届けさせてください!   作:賀楽多屋

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お盆休みが見当たらないんですけど、課長。


海賊王におれはなる!!!

 メル達は、取り敢えず自分達ではどうすることも出来ない裏切り海兵こと、ロージーをセンゴクに渡す。

 

 しかし、「ガープは何処にいる!?」と怒りのボルテージが最高潮のセンゴクから離れることも出来ず、今度はガープを探す旅が始まるのかと四人の子供たちがうんざりしていると、「元帥───!! 大変です!!」と正義のコートをはためかせて海軍将校が廊下の奥から姿を見せる。

 

「サカズキ大将とクザン大将が、おツル中将の男は何処だと訓練所にまで入り込んできて大暴れしています! このままだと、寮にまで突っ込んでいく勢いかと……」

 

 実力者が集まる海軍本部であるため、問題事が起こるのは日常茶飯事だ。

 だが、この問題事には、流石のセンゴクも予想外であったらしく、声がひっくり返る。

 

「お、おツルちゃんの、男……?」

 

「はい。しかも、そこへなかなかお孫さんが来られないと徘徊していたガープ中将が合流し、ガープ中将は『おツルちゃんがそんな尻の青いガキと結婚するはずがない』と一笑に付しまして」

 

「あ、ああ。そうだとも。あのおツルちゃんに限って、そんなことがあるものか……!」

 

「『なんの根拠があって、そんなことが言いきれるんですかい?』『オレらもそう信じてますが、世の中にはそういうあんまりな事だって起きるものでしょう』とサカズキ大将とクザン中将が言い返し、それにガープ中将が癇癪を起こしてしまって、あわや大乱闘にもつれこむ一歩手前という状態にあります!」

 

「な、何故、そんな奇怪なことになっとるんだ……!」

 

 センゴクが乱心するのも可笑しくない話である。

 

 癖になっている眉間の彫りに指を置いて、頭が痛いと言わんばかりに被りを振る彼を前に、説明していた海軍将校もいっぱいいっぱいなのか、「早くお越しになってください!」とせっつくばかりだ。

 

 この展開の流れに、一人の命を助けたとはいえ、大二次災害を引き起こしていると知った事の元凶達は、気まずげにアイコンタクトを取り合う。

 

「これ、すっげぇ大変なことになってるんじゃねェか?」

 

「大変も何もめちゃくちゃヤバい事態だよ」

 

「急所は急所でも、一撃必殺になりかねない急所は外すべきってことだよな」

 

 エースは元より、まさか此処までとんでもない事態が偶発するとは予想出来なかったメルでさえ呆気に取られている。

 

 そんな四人の中でも、深謀遠慮を身に付けつつあるサボが、今回のことはある意味勉強になったとしみじみ呟く。

 

「まさか、そこまであの人たちに情があるとは思わなかったよ。誤算だったわ……」

 

「メルはさ、絶対あの人たちに色んな偏見混じってると思うぜ」

 

 一体、あのとんでも超人達とメルの間に何があったのだろうかとここまで来ると段々詮索したくなってくるが、それを言った瞬間にメルの碧眼から光が無くなることは予測出来るので、サボはぐっと堪える。

 

 この少女は自分達とそう歳は変わらないのに、時たま不確かな物の終着駅(グレイターミナル)にいる浮浪者よりも、酷く淀んだ目付きをすることがあるから驚きだ。

 

 聞いた話だとメルには親はいなさそうだから、恐らくエースやサボと似たような苦労をしているのだろうが、やはり各々この年までに居た環境が違うため、あまり細かい所までは推し量れない。

 

 そうやって、メルも含んだ年上ーずが色々と言葉短く反省会を開催していると、ずっと静かに皆の様子を見ていたルフィがセンゴクに向かって口を開く。

 

「あのオッサンらが暴れてんのって、メルがそこのオッサン助けるために罠にかけたからだぞ」

 

 そして、それはあまりにも簡潔過ぎる事実の報告であった。

 

「「「「……は?」」」」

 

「そうじゃねェかよ。っつーか、おれ腹減ったぞ。エースもあのマグマのオッサンに用事があるんだろ? だったら、じいちゃんに会うついでにオッサンとも喋りに行こうぜ。早く用事済ましちまおう」

 

 普通、そんな大それたことを伝えるならば、前置きだとか言い訳だとかを用意してしかるべきなのだが、この少年にはそう心積りは一切無いらしい。

 

「どっかに肉落ちてねェかな〜。今なら、草も食べられそうだぞ」と呑気に、勝手にどこかへ食べ物を探しに行こうとしているルフィを子ども達は捕まえに行こうとしたが、そうは問屋が卸さない。

 

 エース、サボ、メルの肩に置かれる手。

 

 ぎこちなく三人が油の差されていないブリキ人形のように拙く振り向けば、そこには黄金色に輝き始めているセンゴクがいた。

 

 しかも、三人の肩に置かれている手は、背中から生えている何本かの手の内の三本である。それだけでもなかなかに恐怖なのに、それよりもっと畏怖を感じるのは、そのご尊顔に浮かべられている微笑であった。

 

 センゴクの悪魔の実はヒトヒトの実、モデル“大仏”。

 

 ゾオン系の悪魔の実もかなり珍しいと言われているが、それよりも特に珍しいと言われている動物系幻獣種に分類されるその能力を顕現させて、センゴクは三人に命じる。

 

「何があったのか、ちゃんと話してくれるね? 三人とも」

 

「「「……はい」」」

 

 

 

 それから、子ども達に事情を聞いたセンゴクは、ピカーンと輝いていた己の発光を押し留め、いつものアフロで奇抜な髭をしたお爺さんに戻ったが、そのまま膝を付きそうな勢いで項垂れる。

 

「掲げるものが反対なのだから、折り合いの悪いこともあるだろうとは思っていた。しかし、それが過ぎて抗争までしかねないとはな。己らがどれ程、周りに影響を与えるのかも分からんはずが無いだろうに」

 

 センゴクが地に伏しそうになっている原因は、二人の後輩の間に広がる深く大きな溝であった。

 

 

 そこまで、物分りの悪い部下達ではないと思っていた。

 行き過ぎた正義と、柔らかすぎる正義。

 

 どちらもこの海軍には必要不可欠だということを、まだあの二人は理解出来ないらしい。

 

 ───この状態が続くようならば、私もいつか選ばなければならないのだろう。どちらの“正義”が正しいのか、を。

 

 センゴクは遠くない未来に起きるだろうその岐路を透かし見て、両拳を握る。嗚呼、人生とはかくも侭ならぬものなのだ。

 

 一人、そうやってセンゴクが中に篭もっていると、外から子どもの高い声が問いかけてきた。

 

「あのオッサンら、そんなに仲悪いのか?」

 

 ソバカスを散らした、生意気そうな目付きをしたその少年は、少し気になったというふうにそうセンゴクに聞いてくる。

 

 どこかで相見えたことのある眼差しだなと、センゴクは一瞬、眼を眇めたがそれもほんの数秒のこと。彼は、何処か遠くを見るように顔を逸らして言葉を発する。

 

「ああ、学校におった頃から、馬は合わなさそうであったな。だが、当時は一定の線引きをしておった。それが、徐々に曖昧になったのは……奴らが大将に上がる前だったか」

 

 化け物だと言われて入ってきた“赤犬”。

 

 おツルに連れられて入ってきた“青雉”。

 

 二人共、生まれた環境も、人格も全く違うのに、胸の奥に眠るこの世界への怒りだけは一緒であった。

 

「色々あるんだなァ。海軍も海軍で」

 

 シルフハットを被り直しながら、乳歯の欠けた歯でしみじみそう言う少年にセンゴクは可笑しそうに口の端を歪める。

 

「そりゃあるとも。海軍とて人間だ。善良でお綺麗で、潔癖な程に正しい人間などいない。私達と海賊の違いと言えば、秩序と正義が心にあるかどうかだ」

 

「秩序と正義ねェ……」

 

 硬いものをよく噛んで飲み込むようなエースの口振りにセンゴクは、はっと息を呑む。

 

 昔のあの二人の幻影とその少年がピタリと当てはまったのだ。

 

 生まれた時から、世界の理不尽に晒されてなんとか生きてきたのがこの世に生きる人間達の姿だ。

 

 だが、その中でも一等理不尽に、生まれた時から振り回されている人間がいる。

 

 生まれた時に親を失った。

 親が精算せずにいた罪を背負った。

 誰の庇護も得られずにただ必死に生きるだけ。

 守るということがどれ程、大変なのかを知った。

 

 そんな子どもが成長して、大人になって、今この世は荒れ狂っている。

 

 その負の連鎖はいつまでたっても断ち切られることは無い。

 この世界に安住の地が生まれない限り、永遠に人は世界を憎み、隣人を恨み、怒りを抱き続ける。

 

 それを無くしたくて。

 海軍の門戸を叩いたのだ、センゴクは。

 

「だが、海賊は悪だ。人の生活を脅かし続ける海賊を掃討しなければ、この世界が平和にならぬのも事実。理不尽に略奪されることのない、市民達が日々の安寧に揺蕩うことの出来る世界を作ることが海軍の本分である。海賊が同じ人間であることは、百も承知だ。その上で、私達は彼等に引導を渡し続ける───長くなったな、そろそろ訓練所へ参ろうか。あそこまで壊されては敵わないからな」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 訓練所に向かったメル達一行がそこへ辿り着いた頃。

 

 因みに、例のロージー海兵は、センゴクを呼びに来た将校に引き渡されている。意識も朦朧としている今の彼から引き出せる情報は無いだろうとのことで、取り敢えずは牢屋に繋がれることになった。

 

 訓練所は世紀末に突入してしまったのかと思わざるを得ないほどに、阿鼻叫喚の事態に突入していた。

 

 マグマと氷と地盤沈下が入り乱れるこの状況の中で、仲裁に入ったらしい多くの海兵や海軍将校の骸が転がっている。実際には、気絶をしているだけであろうが、その体は満身創痍だ。

 

「間に合わなかったか。はァ……此処を直すのにどれ程の時間がかかるかることか」

 

 悪魔の実の能力を多く使うであろう場所なので、他の所よりかは海楼石をふんだんに使っていることもあって、マグマや氷で破壊されている箇所は意外に少ない。

 

 但し、ガープの純粋な破壊力には勝てなかったようで、幾つ物クレーターが出来ている。サカズキやクザンの攻撃に耐えられなかった箇所も多々あるらしく、窓は全部割られていた。

 

 死屍累々、廃屋待った無しの訓練所はあと、屋根も崩れ落ちてきたら確実に家屋ではなくなるなといったところである。

 

 此処まで訓練所を破壊尽くした当の男達はといえば、丁度丸く縁取られた試合場のど真ん中で三つ巴を披露していた。

 

「おツルさんの体じゃ、出産は耐えられませんよ!」

 

「とんだ命知らずがいたもんじゃ……たとえ、センゴクさんが許してもわしは許さんけェの。こそこそと付き合っとることも公表出来ん男は……!」

 

「おツルちゃんが……わしのおツルちゃんがそんな何処ぞの馬の骨と付き合うわけないじゃろうが!!」

 

「「ガープさんのおツルさんじゃねぇっすよ(ないですけ)!!」」

 

「五月蝿いわい!!」

 

 アイスサーベルがガープの胸元を掠めるが、それをガープは躊躇なく腕で払い除け、マグマの拳が隙ありとばかりに鳩尾を狙ってくるので、爪先で蹴りあげる。

 

 大将VSガープという、なんとも珍妙な構図でバトルは白熱しているが、彼らの周りには呻き声しか上げられない海兵たちの無残な姿が南国に生息する海鼠(ナマコ)の如く転がっている。

 

 真剣に拳を交じらせ、歯を剥き出しにしている男達の乱闘のレベルは、流石『最高戦力』や『英雄』と称えられているだけあって、子ども達がこれまでに見てきたものとは格段に違う。

 

「すっげェ……」

 

 ポツリ溢れ出た本音にルフィは気付かず、その乱闘を食い入るように凝視する。

 

 それは、エースやサボにも言えることで、彼等は瞳を震わせて、一瞬たりとも見逃すものかと言わんばかりに彼らの動きを目で追うが、如何せん大人達の動きが俊敏過ぎて、なかなか目が追いつかない。

 

 一秒一秒の行動が、全て無駄のない洗練とされたものだ。

 

 しかも、その一つ一つの攻撃が確実に決定打になり得るものばかり───それは詰まり、一回でも綺麗に攻撃がキマれば、即戦闘不能に陥るということである。

 

 喧嘩と言うには、あまりにも殺意が迸りすぎている乱闘に、センゴクも何処から手を出して良いのか考え倦ねているらしく、その目元はストレスに耐えきられずに激しく痙攣している。

 

「わぁー」

 

 そして、事の大元凶たるメルの口から飛び出てくるのは、呆然とした声である。言葉にもならないそれは乱闘騒ぎと重複し、あっという間に掻き消える。

 

 あの中に入ってしまったら、生きて帰ること───死骸すらも残せるかも怪しいと思ってしまうような喧嘩っぷりは、最早大災害とすら言えるだろう。

 

 少年三人は、非常にキラキラとした輝く眼差しで大人気ない大人達の戦いっぷりを観戦しているが、メルにはその心境こそが分からない。

 

「センゴクさん、ごめんなさい」

 

 だが、自分と同じように死んだ目をしているセンゴクには、事の元凶として謝っておこうと、彼女は誠実な気持ちを抱いたらしく、ぺこりと小さな頭を下げる。

 

 長いお下げを飛び跳ねさせて謝るメルに、センゴクは「いやいや」と片手をあげる。

 

「ここまで来たら、あ奴らの自己責任だ。そもそも、子どもの策に引っかかっている時点で嘆かわしい」

 

「でも、多分、此処のお掃除するのはセンゴクさん達ですから」

 

「此処の掃除は暴れた当人達にしてもらうつもりだ。そして、修理にかかる費用も馬鹿共の給料から天引きしてやるぞ……! 海軍は人手不足でもあるが、予算不足でもあるからな」

 

 自分の尻は自分で拭け! と言い放つセンゴクには後光が差しているように見えた。いや、確実に悪魔の実の能力が怒りに誘発されて、顕現してきているのだろう。

 

 顔色がどんどん黄金味を帯びていっている。

 

 センゴクまで、あのどんちゃん騒ぎの渦中に仲間入りしてしまえば、最早誰も、歯止めの効かない上層部を止めることは出来ないだろうと、唯一この状況の背水の陣っぷりをメルが感じていると───満を持して、今回のキーパーソンが現れる。

 

「おや、とんでもない騒ぎになっとるじゃないか」

 

 正義のコートをはためかせて現れたその人の声は、正に鶴の一声。

 

 水玉模様のネクタイをしっかりと締めて、伸縮性のあるスラックスに包まれた両足を動かして現れた老女がこの場の大惨事っぷりを見回して、「ふむ」と頷く。

 

「とんでもない騒ぎになってるって聞いたから来てみたけども、おっそろしい〜ことになってるねェ。一体、これはなんの騒ぎなんだい〜?」

 

 その女性の傍らでわのっしのっしと長い足を動かしているのは縦縞の黄色スーツが独特なボルサリーノである。

 

 怪訝そうな笑みを浮かべて緩慢に首を捻る彼の言葉を皮切りに、彼女を知らない少年達以外の声が揃った。

 

「「「「おツルさん(ちゃん)!!!」」」」

 

 その場で激闘を繰り広げていた大将とガープ、彼らの周りで海鼠になっていた満身創痍海兵。そして、どうやって場を収めようかと思案していたセンゴクやメルの熱い呼び声がくわんとボロボロになっている壁が反響する。

 

「おやまぁ。私に用かい、小僧共」

 

 よもや、ほぼ全員から暑苦しく名前を呼ばれることになろうとは思っていなかったおツルの目は真ん丸である。

 

 こんなにも驚いているおツルを見るのは、初めてかもしれないと傍で様子を見下ろしているボルサリーノは思う。

 

 だが、衝撃的な展開は次々に投下されていく。

 

「おツルさん! わしゃあ、認めませんぞ!! 世の中の酸いも甘いも知らぬような乳臭いェガキが貴方の夫君になるなんぞ!!」

 

「そうですよ。オレらにも何の話もなく、勝手にそんなことになっているなんて……。水臭いじゃないっすか。勿論、話してくれていたとしてもそうやすやすとは認めませんけどね」

 

「おツルちゃーん! なんで、わしらの代の奴じゃなくて、子どもよりも年の離れたガキなんじゃ!! そんなにも若い男が良いもんかの!?」

 

 試合場から届く、悲痛な叫び声には、海鼠になっていた海兵達も雷に打たれたかの如く固まる。

 

 どうして、あの三人が暴れていたのかが漸く分かった今、彼等もその一大事に脳がプスプスとショート音をたてたようで、暗澹たる顔付きでおツルの方を見る。

 

 そして、当のおツルはと言えば───。

 

「え〜、おツルさん、ご結婚されるんですかい〜?」

 

「んな訳ないだろう。わたしゃ、此処で大参謀になってから、そんなものとはとうの昔に縁を切ったよ」

 

「じゃあ、皆、なんであんなにも取り乱してるんだろうね〜」

 

「暑さにやられたか、船に乗りすぎて脳に悪影響でも出たんじゃないかい?」

 

「そっか、そっか〜。皆、働き過ぎなんだねェ」

 

 ボルサリーノと和やかに会話をして、そもそも話自体が大嘘だと真実を告げる。

 

 

「……嘘?」

 

「あれもこれも、全部嘘ってことですかい?」

 

「どういう話なのかが、私にはさっぱり分かんないけど、多分全部嘘なんじゃないかい」

 

 本当に心当たりのなさそうなおツルの口振りに、サカズキとクザンが能力を使うことをやめて、その場に崩れ落ちる。

 

 安堵と釈然としない気持ちが混ぜこぜになった、奇妙な顔付きで黄昏れる二人であるが、そんな彼らと対峙していたガープはといえば、一人だけ晴れやかな表情を浮かべる。

 

「そうれ見てみろ。わしのおツルちゃんが若いもんにうつつを抜かす筈が無いんじゃ」

 

「誰がアンタのだって? 冗談はその顔と剛力だけにしとくんだね」

 

「はい」

 

 ピシャリとおツルに釘を刺されたガープが間髪入れずに返事をする。

 

 それに、ケラケラと笑い声を響かせるのは彼の孫であるルフィだ。いつもガミガミと五月蝿いガープがやり込められているのが、よっぽど面白いらしい。

 

「あの婆さん、強ェなァ〜」

 

「ああ。お前んとこのじい様も、すっかり萎びたキャベツみてェになってる」

 

 ガープの実力は気紛れにコルボ山に来襲し、「家族団欒じゃ!」と言いながら、大砲よりも威力のある拳で語りあおうとしてくることから、よくよく知っている。

 

 流石、お前らのじい様。思考回路が常人じゃねェと、上品な世界で幼少時を過ごしていたサボは思うのだが、ルフィとエースからしてみれば、たまったものじゃない感想である。

 

『まだ、おれらの方が常識的だ!』と口を揃えて言うのだろうが、彼らを養っているダダン率いる山賊たちにしてみれば、どっちもどっちだ。

 

 

 ルフィとサボがしげしげとおツルとガープのやり取りを見ていると、エースが何か決意したような面持ちをして、試合場で蹲るサカズキとクザンの方へと歩み寄っていく。

 

「なァ、おっさん」

 

 エース少年が言葉を投げかけたのは、サカズキだ。

 ガープに殴られたのか、赤くなっている頬をそのままに顔を上げるサカズキは、この少年は自分に何の用があるのだろうと目を眇める。

 

 そしてエースが放った疑問に、彼はその頑固そうな瞳を曇らせた。

 

「なんで、海賊が嫌いなんだ?」

 

 久方ぶりに、そんな分かり切った疑問を尋ねられた。

 

 だが、少年はそんな簡単なことも分からないとばかりに、真っ直ぐな眼差しでサカズキに問い掛けてくる。

 

 ───どうして、そこまで海賊を目の敵にするのかと。

 

 ならば、教えてやる迄だ。

 まだ、人生を歩み始めたばかりの、この幼く無垢で、無知でしかない子どもに。

 

「───あヤツらが、どれ程、この世界に混乱と破壊をもたらしているか、知っちょるか? 年に50近い街や村が海賊によって滅ぼされる。亡くなる市民は、一万にも及ぶんじゃ。して、取り締まる海兵は五千近く。友も家族になるはずだった人間も、何もかもを奪い、犯し、死体さえ冒涜するのが奴らじゃ!!」

 

 荒廃した街並み、悪戯に蹂躙されていく命、死者としての尊厳すらも冒涜される死体。

 

 建物の郡から上がる火の手は、一向に衰えを見せず。

 人々は諦観を抱きながらも、必死に助かろうと走り続ける。

 

 しかし、そんな市民達の足掻きも余興とばかりに、哄笑しながら一刀両断する海賊達。

 

 もう飽きる程見たその光景は、どれ程時間が経っても色褪せない。

 血腥い記憶のフィルムは、その悲惨な現場に出会う度に更に継ぎ接ぎされて、大長編になっていく。

 

「嫌い───そんななまっちょろい言葉で言い表せるもんじゃないけェのォ。あの虻虫共が海を飛び回れないようにするのが、わしの本望」

 

 握り締める拳が、怒りに震える。

 グツグツと片方の肩から、またもや黒煙が上がっていく。

 

 この悪魔の実の能力を得た時、サカズキはつい皮肉げに笑ってしまったものだ。

 

 ───怒りだけを胸に生きている自分には、なんてピッタリな能力なんだろうと。

 

「あの男のせいで、その望みも一度遠ざかるかと思うたが、逆に予備軍が炙り出せたのだと思えば都合が良かった」

 

 積年に振り積もった、衰えることの無いその激しいサカズキの怒りにあてられて、エースの子どもらしいまろい顔からはすっかり血の気が引いていた。

 

「……ゴールド・ロジャー」

 

「はや、あれから十二年が経つが、まだおどれらのような子どもでさえも知っている名になっていることすら腹立たしいのォ。じゃが、わしがいる限り、もう二度とあんな阿呆は現さないと決めておる」

 

 まだ三十を過ぎた頃に起きた、ゴールド・ロジャーの処刑。

 

 海軍学校に入った頃は、あの男の最盛期であった。

 ずっとこの手で始末してやると意気込んでいたが、その最期はあまりにも呆気ないもので。

 

 だが、最期の最期に残してくれやがった負の遺産が、この大海賊時代だ。

 

 死んでも許しきれないあの男の所業を思い出して、サカズキは知らず奥歯を擦り合わせていた。

 

 棒立ちになること以外、何にも出来なくなっていたエースに、静かに成り行きを見守っていたガープはそっと視線を外す。

 

 彼の事情を知っている人間は、今、この場にはガープとサボしかいない。

 

 顔も知らない父親から業を背負わされた友人のその背中は、なんとも小さく───嗚呼、アイツは、いっつもあんなものと戦っていたんだな。

 

 何故かサボの目頭が熱くなる。

 重たい。まだ十年しか生きてない自分達には、あまりにも重たすぎる代物だ。

 

 だが、エースはずっとそれを一人で、それこそ物心つかない頃からずっと背負ってきたのだ。

 

 ───そんな、鉛よりも重たい空気を切り裂いたのは、最年少の怒号だった。

 

 

「おい、オッサン! 海賊には悪いヤツばっかじゃねェんだぞ。良い奴だっているんだ!!」

 

 両肩を怒らせて、草履の音を響かせ、エースとサカズキの間に割って入ったのはルフィだ。

 

 眦をつりあげ、サカズキを見据えるルフィからは、何故か気圧されるような迫力を感じ、サカズキもついその小さな子どもと目を合わせる。

 

「お、おい、ルフィ……」

 

 後ろで見ていられなくなったサボが、エースとルフィの傍に駆け寄ってきて、ルフィに声を掛けるが、勿論そんな制止の言葉くらいで止まる人間じゃない。

 

「あと、オッサン」

 

 刹那、全て割られた窓から春節前のような激しい風が吹く。

 

 その風に、何故か激しく嫌な予感を抱いたのは全員らしく、皆風に攫われる髪や衣服に気を払わず、ルフィの次の一言に耳を澄ませる。

 

 そして、ありったけに腹の底から紡がれたその叫び声。

 

 鬨の声が再び、放たれた。

 

「おれは海賊王になる男だ!! オッサンがなんと言おうが、海賊王におれはなるって決めてんだ!!!」

 

 両手を上げて、風に浮く麦わら帽子をそのままに叫ぶその少年に、この場にいる人間全員がその背に大海を幻視する。

 

 うねるような歴史という海の唸りの声。

 まだ何にも持たない小さなその存在が、ゆくゆくは世界に新しい波をもたらせるような予感が全員の胸に去来した。




すごい大☆暴☆走した自覚があります。でも、反省はしない。これからは、もっと暴れ回る予感しかないプロットばかりだもの。

ルフィのこの台詞を書いた時、本当にワンピ二次創作書いてるんだなと実感しました。あと、この台詞が物語の空気を変えることもよくよく理解しました。


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