Fate/Zero:IF   作:フリーズ

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第17話

 

 

 

 

 遠坂邸。開いた窓枠からはいささか魔力の毛先(けさき)を感じられ、とうとう聖杯戦争の始まりを(あん)に告げてくる。が、そこに負けじと、亭主(ていしゅ)は気乗りしない嘆息を吹き返す。

 

 ——なんと予想の埒外(らちがい)にあることか。先の一戦、とりわけ(おの)がサーヴァントたる英雄王が矛先をむけた時。言い()えれば、神経を逆撫(さかな)でされ不興を露わにした時。

 遠坂時臣は自らのサーヴァントへ、崇拝にほど近い感想を(いだ)いている。遠坂たるもの優雅たれ、と高貴さならではの訓戒(くんかい)美学を持っているのだから、原初の王とあらば最上級のもてなしを()って然るべきだ。

 

 しかしさっきの一幕は目に余るものがあった。《王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)》を凌がれた挙句(あげく)、あわや宝具の直撃すら許しかける……(そば)に綺礼がおらなければ、その場での退場もあるいはあり得たかもしれない。

 

「……っ。初めから出鼻を(くじ)かれた心地だ」

 

 そう独りごちるや、時臣はかたわらのグラスを(あお)る。自棄酒などではないが——あぁなにせ、アーチャーは綺礼のもとにぶらり歓談だ。急遽(きゅうきょ)、袖を翻すこともない。

 

 召喚して以来、マトモな交流がないというのに令呪での強権を(ふる)った此度。やれやれ目先、キャスターのクラスすら目撃できていないというのに、令呪一画を失った手痛(ていた)いミスリード。それでいて、アーチャーとの意思疎通もおざなり。

 

「————聖杯戦争は、始まったばかりだというのに……!」

 

 焦燥に駆られるよう、瀟洒(しょうしゃ)さを歪める鼻梁。それを誤魔化すよう、はたまた妙案でも求めるよう、時臣はグラスの中身を一挙(いっきょ)に呷った。

 

 

 

 

        ×          ×

 

 

 

 

 まだ日が落ちていない時のことだ。

 冬木市を(さわ)がせる連続殺人事件、その犯人が、一つ屋根の下に侵入し——

 

「♪閉じよ閉じよ閉じよ閉じよ。繰り返すつどに四度——あれ、五度? えーと、ただ()たされるトキをー、破却する……だよなぁ? うん」

 

 剽軽(ひょうきん)な鼻歌を交え、うろ覚えの文を(そら)んずる青年。その手が(たずさ)えし刷毛には、べっとりと血糊が。奇妙なステップを刻むリビングルームのフローリングには、なにやら物々しい紋様が。

 

 何を(まが)うか、彼こそが猟奇的な殺人の張本人——雨生(うりゅう)龍之介(りゅうのすけ)である。見ての通りな軽衣装は遊び人をこれでもかと演出しており、そのくせ読めぬ心のアリヨウが余裕をかもす。夜の街に出れば、龍之介は獲物に(こま)りやしない男だ。……あぁもちろん、()()。肉食動物などが鮮やかに手に入れる、獲物である。

 

「♪閉じよ閉じよ閉じよ閉じよ閉じよっと。はい今度こそ五度ね。オーケイ?」

 

 儀式というのは本来、荘厳(そうごん)にやるべきなのだろう。が、龍之介からしてみれば、辛気臭いものはナンセンス。雰囲気を取り(つくろ)うのは結構、重視すべきはフィーリングだ。

 

 それにしても、今回の魔法陣はイイ出来(でき)である。両親と長女を殺して血を抜いていたものの、失敗もなくすんなりと済んだものだから荷厄介になってしまった。折角(せっかく)、抜本塞源とでも洒落込(しゃれこ)んで準備めかしたというのに。

 ——そう。()()()

 

 ただいま雨生龍之介は〝モチベーションの低下〟とやらに頑迷(がんめい)していた。三○人あまりを食い物にしてきた彼であったのだが、どうも拷問や処刑の手口(てぐち)に新鮮味を失ってしまっている。化粧のノリが悪いと気分が上がらない、ようなものかもしれまい。

 簡素な話、思いつく限りのエンタテインメントを試してしまった龍之介は、もはや獲物を(なぶ)り、断末魔を見届けることにも感動の(たけ)が薄れていっているワケだ。

 

 だから、原点回帰という言葉にあやかろうと実家に帰省(きせい)。五年ぶりの再会たる姉——()()()()()()()()()()()()()()()()を前に、だがインスピレーションは浮かばず。

 

 それでも。

 土蔵にガラクタともども埋もれていた和綴(わと)じの古本。虫食いだらけで読み落とす面もあったものだが……幸い、学生時代に漢書を(かじ)った龍之介には、さほど読み解くことに(ろう)はなかった。

 

 しかし内容は、奇天烈なものであり理解に苦しんだものだ。

 

「ねー坊や、この世界に不可思議ってあると思うかい?」

 

 あまった血を其処彼処(そこかしこ)に塗りたくり、ファインアートとでも気取った折り合い。……部屋の片隅に、猿轡(さるぐつわ)を噛ませて縛り上げた男の子めがけ、そう問うてみる。

 むろん、返答など望むべくもない。ただふいごのように呼吸を浅く漏らし、人だった親族の(むくろ)をじっと凝視するだけ。すっかり怯えてしまった。

 

「よく新聞とか雑誌に取り上げられるじゃん。ナナフシギとかさ? あーいうの、ちょっと興味持っても調べるまではご足労でさぁ……うんうん、オレぁその前に、新鮮(しんせん)な死を眺めてみて感想をいだきたいんだよね」

 

 子どもの怯懦(きょうだ)ぶりにはさまで気も留めず、芝居がかった様子で龍之介は続ける。

 

「でもよく考えりゃ、何事にも先達(せんだつ)っているワケよ。アートの悪魔だったり、ファンキーの死神だったり、……とにかくも前を歩いていた人たちっているの。

 そうやって古さに新しさを考えてたらさぁ! こんなの見つけちゃって」

 

 襤褸切(ぼろき)れのような古書をひらひらと誇示。

 

「なんかオレの先祖(せんぞ)、陰陽師ぃ? っての齧ってたみたいでさ。ふるぅいカミサマとか信じてたんだって。——そしたらさ、同じ血流れてるんだから気にもなるってハナシ!

 カミサマ? アクマ? どっちがいるのかなぁこの世界! どっちがでてくるのかなぁここに!」

 

 調子っ外れな音調で龍之介は言い(つの)る。普段は喋ることさえ億劫なものの、こと死に向き合う場ではべらぼうに饒舌(じょうぜつ)になってしまうのは龍之介の癖だ。

 

 ——さて、こうやって興味をそそられるお話をしていもなお、男の子は呻吟(しんぎん)するばかり。うっかり縄を外せば、尻に()をかけることだろう。

 なので、龍之介は満面の笑みを張り付かせ、

 

「でもさ? もしそうやって普通じゃない人が出てきたとして——ただ呑気(のんき)に茶飲み話ってのも気が引けるじゃん? 準備もなしなんてよりマヌケでしょ?

 だからね、(ぼう)や……もし悪魔サンがお出ましになったら、ひとつ殺されてみてくんない?」

「……っ!」

 

 (わか)るワードを組み繋げ、果たして子どもは狂乱の(うず)へ。秒刻(びょうきざ)みで自分が死ぬ運命にあるのだと、理解の色を示してしまったのだ。

 

 ああカワイイ、愛おしい。ケタケタと笑い転げ、龍之介は興奮を覗かせる。

 

「悪魔に殺されるってどんな気分だろうね! 痛いのかなァ、苦しいのかなァ、ははっ、とにかく貴重(きちょう)だってことに間違いないと思うよ? 滅多にあることじゃあないし、はははははは————ぁ痛っ⁉︎」

 

 その笑殺に横槍(よこやり)を刺す激痛。……右手。あたかも王水を浴びせられたような——なにせ(そう)状態にあった彼を引き戻すほど——痛みの(すえ)、右手の甲に刻まれたモチーフ。

 三匹の蛇が(から)み合うような紋様だった。紅色で、見たこともないモノ。

 

「な、んだぁ————コレ」

 

 (しび)れるような痛みが張り付いたまま、だがそれすらも恍惚(こうこつ)の余韻とばかりにうっとりと。……龍之介のセンスに符号するアーティスティックに、魅入ってしまう。

 

「へぇ……」

 

 遠近を通じて手を離しては近づけて、そのシルシを眺める。まったくなんという怪異(かいい)。これだけでも随分なオカルトの証であり、収穫にもなり得たものだ、と——

 そう吊り上げた口角に、風が颯々(さっさつ)と触れる。

 

 風。臭気を漏らさぬよう密封した窓から隙間風(すきまかぜ)……とは思いがたく、しかし物が動いて生じた微風(そよかぜ)とも思えず。

 なにせ次第に部屋を荒らす狂飆(きょうひょう)へと遂げるソレは、どうにもペイントした魔法陣から吹き荒ぶものに違いなく。

 

「…………っ」

 

 クル。なにかが来る。(きざ)しだ。それも、龍之介にとっては祥瑞(しょうずい)そのもの。

 

 かつて雨生という一族に(つた)っていた異形の力。子孫にすら忘れ去られたものの、ただし連綿(れんめん)と受け継がれてきた血筋は今、この時のこの場面で。

 龍之介の(うち)に眠り続けていた〝魔術回路〟は臨界(りんかい)に達していた。魔法陣から発せられる稲妻とスプレー状の霧も、色めき立つ龍之介がようやく開いたソレによるものであり……

 

 津波に()み流されるように開通した神秘の遺産(いさん)。それは龍之介に入り込んだ〝外なる力〟を循環させ、ひいては異界より招かれたモノへと(さず)ける。

 やがて立っていられなくなる風量に転じ、逆巻きの暴風は(うな)りを上げ——

 

「————————は?」

 

 さても異例な英霊召喚。たとい稚拙(ちせつ)な召喚陣でも、完璧に詠唱が()されずとも、聖杯が素質ある七人を選別するというものなのだから。

 ……雨生龍之介は七人目のマスターとして選ばれたのだ。

 

「……()?」

 

 陣の中央にぽとりと()え置かれた一冊。——拍子抜けだ。

 楽しみをすっぽ抜かれた心地(ここち)で歩み寄り、龍之介はそれを拾い上げ、

 

「うわっ、スゲェ……これ本物の人の皮ぁ……⁉︎」

 

 よぉく目を()らし、肌に触れ、真偽を検める。

 本物だ。往時(おうじ)にはチャレンジし、諦めた理想の産物。……なるほどこんなにも素晴らしい。

 

 おっと。外装も大事だが、中身も大事。ためしに先触(さきぶ)れだけでもお目にかかろうと、表紙をめくり……

 

「うおわッ」

 

 ()頓狂(とんきょう)な声をあげた。

 仕方ない。何と言っても本を開いただけが、ページは燐光を()び、光の粒がカタチを作ったのだ。

 

「……? ……?」

「うわぁおこれが英霊(サーヴァント)召喚の気分か。複雑だなァ、自分なのに自分じゃないみたいだ。いんや、そうかそうか————へェ、おもしろい召喚の仕方(しかた)したんだね我がマスターってば!」

 

 トスリと鳴ったブーツ。軍服のようなインナーに短パンを合わせた不思議な格好に、さらに羽織(はお)った術師じみたジャケット。そこに銀の髪と死んだような目つきが、常人離れを演出する(かれ)——

 

 すると、そこに列立する()()()姿()()()()()()

 

「オォオオォオ、プレラーティ! 我が盟友! 印許(しるしばか)り先に行くなどと水臭いですねェ」

「ごめんよジル。だって窮屈だもの、()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 マスターたる龍之介を差し置いて披露(ひろう)される()()()()()()()。まったく予備知識ゼロの龍之介からすれば、どんな手品よりも手品めいたトリックだ。

 

 そこで、口をあんぐりと茫然自失(ぼうぜんじしつ)な我が契約者へと、いわく面妖なコンビは笑いかける。

 

「自己紹介してあげるさ、僕、フランソワ・プレラーティ。オッケー?」

「いきなり真名を⁉︎ うぅんそうですねェ、私の方は——この時代で通りのよい名——そう、青髭、とでも」

 

 (おぞ)ましい笑顔がかがやき、その場をさらに混濁(こんだく)させる呼び名ふたつが響いた。

 

 

 


















がんばれプレラーティ君!
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