届けさせてください!   作:賀楽多屋

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親の心、子は知らず

 叫びすぎで精神的に限界を迎えたメルは口から魂を放り出していた。ふよふよと出してはいけない魂魄を漂わせているメルを見て、あのガープですら「どうしたんじゃッ!?」と声を荒らげている。

 

 しかし、そんなガープの慌てようも無視して、サカズキはほいとメルをガープに手渡した。

 

 何食わぬ顔をして、自分を渡すサカズキにメルは言いたくって仕方なかった。

 

 ───ガープさん! 元凶は貴方の前で、「失礼します」とぬけぬけとお辞儀しているところですよ!!

 

 しかし、そんなメルの心の中の密告に通常の状態でさえ激ニブで様々なことに気付いてないガープが気づくはずもない。

 

 だから、アンタの息子は革命軍とか訳の分からん頭を張ることになったんだよと言ってやりたいが、相手はどう足掻こうとも英雄の称号を持った海軍のヒーロー。

 

 結局は胸の内に押し込まれて、忘れ去られるそのツッコミは今日も胸で潰えるのみ。

 

 

「大丈夫か? 顔面が蒼白じゃぞ」

 

「マグマ鍋がコトコト、氷人間がブリザードでジャブジャブ」

 

「えらく放心してるようじゃな」

 

 ガープはメルを応接用のソファに寝かせた。

 よっぽど酷い目にあったのか、未だにうんうんとよく分からないことをブツブツ呟いているメルに、ガープは可哀想にと憐憫を抱いた。

 

 ───メルがまともな言葉を交わせる程に回復したら帰してやろう。

 

 

 せめて代わりにと、ガープは自分にと運んでくれた荷物をデッキブラシから外す。

 

 メルの運んできた小包をいつもの力技でビリビリと破いて、包の下から現れた『ほっぺた落ちるおかき』と書かれた唐草模様の包装用紙に包まれた箱を今度は繊細な手つきで、ゆっくりと暴いていく。

 

「毎度毎度、これは肩が凝る」

 

 どうにか箱の周りにまとわりついていた包装用紙をガープは破くことなく、解くことが出来た。

 

 フゥと安堵の吐息を零し、ゴキゴキと心地よい音を首を回して立てる。

 

「今度は何じゃ·····ったく、もう少しあの阿呆息子も大人しくしておれば良いものを」

 

 唐草模様がプリントされている表面を裏に向けて、ガープは裏面にびっしりと綴られた革命軍についての報告書に目を通す。

 

 そう、これは海軍が放っている密偵による報告書だ。

 海軍の暗部にメルのような民間人の子供を巻き込むようなことは本当ならしたくない。

 

 だが、いつかメルが「電伝虫よりはやく配達することが出来る」と豪語したように、メルの配達速度は海軍の連絡網より早く伝達することが出来た。

 

 否、不幸にも出来てしまったと言うべきかもしれない。

 

 海軍とて良識は一応備えているつもりだが、それよりも彼らは実を取ることを選んだ。

 

 きっとメルはガープのお使いをしているだけだと思い込んでいるようだが、その実は巷で噂されているように海軍の手先に知らずなっていたのだ。

 

 ガープとしては、遺憾ともし難い事実なのだがメルのお陰で革命軍や海賊の検挙率が上がっているのも真実。

 

 申し訳ないと思いつつも、最早彼女を利用することを止められないでいた。

 

『斥候がマリンフォードにも入り込んでいる模様。注意されたし』

 

『ノースブルーにて不審な光を発見した。あれは、オーロラ?』

 

『革命軍、白ひげと接触あり。会議内容までは把握出来ず』

 

 ズラズラと書き並べられた流暢な文字は、読んでいて酷く疲れる。

 ガープは凝ってしまった眉間を解すように指で揉んだ。

 

 ガープの書類仕事に対する毛嫌いっぷりは筋金入りだ。

 

 元々、文字を読むことすら嫌悪していた公務員失格者なのだが、流石に何十年と業務をこなしていたら千文字など、10分と経たずに読むことができるようになった。

 

 そして、ガープは嘆息を吐く。

 

 いつの間にか白髪が混じるようになった頭と髭をガシガシと乱雑に掻いて、彼は己の回転椅子をくるりと回した。

 

「馬鹿息子が·····。いくら喚いた所で、世界なんぞそう簡単に変わるもんじゃねェってのにのォ」

 

 この世界が不平等に歪み切っていることなどガープとて、よく知っている。

 

 だが、知っていたとしても出来ないことはある。

 この長い人生の中で、ガープが強く思い知ったことの一つだ。

 

 どれ程力を手に入れても、名声や権威を掻き集めても、人々の根底にある認識は変えられない。

 

 胸糞悪いことを思い出してしまったと首を振る。

 気分を変えるために茶でも飲むかと、今、ガープの別の仕事でバタバタしているボガードを呼び寄せようと電伝虫を手繰り寄せた所で、「んー」と寝惚けたような女の子の声が聞こえた。

 

 そう言えば、此処にはメルが居たのだと今更ながら思い出したガープである。

 

 もし、ここにセンゴクやそれこそボガードがいたら、子供とはいえ部外者の前で機密文書を読むなとガミガミ叱っていたところだが、残念ながら此処にはガープとメルしかいない。

 

「折角じゃ。あいつには羊羹でも買わしてこよう」

 

 この瞬間にコートをバサバサはためかせて、ボガードが羊羹を買うために近くの商店街を走り回る未来が決定した。

 

 可哀想なボガード。

 だが、ガープの直属の部下である限り、彼には続々と苛烈な試練が降りかかり続けるのだ。

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 この世界は、やけに海が広い。

 

 メルはいつものデッキブラシに跨って、眼下に広がる海面を見る度にそう思う。

 

 この広い世界に点在している島を全て寄せ集めても、きっと海ほどの面積は無い。

 

 これは、空を飛行できる人間にしか知りえない事柄だ。

 

 多分、デッキブラシに乗れる自分しかこの考えは思い浮かばないのだろうと思い、メルはそのことに少し優越感を抱いた。

 

 しかし、メルは知らない。

 

 この世界には生身で空を飛ぶ人間が数多と存在することを。

 悪魔の実という特殊な果実の恩恵に与って、空を悠々と散歩する輩がいることを。

 

 知らぬが仏。知らぬが花。

 

 

『でけでんでんでんー! どうもー、案外イルズです』

 

『なァなァ、オレ海軍やって見たい』

 

『じゃあ、オレは海賊な』

 

『そこの海賊、そこの海賊。その鴎の描かれた帆を畳みなさい。あと、その白い正義のコートめっちゃカッコイイね!』

 

『それ、海兵やないかい!』

 

『あーあー、テステス。そこの船そこの船。有り金全部全て献上しなさい。勿論、ネコババは許さない』

 

『それ、海賊や! スズキ!』

 

『はい、しゃがしゃがしゃがしゃが!!』

 

 

 昨日、メルはガープの部下───ボガードにラジオのことを聞いてみた。

 

 予測通り、ガープはラジオを直すことなんて出来ないらしく、ボガードが何処かから取り出した工具キットによって、淡々とバラされていくメルのラジオを見て、彼はほほぉと感嘆の声ばかり上げていた。

 

 ボガードは見た目通り器用にラジオの中身を弄り、外れていたらしい線と線を繋いだりして見事ラジオを直すことに成功した。

 

 

 ───ガープさん、部下さんがいる限りは将来安泰だね!

 

 ボガードの便利具合に、メルがガープの将来すら見通していたとは露にも知らず、ガープは「直って良かったのォ」とラジオの生還を我がことのように喜んでいた。

 

 あの孫にしてこの祖父あり等とまた失礼なことを考えていたメルの頭をガープは乱暴にかき撫でて、羊羹のご相伴にまで与ったメルは、帰りはホクホク顔でマリンフォードを出たのだ。

 

 因みに、シャンクスの件もこの時にメルはガープに告げている。

 可愛い孫を不埒者がたらしこんでいるのだと知り、かなりガープがお冠になって、今すぐにでも艦艇に乗り込んでドーン島に出発せん!と騒いでいたが、ボガードさんの体を張った押さえ込みのかいもあり、今回のガープ出奔は未然に防がれていた。

 

 なんだかボガードに、恩を仇で返してしまったような気がするとメルが謝罪すると「公私の区別がつかない中将が悪い」との慰めをいただくことになった。

 

 そんなこんなな昨日を経て今日。

 ボガードの手によって息を吹き返したラジオが、無音の海上中に響き渡らせるのはルーキーの漫才師によるコントのようだ。

 

 

「あははははッ! 海兵が海兵を襲うとか洒落になんないなー」

 

 メルは可笑しそうにデッキブラシの上で爆笑しているが、実はこの海兵が海兵を襲うという事柄は極たまに起こっている。

 

 そもそも、海兵から海賊に転職することもあるのだ。

 

 その逆で海賊が海兵になることもある。

 ちなみにこのケースは純粋に海兵を志したと言うよりも、スパイとして送り込まれたと言った方が正しい場合もある。

 

 海賊と海軍は、海上で派手に争うだけのみならず、その水面下でも盛大な化かし合いすらしているのだ。

 

 

 この様に身内同士で身を食いあってることもよくあることだとメルが知ったら、恐らく「救いはないのか、この世界」と黄昏れることだろう。

 

 

 そんなまだちょっとだけ純真であるメルはいつもより早く出立して、新世界に位置するドレスローザに向けてデッキブラシを運転中であった。

 

 今日の小包は『王様』という不審人物から『デリンジャー』という人に宛てた曰くのある小荷物である。

 

 中身すらも教えてもらえなかったのだから、段々と小包自体が禍々しいものに見えてくる。

 

 マリンフォードから帰った夜、手洗いも程々に早速ジジィにこの『王様』について問い質してみたのだが、そのジジィは知らないの一点張り。

 

 ジジィが依頼を受けつけたんだから知らないはずはないでしょーと詰問すれば、「あれは駄目だ。あれだけはメルでも駄目だよォ」と本気のジジィに諭されてしまった。

 

 ジジィがあんなに慌てふためく顧客って、どんな化け物なのだろうか。

 

 凪いだ海ばかりで丸焼きにしたいニュース・クーも飛んでない晴天の下、暇を持て余したメルの思考はどんどんその『王様』の方へと傾いていく。

 

 ジジィは、この世の上位に入れるほどの守銭奴だ。

 金の亡者という言葉ですら生温いと思える程に、金に対して執着している。

 

 そしてこれは純然たる事実として、メルをそこそこ大切に思っている。

 

 あんなふうにつっけんどんな所があるが、メルとジジィは、メルが物心つかない頃からの仲だ。

 

 メルに言葉を教え、物の道理を説き、生きる術を叩き込んできたジジィはメルにしてみれば、云わばアイデンティティの結晶とも言える存在である。

 

 

 娘にも等しいメルに危険な依頼を頼める程、ジジィはメルを軽くは扱えない。

 

 だからこそ、疑問なのだ。

 

 何故、この『王様』の依頼をジジィは受けたのか。

 

 ただ金払いが良いだけじゃないはずだ。

 もっとはっきりとしていて、明白な理由がジジィと依頼人の間にはある筈。

 

 

 ───まさか、命なんか握られてるんじゃないよね? あの黒猫。

 

 ふと思い浮かんだ『もしも』にメルはさっと血の気を引かせるが、これは仮にも『もしも』の話だと嫌な予感を振り払うように首を横に振る。

 

 

「なんか、今回の依頼は胸騒ぎがするんだよねー」

 

 こんなに乗り気になれない依頼もそうそうないとメルは肩を落とす。

 

 そうやって、一人悶々としていると前方から漸くお目当ての国が見えてきた。

 

 

 ドレスローザ。

 

 そこは、革命の足音が忍び寄る国。

 

 

 

 

 




モンキー家の中でも随一を誇る自由人ガープが結構好きです。

本当にワンピース世界って、この家の人間に散々に振り回されてますよね。

センゴクとイワンコフとナミは熱い会話を交わせそうです。

身内馬鹿で、直情的で、親愛の表現の仕方がとことん下手くそな元気おじいちゃんには是非天寿を全うしてもらいたい。

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