第四次聖杯戦争。
異物が入り込んだ、曰く万能の願望器とも言い難い杯を求めて争った、七人の魔術師の闘争。
アインツベルンが雇った、理想を遂げるにはあまりにも優しすぎたフリーランスの元魔術師殺し。
時計塔より、己の集大成たる成果を挙げんと果敢にも身を踊らせた稀代の講師。
愛する者のためにこそその命を費やした一度は魔道の道を外れた落伍者。
師をも騙し討ち、長らく不明瞭であった己の本質を理解せんとした聖職者。
その秘めたる才能を誰にも理解されず、自らも知らぬ内に理解者を求めていた青年。
常に余裕を持って優雅たれと振る舞い、遂にはその教訓に身を滅ぼされた生粋の魔術師。
度の外れた芸術を求め、己の美学を語らい合う師をも得た現代の悪魔さながらの豹。
彼らは万能の願望器たる聖杯を求めて相争った。
聖杯を求めていない者ですらも、その戦争の本当の意図を理解していなかった者ですらも、己の理想に従うがままに肉体を費やした。
だが何も、第四次聖杯戦争の着眼点は彼らのみではない。彼らが召喚した超常の現象体たる英霊、即してサーヴァントも、極めて列強揃いであった。
旧ブリテン……イギリスを納めたとされる彼のアーサー王伝説の王たる、ユーサー・ペンドラゴンの嫡子たるアルトリア・ペンドラゴン。
北欧にて名を轟かせた、フィオナ騎士団が一番槍、黒黒子と魔貌を持ち合わせてしまった悲劇の勇士、ディルムッド・オディナ。
彼のアーサー王に仕え、あまつさえその妻を寝取った裏切りの騎士、湖の騎士……その逸話が故に、狂化の可能性を秘めていたランスロット。
名も知れぬ暗殺教団、ハサン・サッバーハのいつかの頭首、百の人格を持つとされた間諜の英霊たる百の貌のハサン。
マケドニアの覇王の名を轟かせ、バビロンに於いて帝国を三つに再編成させた、トロイア戦争の英雄に憧れた征服者たるイスカンダル。
人類最古の王とされ、天上の財宝を収集した王の中の王、神が差し向けた兵器を唯一の朋友としたバビロニアの英雄王、ギルガメッシュ。
フランスの英雄ジャンヌダルクを慕い、その悲惨たる顛末を見届けたが故に狂気に堕ちた元騎士たるジル・ド・レェ。
彼ら七人のサーヴァントは、生前に満たせなかった未練を叶えるために、一時的に己の召喚者たるマスターに協力した。
相互理解がどうあっても不可能であった者も、マスターの罵詈雑言を一身に受けながらもなお騎士道を貫こうとした者も、新たな臣下に己が覇道をしかと刻み付けた者も……皆が、敢然にも矛を交えた。
一つの選択が命取りとなった佳境。
これは、その選択を違えた話である。
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「君の右腕に宿ったその刻印。それは、サーヴァントを統べるべく与えられた令呪に他ならない」
サレルノの地に呼び出された聖堂教会の聖職者たる言峰綺礼の眼前で、赤一色の礼服に身を包んだ男が、片手にグラスを携えて断言する。
「……まだ信じられんかね。自分がサーヴァントを統べるべく選ばれた七人のマスターの内の、一人であると」
「えぇ、俄には。七人のサーヴァントが、この世に再来するなどとは、到底思えません」
心此処に在らずといった風体で佇立する綺礼に、西洋染みた風格の遠坂時臣は問う。
綺礼は歯切れ悪く応える訳でもなく、時臣の問いに即答した。
「それも当然だろう。……だが、聖杯の奇跡とやらは本当に存在する。
現に、サーヴァントの召喚に於ける魔力リソースや霊脈、令呪の発生もすべて、聖杯の奇跡によるものだ」
「では、遥か遠方の地で発生する、聖杯戦争についても同様と?」
ワイングラスを振り、時臣は聖杯の奇跡について淡々と語り連ねる。
だが綺礼は納得がいかず、折り返し聖杯の奇跡とやらについて訊ねる。
それも当然であろう。
……本来、言峰綺礼が所属する聖堂教会は、魔術協会と対立関係にある。
それに、魔術師も教会の聖職者……特に代行者を警戒している以上、此方も魔術師を警戒して然るべきなのだ。
故にこそ、魔術師との面談……それも、父親からの要請とあっては、殊更に異例だった。
「勿論だとも。アインツベルン家と間桐家……そして、遠坂家の始まりの御三家が選んだ場所こそがそこなのだからね。
だが、アインツベルンと間桐の両家は既に、本来の魔道の心理の追求と言う目的を忘れてしまっている」
時臣は珍しくも感情を表に露見させた。
自慢のワイングラスを割りかねんばかりの力を籠め、憤慨と落胆の念を全面に押し出す。
その時臣の横顔を、老衰でしゃがれた重低音が咎める。
「時臣君。そろそろ頃合いだ」
「……そうですね。綺礼君、ここに君とお父様を呼んだ理由は他でもない」
「綺礼、ここまでの話はすべて、聖杯戦争を巡る表向きの事情に過ぎん。今日、こうして儂がお前と時臣氏を引き合わせた理由は他にある」
そう嘯いた父、璃正の表情は、堅物の父にしては珍しいほどの微笑であった。
「実のところ、冬木に顕現する聖杯が神の御子の聖遺物でないという確証は、当の昔に判明している。
……だが、冬木の聖杯は聖遺物ではないにしろ、力が強大すぎる。どんな輩の手に渡って、邪な願望を叶えられるかも知れない」
「……成る程。ならば、私は時臣氏を勝利させる目的で、第四次聖杯戦争に参加すればよいのですね?」
「そういうことになる。……しかしながら、我々は表向きには敵同士。だが敵同士に立ち振る舞えど、水面下で共闘し、残る五人のマスターを駆逐し、殲滅する」
時臣は事務的な口調で、璃正に代わって話を進めていく。傍らで侍りながらも厳かに頷く璃正にも、厳粛とした風格の奥に、満足の色がありありと窺える。
「要するに……綺礼君。君には転身という形で、聖堂教会から魔術協会へと転属し、私の従弟となってもらう」
時臣の言葉に困惑する綺礼に先んじて、璃正は手元にあった書簡を差し出す。
手際の良さに感嘆を通り越して呆れを覚えるものの、綺礼は大方の筋を理解した。
「教会から協会への転属が故に疑われると思っているかもしれないが、それは魔術師の世界では日常茶飯事だ。然して気掛かりにする者はいまいさ」
「ああ、成る程」
言葉を継いで足した時臣は、したり顔で綺礼を見据えるや、締め括りとして尋ねる。
「ひとつだけ。ーーーーマスターの選抜をする聖杯の意思というのは、一体どういうものなのですか?」
「聖杯はより真摯にそれを必要とする者から優先的にマスターにするが……ああ、成る程。
過去に聖杯を求めない者がイレギュラーとして令呪を宿した例がある。
綺礼君、君はまだ自分が何故選ばれたのか不可解なんだね?」
時臣が見え透いたかのように尋ねる。
綺礼も無言の首肯で応じる。が、その直後に時臣から発せられた考察は、果たして生粋の魔術師さながらの言葉であった。
「聖杯は既に私を選んでいて、遠坂に令呪を二つ与えるべくして、君というマスターを選んだ。……これで説明にはならないかね?」
「……」
この数分の問答に於いて、綺礼は遠坂時臣という人間の人格を理解した。
時臣には、持ち前の尊大な自信を何ら疑わせることがないほどの貫禄を持ち合わせている。
……故にこそ、彼は自らの発言や行動に何ら疑念を持つことはない。
綺礼はこの問答で求められる回答以上が出ないと結論付け、質問の内容を変えた。
無論、内心で出た落胆の念は包み隠している。
「日本への出立はいつに?」
「私は一旦イギリスへ寄っていく。ロンドン時計塔に用事があるのでね。君は一足先に日本へ向かってくれ。家の者には伝えおく」
そう言った時臣は、璃正に一瞥をやった。
「……綺礼、先に戻っていなさい。儂は時臣氏と少し話がある」
父の言葉に恭しく頷き、綺礼は黙礼するや、一人で部屋を辞していった。
「サーヴァント……聖杯、万能の願望器。それならば、或いはーーーー」
九十九折りの道中で綺礼は、先程の問答を思い返していた。
身をやつすことのなかった魔道の世界。その中であれば、或いは自分が真に求めているものの答えが見つかるものではないかと。
中腹に差し掛かった綺礼の足取りは、まったく乱れることのない整調かつ淀みのない歩方。
だが果たして、当の綺礼ですらも気付かぬ内に、邪な笑みが口許を歪めていた。
初の投稿ですので、色々と抜けているところがあるかもしれませんが、原作の色々な選択肢の場面を違った選択にしようと考えております。
例えば、某おじさんの救済問答や某英雄王の問答など……ガバガバ設定になること間違いなしですが、何卒よしなに。