届けさせてください!   作:賀楽多屋

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マグマ鍋だけはご勘弁ください!

 グランドラインの前半にあるマリンフォードに、海軍本部はある。

 

 一点の曇りなき正義の白が塗りたくられた壁は日を照り返して眩く、ぞろぞろと巡回を繰り返す海軍の集団が海賊にとってはとても心臓に悪い光景だろう。

 

 天高く聳え立つ本部は立派な天守閣を持つ城だ。

 その城壁には達筆な字で『正義』の二文字がデカデカと書かれている。

 

 天守閣は、デッキブラシに跨って空を飛んでいるメルよりも高い位置にあり、ついふらふらとその周りを旋回してしまう。

 

 ───やば! こんなことやったらまたヤバい人達に連行される·····!

 

 前にも同じような事をやって、本部に奇襲仕掛けたやばい海賊と間違えられて大変な目に遭ったのだ。

 

 あれは、メルの心に深い傷を残した出来事として記憶に刻まれている。

 

 トラウマ、PTSDエトセトラ、詰まりメルは、未だにその出来事を引きずっているのである。

 

 

 メルは正義の門を超えた先にある大きな玄関口まで下降していく。

 

 直立不動で玄関口を守っている海兵が、空から現れたメルに気付いたようなので挨拶も込めて片手を振る。

 

「ご苦労様です」

 

 メルの挨拶を受けて、海兵もビシッと敬礼を決めた。

 

「そちらこそ、ご苦労様です!」

 

 本部所属なせいか、支部と比べて何割か硬い調子で返されて、メルはつい己も上げていた片手で敬礼をしてしまう。

 

「これ、本部宛の荷物です」

 

 地面に降り立ったメルはデッキブラシの柄から荷物を外して海兵にはいと渡す。

 メルから小包を恭しく受け取った海兵は、格式ばった礼を述べた。

 

 海兵の大層なお礼を適当に受け流しながら、メルは「ああ、そうそう」とさも今思い出しましたとでも言うような軽さで、本命の居場所は何処だろうと口にする。

 

「ガープさん、今日は大人しく本部にいますか?」

 

「ガープ中将でありますか! 今日はまだ自室から出られてないと思いますが·····」

 

「よし! じゃあ、あの呼んでもらってもいいですか? ガープさんにもお届けものがありまして」

 

「了解であります! 内線を入れますので、暫くお待ちください」

 

 

 今日はあのガープも大人しく執務を全うしているようだ。

 

 時たまあのお爺さんは、思い立ったように艦艇に乗り込んで遠征に出かけてしまうことがある。

 

 何度もその被害に遭い、空振りをし続けたことがあるメルからしてみればクソッタレな放浪癖めと野次りたくなる話なのだ。

 

 これが、まだ仕事での遠征であればメルとて心の整理がつく。

 

 ただ彼の同僚からの話によれば、ただの癇癪とのこと。

 

 なんで自分の周りには海に出たがる人間がこんなに多いのだろうとつい悲観したくなるが、それもこれも海賊のせい。

 

 そう、海賊のせいなのだ。

 

 

「ラブがなかなか帰ってこないのも海賊のせい。ガープさんが遊びに行っちゃうのも海賊のせい。ああ、もう! 海賊なんて滅んでしまえェェエエ工!」

 

 怨嗟の声が喉元から響く中、「ガープ中将と連絡が取れました。自室まで来るようにと仰せです」とあの海兵が戻ってきて、メルに用件を伝える。

 

「はい。ガープさんの自室ですね」

 

 カシコマリマシタと何故か気の無い声で了承するメルに、あの怨嗟の声をバッチリと聞いていたこともあってビクリと大袈裟に海兵は両肩を揺らす。

 

 ここまで海賊を嫌っている人間なんて、あの赤犬くらいのものだと思っていたが、どうやら海賊を心底毛嫌いしている民間人もいるらしい。

 

 さて、ここで一つ。

 とある諺を思い出して欲しい。

 

 噂をすれば影。そうこの言葉が今日の出来事にはピッタリだ。

 

 たとえ、それが一人の人間の中で完成されたことだとしても。

 

 

 ───そう、つまり。

 

「いい声で鳴くのォ、そこのお嬢ちゃんは」

 

 海兵の心中で噂されていた人物が、ひょこりと本部に通じる道から現れたのである。

 

 これに驚いたのは一人で噂をしていた海兵。

 

 あと、過去に散々な目に遭わされた被害者だ。

 

「ギャァアアアッ! で、出たァァアアアッ!!」

 

「相変わらず、騒々しいやつじゃのォ」

 

 メルが天敵に遭遇したかのような声を上げているが、それはまさしくその通り。

 

 この男は、メルにトラウマを刻み込んだ曰くある天敵なのだ。

 

 今日のように、本部の天守閣の周りを物珍しげに旋回していた当時五歳の無垢なメルを奇襲仕掛けた海賊と勘違いしたこの男は、あろうことか能力を大盤振る舞い使って、何度も幼いメルに死を覚悟させた。

 

 しかも、途中から同僚らしい氷人間の男も加わって、事態は海軍による大捕物へと変貌し、メルは本当に自分の命の軽さを何度も自覚することになった。

 

 メルは、震えで歯の音を鳴らさいようにしっかりと口元を引き締めて、その件の男と対峙する。

 

 海兵の帽子をしっかりと被りこみ、トレードマークのワインレッドのスーツを今日も今日とて着込んでいる姿はなんとも暑苦しい。

 

 強面の青年とおじさんの狭間をさすらっている顔をした男はメルの強がりを見てとっているのか、意地悪げに口の端を上げていた。

 

 ───羽織っている正義のコートが霞むほどに、悪魔のような微笑を浮かべてらっしゃることで。

 

 正直、海でドンパチしている海賊よりもメルはこの男の方が怖い。

 

 しかしこの男、実はその海でドンパチしているその海賊が滅茶苦茶嫌いなのだ。そりゃもう、この世の海賊を皆殺しにしてやろうと素で思っているくらいには。

 

「さ、ささささサカズキさん。なんで、こんな所にいらっしゃるんですか!?」

 

「わしァ、海兵だ。居たって可笑しなことは無いはずじゃけェ?」

 

 この底意地のひん曲がった返し、昨日までイーストブルーで優しさに塗れていたメルにとっては久々すぎて泣けてきそうだ。

 

「確かにおっしゃる通りです」

 

「それで、お主は?」

 

「ガープさんにお荷物を届けに来たんですよ」

 

 サカズキはほほぉと声を上げて、顎をつるりと撫でる。

 恐らく、メルがガープの使いで来たことを見越して言っているのだ。

 

 海軍の運び屋と最近噂されているメルではあるが、その荷物の殆どがガープのものなのだから予測は簡単につくというもの。

 

 しかし、だからこそ、この男の底意地の悪さが際立つ。

 

 メルがあの一件以来、サカズキを苦手と知っていて尚この口振りなのである。とても八歳児にする所業とは思えない。

 

「案内しちゃろうか?」

 

「いえいえ、そんな。サカズキさんのお手を煩わせるような真似は出来ませんよ」

 

 顔には出さないが、メルは胸中で盛大に舌を出していた。

 

 ───そんな風に心根が腐ってるから、脂の乗ったいい歳なのに浮いた話の一つも無いんだってば! この独り者! 永遠に所帯など持てると思うなよ!

 

 正直、メルにとってはブーメランのような罵声にも感じられるが、彼女の凄い所はそう思っていることを欠片も表情に出さない点だ。

 

 確実にメルの嫌っているサカズキのような人間へと育つ道が整ってきていることに自覚はないらしい。

 

「子供が謙遜することないのォ。ほれ、行くぞ」

 

 しかし、例え、メルの将来がサカズキ一直線だとしても、性根が腐っている人間の完全体には勝てない。

 

 手招きまでして、一緒に行くぞと無言で言ってくるサカズキにメルは完敗を喫したと項垂れる。

 

 

 ところで、その二人のやり取りを実は一番面食らって見ていたのがあの海兵なのだが、二人は全くそれに気付くことなく本部へと歩いていく。

 

「·····あの子、絶対いつか大物になりますよ」

 

 海兵も畏敬するあの赤犬に、子供の身ながらあそこまで抵抗して見せるのがそもそも普通じゃない。

 

「センゴクさんが、どうにかして抱え込んでくれと泣きついてくる意味が漸く分かった気がします」

 

 海兵は、おかきを食べながらも胃薬を手放さない器用貧乏な上司がいるであろう本部の方向へと足を向け、洗練された敬礼をしてみせる。

 

「メル殿の懐柔、この私めが必ずや果たしてみせます!」

 

 こうしてメルの世界一の配達屋さんへの道が狭まった瞬間である。

 

 もし、海兵のこの独白をメルが聞いていれば彼女は、ハリセンで渾身のツッコミをしてみせただろう。

 

『余計なことはしないでください!』と。

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 売られる子牛って、こんな気分なんだとメルが遠い目をしている間に本部に着いていたらしい。

 

 前を悠々と往くワインレッド色のスーツが憎らしいとつい歯軋りをしていれば、敏感に何かを察したらしいサカズキが首だけで振り返った。

 

「トロイのォ。何なら、それに乗って移動しても構わんけェ」

 

 威圧あるその独特な方言を聞いただけでも胃が痛くなる海兵がいるらしいが、今ならその気持ちがわかるよとメルは思う。

 

 いや、何ならあのワインレッド色のスーツを見ただけでもメルの胃腸はきゅうきゅうと痛くなりそうだ。

 

「流石に本部内でそんなことは出来ないです。私は見ての通り、手足が短くてとろいので、お気に障るようでしたら置いていってもらって全く構わないんですが·····」

 

「口ばかりは達者じゃのォ」

 

「一応、こう見えても商人ですので」

 

「フン。なら、もう少しまともな言葉を喋らんかい」

 

 ───あああああ! 血管ぶち切れそう!! マジで一生独身者の呪いをかけてやろうかな。ってかなんで、こんな性悪が海兵なんて公務員職つけるの·····武力至上主義は絶対やめたほうがいいと思うわ。くそう、こんなんでも公務員か。私よりたんまりお金もらってるんだろうな。

 

 ガープのようにサカズキさんも金蔓に出来たら、メルの将来は確実に安泰だろう。

 

 こんな男でも、地位は大将だと聞いている。

 

 海軍内の役職にはとんと疎いメルだが、その大将という地位がそこそこ高いことは分かっていた。

 

 ───この人の部下は、大変だろなー。可哀想に。私なら三日で謀反起こせる自信ある。

 

 と、サカズキについてメルがあれこれ思い馳せていたら、いつの間にか彼の大きな足元が動きをやめていた。

 

 メルはそのことに気付くのに遅れていたようであと少しで鼻先がぶつかりそうな所で、漸く足を止める。

 

 間一髪のところで、サカヅキとの接触事故を防ぐことが出来た。

 

 あっぶねェー!と心中穏やかじゃないメルを知らず、サカズキは背後で百面相しているメルを見下ろして、それから腕時計を徐に見やった。

 

「しょうがないのォ」

 

 ピンとメルの嫌な予感レーダーが起動した。

 

 しかもこの感じは避けたくても避けられないとんでもない厄災が身に降りかかってくる奴だとまでメルが把握していると、急に体が浮いた。

 

 デッキブラシが容赦なく毟り取られ、メルの視界が急に高くなる。

 

 ふわりと鼻先を掠めたのは、何故か懐かしい畳の匂い。

 

 

 

 これは───可笑しい。

 

 明らかに可笑しい。

 だって、視界を床に落とせばのっそりのっそり歩いているワインレッドのスラックスが動いてるのが見えるのだ。

 

 ぎぎぎと油を挿してないブリキ人形のように首を横に動かして見せれば、海兵の帽子に覆われた短い黒髪が見えるのだ。

 

 

「ひ、人攫いィィイイッ! ウワァァアアア!! やっぱりあの時から、マグマ鍋にして私を食べる気満々だったんだ!!」

 

「煩いのォ!ちーっとはおとなしゅう黙っとらんか!! バカタレェッ!!」

 

「どうせあの氷人間と卓を並べるんでしょ!? あのやる気なさそうな癖して、私を仕留めるき満々だったひょろ長モジャとォオオ!!」

 

 メルはとことん錯乱した。

 

 まさか天敵に担がれるとは思っておらず、しかもあのトラウマが否応がなく何度もフラッシュバックするのだ。

 

 メルのあらん限りの叫びがとうとうツボに入ったらしく、サカズキの様子が滅多なことになっているのだが、そんなことに錯乱中のメルが気づくはずもない。

 

「マグマでコトコト煮た次は、雲の上よりも冷たい氷でギンギンに冷やすんだ! 私は冷製パスタかなんかかこの野郎!! カニバリズム大反対!!! 」

 

 本部の廊下とはいえそこそこ人目があるのだが、必死に笑いを噛み締めているサカズキは勿論のこと、尋常じゃないメルが気遣えるはずも無く。

 

 ───あの赤犬が、女の子を担いで笑っている·····!!

 

 サカズキが歩いた分だけ、有り得ない光景に精神的ショックを受ける海兵が増えるのだが、彼らはそんなことは知らないと廊下を悠々と闊歩する。

 

 そこで、海兵達もこれ以上『赤犬』にトラウマを植え付けられぬようにと考えた。

 

 彼らは皆一様に口の端をヒクヒクさせてその劇物を視界から追い出すことにしたのだ。

 

 これ以上、あの狂気的なものを見ていたら人格を失いかねない。

 そこまで言われるサカズキも常日頃どの様な行いをしているのかと思えてくるのだが、海兵達は皆真剣な顔で精一杯自分の安寧を守ることに尽力していた。

 

 

 そんなとんでもない事態になっているとは、全く気付いてないサカズキとメルの二人連れはガープの自室へと進んでいった。

 

 




赤犬なんてめちゃくちゃ可愛らしい二つ名を持っているんだから、さぞ可愛らしいキャラクターなのだろうと見てみれば。

強面、ワインレッドスーツ、図体デカい、どっからどう見てもカープファンなおじ様で地に伏した苦い記憶があります。

この人の口調、山口弁なのか広島弁なのかちょっとよく分からない。

そうだよねェ、青雉と黄猿を見て察しろって話だよねェ。

そりゃ赤犬だってオッサンだよォ。


PS.サカズキ氏の位を訂正しました。30代で大将三人組は中将とか出世早すぎないですか。

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