Fate/Zero:IF   作:フリーズ

6 / 17
第6話

 

冬木市深山町。

ウェイバーは、冬木に来てからの拠点に苦悩していた。そして、宅地開発の波に流されずに生き残るこの古風な町、深山に踏み入れて直ぐに、最高の物件を探し当てた。

 

カナダからの移住者で、孫が長らくに留守。それどころか、未だに連絡は付かないという絶好の物件は、正しくウェイバーが求めた通りのものだった。

その現状を聞き出したウェイバーは、直ぐ様に即興の睡眠魔術をマッケンジー夫妻にかけ、暗示魔術で、ウェイバーが長らく留守にしていた孫だと暗示をかけた。

 

我ながら、なんとも機転の効かせた発想だと自惚れながらも、ウェイバーはホテル暮らしという危機を免れていた。

そうして迎えた翌朝ーーーーウェイバーは手に宿った令呪を気持ち悪い笑みで眺めた後、マッケンジー夫妻の待つ居間に降りていった。

 

だが、ウェイバーには悩みの種がある。

それは、一斤百八十円のパンの食感やら、マッケンジー夫妻からの他愛もない会話に愛想よく返答することではなく……明け方から近隣の事など気にもせずに騒ぎ立てる鶏だった。

何を隠そうとも、その鶏を運んできた者はウェイバーである。

 

サーヴァントの召喚に使用する贄として、ウェイバーが選んだ鶏。

この現代であれ、鶏卵場はどこにでもあるだろうと……そう腹を括っていたにも拘わらず、見つけるのに小一時間。

そして、逃げる鶏を三羽ほど捕まえるのに小一時間。

更に、往復で二時間弱も時間をとられ、ウェイバーは鶏糞と羽毛にまみれ疲弊しきった状態で帰宅していた。

 

だが、ウェイバーの左手に宿った令呪。その美しき形状は、ウェイバーの疲労を消し飛ばすに値するものであった。

 

マアサ・マッケンジーが淹れ、グレン・マッケンジーが寄越した珈琲を啜りながら、ウェイバーは微睡む眼を擦る。

そんなウェイバーの様子を微笑みながら見ていた老妻が、左手に何の脈絡もなしに刻まれてた痣に気が付く。

 

「あらウェイバーちゃん、どうしたのその痣?」

「痣だって?」

 

老妻に咎められたウェイバーは反射的に手甲を隠すも、老妻は驚く老夫に見せんばかりと近寄る。

 

「……あー……余計なこと気付きやがって」

「どうしたんだウェイバー!?」

「どうもしてないよ。それより珈琲飲みなよ。砂糖をたっぷり入れてね。

……二人とも好きでしょ?珈琲」

 

悪態をつくウェイバーの異変ぶりに、グレンが驚愕するや、ウェイバーは手元にあった角砂糖を溶かしつつ、珈琲の水面に催眠魔術を手掛けた。

途端、老夫妻は糸の途切れた人形さながらに崩れ落ち、意識を失う。

 

「はぁ……これで、僕がイギリスから帰宅した孫だってところから、また暗示を掛けなきゃいけないのか」

 

暗鬱に項垂れたウェイバーの耳を、だが構いなしに、庭に放った三羽の鶏がろうするのだった。

 

 

■■■■

 

 

間桐家の大広間にて、雁夜は四肢をなげだして横たわる。蔵硯の提示たる一週間の虫たちの苗床となることは、偏に地獄であった。

そも、雁夜が未だにこうして生きていられることですら、奇跡とも言えよう。

 

「無様に成り果てたのぅ雁夜」

「……!」

 

失われつつある体力を回復に努めていた雁夜に、その姿を見咎めた蔵硯がしたり顔で近寄る。

雁夜が如何に敵愾心を露にしようとも、今の雁夜と蔵硯とでは、明らかに力量の差がある。

 

「ほぅらまだ左脚は動くのかぁ、えぇ?」

 

そう言うや、蔵硯は携えていた木杖で、感覚の途絶え始めていた雁夜の左脚を力の限りに痛め付ける。

全身を苛む激痛に加わる鈍痛に、雁夜は呻く。だがそれより先んじて、雁夜は蔵硯を睨み据えていた。

 

「ぐあぁぁあぁ!……!」

「おぉ恐い恐い。じゃが、そう感情を昂らせるな。体内の蟲どもに喰い殺されるぞ?

じゃが儂の見立てでは……お主の余命は精々1ヶ月といったところじゃな」

 

雁夜を嘲笑いながらも、蔵硯は冷徹な判断を下す。

だが雁夜は、その余命に絶望し慟哭することなく……自らに言い聞かせるように嘯いた。

 

「それで十分だ……」

「ぬぅ?」

「それで十分だと言ったんだ」

 

蟲に侵された肉体でも、例え魔術から一度は逃れた身でも。雁夜を突き動かす動力は、まだ雁夜を見捨ててはいない。

その事実だけで、雁夜にとっては十二分であった。

 

「ともかく、聖杯はお主を正式なマスターとして選んだようじゃ。

儂もお主に似合った触媒を用意しておいた……父親からの温情、使い果てるでないぞ雁夜よ」

 

召喚の儀は今夜に行うと蔵硯は雁夜に伝えるや、早々に部屋を辞していく。

雁夜もその後続を続かんとばかりに、痛む総身に鞭打ち、壁に寄りかかりながらも歩を進めた。

 

その道中で、雁夜は変わり果てた少女を見付けてしまった。

茶色の髪は深く昏い紫水に、その眼差しに当時の爛々とした眼光はなく、虚ろに此方を見据えるだけ。

 

「……やぁ、桜ちゃん。驚いたかい?」

「うん。……お顔。

雁夜おじさん、どんどん違う人みたいになっていくね」

 

そう小さく言った桜に、雁夜は曰く言い難い感慨を懐く。

 

"君もだよ、桜"

 

心の内でそう思えど、口には出せない。

桜はこれを日常と思い、土俵際を優に越えたところで耐えている。それを崩す言葉を掛ければ最後、桜は生きる意味すらも忘れてしまう。

 

「今日はね、ムシグラにいかなくていいの。もっと大事な事があるって、お爺様がいってた」

「うん、だから今日は代わりに、おじさんが蟲蔵にいくんだ」

 

同じ、蔵硯に"いじめられる"者として、雁夜は桜に接する。

 

「雁夜おじさん、どこか遠くにいっちゃうの?」

「そうだね……おじさんはこれから大事な仕事をしにいかなくちゃいけない。

こうやって桜ちゃんと話せるのも、あまり出来なくなると思う」

 

雁夜の言葉に、桜は見てわかるほどに気落させる。

 

「なぁ桜ちゃん。仕事が終わったら、遊びに行かないか? また皆で……お母さんとお姉ちゃんと、どこか遠くへ」

「お母さんとお姉ちゃんはいないの。……そう思いなさいって、お爺様が……」

 

誰に言うまでもなく俯きがちに言った桜を、雁夜は有無を言わさずに抱き止めた。

 

「じゃあ、遠坂さん家のお母さんと、凛ちゃんと、どこか遠くにいこう」

「……あの人たちに、また会えるの?」

「会える。それは、おじさんが約束してあげる」

 

僅かに見せた喜色を失わせんと、雁夜は即答する。

そして雁夜は、召喚の儀の準備をするために、桜を離した。

 

「それじゃあ、おじさんはもう行くね」

「うん……ばいばい、雁夜おじさん」

 

終始において、感情の出さなかった少女に暇を告げ、雁夜は左足を引き摺り、壁に身を預けて歩く。

その痛ましい背を見て、少女が何を思ったのかは、雁夜が知る由もない。

雁夜はまた一つ、成し遂げねばならぬ約束事を、積み重ねてしまった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。