く指差したクザンに導かれるように、デッキブラシが急上昇していく。
それにつられて、「うぉぉおおおおっ!」とゴム腕一本で繋がっているルフィがあっちへこっちへと振り子のように揺れているが、デッキブラシ上の二人は無視である。
だが、
「窓は枠が嵌ってるし、何より私達が入れる大きさじゃないよ」
その階の高さまで来てみると、意外と下から見た時よりも小さな窓が三人の前に立ちはだかる。
強行突破とはいかないか、とメルがもう一つ上───天守閣を見上げる。
天守閣は大きな窓が嵌められており、現在は締め切られているが、ダイミックお邪魔します───つまり、ガラスを割って入り込めば───をやれば、中に入ることは出来る。
と、メルが考えていると背後と下から不穏な声が聞こえてきた。
「アイス
「ゴムゴムの
───なんだか、とても、そう、嫌な予感が……!!
瞬間、入ることは叶わないと諦めていた小窓に向かって、氷の形をした鳥と伸び切ったゴムの拳が降り掛かる。
ドゴォンと盛大な爆発音をたてて土煙が上がったそこは、過剰な威力であったと抗議するように二メートル近くの大穴が出来上がっていた。
「あ、あ……」
胸中に渦巻いていた嫌な予感が現実となってしまい、放心してしまったメルとは打って代わり、事を成し遂げた馬鹿どもは大喜びである。
「ルフィ君、アンタ、いい拳してるじゃないの」
「オッサンこそ、さっきのすっげぇじゃねぇか!! なぁなぁ、もう一回やってくれよ!! おれ、あんな鳥、初めて見た!!」
「褒めたって何にも出ないぜ。だが、そこまで請われると断りずれぇな。ようし、よく見とけよ。オレのアイス塊暴───」
キラキラと目を光らせる、大はしゃぎのルフィに褒めそやされて、クザンは満更でもなさそうに片手を掲げる。
良い大人が、子供にのせられてまた大層な大技を炸裂させようとした瞬間、クザンの頭にピコピコハンマーが降ってきた。
それも一つや二つじゃない。三個、四個と立て続けに降ってくるピコピコハンマーにクザンが「いてっ、いてっ」と地味に痛そうな声を上げる。
その突然の災いを引き起こした犯人は、勿論、彼等の前でデッキブラシの舵を取るメルである。
目元に影を作って、「何してくれちゃってんの!? 君達!!?」と呆然と怒りと衝撃がまぜこぜになった、とても子どもがするとは思えない複雑な面持ちを浮かべている。
「海軍本部の象徴であるこのお城壊しちゃったら、もう
「まあまあ、そう慌てなさんな。上手いこと、オレが言っといてやるからよ。一応、オレ、海軍大将なのよー」
ここぞばかりに使われる大将位。本来ならば、もっと重要な場面で使用しなければならないのだが、『だらけきった正義』を掲げるこの男には土台無理な話なのだろう。
しかし、クザンの想定を遥かに越していく言葉がメルの口から続く。
「大将だか、総長だか知らないけどさ! こんな大事しといてクザンさんの首だけで免除なわけないじゃん! そりゃ、クザンさんもそこそこ偉いんだろうけどさ。そんなこと言っても、どうせ平なんでしょ! ちょっと凄い平なんでしょ!!?」
「あらら。いや、マジでオレ、実際はかなり凄いんだけどなァ」
「そんなに騒ぐなって、メル。どうにかなる」
「ルフィ君にだけは言われたくないよー!!」
どうやら、今のメルには何を言っても無駄のようだ。
きっと、五歳の頃の悪夢が再び彼女を襲っているのだろうが、その元となったトラウマが今回は味方になっていようとも関係ないらしい。
そんなに大将っていっても偉くないでしょ───と遠回しにメルに伝えたられたクザンが、項垂れるように首を落としている。
年の割にはかなり早い出世をしたクザンは、この手の言葉の暴力に晒された記憶があまりなかった。詰まるところ、位の割には、平だと罵られる経験が異常に少ないのである。
とまぁ、わーわー騒いでいても、お金を貰っている以上はしっかりと熟すプロのメル。
半泣きになりながらも、デッキブラシを操作してサカズキの執務室へと向かって行く辺りが、なんだかんだ社畜だ。
そして、サカズキの部屋が段々と近くなってきた頃合。
「ウワァァアアアアッ!!」
けたたましい男の悲鳴が廊下中に響き渡ったのである。
取り乱していたメルも、偉い人であることを信じてもらえず項垂れていたクザンも、ブラブラと振り子運動を楽しんでいたルフィも、その悲鳴を受けて瞬時にスイッチが切り替わる。
「行くよ!」
デッキブラシの速度を上げて、漸くサカズキの執務室へと乗り込むことが出来た三人の目に入ったのは、半分焼失した畳の上で雑用海兵を片腕で締め上げているサカズキの姿であった。
ふよふよと宙に浮くデッキブラシに乗っている意外な組み合わせの二人と、見知らぬ少年が自室に特攻かましてきたのに、サカズキの既に歪められている顔が更に険しさを増す。
「おどれら、何しに来た? ここへ」
「それ以上は駄目だ。そいつからは、聴かなきゃならねェことが山とある」
「んなの、十分に聞いてやったわ」
白目を向きながらも、サカズキの黒く変色した腕を叩き続ける裏切り者である海兵は、声ともならない唸り声を上げる。
それにサカズキは、屑を見るような温度のない一瞥をくれる。
「まさか、この海軍本部に虻虫が混じっとったとはのォ。こっちから出向く手間が省けるからそれはええが、やはりこの神聖な場所に土足で上がったことがわしゃァ、許せんくての」
「サカズキ!」
海兵を締め上げる腕を更に上げていくサカズキに、クザンが怒気を孕んだ声で呼び掛ける。
その目は、珍しく怒りに燃えていた。
普段は、根無し草のように放浪し、緊張感の欠けらも無いちゃらんぽらんであるが、それだけが彼の一面ではない。
人よりも力があるだけでは、海軍大将にはなれないのだ。
「此処で、殺しは厳禁だ。自己防衛の殺しなら仕方ねェが、手前ェのそれは、ただの自己満足だ! それは、ただ暴れ回っている海賊と同じだろう!!」
クザンがそれを言った瞬間、サカズキの目の色が変わる。
サカズキの逆鱗に触れた。それは、傍から見ている子どもの二人にも理解出来ることであった。
「わしをあんなゴミ屑共と一緒にするんか、おどれ。あんな、害虫共とわしを……!」
「人の命を奪う点では、一緒だろ!!」
それが、口火が切られた合図だったのだろう。
サカズキの手から、海兵が不意に落とされる。まだ生きていたらしいその海兵は腰を追って、ゴホゴホと詰まるような咳を繰り返す。
どうにか命は助かった───と思いたいが、サカズキの様子を見る限り、そうとも言い難い状況がまだ続くようだ。
彼の肩口がボコボコとマグマと化し、黒煙がもうもうと上がっている。
サカズキの感情に応えるように彼の肩からドロドロと溶岩が溶けていき、畳に幾つ物穴を空けていく様は、自然災害にも等しい。
「な、なんだありゃあ……!」
あんまりな超常現象に、流石のルフィも度肝が抜かれたようで頓狂な声を上げている。
久しぶりのトラウマによる能力の発動に、またもやメルはパニックを起こしそうになったが、サカズキの足元で今にも死にそうになっている海兵と、不覚ながらもヤバイ事態に巻き込んでしまったルフィの二つの
「マグマグの実の能力だよ。君が食べたゴムゴムの実と同じ、悪魔の実の能力」
そして、と言うようにメルが次に視線を向けたのが、体の半分を凍らせているクザン。確実に、今ここで殺りあおうとしている二人が動き出したのは瞬きする程の短時間。
「
「大噴火! 」
氷とマグマが交差する。
それは、あまりに非現実的で、しかし、不思議な程にマグマの黒煙と氷の煌めきが幻想的であった。
島一つが消し飛びそうな威力が両者間に生まれているが、その衝撃をも上手く利用している二人の間から爆風が生まれる。
轟々と唸るような衝撃波が執務室内に渦巻き、床の間に飾られていた花瓶が堪えきれずに割れ、卓上に置かれていた書類が花吹雪の如く舞い上がっていく。
どんどんと破壊されていく家具や壁達に、メルの本能が撤退せよと脳内でサイレンのように鳴り響いている。
「このままじゃ、死んじゃうよ……! 早く逃げなきゃ!!」
超人達の決闘に一般人が巻き込まれては、タダでは済まないことは明白。
メルは、衝撃波から身を守るために顔の前で手をクロスしながら、ルフィの状態を探ると、彼は放心したような顔をしながらも食い入るようにマグマ人間と氷人間の戦いを凝視している。
「ルフィ君! 逃げるよ!!」
「あ、ああ」
メルは超人達の戦いに魅せられているルフィをなんとかデッキブラシに乗せることに成功する。
それから、サカズキとクザンから少し離れたところで未だに蹲って身動き取れない海兵に視線をやる。
メルは瞑想するように目を閉じた。
一秒一秒の行動が、全て生か死に関わる。
───私に出来ることなんて、ほんの少ししかない。
───けど! むざむざ、見捨てることなんかも出来ないよ!!
世界に捨て置かれ、迫害され続けているメルに、彼を放っておくことなど出来るはずがなかった。
何故なら、まだ選択の余地はあるのだから。
「一瞬だけでも、あの二人の行動を制限出来たら……!」
目まぐるしく動くメルの脳内の傍らで、「メルッ!」と、とても聞き覚えのある声が飛び込んできた。
声に引き戻されるようにして、背後を振り返るとサーベルを手にしたエースとサボがいる。
年上ーず達は、メル達を追って、こんな所まで来てしまったらしい。
所々に傷を負っているのが気になるが、二人の晴れやかで自信に満ち溢れている顔を見ていると、やるべき事は決まった。
「うわっ! 暑っ! 寒っ! なんだこの部屋!?」
「ってか、はぁぁあああッ!? なんか化け物みてェなのが、戦ってんじゃねェか!? とっととずらかった方がいいな」
タンクトップ姿のエースは舌を出して暑がったかと思えば、今度は剥き出しの腕を摩って寒い寒いと零す。かなり忙しそうな身振りだ。
対して、サボは超人達の戦いにいち早く気付いたようで、かなり大変な事態になっていることを把握したようだ。
早く逃げようと泡を食ったように提案するサボに、メルが「待って!」と制止の声を掛ける。
「彼処にいる人を放って逃げることなんて出来ない。助けたいの」
「助けるって……。おれらじゃ、あんな化け物の戦いの中に入った瞬間に消し炭になっちまうぜ!」
妄言とも言えそうなメルの言葉に、サボが正気かと言いたげな顔つきをするが、彼女もそんなことは分かっていると強い意志を秘める碧眼を愚直にサボに注ぎ続ける。
「あの人たちの気を、一瞬でも引けたらいいの」
「気を引くたって───」
「メルには良案があるんだろ? 教えてくれよ。やれるだけ、やってみようぜ」
メルとサボの間に、エースが入る。
まさか、エースまでもが馬鹿なことを言い始めるとは思わず、サボはつい声を荒らげてしまう。
「エース!」
「おれ、あのマグマになっているオッサンに聞いてみてェことがあるんだよ。どうして、そこまで海賊を嫌うのかをよ」
だが、エースの眼差しを受けてしまったら、サボは何にも言えなくなってしまった。
彼の顔は完全に、いつもの『逃げられないエース』になっていたからだ。
こうなったエースには、何を言っても無駄である。
何なら、メルだってそうだろう。此処には、嫌になるほど頑固者しかいない。
「なァ、サボ。いっちょ、海軍とやってみようじゃねェか。おれ達三人なら、なんでも出来るんだろ?」
そして、極めつけは泣き虫だったルフィのピカピカな笑顔だ。
最初に出会った頃は、あんなにも泣いてばかりだったのに。
今じゃ、エースと肩を並べて闘気を漲らせている。
絶対に勝てないと分かり切っている相手に立ち向かえることに、どうしてか喜びを見出しているような気さえするのだ。
無謀な三人から説得を受けて、サボはガシガシと乱暴に頭を掻いた。
まともな者は自分しかいない───けども、自分だって決して、まともとは言い難い。
だって───。
「っしゃー! こうなったら、やるっきゃねェよな。死ぬ時だって、おれたちゃ一緒だ」
覚悟を決めたサボは、ごめんねと笑うメル、一発目にものを言わせてやると息巻くエース、楽しみだと脳天気なルフィを見渡して、一つ頷く。
───もし、この戦いが終わったら、あの誓いを交わそう。
今のおれ達だったら、必ず遂げられるあの義兄弟の誓いを!
サボの胸中には、もう一つの覚悟が生まれていた。
遠い昔に物語で読んだ三人の英雄達の物語。
理想郷を作ろうと国を興した、三人の男達の軌跡を自分達も辿るのだ。
同じ年、月、日には生まれなくても、死ぬ時は同じ年、月、日に死のう───例え、血が繋がってなくても、その誓いが自分達の運命を繋いでくれるのだと信じて。
こうして、子どもたちによる第三勢力が出来上がったのである。
大人気ない大人達の傍らで、子ども達が本来の目的を成し遂げようと頑張ってます。
別の作品でも書いてますが、サカズキとクザンの溝は深くて、しかも横にも深いですよねー。私の見解は、完全に22年前のバスターコールが引き金だろうなって感じです。
だけども、書いてて血湧き肉躍るのはこういう亀裂です。驚く程に筆が進む。
ONEPIECE本編では、この辺どうなるんでしょうね。
パンクハザードで、二人の争いは一度蹴りがついてまして、サカズキの勝ちで幕を閉じてますが、絶対そんなに簡単に終わらないはず。
クザンの巻き返しを楽しみに待ってる所です。
サカズキが元帥として死ぬのか、元帥から転がり落ちて死ぬのかとても楽しみです(性悪)。
あと、ピコハンは某テイルズRPGからお借りした魔法です。