皆に愛され 覇道をゆく天才の物語 作:水戸野幸義
「それじゃあ、行ってくるわね。更識の皆さんによろしくね」
「はい。母上達も楽しんで来てください」
「お土産いっぱい持って帰るからねっ、テオっ!」
「ああ、期待してる。存分に楽しんで来い、シャシャ」
朝早くからホテルのタクシー乗り場でシャルロット達を見送る。
日本に来て早一週間ほど経ったがイリスさんと叔母殿の仲に進展はなかった。
急かすものではないだろうし、生活環境を変えたところで事情が事情ゆえにそう簡単に変わるものでもない。
でも、折角日本に来たんだ。変化は欲しい……会話は増えてきているようだが、何よりこのままだとシャルロットがずっと気にし続けてしまう。
だからこその女だけで過ごすというのを俺は提案した。こういうのは女だけのほうがいいし、俺がいるとシャルロットは俺を中心に動いてしまう。
シャルロットの気持ちは嬉しいが、今回はこれでいい。
「さてと……すみません、待たせてしまって」
「いえいえ、お気になさらず。さ、どうぞ乗って下さい」
先に出たシャルロット達を見送ると後ろに用意された車へと乗り込む。
走り出した車が向かうのは更識家。
皆が出かけ一人残った俺のことを母上が心配して、更識家に連絡したようで今から更識家に遊びに行くことになっている。
別に一人でもいても研究所からの報告書に目を通したり、新開発中する機体を考えたりとやることは多いから気にしないが楯無も誘ってくれたから行くことにした。
車を走らせること数分。
更識の屋敷に着いた。車から降りて、屋敷の中へと案内される。
「デュノア様、いらっしゃいませ」
「……」
「よく来たな、テオドール君。いらっしゃい、君の事は櫛奈や楯無からよく聞いているよ」
出迎えてくれたのは更識の使用人達と簪。
そして、大人の男が一人。
口ぶりからして恐らく楯無と簪の父親か。
「初めまして、テオドール・デュノアです。お邪魔します」
「これはご丁寧に。初めまして、更識
そう言って差し出されて手と握手を交わした。
そして、握手ついでに気になっていたことを聞いてみた。
「あの……楯無さんは……?」
「ああ、それなんだが……朝から習い事や稽古に行っていて、帰って来るのは夕方頃になるみたいだ」
「そうですか……」
誘っといてこれとはなんて奴だ。
無駄な時間を取らせられた。遊ぶ相手がいないのにこのまま居続けるのはおかしい。帰ろう。
「すまないな。まあそう気を落とさないでくれ。簪と遊ぶといい。簪、大事な客様だ。ちゃんともてなしなさい」
「……ッ、はい……」
言うだけ言うと楯無の父親は去っていった。
勝手な人だ。楯無のあの勝手なところはこの父親に似たか。
それに脳裏にティキーンと電流が走った感覚を覚え察した。自分から呼んだのに居ないのは俺と簪を引き合わせる為か。理由は考えるまでもない。
しかし、さてどうしたものか。正直、ホテルに帰ってしまいたい。嫌そうにしている相手と一緒にいるのは正直気が引ける。
だからといって帰ってしまえば簪のメンツを潰しかねない。他の物ならまだしも相手は更識の娘。何より、
将来のことを考えれば、ここは帰るという選択はナンセンスだ。
「じゃあ、あ、あの……着いて来て下さい……」
「ああ」
そう言った簪の後をついていく。
「……適当なところに座って、お好きにくつろいで下さい……」
「分かった」
連れられた場所は自室らしき部屋。
とりあえず信用してもらえたとかじゃなく、どこへ案内しようか迷いに迷って他の場所が思い浮かばず仕方なく自分の部屋に案内したといった感じがする。
「……ッ、っ……」
自分の部屋に人を呼んだのは初めてなんだろう。
ずっとそわそわしてる。
まあ、今日はここで過ごすしかない。何かするのなら付き合ってやればいいし、何もないならそれでいい。
暇を潰す道具は持ってきている。とりあえず、タブレットで研究所から送られてきた報告書に目を通すことにした。
「……」
「――……」
寛ぎ始めて早々に気になることが出来た。
「その、何か?」
「えっ、ぁ、その……」
さっきから簪がしきりに何度もこちらを見てくる。
こちらの様子を気にしているのは分かるが、見てるのはバレてないとでも思ったのか。凄く動揺してる。
「ン……遊びに来たのに、この過ごし方はよくなかった?」
「い、いいっ……いいけど、ええと、あのっ……」
口ごもっていて要領を得ない。
向こうもタブレットを見てたからいいかと思ったのだが。
「お父様にもてなしなさいって言われたのに……わ、私、全然できてないから……退屈させてると、思って……」
「そのことか……別に退屈じゃないから気にするな」
「で、でもッ、お父様に言われたこと全然できてない……」
父親の言葉が重くのしかかっているようだ。
言った本人は大して意識もしてないだろうが小学生の今、大人ましてや親の言葉はとても重く感じてしまう。大きくなるにつれて慣れたり、割り切ったりできるようになるだろうが今ぐらいの歳は言葉をそのまま受け取ってしまう。
加えて簪は更識家の人間で姉があれだ。今はまだISのまつわるわだかまりがないとは言え、感じるプレッシャーはそれ相応の物なんだろう。
「だったら、もてなしてもらうというかリクエストしてもいいいか?」
「リクエスト……?」
「日本には日本が誇るアニメや特撮ヒーローがあるだろ? 何かオススメがあれば教えてくれないか? この度の来日は本場日本でそれも知りに来たんだ」
「……っ!」
簪が目を見開いて反応した。
簪相手ならこの手の話題が無難だろう。共通の話題というのは大事だ。
「わ、分かった……! 任せてっ……!」
意気込んだ簪はオススメのものを探し始めてくれた。
「これ、私の今イチオシなの……!」
そう言って紹介してくれたのは特撮ヒーロー物。
部屋のディスプレイに映し出され、番組が始まっていく。
思えば、こうしてゆっくりと特撮物を見るのは久しぶり……いや、この世界に産れてから始めてだ。前世はどちらかというとロボットアニメ好きの雑食オタクで、この世界に産まれてからは日本のサブカルチャーとしての知識はあっても、ここまでゆっくり見ることはなかった。懐かしい気分だ。
「……終わっちゃった。ど、どう、だった……?」
「ン……おもしろかった。日本の特撮は世界に誇るだけあって見てるだけで心がこうワクワクするな」
「で、でしょうっ……!」
見違えるようにテンションが高くなった。
上手くいったようだ。
ちなみに面白かったのは本当。この世界でも特撮の良さというものは変わらなかった。
「これは円盤買いというものをしなければな! いいもてなしをしてもらった」
「そう、なのかな……? おもしろかったのはこの作品で……私がおもしろいわけじゃない……お姉ちゃんみたいに立派におもてなしできてるわけじゃ……」
さっきのテンションの上がり様が嘘みたいに今度は暗く落ち込んだ様子を見せる。
上手くいきはしたがそう簡単に全てが上手く行くわけじゃないか。
「気にし過ぎだ。もてなされた俺がいいもてなしだったと言うのだからそれで充分だろ。それとも信じられないか?」
「別にそ、そういうわけじゃ。でも……私はお姉ちゃんみたいに立派じゃないから……」
呪いのようなことを言う。
これはきっと。
「それは君の父親に言われたことか」
「ぁ……う、うん……お父様によく言われるけど……親戚の人、周りにもたくさん言われてる、から……」
「それは気にするなと言われても気になるな」
「うん……だって、お姉ちゃんみたいに立派だったら別に私じゃなくてもいいってことでしょう。お姉ちゃんみたいに立派な人がもう一人欲しいだけ。私は必要ない」
「なるほどな……」
これは俺が思っている以上に根が深い。
もう大分擦れてる。闇は深そうだな。
「だが、それでも俺はこのもてなしは本当によかったと信じている。誰でもない君がもてなしてくれたからな」
「そう……かな……」
「そうだとも」
「私、お姉ちゃんみたいに立派じゃなくても……?」
「いいや、立派だったとも。そこに姉など関係ない。このテオドール・デュノアが保証する。それでも信じられないのなら君を信じる俺を信じろ。楯無の妹だろうが君は君だ」
「私は、私……」
「ああ。大事なのはまず信じること。そして信じたことを糧に自分は自分だと唱えること。そう続けることで案外気は楽になるものだ」
「そっ、か……ふふっ」
暗く落ち込んでいた様子は影を潜め、ほん少しだが明るい表情を見せてくれた。
「ね、ねぇ……どうして、そんなに親切にしてくれるの……?」
「ふん、そうだな……」
気になるのは当然か。
知り合ったのは最近のことで一緒に過ごした時間は半日分にも満たない。
なのに親切にされたら理由を知りたくもなる。
「ただ単に見過ごせなかったからだ。君とは友達になりたいと思っているから、そんな相手が暗く落ち込んでいるのなら力づけたい勇気づけたいとは思うのは当然だろ? 君のように素敵な子には明るくいてほしい」
我ながらキザなことを言っている自覚はあるがこれが俺の本心。
ならば、それをハッキリ伝えなければならない。
今思っていることを隠すのは賢くない。
「そっ、そう……あり、がとう……っ」
どうやら納得してくれたようだった。
「よし。では君は俺と友達になってくれるのか?」
「う、うんっ……私で、いいのなら」
「ありがとう。嬉しいよ」
「だ、だったら……呼び方、変えてほしい。君じゃなくて……簪、がいい」
出会ってから初めて見る簪から自発的なお願い。
名前を呼ばせるというのは更識家にとって重要な意味を持つとのことだが本人がこういうんだ。叶えないわけにはいかないな。
「分かった。よろしく、簪……俺のことはテオと呼んでくれ」
「うん、テオ……よろしくね。わっ、な、何で撫でるの?」
友情の証にと簪の頭を撫で居たら驚かれてしまった。
「何でと言われても友情の証にとしか。後は立派でいいもてなしをしてもらったからな。感謝と褒美だ。嫌だったらやめるが」
「嫌じゃ、ないっ……と、というかっ、笑ってやめる気ないでしょ」
「まあな。褒めたいものは褒めるのがテオドール・デュノアの主義だ」
「ぁぅぁぅっ~……」
褒められ慣れてないのか頬を赤く染め照れる簪の様子は眼福だな。
そうして頭を撫でて褒めていると部屋の扉がノックされた。
「は、はいっ」
「失礼しま~す」
聞き覚えのある言葉と共に部屋の中へと入ってくる。
流石に人が来るから頭を撫でるのはここまでだ。
「お昼ご飯です~って、おお~!」
入って来たのは案の定、本音だった。
そして本音は、俺と簪を見るなり、驚いていた。
「な、何……?」
「いや~見ないうちにすっかり仲良くなったなぁと思って。よかったね、かんちゃん! あ、じゃなくて、簪お嬢様~!」
「もうっ、何しに来たの。まったく」
彼女特有の雰囲気に呆れてこそいるが嫌がってはない。
仲のよさあってこそのものだと分かる。
「仲いいんだな」
「幼馴染ですから! というか、お客様お手が早いですね~人見知りのかんちゃんをもう手籠めにするなんて~にふふっ」
「手籠っ……!?」
「手籠めか……難しい言葉を知ってるものだ。しかし、それを言われても仕方ないかもな。素敵なものは手に入れたくなるものだ」
「おお~!」
「ちょっ、テオまで何言ってるのっ。二人でからかってるでしょ……! もうっ、お昼行くからっ」
照れる簪との楽しいひと時。
仲も深められたし、いいことづくめだ。