ウェイバーとライダーが図書館から立ち退いてから小一時間。
ライダーは本に耽るようでいて、誘いを掛けるサーヴァントの反応をありありと窺っていた。
そして、サーヴァントの反応が倉庫街で色濃くなった瞬間、ライダーはイリアスを閉じ、徐に腰を上げた。
「坊主。どうやら……初っ端から誘いを掛けるサーヴァントが居るようだ。場所は南西方向だな」
「……連れていけライダー。お前の力、今すぐにでも証明して貰わないとな!」
傍らに侍っていたウェイバーが、依然として態度を変えぬ傲岸なライダーへと言い放つ。
ライダーは凄烈な笑みを浮かべるや、ウェイバーの襟首を掴み、いつの間にやら出現させていた戦車に放る。
「坊主、この街にサーヴァントは何騎おる?」
「そんなこと知るかっての。でもまぁ……アインツベルンは北東だから、まだ来ていないだろうな。
でも、遠坂と間桐はこの冬木に拠点を張ってるんだ。おそらく、そのどちらかだと思う」
「ーーーー坊主、お前も中々に頭の切れる奴ではないか。聖杯への願望を訊いたときはこりゃ厄介なマスターに当たったと思ったが……フフン、存外に愉しめそうだわい」
冷静に判じたウェイバーへ、褒めているのか貶しているのか窺い知れぬ言葉を掛ける。
だがふと、ウェイバーは戦車の軌道に眉根を寄せた。
「おいライダー。南西方向じゃなかったのか?」
「安心しろ坊主。余と貴様は特等席からそのサーヴァントを監視するだけだ。
……本題は、その挑発にどれだけのサーヴァントが集うかよ」
不満しか持たぬウェイバーなど露知らずに、ライダーは遠慮のない胴間声で笑う。
ライダーはこの聖杯戦争をただの遊戯としか感じていないのではないかと……ウェイバーは考え、そして論外と切り捨てた。
ウェイバーには、このライダー……征服王イスカンダルが望む願望に、思い当たるものがあった。
生前のイスカンダルが亡くなった歳。それは、あまりにも若すぎる。
英雄に憧れて西へ遠征したが故に、誘引された病。イスカンダルが死後の魂を置いてまで、聖杯を望む理由こそが、恐らくはそれに繋がることなのだろう。
ウェイバーは内側から涌き出る文句を寸でのところで噛み殺し、ライダーの暴れ狂う戦車に怯えた。
■■■■
「ここが日本ですか」
食事を早々に切り上げて乗り込んだ夜行便から、バーサーカーとアイリスフィール、そして衛宮切嗣は降り立った。
空港から眺望できる光景に胸を踊らせるアイリスフィールと、感慨深げに眼下を見下ろすバーサーカー。
対して切嗣は、電話で助手たる者と作戦を再確認するや、すぐに荷物をまとめ始めた。
「僕は一足先にホテルへ向かうが……僕と君たちが一緒にいた場合、警戒されることとなる。
面倒ではあるが、この街を散策でもしていてくれ。地形を憶えれば、或いは地の利を確保できるかもしれないしね」
「ーーーー待ってください、マスター」
足早に空港を後にせんとした切嗣の背を、バーサーカーが引き留める。
「……サーヴァントが居ます。遠くではありますが、どうしますか?」
「……何?」
切嗣は瞬時、歩みを止める。
聖杯戦争に参加するマスターの内、すでに決まっている者は六人。だが、切嗣が召喚の儀を行った今夜には、サーヴァントの顕現は五騎捉えられた。
召喚がほぼ一致することは珍しいものの……まさか、召喚した直後に、誘い出しを行うマスターがいるとは。
「予定変更だ。バーサーカー、君はアイリと共にサーヴァントの元へ向かってくれ。
……僕は戦線の監視を行う」
「了解しました。……では、失礼しますアイリスフィールさん」
理由は窺い知れぬが、切嗣の判断に従うままのバーサーカーは、アイリスフィールを抱きかかえるや、誰に見咎められることもなく立ち去った。
その背を見遣りながら、切嗣は再度、助手に連絡を取る。
「冬木市市民会館前で落ち合おう。君は僕のワルサー狙撃銃とAUG突撃銃を用意しておいてくれ」
そう言って通話を切った切嗣は、珍しくも口元を歪める。
「お手並み拝見だ。……眼鏡の騎士王さん」
■■■■
ランサーの座に据えられて召喚されたサーヴァント、デイルムッド・オディナは、召喚されて開口一番に告げられた作戦に、耳を疑った。
"サーヴァントとしての存在を出しつつも、障りない戦地へと導き出せ"
召喚された英霊が自分以外にいることは解るものの……訊けば、聖杯戦争に関する勝負はまだ行われていないという。
にも拘わらず、ランサーのマスターは無謀といっても差し支えのない策を講じた。
そうして街路を霊体として練り歩いた末に行き着いた戦地がーーーーこの沿岸部に位置する、冬木市倉庫街だった。
夜気が頬を撫ぜる中、デイルムッドは止めどない不安を噛み殺さんとしていた。
三大騎士クラスなら未だしも、四大騎士クラスの英霊が来るとは到底思えない。
しかしながら、今回の聖杯戦争に参加する三大騎士クラスの内、アーチャーとセイバーが真っ当な英霊かも知れない。
故に……誰一人として来ない可能性もあるのだ。
マスターは何らかの術を行使して姿を眩ましているものの、万が一にも奇襲された場合は、守り通す自信は宣誓できるほどにない。
ーーーーと、感慨無しにそう考えるランサーの頬を、軌道の変わった風が通り過ぎる。
明らかに自然現象で変化したものではない風。
つまるところ、何者かが近付いている。それも、この充填される魔力と迸る清澄な闘気。
紛うことなき、サーヴァントの気配である。
ランサーは目をすがめて眼前へと視線をやる。
その大地を踏み鳴らした者はーーーー黒鎧に身を包み、異形の邪剣を携えた者であった。
「……姿形は真っ当な騎士とは違うにしろ、この清澄な闘気。そしてその剣ということは、お前はセイバーだな?」
「……そういうあなたは判りやすいですね」
「フン。真っ当に名乗り合うことも許されないこの戦いに、名誉も糞もあるまいさ。
ならば、わざわざ武器を隠すこともあるまい」
二挺の槍を右往左往させながら、ランサーは雄弁に語る。一方のバーサーカーは、然したる感慨を見せることもなく、右手の邪剣を構える。
「……では、お手並み拝見といこうか!」
「精々、宝具を隠しつつ戦って下さい。……厳しいとは思いますが」
背面にアイリスフィールを庇いながらも、バーサーカーは剣柄を執った。