冬木市遠坂邸にて、言峰綺礼は師たる時臣から急な召集がかけられた。
そして時臣の部屋に足を運ぶや、遠坂は歓迎の意を表すより先んじて、ある物を綺礼に披露した。
「今朝、漸く頼んでいた品が届いたよ」
「これは……?」
したり顔で言った時臣の横顔に、綺礼は問いを投げる。
「これは、この世で初めて脱皮した蛇の皮だ。……これがあれば、十中八九、期待する通りのサーヴァントが召喚できるだろう」
綺礼も、父たる璃正より聞き及んではいた。
時臣が召喚せんと目論んでいるサーヴァントは、間違いなく何れの英霊よりも格上の霊気であると。
原初の王ーーーー英雄王、ギルガメッシュ。
「ところで、この屋敷に入るところは誰にも見られていないだろうね、綺礼?」
「……はい、可視不可視を問わずして、この屋敷を監視している魔道具、使い魔の反応はありません。それはーーーー」
「ーーーーそれはこの私めが保証いたします」
時臣に訊ねられ、答える綺礼の言葉を、不意に傍らで揺らいだ空間より出でる影が継いだ。
「如何なる小細工を労そうとも……間諜の英雄たるこのハサンめの目を誤魔化すことは叶いませぬが故。どうか御安心下さりますよう」
そう宣誓して恭しく頭を垂れた、痩躯の髑髏面で貌を覆い隠した英雄。それは、綺礼が召喚したサーヴァントたる"ハサン"であった。
彼は綺礼を主として認めており、その師たる時臣にも、適切な礼節を取る。
「御安心下さい。英雄が召喚されれば、それは全て父の耳に伝わります。
現在、これほどまで早期にサーヴァントを召喚したのは、私一人かと」
「なるほど」
「……この場はもう良い。戻れ、アサシン」
「御意」
綺礼の命を受け、アサシンは退散していく。
「ーーーー兎に角、召喚の儀は今夜行う。……綺礼、君のお父様もご一緒して、またこの屋敷に来てくれ」
「父も、ですか?」
「あぁ。最強の英雄が君臨する瞬間。共に分かち合いたいからな」
綺礼は無言の首肯で応じながらも、取り立てて部屋を後にする。
……遠坂時臣の慢心癖は、今に始まったことではない。だが、聖堂教会に在籍する聖職者と、その父を呼び込むなどと……そのような愚行は、魔術師である者は到底しまい。
如何に協力関係を築いたところで、所詮はその場の関係でしかないのだから。
ーーーーと、部屋を辞し螺旋階段を下りる綺礼の眼下に映ったのは、矮躯にも拘わらず身の丈以上の旅行鞄を引き摺る少女の姿であった。
綺礼は微笑を浮かべながらも、その少女に歩み寄る。
「こんにちは、凜」
「……こんにちは、綺礼」
綺礼が歩み寄ると、不服そうな顔で少女は辞礼を述べる。……その態度は、明からさまな嫌悪であった。
だが綺礼は別段気にすることもなくーーーー否、むしろこの少女には、些かの好感すらある。
身の丈に合わぬ気品を持ち合わせんと直向きに努力する様は、綺礼と見ていて……心の内に沸き上がる未知の感慨に耽られる。
その感慨が如何なるモノかは知れないが、どのみち、ソレは綺礼が求むる感慨ではあるまい。
「お出掛けかな?」
「えぇこれから禅定の家にお世話になりますから」
「なるほど」
明らかな敵意を向けながらも。だが凜は毛嫌いすることはなく、綺礼と取り立てて平常で接する。
「綺礼、あなたを信じていいですか?」
「ーーーー?」
「お父様を最後まで守り抜くと……誓ってくれますか?」
「それは出来ない相談だ。そんな穏便な戦いであれば、なにも君や御母上を離す必要もあるまい」
凜からの唐突の問いに、綺礼は本心のままに答える。
その返答に凜は、ますますに機嫌を損ねていく。
「……私、やっぱりあなたのこと好きになれない」
「凜、そういう本心は人前で言ってはいけないよ。でなければ、君の父親の品格が疑われるからね」
「ーーーー!お父様は関係ないでしょ!?
いい綺礼、お父様に何かあったら、ただじゃおかないんだからーーーー」
凜の怒る最上をわざと言って、綺礼は少女の怒り様を内心で笑いながらも眺める。
だが直後、凜はその口をつむぐ事となった。
「凜、どうしたのそんな大声を立てて」
「あっ……これは、その……」
「お出掛けの前に、私を激励してくれたのですよ、奥様」
慌てふためく凜を、綺礼は先程の詫びとでも言わんばかりに助する。
だが凜はそれすらも悪意によるものだと理解し、母親の影に潜んで悪態をつく。
「言峰さん。どうか夫を頼みます」
「ーーーー最善を尽くします」
深々と頭を下げた葵に、綺礼は心にもない言葉で応じる。
そうして、唯一として面白味のあった数舜が終わり、綺礼は落胆の念を懐きながらも、冬木教会に舞い戻っていった。
ーーーーと、そうして踵を返したところで、綺礼は止まった。
時臣が同盟を結んでから、綺礼には聖杯戦争に関する情報……サーヴァントや他のマスターと思わしき人物の情報を教えていた。
その中で、綺礼は妙に突っかかりを感じる事柄があった。
アインツベルン。
氷に閉ざされたその一族に、何年か前に婿養子として、とある魔術師が迎え入れられたと。
だが、その名を何故か思い出せない。
当時、聖堂教会に中々に敵対視されていた人物。魔術協会は巧く利用していた節があった人物。
名前は忘れたにしろ、その人物には何故かしらに、途方もない興味が湧いた。
綺礼は彼の者の名を思い出さんと墳力しながらも、心のどこかでは、今夜にでも時臣に訊ねようと冷めていた。
その者が、生涯で唯一に自分を愉しませる男だと露知らずに。