ちょっとしたドレスローザ編(10年前)です。
凄い勢いで更新しているのもありますが、こんなに投稿して早々に読者の皆様から様々な反応を頂けるとは思わなくて少しドギマギしてます。有難いことです。
ドレスローザは、綺麗に敷きつめられた煉瓦道と空に花びらが舞うおとぎの国の様な場所であった。
いつもの如く、デッキブラシと荷物を胸に抱えたメルはこの国の壮麗さに心を奪われて立ち尽くす。
メイン通りを歩く住人達の顔は皆、笑顔に満ちており。
何処からともなく漂ってくる香ばしい料理の匂いは、早朝から何も食べていないメルの胃袋を柔らかく刺激する。
城下町のあちこちで咲く花々が風に揺れるさまがどうしてか印象的で、メルはつい宛もなく城下町を歩き回ることにした。
「こんな綺麗な国·····初めて来た」
神々が寵愛した国とでも言われそうな華やかな街並みは、絵本で見るお伽噺の国そっくりで柄にもなくメルのテンションが上がる。
メルとて、女の子なのだ。
綺麗なものや可愛いものに目が無く、普段からも本当は素直にそういうものを愛でていたい。
だけども───それは出来ないことだから。
お金も無くて、世界政府からも睨まれているメルの身の上じゃそんなことに現を抜かしてはいられない。
ドレスローザの雰囲気に当てられて、珍しく胸が熱くなってきていたが、侘しい現実を目の当たりにしてメルの気分は冷や水を浴びせられたようなものだ。
テンションの上昇下降が激しいメルはパンの香ばしい匂いにフラフラと誘われて、パン屋の看板を掲げるその店の軒を見上げる。
『あっち向いてホイ店』
もうちょっとまともな名前は付けられなかったのかと思いながらと、ぐぅと鳴り響く腹の音に催促されて、メルは扉を押し開けた。
店内は思ったよりも広くて、壁沿いに商品と思われるパンが並べられていた。
新品の木の匂いと焼きたてのパンの匂いがメルの鼻腔に立ち込める。肩の力が抜けそうな柔らかなその匂いについ微笑んでしまっていると、カウンターの向こう側でそんなメルを面白そうに見ている女性と視線が合う。
「いらっしゃい。アンタは、初めて見る顔だね」
この店の住民に相応しい亜麻色の短い髪とちょっと恰幅のいい体格がチャーミングな女性は、人好きしそうな笑顔でメルを出迎える。
メルが女性を見ていると、ポーンポーンと振り子時計から玩具の鳩が飛び出てきた。
時計の針を見ると正午丁度。
パン屋に入ったのは、ナイスタイミングだったかもと頭の片隅で考えつつメルもお返しにと笑顔で女性に対応する。
「はい。実は仕事でこの街に来ているんです」
「そうかい、遠くからご苦労さまだね。ウチのパンがお気に召したら、買って行っておくれよ」
「そっちにトレーとトングがあるから」と女性に教えてもらい、メルはデッキブラシを傘立ての中に立てさせてもらってから、パンを選ぶことにした。
壁際の机の上に並ぶのは色とりどりのパン達だ。
美味しそうな焼き目がついていて、メルはつい喉をごくりと鳴らしてしまう。
硬さと香ばしさを選ぶならベーコンエピ。
表面にかかった砂糖と外皮と中身の対比を楽しむならメロンパン。
ハムと卵のハーモニーを楽しむならサンドウィッチ。
パリパリとした食感を味わいたいならクロワッサン。
───うわぁ、どれもこれも本当に美味しそう!!
メルはこよなくパンを愛するパン愛好家だ。
朝食は絶対パンとミルクじゃなきゃ嫌だし、おやつに食パンの耳を揚げて砂糖をまぶしたものが出てきたら、昔はその場をくるくると回ったものだ。
ところが、そんなパン愛好家メルの下にご飯党が出現したのである。
その不届き者の名前をラブと言う。
パンなんかで腹が膨れるかと物申すその阿呆は未だに失踪中だ。
───まさか、自分の使い魔がパン嫌いだとは思わなかったなー。アイツ、朝から胃の重たくなるようなおにぎりばっかり食べるし。
古来よりパン党とご飯党は相容れないと言うらしい。
それは、紅茶党と珈琲党の争いと酷く似通っているのだとか。
まぁ、結局は個人の嗜好に文句を言っていても埒が明かないということだ。
己の価値観を押し付けてばかりいてはいけないということを、この不毛な争いは長い時をかけて人々に教え続けている。
悩みに悩んだメルが漸くメロンパンとベーコンエピをトレーに取ったところで、けたたましい音を上げて店の扉が開かれた。
ぞろぞろと入ってきたのは、頭にリボンをつけた可愛らしい女の子と店内に入るのも大変そうな体格のいい男の子だ。
「ベビー5ー。アイス買いたいだすやん」
「それは後でってさっきから言ってるでしょ? 若がここのパン食べたいって言ってるんだからちょっとだけ待ってて」
「若が待ってるなら仕方ないだすやん」
パン屋の女性とこの子達は顔馴染みらしく、女性が「いらっしゃい」と片手を振ると二人は揃って手を振り返す。
それから二人は、それぞれトレーを手に取ってあれがいいとかこれはどうだとかパンを見ながら話していた。
「若はサンドウィッチにしようかな。トレーボルはメロンパン。ディアマンテはそうね、チョココロネかな」
パンを仲良く選んでいる光景は、パン愛好家にしてみれば微笑ましい以外の感想を思いつくことなどできない。
───ジジィとパン屋に行った時はなかなかパンを選ぶことが出来なくて、私が選び終えるまで外でよくタバコ吸ってたっけ?
昔は今より稼ぎが少なくて、満足にご飯を食べられなかった。
働き盛りであるジジィもミンク族だからと就ける職業が限られており、メルはまだ小さくて働きたくても店にお金を入れることなど出来なかったのだ。
『ごめんね、メル。僕がミンク族じゃなかったらもうちょっと楽出来るんだけど』
過日の記憶が蘇る。
いつもは耳をピンと立てて髭を震わせているジジィが、初めてどちらも垂らせてメルに弱音を漏らしたあの日。
そう、あの日からメルは己の力を使って働こうと思ったのだ。
ジジィのためだったら、この力が露見してしまってもいい。
世界に捕まって命さえ奪われるかもしれないけど、それでもジジィが笑ってくれるならメルは幸せだと思えたから。
だから───。
「どうしたんだい? ぼうっとして」
我に返ると、トレーを持ったまま棒立ちになっているメルを心配してカウンターから女性が出てきていた。
ふくふくとした体をしていると思っていたが、お腹の出方が妊婦のものであると察しメルは「あ」と声を漏らす。
「お腹に赤ちゃんがいるの?」
唐突なメルの問いかけに女性は拍子を取られたような顔をしたが、数秒後には「うん」とそれはそれは幸せそうな母親の笑みを浮かべて、突き出たお腹を優しく摩る。
「もうすぐ生まれるんだよ。今もたまにポコってお腹を蹴るの。きっと元気な子だわ」
メルは慈愛の篭った女性の眼差しに、胸が焦がれるような気がした。
───こんな人が私のお母さんだったらいいのに。
メルには母親の記憶が無い。物心ついた時から記憶にあるのはジジィだけ。
メルの母親も、メルが腹にいた時はこんな顔をしてお腹を優しく摩っていたのだろうか。
こんな風に早く生まれてきてね、貴方に会いたいよと言葉を紡いでくれたのだろうか。
「クリームさん! 私もお腹触りたい!」
「おれもだすやん!!」
ノスタルジックな気持ちに包まれていると、メルとクリームと呼ばれた妊婦の女性のすぐ側に、あの二人の子供達がやって来ていた。
子供達のトレーの上にはそれぞれパンの山が出来ており、絶妙なバランスでもって保たれている。
危なっかしい二人の手つきにハラハラしたのはメルだけでないらしく、クリームも危機感を抱いたようで「お腹を触るのは、そのパンを包んでからよ」と言い渡していた。
「あ、あの」
「うん?」
そうと決まれば、さっさとトレーを置きに行こう!とカウンターの方へと向かっていった子供達を尻目に、メルは恐る恐るとクリームに声を掛けた。
「私も、お腹触っていい?」
そろりとクリームの顔を伺うように、上目遣い気味に尋ねるメルへ女性がそんなことかいと声を上げて笑う。
「勿論さ。色んな人に構われてこの子も幸せ者だよ」
ふふふと女性は笑い、「さぁ、アンタもカウンターまでパンを持ってきて」と促され、メルはパパっと顔を華やかせた。
「うん!」
メルもあの二人の子供に続けとばかりにカウンターの方へバタバタ走っていく。
逃げやしないよと女性は思いつつも、今日は可愛らしいお客さんだらけだねとまた自分のお腹を摩った。
申し訳程度の『魔女の宅急便』成分です。
幸せな話を書いてますが、この国のこれからを考えるとちょっとなんだかなぁと思ったり。
ドレスローザの街並みは、アニメ版で見ていて本当に心踊りました。
メルヘンを煮つめたような城下町に、絵本に出てきそうなお城は某コウモリのゴスロリチックな城よりも好きです。
ただし、某ミホークさんのルクセンブルクにありそうなお城も好きっちゃあ好き。