ハガル・ヘルツォーク/災華公   作:Nox Nostrum

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第3話   我に祝福を与え給え

  眼前に広がるのは気絶している己のマスターと思わしき男と、陰惨な殺人現場。人間の死骸を見るに、どうやら私の召喚の為の贄とされたらしい。であるならば、縛られて私の威で狂い死んでいる少年も、恐らく同様に贄なのだろうと推測する。

 

  「ふむ、ならば蘇生するのはマスターだけで構うまい。だが‥‥‥」

 

  自身を呼び出したらしき青年は、まだ死んではいない。己の召喚者の格を調べる為に、そして己に対する令呪の無意味さを教える意味であえて、召喚者が自身の本質を覗こうとするのを止めなかったのだが、本来なら死んだ少年同様の状態に陥ってもおかしくはないのだ。だと言うのに、植物状態のようなものとはいえまだ生きている。これは僥倖だ。己がマスターはなかなかに特異な存在になっているらしい。

 

  「面白い。《原型想起》」

 

  対象の記憶を読む魔法を使い、この召喚者がどういった男なのか、と現状について調べる。

 

  「私を召喚するのも頷ける。そして何より、この魂の歪み。渇望。実に私好みだ」

 

  一瞬で龍之介の記憶のみならず、心のありよう。魂の形さえをも読み取ってみせたサーヴァントは、彼を自身の契約者として認めたらしい。

  朝日が昇る前に召喚者の拠点へと戻る。それが先決だろうと考え、しかしその前に、

 

  「せっかくの贄だ。受け取るとしようか、龍之介。《上位悪魔召喚/影躍の悪魔》」

 

  三人の遺体の上で魔方陣が展開され、そのまま遺体へと降下する。遺体へと触れた瞬間から魔方陣は刻印され、遺体はまるで生きているかのように直立する。そして、口から黒い何か、タールのような何かが溢れ出し、形を成していく。遺体はそれを吐き出す程に枯れてゆき、全てを何かに捧げてしまったかのように、髪の毛一つ残さず消滅した。

  現れたのはのは白い仮面をつけた3体の悪魔だった。蛇に似た、DNAの螺旋構造のような体躯を持ち、その上を機械の外殻が覆っている。体軀から伸びる機械の鋭爪は、六つ。それは敵を殺すと言うよりも、捉え、拘束するためのもだった。地上より浮いたまま器用に臣下の礼を取ったそれらは、それぞれ歓喜,忿怒,悲哀を表した仮面の奥から、どこか機械的な声を出した。

 

  「御命令を。我が君に聖杯を捧げる、その一番槍となる栄をお与えください」

 

  彼への忠義と懇願の言葉に対し、彼は緩やかな微笑を持って返す。

 

  「許す。もとよりそのつもりだ。1ヒはマスターの影へ。万が一の時は守護しろ。2ヒは一先ず遠坂邸,間桐邸を見張れ。何か動きがあればすぐに魔法にて知らせろ。必要であれば、こちらから《隷属する悪魔》を使う。恐らく他のマスターの使い魔もいる筈だ。気づかれるなよ」

 

  「了承しました、我が君(ヤヴォール、マインヘル)勝利を貴方様へ(ジーク・ハイル)

 

 そう言うと、三体の悪魔は一瞬にして消えた。影の中へと、まるで溶けるように、何の痕跡も、音さえ残さず。

 

 

 

  雨生龍之介は夢を見ていた。あまりに真に迫り過ぎるそれを、ただの夢と言っていいのかは分からなかったが。

  始まりは真実、どうして何故だという疑問の念を孕んだ怒号だった。

 

  「──ふざけるな!」

 

  何処でもない、この場所でもう一度。彼は、いや彼等は、確かに仲間と呼び、今もそう思い続けている、ある39人を待ち続けていたのだ。

  だが、そう思っていたのはただの片恋慕だったのかもしれない。やって来たのは数人。それも最後まで残ってくれたのは一人としていなかった。あと数時間もすれば、この世界は崩壊するというのに。

  そう、この世界は今日終わる。虚構の世界の夢は覚める。0と1の海の終わりに、開戦の号砲は要らない。倒れるべき神も、怪物も初めからいないも同じなのだから。

 

  「此処は皆で作り上げたナザリック地下大墳墓だろ!なんでそんな簡単に棄てることが出来る!」

 

  そう叫ぶ彼の目から涙は溢れない。当然だ。彼は人ではない異形。骸骨の姿をした彼の眼窩には、赤黒い光が灯るのみだった。そして何より、この数字でしかない世界では、例え人であったとしても、あらゆる感情は、それが出す声音でしか判断出来ない。故に、叫ぶ骸骨の姿は無機的な雰囲気との乖離を生み出し、チグハグに感じさせた。

  しかし俺は、その悲しみと怒りを充分に、そして誰よりも共感することができていた。同じく、この場所を維持し、何よりこの世界、この姿にしか自身を見出せなかったものとして。

 

  「‥‥‥いや、違うか。簡単に棄てたんじゃないよな。現実と空想。どちらを取るかという選択肢を突きつけられただけだよな。仕方がないことだし、誰も裏切ってなんかいない。皆も苦渋の選択だったんだよな‥‥‥」

 

  そう、己に言い聞かせるような呟きを前に、俺は二つの受容と拒絶の念を抱いていた。

  それに追従する諦観の念。それは社会人として、遊戯にふける大人として、当然で受け入れるべき現実だった。それぞれに夢があった。家庭があった。そもそも飽きて、此処に夢を見れなくなった奴だって当たり前にいただろう。誰もがそうやって過ぎていく泡沫の自分としてこの場所にいた。自分だってそうやって、振り返る事もなく忘れて今ものうのうと生きていたかも‥‥‥違う!違う!あり得ない。そんな未来は俺には来ない!

  そんな、常識を拒絶する深い絶望。楽しかった。楽しかった。楽しかった。そんな冒険の日々。神すら倒した。数倍からなる人間の侵略者どもからこの地を守った事もある。あり得ないような栄光と、勝利を冠したこの地を築き上げた朋友達。決して全員と意気投合していたわけではない。寝首を掻いてやろうかと敵対していた奴も居た。それでも、現実で与えられなかった祝福を、此処で手に入れられた気がしたから。なのにそもそもから、焦がれて焼かれた我等と彼等の想いには、ただの冷や水で判然とする程に、大きすぎる差があったらしい。

  俺も、彼も未だ天に手を伸ばして喘き続けているというのに。

  いや、やめよう。本当にそう思っているのは彼だけだろう。俺の場合は、その前にエゴイ本音が一つ。此処でなら叶えられる。叶えられたと思っていた、▪️に成りたいという渇望を。その象徴たるこの景観は、足蹴にしてしまえるほどに、安く思われていたのだろうか?

 

 

 


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